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破滅の存在は逃走した。
だが、傷だらけの彼らにそれを追いかけるだけの力は無い。
「あいつ……何を言ってたんだ?」
翔は彼女が最後に残した言葉に疑問を感じ呟く。
まるで知り合いであるかのような素振り。
自分を倒すために造られた存在だから知っていたのか?
だが、それにしては反応がおかしいように感じられた。
「……そうだ!」
翔は思考を中断して振り返る。
そこには未だに倒れている仲間たちが居た。
彼らを助け出さなければならない。
そこで翔は不思議な光景を目にする。
「セイバー?」
翔の目にはセイバーが透けているように見えた。
「どうやら、ここまでのようですね」
セイバーは薄れ行く自分の体を見て呟く。
「それって……」
士郎は朝日に透けていくセイバーの体を見て呆然としている。
「聖杯は破滅の存在、復活の為に使用された。
それは聖杯戦争の終結を意味します」
セイバーは静かな口調で士郎に告げる。
「契約の終了……」
凛がその姿を見て呟く。
「それじゃ……セイバーは英霊の座って所に戻るのか?」
士郎が尋ねるとセイバーは首を横に振る。
「いえ、私は正式な英霊ではありません。
私は死の直前に世界に英霊となるように持ち掛けられました。
聖杯を得る事の条件の代わりに……
ですが、私は聖杯を手にしていない。
故に私が戻るのは死の直前です。その瞬間に戻り、次に聖杯を得られる機会に望みます」
「それじゃ……セイバーはまだ、聖杯が欲しいのか?」
「……士郎が私の望みを嫌っているのは分かります。
ですが、私は……」
セイバーは告げる言葉を躊躇う。
「……良いんじゃないか。自分が決めた道を進みたいって言うんだから」
そんなセイバーにシンが傷を庇う様に歩み寄る。
「シン。でも、それじゃセイバーは……セイバー自身はどうなるって言うんだよ。
過去を変えて……それでセイバーは……」
「私がしてきたことは無くなります。ですが、私自身が居なくなるという事は無いでしょう。
後は他の英霊たちと同じように世界の為に戦うだけです」
セイバーの告げる言葉に士郎は悲しい顔を作る。
だが、そんな士郎の背中を剣崎が叩いた。
「お別れだって言う時にそんな顔するなよ」
傷だらけの体で、立つことさえ辛そうにしながら剣崎は笑顔を作る。
「俺たちの考えとセイバーの考えは交わらなかったかも知れない。
だけど、セイバーは俺たちの仲間だろ。
見送るときぐらいは笑顔で送ろう」
「剣崎さん……」
士郎はそんな剣崎を見て、表情を切り替える。
「セイバー……俺は俺の信じる道を行くよ。君と出会えた事、教えてくれたことは忘れない!」
士郎は真っ直ぐにセイバーを見据えて告げる。
「俺もだ……君が居なければ俺たちは負けていたかもしれない。
君にとって結果は散々だったかもしれないけど……それでも助けられた人が居ることは忘れないで欲しい」
剣崎が改めて礼を告げる。
「士郎……一真……」
セイバーはその言葉を受けて嬉しそうに呟く。
「貴方たちに出会えて良かった……聖杯は手に入りませんでした……ですが、掛け替えの無いものを手に出来た。
貴方たちの戦い……その最後まで付き合えないことが心残りですが貴方たちなら大丈夫だ」
セイバーの体はきえていき殆ど輪郭すらもつかめなくなる。
声もそれに合わせて消えていくがそれを受け取る皆には強く響いていた。
「さようなら。人の明日を頼みました」
最後に言葉を残してセイバーの姿は全て消えた。
残ったのは朝日の輝きだけ。
激しい戦いの残滓も全て光が照らしていく。
「さようなら。セイバー……俺たちは負けないよ」
士郎は消えたセイバーに言葉を送る。
しかし、この出会いが最後になるなど運命づけられてはいない。
AnotherPlayer
第三十三話「幻想の開花」
「全く……随分とぼろぼろにしてくれたわね……」
荒れ果てた境内を見て霊夢が呟く。
「そう言えば、何で霊夢がこっちに居るんだ?」
シンが霊夢に尋ねる。
戦っていたのは博麗神社とは言え、外の世界だったのだ。
彼女が出張ってくるのはおかしい。
「何を言ってるのよ。ここは幻想郷よ」
