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妖怪の山
幻想郷の中でも数多くの妖怪が住まうその山は人間に恐れられた地だ。
住人達はそこを訪れることはなく、山の妖怪も不必要に人間の里に干渉することは無い。
博麗の巫女である霊夢もそこを訪れることは余り無かった。
そんな山を霊夢は登っていく。
緑に茂る木々、清流の流れと吹き抜ける風の音だけが聞こえてくる。
静寂な世界……
そこは余りにも静か過ぎた。
妖怪はおろか、動物や鳥の気配すらしない。
その様子に霊夢は不穏なものを感じる。
この静けさは息を潜めているようにしか感じられなかった。

そのまま、何にも会わずに霊夢は大きな滝を上昇し、その上流へと登る。
すると、突如として突風が霊夢の体を突き抜けた。
「!」
霊夢はそれに体をとられるが直ぐにバランスを取り、滞空する。
その眼前に黒い羽根が舞った。
「こんにちは、霊夢さん。そろそろ来る頃合だとは思っていましたよ」
漆黒の翼を広げて射命丸文は何時ものカメラの変わりに葉団扇を握る。
そして、何時ものように不敵な笑みを浮かべて霊夢を見下ろした。
「文じゃない……貴方が妖怪側の代表?」
霊夢がそんな文に問いかける。
「いえいえ、私は巫女と顔見知りだという理由で話をつけて来いと言われただけですよ」
「そう、だったら案内しなさい。この妖怪の山の代表の下に」
「残念ですがそれは出来ないんですよ。
今、この山は一触即発の状態……そこに巫女の介入があってはこちらも困るんです」
「一触即発……人間を襲おうとしている妖怪が居るってこと?」
「それもありますが……それだけじゃない。
ともかく、お帰りいただきます。
今、あなたが出る幕は無い!」
「そう言われてほいほい帰れるわけ無いでしょう!
幻想郷の人間代表として力ずくでも通してもらうわよ!」
文は風を操り、霊夢を吹き飛ばそうとする。
霊夢はそれに抗い、受け流しながら札を取り出した。


その頃、人間の里では
「静かだな……」
剣崎は通りに誰も居ない街を見て呟く。
「気配はするから無人って訳じゃ無さそうね。
大方、家の中に逃げてるんでしょうね」
凛が街の様子を観察して呟く。
「さて、どうする?」
魔理沙が剣崎に尋ねると同時に複数の足音が近づいてくる。
その音に四人が身構えていると通りの向こうから鍬や鎌で武装した人間達がやってきた。
彼らは少し離れた位置でそれらを剣崎たちに向けて威嚇する。
「何をしに来た!?」
先頭の中年の男性が叫ぶ。
その目には恐怖の色が浮かんでいた。
「待ってくれ、俺達は博麗の巫女に頼まれて話をしに来ただけだ」
そんな彼らに対して剣崎が代表で話を始める。
「博麗の巫女だと!?だったら、その巫女は何処だ!?
異変が起きてるって言うのに巫女は何をしてるんだ!?」
「霊夢は今、異変を解決するために動いている。
俺達はその状態を説明するためにやってきた」
剣崎の言葉に里の人間達は騒がしくなる。
口々にあの巫女がそんなに俺達を気にするのは可笑しい。
正体不明の言葉など信用できない。
妖怪変化の類ではないのか
そんなことを話している。
「魔理沙……」
そんな様子に気づいて剣崎は魔理沙に助けてもらおうと声をかけるが
「あぁ、無理無理。私の言葉なんて信用するわけ無い。
私も幻想郷の人間だが里の人間じゃ無いんでな」
最初から諦めた様子で投げやりに応える始末だった。
「ちょっと、まずくないか……」
里の住人達の話し合いが悪い方向に決着をつけようとしている時、
「どうしたんだ?」
そこに見覚えのある顔が現れた。
「慧音!」
それを見て剣崎が叫ぶ。
それはかつて、幻想郷にウルフアンデッドを封印しに来た際に出会った里の女性であった。
「慧音先生、あの人たちはあんたの知り合いか?」
代表の人間が慧音に尋ねる。
「あぁ、彼は以前の狼人間騒動を解決してくれた外来人の戦士だ」
慧音の言葉に一部の人間が納得する。
あの日、剣崎の姿を見たものが思い出したかのようだった。
「君達がここに居るとは……まぁ、結界が無くなった様だから、それも当然か」
慧音が話し合いの代表と交代して剣崎と話を始める。
「あぁ、霊夢に頼まれてここに来たんだ。この状況に里の人間が不安がっているだろうからって」
「霊夢がな……あの巫女が里の心配をするとはそれほどの事態か……
それもあるが、君達がそうさせたのかもな」
慧音は少し考えて剣崎を見る。
「いや、霊夢は幻想郷の守護者としてその責務を全うしようとしてるだけだと思うけど。
それに彼女だって人間だ。同じ人間は心配だろう」
「彼女は異変を解決し、救いもするが、心配などする性質では無かったよ。
今まで異変が起こって里の住人が心配しても彼女は一言も無く、解決するだけだった。
どうやら、君たちは霊夢に良い影響を与えてるようだな」
慧音は何処か嬉しそうに告げる。
「そうだな。あいつは一緒に居ても何処か別のところに居るようだったけど。
お前たちと一緒に過ごしてからそうじゃなくなってきたからな」
魔理沙も慧音の言葉に賛同する。
「それはともかく、今はこの状況について知るほうが先じゃないかしら?」
ずれてしまった話の方向を凛が訂正する。
「そうだったな」
慧音もそれに応じて話を元に戻そうとした。
だが、そこに乱入するものが現れる。

