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「いい加減に眼を覚ませよ」
ぶっきらぼうな声に導かれて真紅は眼を開く。
その視界に移ったのは頼りなさそうなメガネの少年の姿だった。
「……ジュン?」
真紅は戸惑い気味に尋ねる。
その眼に映るは自分の契約したマスター。
ローゼンメイデンに螺子を巻き、世界にその存在を確立させた存在。
巻かなかった世界のジュンとは違い、まだ、悲劇に遭遇していない少年。
「そうだよ……全く、無茶をして」
ジュンは安心した様子で表情を緩める。
「貴方が居るということは雪華綺晶の罠から抜け出せたの?」
真紅がジュンに尋ねる。
ジュンは雪華綺晶により監禁されていた。
それを助けるために真紅はローザミスティカだけを平行世界に飛ばし、そこで別のジュンに偽りの体を作らせた。
だが、真紅はまだ、雪華綺晶からジュンを救い出せていない。
「あぁ、それなら」
ジュンは指し示す方向に真紅は視線を移す。
そこには金髪の可憐な少女が佇んでいた。
「久しぶりね。真紅」
アリス・マーガトロイドは微笑みながら応える。
「アリス……貴方が助けに来てくれたの」
真紅は嬉しそうに応える。
アリスとは幻想郷に狼人間退治に同行した時、上海と蓬莱の事を告げに行って以来だった。
「まぁ、手助け程度だけどね」
アリスも微笑んで応える。
「でも、魔法使いである貴方でもnのフィールドに入ることは出来ない筈」
真紅は疑問に感じ質問する。
アリスも魔法を扱うとは言え、なんでも完全にこなせるという訳では無い。
彼女の持つ魔法では幾ら真紅の危機を知ったところで救援に来れる筈がないのだ。
「それはカナのおかげかしら!」
そんな疑問符を浮かべる真紅に対して金糸雀が意気揚々と登場する。
だが、真紅はその姿を見て無表情にその姿を見つめた。
そして、数瞬の間の後
「誰?」
と真顔のままに尋ねる。
その様子に金糸雀は盛大にこけた。
「どういうことかしら!同じローゼンメイデンであるカナの事を忘れたのかしら?」
金糸雀は真紅に詰め寄る。
そして、しばらくの間の後に真紅は何かを納得したかのように頷いた。
「あぁ……金糸雀ね。久しぶりね」
「って、本当に忘れてたかしら!?」
そのリアクションに逆に金糸雀は驚いて叫ぶのであった。
「何だか、五月蝿いのが増えたな」
ジュンがそんな金糸雀を見て呟く。
「余り、邪険にすることはないんじゃない?仮にも貴方の恩人よ?」
そんなジュンにアリスが嗜めるように告げる。
「別にそういうつもりじゃ……」
ジュンは気まずそうにする。
長いこと、家族以外と余り交流を持っていないので会話するのも緊張が出ていた。
「それよりもそろそろ、動いたほうが良いんじゃないか?」
そんな彼らに士郎が話を切り出す。
「士郎……貴方も私たちを助けに来てくれたの?」
真紅はその姿を見て戸惑いを覚える。
巻かなかった世界の衛宮士郎。
姿は随分と変わっているが彼のルーツもこの場に居る彼と変わりは無い。
既に運命の基点は大きく変わっているがそれでもこの彼があの未来に遭遇することはありえるのだ。
「真紅が居た世界のこと。オレも見たよ……だけど、今はその事を話すよりもするべきことがある。
早く君の本当の体を取り戻さなければならない」
士郎のその言葉に真紅も覚悟を決め直す。
平行世界は平行世界。
決して交わることは無いのだ。
ただ、それぞれの未来を決めて進むだけ。
nのフィールドを進むと結晶で出来た森が姿を現す。
その中で雪華綺晶は佇み、真紅たちを待ちかねていた。
「ようやく、到着しましたか?」
雪華綺晶は佇み招き入れる。
それに真紅たちは警戒し、歩みを止めた。
「雪華綺晶……私の体と姉妹たちを返して貰うわ!」
真紅は雪華綺晶を指差し叫ぶ。
「ふふふ……赤薔薇のお姉さま。巻かなかった世界は如何でしたか?」
雪華綺晶はそんな言葉もお構い無しに質問を投げかける。
「……何が言いたいのかしら?」
「何故、あの世界は悲劇に終わってしまったのでしょう?