霊夢の言葉にその場の全員が驚く。
翔を除いて。
「嘘だろ……?」
「嘘を吐いてどうするのよ。いきなり、五月蝿くなったと思ったらあんたたちがあの妖怪と戦ってるし、
危ないみたいだったから助けに入ったのよ……いてて」
霊夢は気丈に振舞っているが彼女の傷も浅いわけではない。
流血自体も収まっていないのか抑えた手から血が流れ出ている。
「おい、大丈夫か!?」
シンがその様子に驚いて尋ねる。
「あんまりね……」
霊夢は蒼い顔で答える。
霊夢だけではない。
カズキやなのはも……殆どの人間が破滅の存在との戦いで大きな傷を残している。
「このままじゃまずい……何処かで治療しないと……」
シン自身の傷も浅くないが動けるだけましだった。
「そうだな」
剣崎も傷が大きいがそれを感じさせずに動いている。
「治療なら私が行います」
その場に八意永琳が現れる。
「あんたは!?」
その登場にシンたちは驚く。
「私が呼んだのよ。それよりもこのままじゃまずいわよ」
それに鈴仙が答えるがシンたちには事情が上手く飲み込めなかった。
だが、今は彼女たちの手を借りるしかないとその協力を受け入れることにする。
「ふぅ……これで全員ね」
最後に剣崎の治療を終えて永琳が呟く。
「ありがとうございます」
それに対して剣崎は感謝の言葉を述べる。
剣崎自身のダメージはそこまで深いものは無かったのかそこまで治療に時間はかからなかったし、それ故に最後になった。
「気にすることは無いわ。怪我人の治療をするのは医者の勤めだもの……
それよりも……貴方はアンデッドと融合するライダーシステムの適合者だったわね?」
永琳が剣崎に尋ねる。
「えぇ、そうですけど……それが何か?」
「気にならないといえば嘘になるわね。何せ、不死生物と融合しているんだもの。
そのシステムを使用していて何か体に違和感を感じたことは無い?」
真剣な面持ちで永琳は剣崎を見つめる。
その問いに剣崎は腕組思案をする。
「う~ん……得にこれといって何も。何時も通りって感じですけど……
何か俺の体が変だったんですか?」
「私が治療する前から傷が高速で再生した形跡があったわ」
「それがアンデッドと融合してるせいって事ですか?」
「その可能性があるってだけよ。確証は無いわ」
永琳の言葉を受けて剣崎は考える。
「でも、それって問題ないですよね」
「そうとも限らないわ。貴方の体がアンデッドに近づく……
もし、アンデッドと同じような体になれば貴方は死ねなくなる。
永遠のこの世界で生きる事になるのよ」
暢気な剣崎に永琳が真剣な面持ちで伝える。
その迫力に剣崎は気おされるが直ぐに永琳はいつものように柔和な表情に戻った。
「少し、脅かしすぎたかしらね。まぁ、必ずそうなるとは限らないけれど……もし、そんな兆候があったのなら教えて頂戴」
「はい、分かりました」
永琳の言葉に剣崎は頷く。
荒れ果てた境内を眺めて翔は立ち尽くしている。
「こんな所に居たのか?」
そんな彼にシンが声をかけた。
その上半身は包帯で包まれている。
装甲の破片などが突き刺さっていたがそれでもまだ、軽症だという。
「あぁ……遅くなってすまなかったな」
翔はシンに謝罪する。
「何であんなに遅かったんだ?相手が破滅の存在だったからお前の力は必要になったかもしれないのに」
「足止めをされた」
「足止め?」
「あぁ……」
翔はシンに昨日、あったことを話す。
昨夜、ジョーカー復活による波動を感知した翔も博麗神社のある山を目指していた。
だが、山へと入ろうとする道で一人の少女が立ちふさがった。
プレイヤーの配下であり、アークエンジェルと共に行動していた少女。
名は終焉。
「お前は……何故、ここに居る?」
翔が足を止めて彼女に尋ねる。
「足止めです。今の貴方がここから先に進むのは死にに行くようなものですから」
そう告げて焉はその手に持つ銃を翔に向ける。
「足止め?プレイヤーの命令なのか?」
翔は木刀を構えて焉に尋ねる。
その問いに焉は頷く。
「そうです。貴方を殺す訳には行かない。貴方は人類の希望なのだから」
「だとしても、行かなきゃならない。今回ばかりはな!」
翔は焉に対して走り出した。
「プレイヤーってお前を造った奴で、破滅の存在を倒そうとしてた奴だろ?