「剣崎一真、貴様は許されない!」
それは怪人。
剣崎を付けねらう死なず、封印されない、倒せない怪人。
それは問答無用に剣崎に襲い掛かる。
「うわっ!」
剣崎は掴みかかられ、押され、里の人間の方へと怪人と共に転がる。
その様子に里の人間は阿鼻叫喚という様子で逃げ惑った。
「まずいな」
その様子を見て魔理沙が舌打ちする。
「くそ、こんな時に……変身!」
剣崎はブレイドに変身し、怪人と戦う。

戦いは直ぐに決着した。
既に戦いなれた相手に剣崎は苦戦することも無く打倒には成功する。
だが、あいも変わらずに死なずに逃走されてしまった。

「やっぱり、ダメか」
剣崎は変身を解く。
「終わったか」
そこに慧音も戻ってきた。
その背後には住人たちも居る。
どうにか彼女が混乱している住人を宥めて来たらしい。
表層は落ち着いているが、表情には怯えが見える。
「あぁ」
それに剣崎は頷いた。
「分かった……それじゃ、とりあえず、集会場にでも……」
慧音が剣崎たちを招きいれようとすると住人たちがざわつき始める。
「ちょっと、待ってくれ!」
慧音が来るまで代表だった男が声を上げる。
「さっきの化け物はそこの男を狙ってきたんだろ。
倒せていないみたいだし、そんなのを里の中に入れるのか!?」
男は剣崎を指して叫ぶ。
その言葉に住人たちは追従した。
化け物に狙われている男などを入れてしまっては里に被害が出ると。
「ちょっと、待ってくれ!」
それに対して慧音が止めに入るがその声も届かないのか声は大きくなっていく。
「やっぱり、こうなったか……」
魔理沙はやるせないという様子で呟く。
「そんな!剣崎さんが狙われてるのはそうかも知れないけど……だけど、それは剣崎さんのせいじゃないじゃないか!」
士郎が住人たちに対して叫ぶ。
そして、住人たちの下へと走っていこうとするがそれを凛が止めた。
「止めなさい。衛宮君が止めに入っても火に油を注ぐだけよ」
「それでも、これじゃあんまりじゃないか……剣崎さんはずっと人を救うために戦ってきたってのに」
「皆が皆、貴方みたいに全てを受け入れられるわけじゃないわ」
憤る士郎を凛が宥める。
それを見て剣崎は頷く。
「すまない、俺のせいで怯えさせてしまって」
剣崎は住人たちに対して頭を下げた。
「でも、狙われているのは俺だけなんだ。だから、俺は出て行くよ。
それなら、あいつがここを襲うことは無いはずだ」
謎の怪人は剣崎を名指し、居る場所にしか攻撃を仕掛けてこない。
剣崎以外に戦いを仕掛けないと見ても良いだろう。
「すまない、凛。俺の代わりに慧音と住人たちに説明してくれないか?」
「それは別に構わないけど……」
「俺は士郎と一緒に永遠亭に向かうよ」
剣崎はそう告げると里から離れて行く。
「剣崎さん……」
士郎もそれに追従して里から離れて行く。
それでも、里の人間たちはまるで敵を見るかのように剣崎を睨みつけている。
「……すまない」
慧音はただ、離れて行く姿にそう告げることしかできなかった。









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第三十八話「時間の支配者」







迷いの竹林
剣崎と士郎はその入り口にやってきた。
「そう言えば、ここは迷いやすいんだっけ……妹紅の居場所も分からないし、勘で行くしかないか」
剣崎は夕闇により暗くなっている竹林を見て呟く。
長い一日もようやく、終わろうとしている。
ここから先は妖怪の世界。
アースラに霊夢からの報告も無い。
現状、妖怪の動きは完全に不明だった。
時間はかけていられないと竹林に足を踏み入れて行く。
「案内も無しに人間が入るのはお勧めしないわよ」
上空から声をかけられる。
二人が上を向くと上空から妹紅が降りてくるところだった。
彼女は地面に降り立つ。
「永遠亭に行くんでしょ。道案内ぐらいならするわよ」
彼女は白髪の髪をなびかせて告げる。
「それは助かる。俺たちだけじゃ不安だったんだ」
その提案に剣崎が喜んで乗る。
「それじゃ、私についてきて」
妹紅は早速、足早に竹林を進んで行く。
それを急いで剣崎と士郎は追いかけた。