救われた者など誰も居ない。
何ともくだらないありきたりな終幕……」
「その口を閉ざしなさい!確かに幸せではなかったかもしれない。
だけど、あの世界は終わってなど居ないわ!」
真紅は雪華綺晶の言葉を遮り叫ぶ。
しかし、その言葉に対して雪華綺晶はニマリと笑った。
「いえ、終わりましたわ。正しき英雄の消失により、あの世界は0へと戻った。
無限世界の始まりと終わりの交わる場所……破滅へと帰ったのです」
その雪華綺晶の物言いに誰もが息を呑んだ。
言っている事の意味は完全に理解できたものは居ない。
だが、彼女が事実を伝えているのだということだけは何となく分かってしまった。
「運命の守護者と成り果てた貴方も言っていたでしょう……あれは起こってしまった現実だと」
雪華綺晶は視線を士郎へと向ける。
その言葉は紛れも無くアーチャーが語っていた言葉だった。
「……あれが過去の世界だとでも言うのか?」
士郎は雪華綺晶に問いかける。
起きた現実であるなら過去でなければならない。
今居る世界はあの過去のやり直しなのだとしたら辻褄は合う。
だが、雪華綺晶は首を横に振る。
「この世界の時間の概念に当てはめるならあれは過去ではありません。
ですが、観測者からすれば過去と呼んでも差し支えは無いかもしれませんね」
雪華綺晶は嘲笑するように告げる。
「貴方は……一体、何を知っていると言うの?」
真紅はその底知れぬ存在に質問を投げかけた。
彼女は他のローゼンメイデンの知りえぬ何かを知り、行動しているとしか考えられない。
それも他の姉妹とは違いアリスを目指しているようにも感じられなかった。
「体を持たない私はずっと、nのフィールドで世界を見続けてきました。
そして、気づいたのです。私たちは籠に閉じ込められた鳥なのだということを」
「籠……?」
「そう、運命という名の籠が私たちを閉じている。
巻かなかった世界はその一つに過ぎないのです。
幾重もの無残で残酷な世界が存在し……その全ての終点は皆、同じでした」
「……破滅。そう、言ってたよな。巻かなかった世界も破滅したと」
士郎が雪華綺晶に尋ねると雪華綺晶は頷く。
「破滅……それは破滅の存在と関係があるのか?」
雪華綺晶は次の士郎の問いに目を閉じた。
そして、閉じられた口から笑いが漏れ出す。
やがてそれは決壊し、彼女は噴出すように笑い出した。
「あははははは……そう、稚拙な終幕の根本は破滅の存在。
あの存在は世界を全て無くしました。
運命すらも抗うことが出来ない絶対の死」
「地球に封印された死の概念……その復活は避けられないと言う事なの?」
真紅が雪華綺晶に問いかけると彼女は頷く。
「アンデッドのバトルファイト、聖杯戦争……妖怪との戦争、ホムンクルスとの戦争、ナチュラルとコーディネイターの終わり無き戦争、
ジュエルシードや闇の書といったロストロギアの暴走もその切欠となった」
「バトルファイトと聖杯戦争は分かるわ。あの存在が復活の為にその儀式を利用していたもの……
だけど、何故、戦争やロストロギアの暴走も引き金になるというの?」
「恐らくは多くの死や悲しみといった負の感情が封印を解く鍵となりえるのでしょう。
巻かなかった世界は数多い世界の中でも長く存在し続けた世界でした」
その言葉に真紅と士郎は驚く。
「あれで……いえ、バトルファイトはジョーカー封印で決着し、妖怪との戦争も人間側の圧倒的な勝利だった。
武藤カズキの反抗も破滅を呼び起こすには至っていなかった……と、言うことかしら?」
「はい……私は唯一の懸念だった武藤カズキを衛宮士郎が打ち破ったあの世界が破滅を乗り越えた世界だと思っていました」
「それでも目覚めたと言うの?」
「……再び、戦争が始まったのです。デスティニープランを否定する愚かな人間たちの手によって」
「なるほどね……色々と興味深い話だったわ。