なのになんで、破滅の存在との戦いでお前の足を止めようとしたんだ!?」
翔の話を聞いてシンが声を荒げる。
「分からない。だけど、前から気になっていた。プレイヤーが俺を放置していた理由に関係あるのかもな」
「そういえば、勝手に逃げ出したのに今まで何の動きも見せなかったからな」
「単純に破滅の存在を倒すだけが目的に生み出された訳じゃないのかもしれない……」
「どういうことだ?」
「……破滅の存在は俺のことを知ってるみたいだった。
それも自分を倒すために造られたとかそういう感じじゃない……
何か以前から俺の事を知っていたように感じられた」
「お前のことを知ってるなんてありえないだろ。お前は作られたばっかりで、最初に知り合ったのは俺なんだから」
シンは翔が目を覚ますところを見ている。
そして、プレイヤーの伝えた話ではそれ以前に翔が目覚めたことなど無かったのだ。
破滅の存在がプレイヤーを知っているということなどありえない。
「とにかく、プレイヤーを全面的に信じるのは危険だ。
元々、あまり信用なんかしてないけど」
翔はシンに告げる。
「あぁ、そうだね。僕もそれが良いと思うよ」
そんな翔とシンのところにキラがやってきた。
「あんたは……」
その姿を見てシンは驚き立ち上がる。
「君がシン・アスカくんだよね。僕はキラ・ヤマト。フリーダムのパイロットだよ」
キラがシンに対して自己紹介をする。
「噂で聞いたことがある。ヤキン・ドゥーエでザフトと連合を相手に戦ったスーパーエースだって。
ザフトでも連合でも行方不明扱いだったけど、まさか、破滅の存在と戦ってただなんて」
シンは少し緊張した面持ちになる。
ザフトの中では半ば伝説の存在だ。
アスランも同程度だとは言え、あちらはいくらか既に慣れている。
「うん……本当はオーブでゆっくりと暮らしてたんだけど、プレイヤーに誘われてね」
「プレイヤー……でも、あんたはさっきそいつのことを信用するなって言ってたじゃないか。
あんたは信用できない相手の誘いで戦っているって言うんですか?」
シンはキラの言動に違和感を感じる。
「確かに誘いをかけたのは彼だ。そして、僕は破滅の存在が危険だと感じて戦っている。
だけど、彼の行おうとする全てが正しいだなんて思ってはいない」
「そんな相手の指示の元に戦っていられるんですか?」
「僕としてもそんな状態で戦いたくなんてないよ……だけど、放っておけば破滅の存在は多くの人を死へと導く。
動かなければ多くの人が死んでいくんだ」
「……それは」
迷いがあるとは言え、世界はそれに準じて動いてくれるわけではない。
立ち止まっている間に消えていくものもある。
キラはシンの目を真っ直ぐに見た。
「プレイヤーが多くのことを僕たちに隠しているのは事実だと思う。
だから、僕たちはそれを探りながら行動している」
「……それを俺に教えるのは何でですか?」
キラから送られる視線。
それは何処かシンに何かを問いかけているようだった。
シンは警戒した面持ちで彼に尋ねる。
「君が天翔の友人だからだ」
「翔の?」
意外な返答にシンは驚く。
「プレイヤーのことは良くわからないど、彼が重要なのは事実だと思う。
だから、彼に近い君はいずれ、プレイヤーと関わっていくことになると思う」
「……そもそも、プレイヤーって何者なんですか?
破滅の存在なんて得体の知れない者を知っていて、それを倒そうとしている。
普通じゃないですよ。他に破滅の存在なんて言うのを知ってたのはアンデッドぐらいだ。
だけど、BOARDはそれについて何も知らなかった」
烏丸署長からそのような話を聞いた覚えが無い。
彼が何かを隠しているのかも知れないが。
「詳しくは知らない。僕たちとしても彼が与える情報が真実だからその依頼に応えているだけでしかない。
でも、手に入れてくる情報や技術を考えると連合やザフトよりもより大きな組織だと思っている」
「連合やザフトよりも!?そんな馬鹿なことが……」
「確かに荒唐無稽だと思う。けど、プレイヤーは次元を超越する技術を持っている。
だから、僕は以前に幻想郷に来ることも出来た」
「……そうか、別世界。地球とは別の世界の人かも知れない」
次元を超越するという単語からシンは自分たちの世界だけの枠組みでは当てはまらないものを思い返す。
「地球とは別の?」
「次元世界っていう所にはこの世界とは別に色々な世界があるんです。
そこの時空管理局って組織は技術力はザフトや連合よりも上だ」
その背景は分からないが次元航行技術だけでも明らかに地球の文明よりも上だと判断できる。
「別次元か……なるほど、そういう考えは無かったな」
キラはその言葉を聞いて何やら納得する。
彼はシンの話を全面的に信用しているようだ。
「どうやら、君たちは僕たちよりも色々と知ってるみたいだね」
「偶然ですよ。そういう色々と知り合って協力し合って来ただけです」
「……偶然なのかな?」
「えっ?」
キラの言葉にシンは困惑する。
「もしかしたら、君や僕たちは大きな運命の流れに飲み込まれてるのかも知れない」
「運命……?」
シンは反芻するように運命という単語を呟く。
「ごめん、気に障ったかな」
「いえ……でも、確かに偶然で片付けるには色々とありすぎましたし……」
シンは考える。
最初はアンデッドを封印するための戦いだった。
そこから錬金術により生み出された脅威と戦い、
別世界から来たジュエルシードという遺失物を巡り、次元世界の人間と彼らが持つ魔法技術を垣間見た。
幻想郷という異世界とそこに住む妖怪という伝承の存在との邂逅。
ローゼンメイデンなる不可思議な存在との出会い。
更には聖杯戦争なる戦いで過去の英雄を召還し、使役するものとも出会うことになる。
そのどれもが常識では考えられない世界だ。
それをこの数ヶ月の間に同じ街で出会うことになる。
そこに何か不思議な要因が無いなどとは思えなかった。
「どうして、俺たちが居る場所でこんなに戦いが起きる?