永遠亭
妹紅の案内でそこにやってきた剣崎たちは直ぐに奥の間へと通された。
そこでは輝夜と永琳が待っていた。
剣崎と士郎は二人の前に座らされる。
「良く来たわね。どうせ、博麗大結界が壊れた件についてでしょうけど」
輝夜が単刀直入に話を持って行く。
「気づいていたのか」
それに剣崎が驚くが
「何!?どういうことだ!?」
それ以上に妹紅が驚いていた。
「あら、まだ居たの?もう、用は無いから帰っても良いわよ」
輝夜は妹紅に対して冷めた視線を送る。
「お前らがこいつらの道案内をしてくれって頼んできたんだろ。
それに結界が壊されただなんて大事件じゃないか」
妹紅は輝夜を睨みつけて叫ぶ。
「まぁ、落ち着きなさい。そう、興奮していては話にもならないわ。
それに姫も妹紅を挑発するのは止めなさい。
客人も居るのよ」
永琳が二人を宥める。
その言葉に従い二人は大人しくなるが視線を合わせようとはしない。
「まったく……ともかく、結界が破壊され、妖怪たちが殺気だっているのは分かっています。
妖怪兎も影響を受けていないわけじゃないしね」
「そっか、なら話は早い。力を貸してくれないか?」
剣崎が頭を下げる。
「別に良いわ……と、言っても殆どのイナバは戦力にはならないでしょうけど。
後はまぁ、永琳の薬を里に補給物資として渡すことぐらいかしらね」
「そうか……でも、薬が手に入るならもし、怪我を負ってもある程度は安心できるか」
思ったよりも少ない援護に剣崎は少し落ち込む。
「それなら、うどんげを連れていきなさい」
「うどんげ?」
永琳の提案に剣崎が尋ね返す。
「貴方の仲間の機械鎧を使っていた兵士に負けたイナバよ。
それでも他のイナバや下級の妖怪に比べれば十分、強いわ」
「なるほど、シンが苦戦するぐらいなら十分に戦力になるな」
その言葉で剣崎は何となくうどんげの事を思い出す。
「どうせ、貴方たちは最前線に立つでしょう。これもあの子の修行にもなるわ」
永琳がそう話しているとそこに鈴仙が襖を開けて入ってくる。
「ちょっと、待ってください。お師匠さま!それってアンデッドとかとも戦えって事ですか!?」
既に少し鈴仙は涙目だった。
「それだけじゃないわ。もしかすると幻想郷の大妖怪やもっと別の強敵とも戦うかも知れないわね」
「そんなの無理ですよ!」
「うどんげ、甘えるのはよしなさい!」
鈴仙の泣き言に永琳が怒鳴る。
その何時に無く真剣な眼差しに鈴仙はからだをびくりと震わせた。
「彼らに貴方の力が必要な時が来るわ……貴方は月の代表としてこの戦いの中心に立ちなさい」
「月の代表って……そんなの荷が重過ぎます」
「そんな事無いわ。貴方ならできる。私の弟子なんですから」
「お師匠様……」
鈴仙は泣き顔から一変して、感動に打ち震える。
「分かりました!お師匠様の代わりに戦ってきます!」
一転して鈴仙は戦いに対して情熱を燃え上がらせ始めた。
「……大丈夫か?」
そんな彼女に剣崎は一抹の不安を覚える。

「そう言えば、剣崎一真、貴方はアンデッドはどれだけ封印したのかしら?」
永琳が剣崎に対して質問する。
「えっと……始や睦月が封印している数までは分からないから憶測になるけど……」
「いえ、貴方が封印したものだけで良いわ」
「そうですか。とりあえず、今、持っているのはスペードの10とキング以外とクラブのJですね」
「10とKですか……以前の話ではKとは戦ったという話だったわね?」
「えぇ……今までに戦ったどのアンデッドよりも強かった。
今も勝てるかどうか、自信は余りありません」
剣崎はその強さを思い出し震える。
それだけ、キングの強さは圧倒的だった。
上級アンデッドと言えどもイーグルやカプリコーンはそこまで苦戦することは無かった。
だが、キングは例え、ジャックフォームを使ったとしても勝てる気がしない。
「……まだ、見ぬスペードのアンデッドは10だけという事ね」
「はい。下級とは言え、能力によってはどうなるか分かりませんけど」
戦闘力の強さは上級に及ばぬが下級アンデッドは特殊能力を持つ。
10ともなるとそれなりに強力な能力を有している可能性はあった。
それだけに下級といえども侮れる相手ではない。
「永遠亭にやってきた幻想郷の住人の中に時間を操る能力者が居たわね」
「咲夜ですね。紅魔館のメイドの」
「そう……彼女にも協力してもらったほうが良いと思うわ」
「確かに彼女は強いですけど……なんでまた?」
「ちょっとした勘よ」
永琳は笑って誤魔化すが剣崎は何故、彼女がいきなり咲夜の名前を持ち出したのかが分からなかった。