それで貴方は何がしたいの?」
真紅は雪華綺晶の話の中で破滅の存在についての理解を深めた。
だが、腑に落ちないのは雪華綺晶の行動だ。
「私はただ、至りたいのです……破滅ではないこの世界の終焉に」
「どうしてかしら?」
ローゼンメイデンの行動理念の中にそんなモノは存在しない。
真紅はそう考えていた。
だが、続く雪華綺晶の言葉は意外だった。
「お父様との再会を果たすためです」
「何を言ってるの?お父様は究極の少女としかお会いにならない」
「えぇ、そうです。究極の少女に至った時、破滅は回避され、世界は正当なる終焉を迎える。
だって、お父様は世界の終焉にいらっしゃるのですもの」
「何を言っているの……?」
真紅には雪華綺晶の言っていることが理解できなかった。
「この世界で最も遠き場所……それは破滅の先です。
そして、世界樹もそれが正答だと返しました」
「世界樹が……」
真紅はその言葉に黙る。
「私は私のやり方で破滅を打倒します……その為に全てのローザミスティカが必要なのです」
「……なるほどね。それでどうやって破滅を超えようというのかしら?」
「巻かなかった世界は完成系に近い……その為にまずは人の手に運命を取り戻させます」
「運命……?」
「そうです。デスティニープランは世界を平和に導くのに適している。
次は誰も反対させないようにすれば良いだけ」
「そう。それじゃ、何故、私に巻かなかった世界のことを見せたのかしら?」
「それはただの偶然。逃げ出した赤薔薇のお姉さまが近くにあった巻かなかった世界に逃げただけです。
そして、お姉さまは偶然でも世界の真の姿を知った。
世界を破滅で終わらせないよう、協力していただけますね?」
雪華綺晶は自信に溢れた様子で質問する。
だが、真紅は真っ直ぐに雪華綺晶を睨み返した。
「お断りよ!私はあの世界が平和だとは思えないのだわ。
人は無限の可能性を持っている。それを一つの可能性に押し込めることなんて馬鹿げている」
「全ての人が無限の可能性を持っているわけではないのですよ。
それにデスティニープランは人の可能性を明確にし、道を示すだけ」
「だとしてもあの世界の延長が真の平和なのだとは思えないのだわ」
「どうして?妖怪もホムンクルスも居なくなり、厄介なロストロギアを保有する管理局は手を引いた。
アンデッドも全て封印された……これ以上に無い程に完璧です」
雪華綺晶はあの世界の良いところを並び立てる。
外敵となる、破滅の原因となる全ての消滅。
それは確かに安全だといえるだろう。
「オレはそんな世界は認めない!」
しかし、士郎はそれを真正面から否定した。
「どうしてです?友人が死んだから?ですが、他の多くの力なき人々が死ぬかも知れませんよ?」
「そうかも知れない……だけど、もしかしたら全てと手を取り合える終わりが掴めるかも知れない。
全てを救うにはまだ、やれるべき事がある筈だ!」
士郎は恥ずかしげも無く理想を並び立てる。
現実を知らない戯言だ。
「そうね……何もかも諦めていたのなら。欲しいものには手が届かないのだわ」
それでも真紅はその言葉を支持した。
「……本当に愚か」
雪華綺晶は憎悪の篭った眼で士郎を睨み付ける。
「確かにな」
突如として雪華綺晶の上空から無数の剣が降り注ぐ。
雪華綺晶はそれを咄嗟に回避した。
「運命の狗め!」
雪華綺晶はその射撃の基点に視線を向ける。
そこには赤い外套をなびかせる男の姿があった。
「アーチャー!」
その姿に士郎は驚く。
真紅を士郎に渡して去っていったかと思えばこうして直ぐに現れた。
「雪華綺晶……貴様の存在を世界はこれ以上、看過できないそうだ」
アーチャーは士郎に視線も向けずに雪華綺晶を睨み付ける。
「何処までも邪魔をすると言うのですね」
「あぁ」
「運命に言われるがままに。なんと愚かな人間でしょう!」