どうして、俺たちはそれを当然のことのように受け入れて一緒に戦っていた?」
ありえないとしか言い様が無い。
だが、事実だ。
全てが起こったことであり、紛れもない真実に過ぎない。
「やっぱり、君たちがこの戦いの中心なのかも」
キラがそんなシンを見て呟く。
「えっ?」
「翔が君の所に行ってプレイヤーは何も言わなかった。
そこから僕たちは君たちがプレイヤーの求める何かを持ってるって思ったんだ。
だから、いずれにせよプレイヤーは君たちに干渉するとも読んだ」
「プレイヤーの……?」
「それが何かは分からない……だけど、多分、破滅の存在との戦いに君たちが必要なんだ」
「破滅の存在……そもそも、あいつは何なんですか?
現象だなんて言われても、あいつにも確実に何かしらの意思があった。
あれは妖怪とかそう言うものの一種って事なんですか?」
「そうだね……力の強い妖怪。そう思うのが一番なのかも……」
「そう言うことは貴方も詳しく知らないって事ですか?」
「うん……何か話してみると僕は本当に何も知らないんだなって実感するよ。
討つべき敵も……信じるべき真実も……この世界ですら僕は本当に何も知らない」
「……俺もです。ここまでずっと戦ってきたけど、分からないことだらけだ……」
「そっか……それ、じゃあ、これかは色々と知っていこうよ。
何を信じ、何と戦うのか……」
「……そうですね。その時は素直に貴方の力を頼りにさせてもらいます」
「僕もね」
シンとキラは互いに意思を固める。
これから続くであろう戦い、その方向を決めることに
「もう、大丈夫なのか?」
剣崎が始に声をかける。
「あぁ……これもお前のおかげだな」
始はその声に応えた。
「珍しいな。お前が素直に感謝するなんて……」
剣崎はその始の反応に驚く。
「今回ばかりは俺も諦めていた……
お前たちが居なければ今頃はジョーカーの本能に負けて暴れまわっていただけだろうからな」
始は自嘲気味に応える。
「お前がその姿を嫌っているってイリヤちゃんが言ってたからな。
何で、お前はジョーカーの姿が嫌いなんだ」
「あの姿の俺には何も無い。何も満たされることが無い。
ただ、全てを倒し、勝ち残るしか考えられない……
昔はそれが普通だった。だが、今では堪らなくそれが嫌なんだ」
「そっか……それは始に心があるからだな」
「心?」
「そう、他人を思いやり愛する心。
ずっと、お前は他のアンデッドと違うと思っていた。
多分、お前は人間を愛せるんだ。だから、俺はお前を倒したくないし、友達になりたいと思った」
「……人を愛す……か。それもこれの影響かも知れないな」
始は一枚のカードを取り出す。
「それは……」
「ハートの2……ヒューマンアンデッドのカードだ」
人類の始祖であるアンデッドのラウズカード。
「……やっぱり、そう面と向かって見せられるとショックだな」
「だろうな……だが、俺はこれのおかげで心を手に入れられたと思う」
「ヒューマンアンデッドの力でか?」
「あぁ、ヒューマンアンデッドを封印して、この姿に変身してからジョーカーに戻るのが嫌になった」
「切欠か……」
「それから俺はハートのAでジョーカーの力を封印し、戦っていた」
「なるほどな……ヒューマンアンデッドが封印されてるのはショックだけど、それでお前が救われたんだったら、
何も問題は無いな」
「ありがとう……今回の借りは必ず返す」
「約束だぞ」
剣崎と始は握手を交わす。
人とアンデッド……その間での友情。
それは奇跡的なことだった。
翌日
幻想郷の空を一つの影が疾走する。
その速度は正に疾風。
その影は博麗神社の上空で止まる。
「あやや、何か凄い事になってますね」
それは境内の惨状を目の当たりにすると急降下した。
その影は神社の境内で呆然としている霊夢の目の前に着地する。
「どうも~、霊夢さん。神社が何やらボロボロですが一体、何があったんですか?」
それは少女だった。
彼女の名は射命丸文。
幻想郷に住む妖怪、烏天狗の一人で、烏天狗の例に漏れず新聞記者をしている。
文はカメラを片手に霊夢に声をかけた。
「どうもこうも、厄介な奴が暴れただけよ……」
霊夢は乱れた髪を直しながら応える。
「厄介な奴ですか?何やら、事件の匂いがしますね」
文は興味津々という様子で霊夢に近づいていく。
「取材なら受け付けないわよ……こっちはこれから、片づけをしないといけないんだから」
霊夢はそう言って文を遠ざけようとする。
「いえいえ、片付けの合間、いえ、休憩がてらでも良いですから」
しかし、それでも文はしつこく食い下がってくる。
折角の記事のネタをそう易々と逃そうとはしない。
「まぁ、今回は止めとけよ。何せ、珍しく惨敗だったらしいからな」
そこに横入りが入る。
鳥居の下に座っていた魔理沙が文と霊夢の間に入る。
「おやおや、魔理沙さん。霊夢さんが惨敗というのは本当ですか?