十六夜咲夜は空を飛び、人目につかないように外の町へと潜入する。
ビルとビルの屋上を時間停止で飛び移り、場所を変えて、街の様子を探る。
突然、謎の土地が出現したこともあってそれに不安がる人間も居た。
だが、大半の人間はそんな事も気にせずに日常を営んでいた。
「外の世界……か」
咲夜はコンクリートの建物と道に護られ、街灯に照らされる町並みを見渡す。
誰もが夜に不安など抱いてなど居ない。
最初に見た、昼に妖怪が襲撃した地点は流石に人間は警察関係者ぐらいだった。
だが、少し離れれば既にそこは日常でしかない。
幻想郷とは大きく違う。
「妖怪が外で生きられないという話は本当ということね」
幻想郷に慣れ親しんだ咲夜には不思議な光景だった。
だが、彼女も夜の闇に怯えるものではない。
しかし、それは彼らのように無意識の安寧ではない。
夜の王に付き従う者。
それ故に咲夜は夜の眷属と言っても良い。
故に彼女は夜の闇を恐れない。
「お嬢様……」
咲夜はレミリアの言葉を思い起こす。

「外の街で暴れる輩を見張りなさい」
紅魔館
紫の願いを聞き入れたレミリアはそう、咲夜に命じた。
「外のですか?そこまで気にする必要など無いと思いますが……」
外の人間を護る義務も義理も存在しはしない。
そんなモノはヒーローにでも任せておけば良いと咲夜は思う。
「必要なことよ。出来るだけ外の人間を警戒させるのは遅いほうが良い。
その方が対策は立て易いもの」
レミリアのその言葉で咲夜はようやく合点が行く。
だが、
「ですが、それなら外の人間が対処するのでは?」
この事態に絶対に動いていそうな存在を咲夜は知っていた。
剣崎一真を筆頭としたヒーローとして陰ながら人々を護る存在。
そんな彼らがこの異常事態に動いていないはずは無い。
「彼らが人間を護るのは当然のことよ。
だけど、当然と誰でも分かる行為は運命の流れを変えはしない」
「運命?」
「そうよ……かつて、貴方の運命を変えたように今度は貴方が運命を変えるの」
「私がですか?」
「吸血鬼レミリア・スカーレットの従者である貴方が人を救う。
それはこの世界の理に反する行い」
「はぁ……分かりました。では、外の町に赴き見張りをしていれば良いのですね?」
咲夜は何処か納得の行かないもののレミリアの指示に従う。
その態度にレミリアは顔を綻ばせた。
「えぇ、いきなさい」
レミリアがそう命じると咲夜は姿を消す。

「このような者たちを助けて何が変わるというのかしら……」
咲夜は眼下の人間を生きていると感じられなかった。
ただ、群がり、営み繰り返す。
直前に迫った危機に気づくことすら出来ずに居る。
生物としてこれほどに劣った存在が生き残る価値があると言うのか。
冷たい思考が脳を支配するが直ぐにそれを振り払う。
それは命令。
レミリアが下した命令を実行するために彼女は動く。

そして、幾度目かの移動の先でそれを目にする。
最初に気づいたのは誰かの悲鳴。
その声に誘われるように咲夜は移動して行く。
そして、映ったのは金色の鎧に身を包んだが如き、荘厳なる存在が人を襲う姿。
その手には巨大な両刃の剣を持ち、それをふるって人を切り裂く。
その存在は人の命など何とも思わずに愉快そうに剣を振るっていた。
傍若無人。
絶対の存在としてそれは君臨し、目の前の脆弱な命を蹂躙する。
「あははは、さっさと逃げなよ」
その姿に似つかわしくない若く軽薄な声で告げる。
その言葉を聞いてか知らず、人々は逃げ惑う。
警官が直ぐにその場に駆けつけて拳銃をそれに向かい放つがその弾丸の全ては鎧に弾かれてしまう。
警官の持つ拳銃など意にも返さずにそれは真っ直ぐに進んでその剣でパトカーを切り裂いた。
一撃で粉砕された車は爆発し、周囲に居た警官全てを吹き飛ばす。
その炎に煽られてもそれは微動だにしない。
「やっぱり、人間はもろいなぁ」
それはあざ笑う。
何も出来ぬ存在を
おもちゃの如く扱い、そして壊していく。

突如として彼の周囲の風景が止まる。
完全な停止
それは目の前の人間を置物のように変え、空気を凍りつかせる。
「ん?」
その世界で彼は周囲をぐるりと見渡す。
何処からか飛んできたナイフが彼の目前で止まっていた。
「へぇ……こんなことが出来るなんて、何者かな?」
それ……キングはビルの物陰に視線を合わせる。