「確かにな。だが、愚かさで言えばお前はそこの青臭い小僧にも劣るぞ」
アーチャーは暗に士郎よりも愚劣だと雪華綺晶を挑発する。
「何処が……」
「お前はまだ、破滅の恐ろしさの全てを知らないのだ。
それで全てを知った風になり、安易な道を選ぶ。
愚策にも程があるな」
「なるほど、破滅に絶望し、抗うのを止めたのですか……運命の狗らしい」
「違うな……抗うのを止めたのは貴様だ。
生命が生きる事を止めればそれは死へと近寄る。
そのことが分からぬ人形如きでは破滅を乗り越えることなどできはしない!」
アーチャーは弓と射出するべき剣を投影し、雪華綺晶へと狙いをつける。
「くっ!」
雪華綺晶はそれを見て瞬間的にその姿を消した。
「逃げた……」
士郎はそれを見て呟く。
「まともにやり合えばローゼンメイデンと守護者では奴の分が悪いということだ」
アーチャーは投影を解除し、告げる。
「助かったわ」
「礼は必要ないだろう。この人数だ。お前たちが負ける可能性は無い」
「そうかも知れない。だけど、貴方の言葉は強い後押しになったわ」
真紅は雪華綺晶の言葉を拒絶する確固たる意思に感銘を受けた。
多くの幸せを考えれば彼女の言葉もまた、真なのだ。
「敗者の言葉だ。聞き入れる必要性など無い」
「それでも、あの世界を生き抜いて……そして、世界を護っている貴方の言葉だもの」
真紅のその言葉にアーチャーは顔を背けた。
「それよりも君の体はそこにあるぞ」
アーチャーは一つの水晶を指し示す。
そこには魂無き真紅の本当の体が眠っていた。
「本当だわ」
真紅は一目散に自分の体へと向かっていった。
「アーチャー……いえ、英霊エミヤとでも呼んだ方が良いのかしらね」
凛はアーチャーに言葉をかける。
「確かに今のオレはサーヴァントではない。だが、英霊でも無い」
「守護者……士郎から貴方が完全なヴィクターとなった武藤君を倒すために世界と契約したと聞いたわ。
その代償が今の貴方なの?」
「その通りだ。世界の命令を受け、雪華綺晶のような意にそぐわない存在を狩る。
奴の運命の狗という言葉が示すとおりの存在だよ」
「……それじゃ、これからの私たちの行動次第では貴方と戦うことになるって事ね」
凛の言葉にアーチャーは黙って頷いた。
「それってどういうことだ?」
そこに士郎が割ってはいる。
「具体的にどうなるかは分からないけど……恐らく私たちも運命と敵対するときがあると思うわ」
「運命……遠坂はその正体が分かったのか?」
「漠然としたイメージだけはね……月に向かう必要があるとか今一、分からない事も多いけどね」
凛は頭を抱える様子で応える。
「問題ない。君たちならいずれ辿りつく」
「その時は容赦しないわよ」
「あぁ……次はちゃんとした英霊をサーヴァントとして召還するんだな」
アーチャーはそう言い残すとnのフィールドを飛んでいった。
「……次のサーヴァント?」
だが、凛はその彼が言い残した言葉が分からなかった。
聖杯戦争は既に終結したのだ。
凛の力量では自力で英霊を召還し、使役することは非常に難しいだろう。
だが、その言葉の答えは直ぐに分かった。
「いたっ!」
元の世界
巻いた世界
そこに戻った瞬間、凛は手に痛みを感じる。
「嘘……」
そこには見覚えのある痣が浮かび上がっていた。
AnotherPlayer
第四十一話「陰の杯」
その日は朝からTVは一種類のニュースを報道し続けていた。
冬木に突如現れた謎の土地。
その土地で目撃された強大な力を持つ妖怪の姿。
そして、それに抗うべく日本政府はザフトと連合の武力支援を受け入れた。
「騒がしくなるな」
睦月はそのニュースを見て呟く。
ヴォルケンリッターの活動は現在、完全に幻想郷になっていた。
近くて多数の魔力蒐集が行える。
そして、そこに住む妖怪は人を襲うので退治しているという精神的な名目も立てられる。