この幻想郷に霊夢さんをボコボコに出来る怖いもの知らずが居たとは驚きですが」
取材の矛先を魔理沙にかえて文が擦り寄る。
「いや、幻想郷の妖怪じゃ無いらしいぜ。何でも外の博麗神社で戦ってたら結界の内側に入ってきただけみたいで」
それに魔理沙が答える。
「外の世界のですか?最近、やたらと外来人が来てると聞きますが何か関係が?」
「おっ、勘が鋭いな。そのものずばり、以前から来てた外来人の関係だ。
そいつらが戦ってた敵……破滅の存在って言ったかな。そいつと戦ってて来たらしいぜ」
魔理沙の話を聞いていて、文は一瞬、メモを取る手を止める。
「……破滅の存在?ですか?」
「そうそう。それで霊夢も助太刀に行ったんだけど結局、重症を負わされたらしくてな。
今は永琳の治療もあって動いてるけど酷いものだったらしいな」
「……なるほど。まぁ、正体不明では危険を煽るだけですし、このネタはもう少し調査をするしかありませんね」
「珍しいな。てっきり、霊夢が負けた事を嬉々として新聞にするとでも思っていたが」
「そんな事はしませんよ。博麗の巫女は幻想郷の象徴。
それが負けた……しかも、真剣勝負だったとあれば幻想郷の根本が崩れかねない大事件です。
そう易々と扱って良い訳ありません」
「そんなものか……。まぁ、今は霊夢が重症だってのは事実だからな。
あんまり、ネタになりそうなことは無いと思うぞ」
「そうですね。病人に無理をさせる訳にも行きませんし……ネタは他に行って探しましょう」
「あぁ、そうしな」
「ではでは!」
文はそう言うと一直線に空へと駆け上がり、消えていってしまった。
「……何か今、凄いスピードで飛んでいかなかったか?」
荒れ果てた境内を歩いて来たシンが空を見上げる。
「あぁ、烏天狗だ。ブン屋だから質問された適当に答えとけ、あること無いことでっち上げて新聞にされるぜ」
「それは適当に答えちゃいけないんじゃないか?」
「甘いな。まじめに答えてもあること無いこと書かれるんだ。まじめにやるだけ損なのさ」
「あぁ……なるほどな」
魔理沙の言葉にシンが納得する。
「……天狗が居なくなったと思ったら。何であんたが居るのよ!」
霊夢が血管を浮かせるかのごとくイライラとしながらシンに対して怒鳴る。
「さっき言っただろ。折角、また来ることになったんだし今回は少し幻想郷って所を見ていこうと思って」
「知ってるわよ!」
この日の朝に霊夢はどうにか起きれるようになり外来人を戻すことになった。
その折にシンはそう提案して幻想郷に残ることにしたのだ。
生憎、インパルスガンダムも大破しており修理には時間がかかる。
この状態では外に戻ったところで戦力としては期待できないからこそ出来る自由行動である。
「まぁまぁ、あまり怒ってると傷が開くよ」
そんな霊夢をキラが宥める。
「あんたもよ!」
しかし、怒りの矛先が変わるだけだった。
「僕は彼らと帰る場所が違うからね。安心して、迎えは近いうちに来るはずだから」
「そう言うことじゃないわよ。迎えを待つなら外でも出来るでしょ」
「あぁ、最近、戦艦での生活が長かったからこういう文明から離れた場所で過ごすのも悪くないかなって思って」
「……なんてマイペースな奴なの」
霊夢はのほほんとしているキラに呆れる。
「あなたもそう、かっかしないの。こっちに来て紅茶でも飲んだら?」
そんな霊夢に真紅が提案する。
境内の近くの森の中、荒れ果てていない場所でシートを広げてそこに座っていた。
「そうよ。貴方、シンの短気がうつったんじゃない?」
そのシートで一緒にティータイムを楽しんでいるレミリアが告げる。
その横では彼女たちの世話を咲夜が行っていた。
その光景に霊夢は溜息を吐く。
「まぁ、元気出せよ」
そんな霊夢の肩を魔理沙がぽんと叩く。
それと同時に霊夢は声にならない悲鳴を上げた。
そして、その場に膝を付いて座ってしまう。
「うおっ!?傷に響いたのか?というか、そんな状態で良く叫べてたな」
魔理沙はその様子に驚いておっかなびっくり距離をとる。
「痛み止めが切れてきたのよ……」
霊夢はそう言うと震えながら立ち上がる。
そんな彼女の前に水と薬が差し出された。
「動くのも辛いでしょ?」
咲夜はそう言うと霊夢は差し出されたそれを受け取り飲み干す。
そして、次の瞬間には神社の中にある部屋で布団に寝かされていた。
「……悪いわね」
霊夢は礼を言う。
「まぁ、しばらくは大人しくしてなさい。シンやその友人の見張りは代わりにやっておくわ」
「……まぁ、あんたなら大丈夫か。シンは無茶しがちだからちょっと見張っておいて」
「それは……余り約束できないわね」
咲夜はそう答えて部屋を後にする。
それに霊夢は何も返さなかった。
「ねぇ、どこか面白い観光スポットとか無いの?」
真紅とレミリアのお茶会に混じっているキラがレミリアに尋ねる。
「いきないな注文ね。……そうね。私も余り、外に出ないから……咲夜?」
レミリアが尋ねるとその背後に咲夜が出現する。
「何でしょうか?」
「彼が幻想郷を観光したいらしいから案内してあげて頂戴」
「かしこまりました」
咲夜は一礼する。
「いいの?」
「別に構わないわよ」
「それなら、私もご一緒させてもらおうかしら」
真紅がその話に乗っかる。
「あら、それじゃ、私の相手をしてくれる人が居なくなるじゃない」
不満そうにレミリアが呟く。
「だったら、シンでも誘えば……」
真紅はそう言ってあたりを見渡すがシンの姿は無かった。
「あぁ、シンならさっき、一人でどっかに行ったみたいだよ」
キラが真紅に告げる。
「協調性が無いわね」
「……別にいいわ。折角だし、霊夢の看病でもして時間を潰すことにするわ」
レミリアはそう言い日傘を差す。
そして、神社へと歩いていった。
「シンと彼女の間に何かあったの?」
キラは咲夜に尋ねる。
「何故、そう思うのかしら?」
「彼女はシンの名前が出た瞬間に反応してたし、シンが行くまでその姿を視線で追ってたから」
「良く見てるのね」
「何となく気になってね。彼女もただの女の子って訳じゃ無いんでしょ?