その言葉と視線に咲夜は自身の心臓が跳ね上がるのを感じる。
圧倒的な殺意。
それは目の前の存在が自分を圧倒的に超える力を持つ者だと直感で告げる。
その殺気に咲夜はその場から飛び出た。
それが彼女の命を永らえさせることになる。
キングが振るった刃はまるで空間を切断するかのように咲夜が潜んでいた場所を切り裂いた。
その一撃にビルの外壁は切り裂かれ、亀裂を入れる。
「はぁはぁ……」
咲夜はキングの前に姿を現した。
先ほどの一撃を垣間見て息が上がる。
「驚いたな。人間か……君がこの時間を停止させてるのか?」
キングが咲夜に尋ねる。
その声に緊張感など無く、何処か愉快そうだった。
「そうよ。時間を操るのが私の能力……貴方もそうなのかしら?」
咲夜は冷や汗をかきながらも何時ものペースを保とうと気丈に振舞う。
怯えていることを悟らせてはいけない。
強者の前で弱気を見せるなど殺してくれと言っているに過ぎない。
「へぇ、人間も進化してるんだな……いや、過去の奇跡が偶々、壊されずに残ってたのか……
まぁ、どっちでも良いか」
キングは視線を咲夜から外して何かしら呟く。
その言葉を咲夜は気にしたが、だが、議論している暇などは無い。
即座にナイフを抜くとキングに向かって投げつける。
魔力を込めたナイフの投擲。
拳銃程度よりも威力は出る。
だが、その全てはキングの盾に弾かれた。
「攻撃用の魔法は使えないのかい?」
キングが咲夜に尋ねる。
その表情は明らかに落胆していた。
「くっ……」
咲夜は真正面からの攻撃が通用し無い事を悟ると発動していた時間停止をやめる。
それと同時に周囲の時間は動き出し、人々は逃げ惑い始めた。
誰も咲夜の姿を気にも留めない。
いや、留められないという方が正しいだろう。
誰もが命が惜しい。
キングが動きを止めているその隙に我先にと逃げ惑った。
「時間を止めるのはやめるの?」
キングが咲夜に質問する。
咲夜はそれに応えずにナイフをキングに向かって投擲した。
それは先ほどよりも速いスピードでキングに到達する。
しかし、それも難なくキングは盾で防いでしまった。
「速いね……もしかして、時間加速かな?そんな事も出来るなんて器用だな」
今度は楽しそうにキングは話す。
咲夜の力を確かめているかのようだった。
「くっ!」
咲夜は両手にナイフを構えると体内の魔力を増幅させる。
解き放たれた力は咲夜の瞳を真紅に輝かせる。
「傷符【インスクライブレッドソウル】」
咲夜は果敢にもキングに一気に接近する。
その速度は凄まじく停止も使用していないのにまるで瞬間移動したかのように一瞬にして移動した。
そして、両手に携えたナイフに魔力を込めて、切り刻むべく振るう。
ナイフの軌跡は空間を切り裂いたか如く、赤い輝きを称えていた。
だが、その攻撃も全て、キングは盾で受け止める。
盾には傷一つつかず、ナイフは粉々に砕け散った。
「なっ!?」
咲夜は砕けたナイフの破片が宙に舞うのを見て驚く。
あの速度で放った怒涛の連撃。
その全ての軌跡を見切り、キングは防ぎきった。
自身の時間を加速させて放った一撃を目の前の化け物は完全に見切っていた。
「意外と色々と出来るみたいだけど」
キングは剣を落とし、その手で咲夜の首を掴む。
咲夜のか細い首はキングの巨大な手に包まれてしまう。
「ぐぅ……」
咲夜は圧迫感と恐怖に顔を歪める。
キングはそれを見上げながら咲夜の華奢な体を上空へと持ち上げた。
「もっと抗ってみなよ」
キングは少しずつその手に力を込めて行く。
みしりみしりと嫌な音が広がっていく。
咲夜は必死にその拘束から抜け出そうと暴れるが根本的な力が違いすぎる。
じわりと迫り来る死に体が竦む。
「ここまでかな?」
キングは詰まらなそうに呟いた。

「止めろぉ!!」
キングの腕に一刀が叩き込まれる。
その一撃にキングの腕部の装甲は切り裂かれ、薄く緑色の鮮血が飛び散る。
痛みと衝撃にキングは手を離し、咲夜の体が開放された。
それをブレイドは抱えるとキングから距離をとる。
「ブレイドか」
キングはその存在に気づきブレイドを睨み付ける。
「キング……今まで大人しくしていたと思ったら!」
今更、このタイミングで行動を開始したキングに憤る。
最悪のタイミングとはこの事だろう。
「君は今、ここで僕が動いたことが偶然だとでも思ってるのか?」
しかし、逆にキングが剣崎に問いかける。
その言葉に剣崎はうろたえる。
「何?」
「破滅の存在の封印を解いたのは僕。そして、破滅の存在が逃げ出した先は?
そして、僕がこのタイミングで動き出した……まさか、偶然だとは思ってないよね?」
キングは剣崎を嘲笑う。
「そんな……だったら、この状況はお前の望む通りだと言うのか!?」
剣崎は叫ぶ。
彼の言うとおりだとすれば、人と妖怪が争いあおうとしているこの状況。
それを考えて奴は作り上げたという事。
「そうだよ。人の考えた浅知恵も、妖怪の作った逃げ場所も、全部、いっぺんに破壊しつくす」
「お前は……お前は何をしたのか分かっているのか!?
お前もアンデッドだろう、何で破滅の存在に力を貸す!?」
剣崎は怒りに燃える。
融合しているアンデッドたちもその想いに同調しているかのようだった。
世界に生命を繁栄させるために戦うアンデッド。
それに対して破滅の存在は世界に死をもたらす。
相反する存在。
そして、アンデッド自身も破滅の存在を天敵と憎んですら居た。
「別に力を貸してるわけじゃない。利用してるだけさ、世界の運命を破壊するために」
「運命を破壊するだと?」
「そうだ、この狂ったゲーム、どうせだったらもっと、壊してしまえば良い。
僕たちだけ、駒として使われるなんて不公平じゃないか。
もっと、巻き込もう。全部、何もかも!」
キングは狂ったように笑う。
愉快そうに、ただ、愉快そうに。
夜の世界に笑い声だけが響く。