絶好の狩場となっていた。
フランドールという規格外な存在も出現したがそれでも一々、次元間を移動して他の世界に行くよりも良いと考えていた。
この情勢下で下手に妖怪を見過ごすのも恐いというのも含まれている。
睦月もそれにあわせて妖怪退治を手伝っていた。
だが、人間の軍隊が到着した以上、これまで程、気楽に戦いに赴くのは難しいだろう。
睦月は外を出歩く。
最近では出歩く人も少なくなっていた。
代わりに多くの警官が巡回している。
これも妖怪とアンデッドのせいだがそれでも人間は生活を止めていないのは大したものだと逆に睦月は感心した。
これ程までの恐怖を与えても人間は生きる事を止めない。
平和ボケなのか、それとも仮面ライダーや他の英雄の活躍の影響なのか……
「あっ、睦月さん!」
睦月が歩いていると元気な声で挨拶される。
睦月が顔を上げるとそこには車椅子に座るはやての姿があった。
彼女は大きく手を振っている。
車椅子を押していたシャマルも軽く会釈をした。
「こんにちは。こんな状態なのに出歩いて大丈夫なのかい?」
「まぁ、危ないのは分かってるんですけど最近、足の調子が悪くなってきていて」
「そうなの。それは大変だね」
睦月はその言葉に驚く。
彼女の足が悪いことには理由がある。
その理由が闇の書。
彼女こそが闇の書のマスターであり、ヴォルケンリッターを従えるもの。
足が悪いのは闇の書が完成していない為であり、この状態が長く続けば彼女の命も永くは無い。
故にヴォルケンリッターは魔力蒐集を行っている。
とは言え、彼女はヴォルケンリッターの活動を知らない。
命の危機も。
しかし、魔力蒐集が進んでいるというのに足の調子が悪くなるのは矛盾を感じる。
睦月はシャマルを見る。
すると睦月の脳に直接、言葉が投げかけられた。
「(幻想郷の出現からはやてちゃんの足は加速度的に悪くなってるの。
多分、制限時間はもう余り長くない)」
その言葉に睦月は動揺する。
そのような状況で連合とザフトの到着はタイミングが悪すぎる。
「どうしたんですか?暗い顔をして」
はやてはそんな睦月の表情を見て心配そうな様子で尋ねる。
「えっ?いや、ちょっとお腹が痛くなってきちゃって……」
睦月は焦った様子でお腹を押さえて苦笑いを造る。
「そうなんですか?あんまり我慢はしないほうが良いですよ」
はやてはそれを疑いもせずに笑いながらそう応えた。
「そうするよ。それじゃ!」
睦月はそう言って足早にそこから去っていく。
二人の姿が見えなくなって睦月は足を止める。
「……どうしたんだ。オレは……」
睦月は自問するように呟く。
ヴォルケンリッターのことは、八神はやてのことは利用しているだけに過ぎない。
剣崎一真とその仲間よりも優位に立つために利用しているだけだ。
だと言うのに、睦月ははやての足が悪くなっていると知り、本気で心配していた。
闇の書という闇に囚われている少女を救いたいと本気で思っていた。
「くそっ!」
睦月は近くの電柱を力強く叩く。
「意外ですね。貴方も子供には優しいって事ですか?」
そんな睦月に声がかけられた。
睦月はその声の方向を振り向き、その相手を睨み付ける。
「お前は間桐桜……もう、関係ないはずだ」
睦月はとっくに間桐家を出ている。
それから彼女と交流があったわけじゃない。
「私もそのつもりでした……あの姿を見るまでは」
桜は睦月がはやてと話している姿を見ていた。
車椅子の少女と楽しく話している姿は世界を護る正義の味方と敵対している人物には思えなかった。
「……良い事を教えてやる。あいつは異世界の魔導書を持っている。
その力で強力な騎士を召還しているんだ」
「……それを私に教えてどうするんですか?」
睦月のいきなりの言葉に桜は困惑する。
「だから、オレはあいつの力を利用しているだけだ!