それが何でシンを気にしてるのか興味があったから」
「……なるほど。どちらかと言えば貴方の興味の対象はシン・アスカなのね。
正直、私はお嬢様がシンを気にかける理由は図りかねてるわ。
だけど、今の状況はちょっと意地を張ってるだけよ」
「意地?」
「喧嘩してるのよ。どちらも子供だから謝れてないだけ」
「あはは、なるほどね」
キラは愉快そうに笑う。
「何がおかしいのかしら?」
「別に……ただ、この幻想郷って場所にもっと興味が湧いただけだよ」
キラの言葉に咲夜は首をかしげる。
「それよりも、さっさと案内して頂戴」
真紅に急かされ彼らは歩き始めた。
霧の湖
その湖畔をシンは佇んでいる。
その足元には季節には不釣合いなほどに多くの花が咲き誇り、湖の向こうには紅い屋敷が見えた。
「……やっぱり、昼間じゃ妖怪には会わないのか」
シンはこの道中に何にも遭遇しなかったことを思い出す。
そんなことを考えながら歩いていると前方の湖の水が凍り付いているのを発見した。
「はぁ?まさか、まだ冬が残ってるのか?」
シンはその奇怪な場所に足早に近づいていく。
すると身震いするほどの寒さとその先に居る小さな少女に気づいた。
「女の子……って、浮いてるし変な羽生えてるし、妖怪か?」
それに気づいてシンが呟く。
するとその少女はその言葉に気づいたのか真っ直ぐにシンへと向かってきた。
「妖怪じゃ無いわ。妖精よ。そんな事も知らないなんて馬鹿ね」
少女……氷の妖精チルノはシンを小馬鹿にして笑う。
馬鹿っぽそうな相手に馬鹿にされてシンはカチンと来た。
「誰が馬鹿だ!大体、外には妖怪も妖精も居ないんだ。分かるはずが無いだろ!」
「外?って事は外来人?って奴?」
「ん、あぁ、そうだよ」
「へぇ、珍しいわね。それじゃ、外来人って強いのかしら?」
「何を言って?」
シンが困惑しているとチルノはいきなり氷柱をシンに向かって放つ。
シンはそれをサイドステップで回避した。
「いきなり、何をするんだ!?」
「外の人間にもあたいが最強って事を教えてやるのよ。
そうすればあたいの強さは外にも響き渡るってことだわ」
チルノはそう言うと遠慮無しに氷柱を放射していく。
「ふざけんなッ!」
シンはそれを必死に回避し続けるが寒さで段々と体が動かなくなってきた。
「意外にやるわね……なら、これでどう!?凍符【パーフェクトフリーズ】」
チルノがスペルを宣言すると冷気の波が放射され、空気が凝縮される。
するとシンの周囲に無数の氷の弾が出現した。
それはまるで世界が凍りついたかのように見えた。
シンは冷気に体が凍りついたかのように感じたが氷の弾が自分に向かってきていることに気づくと咄嗟に動こうとする。
だが、シンの反応は寒さで思ったほどに速くなく、氷の弾はシンの体に当たろうとしていた。
その瞬間、何かが駆け抜け、シンの周囲の氷が切り裂かれる。
「こんなところで何で妖精と遊んでいるんですか?」
鞘に刀をしまい妖夢がシンに尋ねる。
「いきなり、襲いかかれたんだよ」
シンは内心、ほっとしながら答える。
「だったら、さっさと倒してしまえば良いじゃないですか。
貴方ほどの腕前なら何も問題ないと思いますけど」
「倒すって言っても……流石に子供相手に本気出すわけには」
シンは口ごもる。