次の瞬間、世界は凍りついた。
「……まだやるのか?」
キングは咲夜を視線に捕らえる。
先ほどまで、狼狽し、剣崎の後ろに隠れるようにしていた咲夜はその赤い目に殺気を携えていた。
「貴方が現況なのね」
静かに咲夜が呟く。
「そうだ。隠れ里の住人。引き篭もって傍観するなんて立場は与えやしない。
全員、平等にこの狂ったゲームに参加するしかないんだ」
笑うキング。
だが、その顔面にナイフが突き刺さる。
「……へぇ」
流れ出る緑色の血。
キングはゆっくりと突き刺さったナイフを抜き放つ。
「貴方は私が倒す……!」
咲夜はナイフを一瞬にして展開する。
空中に展開されナイフはその刃を全て、キングへと向けた。
「幻葬【夜霧の幻影殺人鬼】」
咲夜は見えない力でナイフを操り、その全てを一気にキングへと投げつける。
「この程度で!」
襲い掛かるナイフの嵐。
それをキングは手にしたオールオーバーの一振りで全て薙ぎ払う。
「傷魂【ソウルスカルプチュア】」
だが、その一撃の隙。
ナイフの影に隠れて咲夜は近づいていた咲夜は両手に持っていたナイフで切りかかる。
「さっきと同じ手で……」
キングは盾で防ごうとする。
だが、
「この刃は魂を切り刻む……その程度の防御で防げるものじゃないわ!」
その防御よりも速く、咲夜のナイフは切りかかる。
刹那の瞬間、キングの装甲に無数の傷が刻まれた。
「ぐっ!」
それと同時にキングはよろめき後ずさる。
だが、それとも同時に時間が動き出した。

「何!?」
剣崎は突然、目の前で消耗した咲夜と傷を負ったキングが現れたことに目を丸くする。
普通の人間は止まった時間を認識できない。
故に、剣崎には彼らが突然、切り替わったようにしか認識できない。
「時間停止を使ったのか?」
剣崎が尋ねる。
「あぁ、そうだ」
だが、それに応えたのはキングだった。
「人間にしては良くやったんじゃないかな。でも、消耗が大きすぎる」
キングは傷を負っているといってもアンデッドとしては軽症だ。
あれでは封印まで届かない。
咲夜のほうは傷は無いものの消耗が激しく息も上がっている。
「大丈夫か?」
剣崎が咲夜に声をかけ、その肩に手を置く。
だが、咲夜はそれを払いのけて立ち上がった。
「まだよ……貴方のその体、魂を切り刻む」
咲夜はナイフをキングに向ける。
自身の魔力をつきようともその体を強引に動かしているかのようだった。
その気迫に剣崎は息を呑む。
常に飄々としていた彼女からは考えられないほどに熱くなっていた。
「残念だけど、君の相手はここまでにしておくよ」
キングがそう告げると、時間が停止し始める。

それを感じ取り、咲夜も時間停止を発動した。
「動けるだけじゃなく、時間停止自体も……」
咲夜はキングをにらみつける。
だが、キングはその言葉に首を横にふった。
「流石に僕もそこまで万能じゃない。それじゃ不公平になるからね。
この世界の持つ時の力は別のアンデッドが持つ」
キングがそう告げると何処からか咲夜に向かって刃が飛んでくる。
咲夜はその刃を回避する。
「伏兵!?」
その存在に咲夜は驚く。
その強さから何処か、彼が単独だと認識していた。
「真に時間を統べる者に勝てるかな?時間を操る能力者」
キングはそう告げるとその場から去っていく。
「待て!」
咲夜はその後を追おうとするがそれを遮るようにそれは現れた。
くすんだ黄金の肉体を持つアンデッド。
「こいつが時間を操っている正体?」
咲夜はそのアンデッドを見て呟く。
キングが持っていないのであれば消去法で目の前のアンデッドが時間を停止していた筈だ。
「打ち勝ってみなよ」
キングはそう言い残して去っていく。
咲夜はその後を追おうとするがやはり、アンデッドが邪魔をする。
咲夜は改めて、スカラベアンデッドに向かい直る。
目の前のそれを敵と認識して。

スカラベアンデッドは咲夜に襲い掛かる。
咲夜はその攻撃を回避していくがスピードも心許ない。
キングとの消費してしまった魔力により動きが緩慢になる。
更に相手も時間停止が使える以上、そのアドバンテージは完全になくなっている。
ほぼ、戦闘をしておらず消耗の無いアンデッドと消耗しつくした人間。
完全に分が悪い戦いになっていた。
「はぁはぁ……」
咲夜は苦し紛れにナイフを投げるもスカラベアンデッドはそれを腕をふるって弾き返す。
「どいつもこいつも……私の世界に入ってこないでよ!」
咲夜は敵意をむき出しにして叫ぶ。
だが、その絶叫を意にも返さずスカラベアンデッドは突撃してきた。
振るわれる豪腕。
咲夜はそれを回避しようとするが間に合わずに体にかする。
その衝撃に吹き飛ばされ、咲夜の体は地面に転がった。
「ぐ……」
咲夜の意識が混濁する。