別にあいつがそのせいで命が危ないからって助けようとしてるって訳じゃない!」
睦月は言いつくろうとするが更に頓珍漢なことになる。
その様子を見て桜は驚いたように目を丸くしていたがしばらくして笑い出した。
「笑うなよ!」
その反応に睦月は怒るが桜は笑うのを止めない。
「ふふ、変な人……先輩のちゃんとした友達だって今なら分かります」
桜は何かを納得した様子で告げる。
「なっ!今は別に友達じゃ……」
「似てるんですね。先輩と貴方は……誰かを救いたい。護りたい……でも、それが出来なかったから絶望して」
「分かったような口を利くな!」
「いえ、分かりますよ……私も同じですから」
怒鳴った睦月だがそう告げる桜の寂しげな表情に息を呑む。
その眼は虚ろで何も映していないかのようだった。
「お前……」
その眼に対して睦月はかけられる言葉が分からなかった。
その時、周囲に突如として黒い影が降り立った。
「何だ!?」
その姿を見て睦月は驚く。
それはカラスのような黒い羽根を持っていた。
その手には葉団扇が握られている。
それが二体。
その異様な光景に周囲の人々は一目散に逃げ出した。
「妖怪か……丁度良い、憂さ晴らしを……」
睦月はバックルを取り出す。
だが、その妖怪…烏天狗たちの視線は睦月ではなく、その背後にいる桜に向けられていた。
「破滅の存在の傀儡め。仲間の仇だ!」
二体の天狗は襲い掛かる。
睦月は即座に変身し、一体の烏天狗を叩き落した。
だが、一体は睦月の脇を抜けて桜へと襲い掛かる。
「まずい!」
睦月は即座に追いかけようとするも速すぎて間に合わない。
「もらった!」
烏天狗はその拳を桜へと叩きつけようとした瞬間、突如として桜の影が膨れ上がり、烏天狗を飲み込んだ。
「なっ!?」
その光景を見て睦月は唖然とする。
間桐桜と言う少女はただの人間だと認識していた。
魔術師の家系故に魔術が使えるのは分かるがその力はそれとは別の何かを感じる。
それに対して睦月は身構えると桜は視線を睦月へと向けた。
「見られちゃいましたね……」
桜は後ずさりながら睦月に告げる。
「どうします?殺しますか?」
桜は睦月を睨み付ける。
その眼には殺意が篭っている。
睦月が来ると言うなら返り討ちにするつもりだろう。
だが、睦月は変身を解除した。
「いや……お前には借りがある」
「見逃すって事ですか……馬鹿な人。妖怪も飲み込む正体不明な存在に対して……」
「良く分からないのは慣れたよ……それにお前が人に危害を加えるような奴には見えないしな」
その睦月の言葉に桜は突然、笑い出した。
「どうしたんだ?」
「……本当にそう見えるんですか?」
桜は睦月のことを睨み付ける。
そこには殺意のほかに憎悪にも似たものが含まれていた。
「だとすればお前は馬鹿だな」
突如として何者かが睦月と桜の間に入り込む。
そして、伸ばされた影の触手を叩き落した。
「なっ!?」
睦月は突然の割り込みと同時に桜が自分を攻撃してきたことにも驚いた。
そして、何よりも割り込んできた存在に驚く。
「アンデッド……!?」
桜はその姿を見て敵意をむき出しにする。
「この小娘から血の匂いがする。まぁ、人間の鼻では理解できないか」
割り込んできたアンデッド……
獰猛にして洗練された肉体を持つ虎の始祖にして不死生物は桜を睨みつつ、睦月に告げる。
その威風と強烈な殺気は桜の放つ憎悪を押し込み、完全に萎縮させるほどだった。
「……獲物を狩りに来たということですか」
桜は冷や汗をかきながらタイガーアンデッドに告げる。
「狩る?貴様など獲物にもなりはしない」
冷ややかな視線をタイガーアンデッドは桜に向ける。
「……見逃すと言うの?」
「強者は必要以上の殺生はしない。
弱者を踏みにじるのは戦いを侮辱することだからな」
タイガーアンデッドはその姿を人へと帰る。
長身の美人がそこに立っていた。
「お前……何をしに来たんだ?」
睦月がその女性を睨み付ける。
「戦いの気配を感じてきてみただけだ……だが」
タイガーアンデッド……城光は睦月を値踏みするように見る。
「なるほどな……随分とややこしい事態になってるようだな」
そして、彼女は何かを納得し呟いた。
「戦う気は無いのか?」
「言っただろ。弱者をいたぶる趣味は無い」
「オレが弱いだと!?」
睦月はその言葉に過敏に反応する。