見た目で判断してはいけないと分かっていても流石に躊躇していた。
そして、その隙にこのざまである。
レミリアのように分かりやすく殺気を出していればスイッチの切り替えも出来ようものだが
チルノからは殺気など微塵も無い。
ただ、遊んでいるに過ぎないのだ。
「大丈夫ですよ。妖精は死にませんから、迷惑だったら斬ってしまえば良いんです」
「死なないのか?」
「えぇ、自然の一部が意思があるように振舞っているだけらしいですから。倒してもしばらくすれば復活します」
「なるほどな。それじゃ、ちょっとその刀を貸してくれ」
シンは妖夢に手を差し出す。
「別に構いませんけど……」
妖夢はそう言われて楼観剣をシンに渡した。
シンはそれを受け取ると刀を鞘から抜き、チルノを睨み付ける。
「話は終わったの?」
「あぁ、十分だ」
「強い者は弱い物の相談を黙ってみてるものって言うわ。
それだけであたいがどれだけ最強か分かるわね」
「はっ?最強?お前が最強だって言うなら力を見せてみろよ」
シンはチルノを鼻で笑う。
「いい度胸ね!」
チルノはその挑発に乗った。
「氷符【アイシクルフォール】」
チルノはスペルカードを宣言すると自分の前方に冷気と氷の礫を滝のように放射する。
「舐められっぱなしじゃいられないからな!」
シンは刀を構えるとその冷気に飛び込んで行く。
「なっ!?無茶だ!」
妖夢はその姿を見て驚き叫ぶ。
あえて、弾幕に自らを飛び込ませるとは。
それもモビルスーツを使わずに。
その様子は妖夢の目には無謀にしか写らなかった。
だが、シンにはその弾幕の切れ目が目に見えていた。
それを回避し、着実にチルノへと近づいていく。
チルノはそれに焦って冷気を放射するがそれは逆に隙を作り出した。
シンは空中へと飛び上がるとチルノを飛び越えて、背後に回る。
「えっ!?」
チルノにはその動きが見えなかった。
氷の弾幕が壁になり、シンの動きを把握できていない。
彼女の視線にはシンが消えたようにしか見えなかった。
シンはそんな彼女の後頭部に刀を打ち付けた。
「それにしても、こんな力を持ったのがそこらへんをうろついてるのか」
シンは気絶しているチルノを見下ろして呟く。
チルノの後頭部には大きなこぶが出来ていた。
全力での峰打ち。
完全にチルノの意識を断ち切るには十分だった。
「外には居ないんですか?」
妖夢がシンに尋ねる。
「あぁ、こんな危険なのは余りな。紛争地帯とかそう言う場所はまぁ、こんなんじゃすまないけど。
日本だと余り無いって話だったしな」
治安に限れば日本の安全性はかなりのものだ。
冬木には当てはまらないだけで。
それを考えればこんな少女が襲い掛かってくる幻想郷はかなり危険と言える。
シンはそんなことを考えながら刀を妖夢に返す。
「でも、別に斬っても良かったんですよ。消えるだけですし」
「いや、そうするしかないならしたけど……予想以上に挑発に弱かったから」
「まぁ、攻撃がでたらめでしたからね」
シンの簡単な挑発でチルノの攻撃は攻撃的になった。
だが、それだけに単調になっていた。
「……俺も気をつけないとな」
その様子にシンは一人反省する。
他人の振りを見て我が身を直す。
チルノの直情さはシンに通じるものが無い訳ではない。
「それよりも何でシンがここに居るんですか?