薄れ行く意識の中で咲夜は思い起こす。
レミリアと出会った日の事を。
咲夜は生まれつき高い魔法の素養を持っていた。
それも完全な時間操作に特化していた。
だが、周囲の人間にとって咲夜は相容れぬ存在だった。
時間を停止し、まるで瞬間移動の如く移動する。
手に触れた果物を腐らせたり、或いは種へと巻き戻したり。
まだ、完全に力を使いこなしていなかった咲夜はその力を暴発させていた。
それ故に人々は咲夜に対し恐怖し、排斥した。
人の世界に彼女の居場所などは無かった。
生きる場所を失い、放浪していた彼女が行き着いた先は真赤な屋敷だった。
そこで咲夜はレミリアと出会う。
今も彼女は思う。
これが運命の出会いであったと。
吸血鬼の少女であるレミリアは咲夜を受け入れた。
その力を褒め称え、咲夜に居場所を提供した。
それだけでレミリアは咲夜にとって仕えるに値する存在だった。

だが、そんな世界も破壊されようとしている。
消え去った結界は妖怪の世界であった幻想郷を破壊し、白日の下に晒した。
もはや、妖怪と人の争いは避けられないだろう。
そして、紅魔館は人との戦いの最前線になる。
それを承諾したのはレミリアだった。
拒否したところで孤立して戦うことを余儀なくされるだけ、八雲紫は使える手として紅魔館を切り捨てるだろう。
それは容易に予想できた。
だから、レミリアは彼女の手に乗り、少しでも抗えるように力を募ろうとしている。
だが、この広い世界に繁栄する人類を相手に小さな土地に住まう妖怪がどれほど戦えると言うのか?
勝ち目の見えない戦いに突入しようとしている。
咲夜にとっての世界が壊されようとしていた。

それを画策したのはまるで愉快犯のような存在だった。
まるで楽しむためだけに戦いを広げ、自分自身は自由にその力を振るう。
そんな存在が許せずに戦ったもののその命に刃は届かなかった。
悔しさが募る。
そして、そいつはあてつけのように時間停止の力を持つ配下をぶつけてきた。
自分自身が戦う必要など無いと言うかのように

時間の停止した世界は咲夜だけの世界だった。
他の誰も動けない静寂の世界。
レミリアにすら許していない自分だけの空間。
それを憎き敵に立ち入らせる切欠を造った敵が憎かった。
立ち入れない筈の世界に立ち入る存在が許せなかった。
それを排除するためならどんな手段も厭わない。

咲夜は決意する。
自身の世界を護るために
わだかまりも超えて鍵を明け渡すことを


咲夜は意識を取り戻すと飛び上がる。
そこにスカラベアンデッドは拳を叩き込んでいた。
粉砕される地面。
少しでも反応が遅れていれば粉砕されていたのは咲夜の体だったに違いない。
咲夜は流れ出る汗を拭うこともせずに即座に剣崎の元へと向かう。
一人で倒せないのなら他者を頼るしかない。
人の世から弾き出され、吸血鬼の下で働いていた少女。
闇に生きていた少女は人の世を護るために戦うヒーローに助けを求める。
それは虫が良い話だろう。だが、咲夜にとってもそれは許しがたい行為でもある。
人に踏み入れ欲しくない領域。
だが、勝手に入り込む虫を排除するために咲夜は手段を選んで入られない。
「私の世界への入門を許可するわ……」
咲夜はその手を剣崎に触れる。
それと同時に停止した世界の中で剣崎の時間が動き始めた。

「これは!?」
剣崎は停止した世界に驚く。
「私が動かした。時間停止の中で動く許可を出したわ……」
咲夜が息も絶え絶えという様子で剣崎に告げる。
「分かった。アンデッドの封印は俺の仕事だ!」
剣崎は事態を飲み込むとスカラベアンデッドへと向かう。
剣崎はブレイラウザーを振るいスカラベアンデッドに攻撃を仕掛ける。
だが、その攻撃はスカラベアンデッドに回避されてしまう。
「速い!?」
剣崎はその動きに違和感を感じる。
スカラベアンデッドの動きが速すぎるのだ。
捕らえきれない速度で動き、ブレイドの体を殴りつける。
「うわぁ!」
剣崎の体は宙に舞う。
その体に対してスカラベアンデッドは追撃を仕掛けた。
更に剣崎の体は加速し、地面に直撃する。
地面を砕いてブレイドの体は転がった。