「良いのか?もうすぐ、他の人間も駆けつけると思うぞ?」
光のその言葉に睦月は舌打ちをするとバックルをしまった。
そして、足早に桜へと駆け寄るとその手を掴む。
「え?」
「行くぞ。お前だって目立ちたくは無いんだろ」
睦月は強引に桜の手を引いて歩き出した。
その姿を光は見送る。
「殺そうとした相手を救おうと言うのか?」
「そんなんじゃない。ただ、こいつには借りがあるだけだ」
睦月は振り返らずに応えるとそのまま歩き去っていった。
真紅たちは帰還後、アリスの家で休んでいた。
「しかし、貴方が金糸雀と契約するとはね」
意外だと言う様子で真紅はアリスを見る。
「貴方が幻想郷に来て少し後に突然、手紙が届いたのよ。
もちろん、私は直ぐに巻くことを選択したわ」
アリスは金糸雀を膝に乗せながら真紅の話に答える。
「アリスはとっても良い子かしら。優しくしてくれるし、カナの好きな料理も作ってくれるかしら」
金糸雀は嬉しそうにアリスのことを褒め称える。
「アリスが良いマスターになりえるのは分かっていたのだわ。
ただ、アリスがマスターになれる因縁があるとは思っていなかったのだけど……」
真紅がどこか腑に落ちないという様子で呟く。
「そんなモノは関係ないかしら。強い思いがあれば問題ないかしら」
「……そうね。何者にもなれないなんて誰にも決められないのだもの」
真紅もその言葉に納得を示す。
「凄いな」
ジュンは部屋に飾られている人形を見て呟く。
どれもこれも丁寧に作られているのが見てわかった。
「貴方も人形が好きなのかしら?」
アリスがそんなジュンに尋ねる。
「べ、別にそう言うわけじゃ……」
何処か恥ずかしそうにジュンは答える。
「……人形の作り方、教えてあげようか?」
「え?」
「ローゼンメイデンみたいなアンティークドールは流石に無理だけど。
布と綿のぬいぐるみみたいなのは結構簡単よ」
「……そんなことしてる場合なのかよ?今、ここは人間と争ってるんだろ?」
「そうね……でも、そんなことは関係ないわ。
確かに世界は変わってしまった……だけど、それで生活のリズムを崩すのは嫌よ」
「なんというか……マイペースだな」
「そうね。それにこの異変は何れ解決されるわ。
そう言うことしか取り得が無いのと、そう言うことに首を突っ込みたがる人間が居るもの」
「……あの巻かなかった世界を見てもそんな事が言えるのか?」
「あっちはダメだった見たいね。まぁ、そう言う時もあるんじゃない?」
「そう言う時もって……」
「なら、貴方は世界を変える?救える?」
「僕には……無理だ。そんな事。
それに世界を護るって言うならこの世界にはちゃんとしたヒーローが居るんだろ。
だったら、その人に任せれば良い」
「あら、じゃあ、同じじゃない」
「あ……」
ジュンはモヤモヤとした気持ちがあることに気づく。
それは巻かなかった世界のジュンに触れてから。
彼は結局、世界に眼を向けないまま全てを失い。
そして、新しく出来た支えすらも失っていた。
生きる目標を無くし、怒りと無気力だけで動く人間。
そんな状態になっていた。
今の自分はそれとどれだけ違うのか。
結局、流れに身を任せるしか無いのか。
ジュンは自問自答する。
アースラ
そこで士郎は真紅を助けるために見てきた巻かなかった世界と雪華綺晶の告げた言葉を皆に伝える。
そこで見た凄惨な未来と雪華綺晶の言う運命。
そして、全ての果てにあるという破滅という名の終焉。
「平行世界旅行なんて随分と神秘的な体験をしてきたのね」
イリヤは感嘆とした様子で告げる。
「実際に平行世界に入った訳じゃないけど……でも、この世界でも似たような結果になる可能性はあるわ」
凛がその言葉に応える。
「始の封印にカズキのヴィクター化、それに妖怪の全滅か。どれも阻止したいな」
剣崎が話を聞いて呟く。
「いやいや、剣崎さんの死も防がないと……」
士郎はそこに勘定の入っていない剣崎自身のことを付け足す。
「黒い核鉄が失われたことでカズキさんがヴィクター化を治せないのは分かります。
でも、何でカズキさんが他の皆と敵対したのかな?」
なのははその話を聞いて疑問に感じる。
「それはオレも疑問に思ったよ。アーチャー……あっちの世界のオレも分からなかったらしい」
それに士郎が答える。
「まぁ、気にしてもしょうがないんじゃない?