「そんな!」
その状態を見て咲夜は叫ぶ。
咲夜の目には剣崎の動きが緩慢として見えていた。
それは時間停止に完全に順応していない証。
「消耗しすぎた……」
その理由は明白だった。
魔力の消費が大きすぎて剣崎を完全にこの世界に置く事が出来ていないのだ。
「どういうことだ?」
剣崎はブレイラウザーを杖代わりに立ち上がる。
「停止するほどでは無いにしても体感時間が違うのよ。
相対的にあのアンデッドの方が時間の流れが速い」
「つまり、速度じゃ勝てないって事か……」
剣崎が呟く。
だが、それは致命的な問題でもある。
速度は戦いにおいて重要な位置を占める。
こうも速度に差があれば、先ほどのように触れることすら出来ないだろう。
動けたところで一方的に殴られるのが落ちである。
「……咲夜、君は助けを呼んできてくれないか?」
剣崎は完全に立ち上がり、咲夜に頼む。
「何を言ってるの」
咲夜は剣崎の言葉に耳を疑った。
勝ち目がないというのに一人で残ると彼は言ったのだ。
「俺が助けを呼びに言っても間に合わない。
それに君はさっきの戦いで力を使いすぎてるんだ」
「それは……」
役割としてそれが正しいのは分かる。
だが、それは命を捨ててるようにしか思えなかった。
だけど、剣崎の言葉はこれから死のうと自暴自棄になっているようには思えない。
しっかりと勝利を見据え、戦う戦士の声だった。
「……一人だけで逃げるかも知れないのよ?」
咲夜は何故か、そんなことを尋ねていた。
もし、剣崎に死ぬ気が無いと言うなら。
咲夜が仲間を連れて戻ってくると信じている意外に無い。
それはつまり、咲夜を信頼しているという事になる。
「そんなことをする筈無いだろ」
そして、剣崎はあっさりとそんな言葉を吐いた。
「何でそんな事が言えるのよ!」
咲夜は叫んでいた。
目の前の人間は今まで出会ってきた人間と違いすぎる。
これではまるで自分を受け入れてくれたレミリアのようではないか。
「言えるさ。冥界じゃ一緒に戦っただろ。
それに君は幻想郷を救うために戦ってたんだろ?
俺も同じ思いだ……
もしかしたら、救いたいのが人間と妖怪……違う存在なのかもしれない。
でも、護るために戦うって事は一緒だから。だから、信じられる!」
剣崎は嘘偽りを述べない。
何時だって真っ直ぐに気持ちを叫ぶ。
弱くて醜い人間の部分も持ち合わせている。
だけど、それ以上に誰かを救いたいと本気で願える人間なのだ。
そして、その誰かの分け隔てはほぼ無い。
「……無理よ。私が助けを呼んできたところで貴方は助からないわ」
咲夜は理解する。
いや、実はもっと前から理解できていたのかもしれない。
「じゃあ、どうする?」
「私があいつを倒すわ……その為の時間稼ぎをしてちょうだい」
霊夢と魔理沙と出会った時から少しずつ変わっていた。
だけど、それは幻想郷という不思議な土地だからこその奇跡だと思っていたのかもしれない。
「分かった。奴を倒すぐらい時間は俺が作る。
だから、咲夜!あいつの時間を奪い取れ!」
だけど、外から来たシンや剣崎とも肩を並べて戦えた。
理解されるはずないと思っていた吸血鬼の生を理解しようとした人間も居た。
「えぇ、私の時間と貴方の掴んだ時間。その時間の全ては私が支配する!」
だから、この時間でも自分は孤独ではないと確信できた。

心の枷がはずれ、魂が開放される。
その瞳は真紅に染まり、それでも狂気に狂いはしない。
見えていなかった世界が顔を開いた。
掌握するは過去、現在、未来。
その全ての時間軸。
人の身でその全てを支配することは出来ないだろう。
それは全知全能にでもならなければ不可能だ。
だが、それでもたった一つの点ならば掴むことが出来る。
選んだのはナイフ。
常にこの身に携え、戦いで振るい、投げてきた信頼する武器。
銀色のナイフの時間を掌握する。
今まで傷つけてきた過去、振るわれる現在、そして、打ち倒し刻んだ未来。
影響与えられる範囲は認識時間として少しの幅でしかない。
だが、その時間を収縮させれば、それは膨大な力へと置き換わる。
切り取られた時間を一点に、咲夜はそれをスカラベアンデッドへと放った。
「【デフレーションワールド】」
収縮されたナイフの時間を無数の分身のように姿を見せてスカラベアンデッドを切り裂いていく。
加速、遡行、停止、それらとは違う時間の支配。
スカラベアンデッドはそれを無効化することは出来ずに切り裂かれていく。
一度、とりつかれれば最後。
収縮した時間から逃れることは出来ない。


「これで残るはキングだけか……」
剣崎は封印されたスペードの10を見て呟く。
「アンデッド……時間さえ操る存在も居るのね」
咲夜は剣崎に寄りかかるようにそのカードを見る。
「いえ、私の力も、アンデッドの力も、世界の力の一部を使っているに過ぎないのかも」
咲夜はキングの言葉を思い出す。
『この世界の持つ時の力は別のアンデッドが持つ』
それはアンデッドの力も森羅万象の一部にしか過ぎないということ。
「世界……か」
生命を育み、数多くの生命を内包するこの世界。
アンデッドの力も世界全てから比べればちっぽけな一部にしか過ぎないのかも知れない。
剣崎がそんな事を考えていると隣から寝息が聞こえてきた。
咲夜は力尽き、眠ってしまったようだ。
崩れる体を剣崎は支えて、抱き上げる。
その寝顔は何処か安心しているようにも見えた。
「寝ちゃったか……紅魔館に運ぶかな」
剣崎は咲夜を抱きかかえたまま歩き出す。
彼女の居るべき場所へと。

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