紅魔館を死守すればその問題は解決するんだから」
イリヤがそう告げる。
「紅魔館の死守……か」
だが、それも問題である。
妖怪が集まっているのは既に知られているだろう。
そして、ザフトと連合の部隊も展開を始めている。
「……人間と戦わなきゃならないのか?」
剣崎は呟く。
それは避けたいことだった。
「紅魔館を護るって言うなら避けられないでしょうね」
イリヤがそんな剣崎に告げた。
「シンなら止められないかな?」
カズキが提案する。
「彼は一介の兵士でしょ。そんな無茶が通せるとは思えないわ。
それにこの戦いに参加するとも限らないし」
凛がその提案を否定する。
「そっか……今頃、どうしてるのかな」
「まぁ、憤ってるんじゃないか?戦え無い事に」
剣崎はシンの事を思い出す。
話し合いも終わり、凛はイリヤと士郎を呼び止めた。
「令呪の事ね」
イリヤは即座に凛が何を話したいのかを察する。
「ということは貴方にも……」
「えぇ、令呪が発現したわ。召還はしてないけど呼び出すことは出来るでしょうね」
「やっぱり……でも、聖杯は破壊されたばかりよ。ありえるの?」
「恐らく幻想郷のマナを吸収したんでしょうね。妖怪が存在できるだけのマナを保有していたんだもの。
今回も対して聖杯を使っていないんだし直ぐに規定値に到達してもおかしくは無いわ」
「……聖杯によるマナの吸収が妖怪たちに与えた影響は?」
「当然あるでしょうね。私たちにとっては酸素が奪われるようなものだし死活問題でしょ」
凛はその言葉に頭を抱える。
「聖杯のせいで妖怪たちも苦しんでるって事か……
なら、いっそのこと聖杯を破壊できないか。そうすれば妖怪の暴走も収まるんじゃ」
「できるわけ無いでしょ!」
士郎の提案を凛は即座に否定する。
「確かにマナの補填は出来るかもしれないけど破壊するのはダメよ」
「そうね……それに正直、聖杯を破壊して解決になるとも思えないけど」
凛もイリヤもその提案を受け入れない。
「そっか……まぁ、二人がそういうんだからそうなんだろうな」
士郎も知識も実力も上の魔術師に否定されては食い下がるつもりも無かった。
「でも、逆にこれは利用できるかもしれないわね」
凛は口元に手を当てて思案する。
「何をするつもりなんだ?」
「何をって決まってるでしょ。サーヴァントの召還よ」
「それって聖杯戦争をまた始めるって事か?」
「始めるも何も始まっちゃってるのよ。儀式を完遂するまで止まることは無いわ」
凛は呆れ気味に士郎に告げる。
「それで誰を召還するの?今度はちゃんとセイバーかしら?」
イリヤが凛に尋ねるが凛は首を横に振った。
「アーチャーよ」
「アーチャー……あいつをか?」
「士郎の想像しているのとは違うわ……金ピカの方を呼ぶのよ」
その凛の提案に士郎とイリヤは顔を見合わせた。