てっきり、外に帰ったものだと……」
「あぁ、また、色々とあってこっちに来ることになったんだ。
それでいい機会だからちょっと幻想郷を見て回ろうかなって」
「はぁ……それじゃ、特に何か目的があるわけじゃないんですか?」
「ん?まぁ、特に何かがしたかった訳じゃないし」
「それじゃ……私と一緒に異変を解決しに行きませんか?」
キラと真紅は咲夜に案内されながら幻想郷を歩いていた。
「幻想郷というのは随分と花が多いのね」
真紅が呟く。
ここまでの道中で多くの花が咲き誇っていた。
その光景は何処か不気味ですらあるほどだ。
「おかしいわね。こんなに花が咲くなんて今まで無かったわ」
それに対して咲夜が反応する。
「そうなんだ。こんなに色々な種類の花が一気に繁殖するなんて普通、考えられないけど……
これも何かの影響なのかな?」
キラが咲夜に尋ねる。
「何か……ね。心当たりが無いわね」
咲夜には特に思い当たる節も無い。
不思議に思いながら彼らが歩いていると上空から何かが降りてきた。
「あんた達、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
兎耳のブレザー姿の少女。
鈴仙が咲夜たちに声をかける。
「何か用かしら?」。
「兎の妖怪を見なかったかしら?背はこんぐらいで小さい奴なんだけど」
鈴仙が尋ねると三人は首を横に振った。
「仲間を探してるって事?」
「えぇ、忙しいって言うのに逃げ出しちゃって……」
鈴仙はそう話しながら彼らを見回し、視線を真紅に集中させる。
「ん?そこのそいつって人形?」
そして、そう問いかけた。
「えぇ、そうよ」
それに対して真紅が答える。
「へぇ、あいつの他にも自立行動できる人形が居たのね」
「ちょっと、その話を詳しく聞かせてもらえないかしら」
真紅がその話に食いついた。
「メディスンのことを?」
「メディスンって言うのね……どうやら、私の姉妹じゃ無いみたいだけど動く人形に興味はあるわ。
その子は何処に居るのかしら?」
少し安堵した様子で真紅は尋ねる。
「あっちの方にある鈴蘭畑に居たわよ。
何でも人間を倒して人形を解放させるとか物騒なことを言ってたけど」
「なるほどね。あまり、人間に対して良い感情を持ってないようね……」
真紅はそう言うと咲夜とキラを見る。
「僕は別に構わないけど。特に用事があった訳じゃないし、その人形も見てみたいしね」
「私も別段問題ないわ。そこも幻想郷である以上、案内するし」
キラと咲夜はあっさりと承諾する。
「ありがとう。それじゃ……ええと」
真紅は鈴仙に礼を言おうとするが彼女の名前を知らないことに気づく。
「鈴仙よ」
「そう、ありがとう鈴仙。私は真紅。誇り高きローゼンメイデンの第五ドールよ」
「真紅……ね。それじゃ、私は急いでるからこれで」
鈴仙はそう言うと再び空へと飛び上がり、どこかへと飛んでいってしまった。
鈴仙と分かれてから真紅たちは直ぐに鈴蘭畑にやってきた。
そこはあたり一面に鈴蘭が咲き誇る奇妙な場所だった。
その畑の中心に目的の人形は居た。
金髪に赤いドレス。
それだけ抜き出せば真紅と同じようないでたちだ。
しかし、当然ながら顔の造詣も髪型もドレスの形も違う。
彼女は花の真ん中で何やら踊りを踊っているようにも見えた。
「ごきげんよう」
真紅はそんな彼女に躊躇い無しに話しかける。
それに気づいてメディスンは驚いて真紅の方を見た。
そして、彼女を凝視する。
「……まさか、貴方も人形なの?」
「そうよ。ローゼンメイデンの第五ドールの真紅。
はじめまして、メディスン」
「な、何で私の名前を知ってるの?」
名前を呼ばれたことにメディスンは驚き戸惑う。
「兎の妖怪に貴方の事を聞いたのよ。それで興味があってここまで来たわけ」
「さっきの奴か……まさか、私にこんな出会いを与えてくれるなんて幸運の兎だったのかな」
「そうね。それで彼女が気になることも言っていたのだけれど……
貴方は人間を打倒し、人形を解放しようとしてると言っていたわ」
その言葉にメディスンは瞳を輝かせる。
「その話を聞いて来てくれたって事は同士になってくれるって事ね!」
メディスンは真紅の手を掴んではしゃぐ。
だが、真紅はその手を払った。
「残念だけどそのつもりは無いわ」
切り捨てるように言い切る。
その言葉にメディスンは固まる。
「どういうこと!?貴方は人形だというのに他の仲間のことはどうでも良いって言うの!?」
そして、次の瞬間に激昂していた。
その怒鳴り声を受けても真紅は涼しい顔をしている。
「仲間を大切に思っていない訳じゃないわ。ぞんざいな扱いをする人間に怒りの感情を抱かない訳でも無い」
「それなら!」
「でも、全ての人形が貴方と同じように人間を恨んでいるのかしら?」
「そんなのは関係ないわ。人間の手にある内は人形に自由は無いの!」
真紅の問いかけにメディスンは一方的な考えを押し付ける。
その様子に真紅は何かを感じると頷く。
「貴方は随分と人間を恨んでいるようだけど、何があったのかしら?」
根本的な感情の起因を探るべきだと真紅はメディスンに尋ねた。
「……私は捨てられたのよ。この鈴蘭畑に」
「なるほどね。確かに恨む気持ちも分かるわね」
「そうでしょ!」
「それで貴方は人の恨みで動くようになったのかしら?」
「それもあるわ。でも、私の体にはすーさんの毒が充満してる。
それで動けるようになったのよ」
「すーさん……鈴蘭のことかしら。鈴蘭には毒の成分があるというけど」
「そうよ!私には毒を操る力がある。この力で人間を倒して人形の自由を勝ち取るのよ!」
メディスンは力強く叫ぶ。
「愚かな考えね」
真紅はそんなメディスンの言葉を一蹴する。
「何が愚かだと言うの!?」
「捨てられた過去には同情するわ。だけど、全ての人形が貴方と同じ境遇ではないし、全ての人間が貴方を捨てた人間と同じではない。
見たところ、貴方は動けるようになってそんなに経っていないようね」
「そうよ、動けるようになったのはつい最近のこと」
「やはりね……貴方は人のことを知らないわ」
「知ってどうなるって言うのよ」
「人形の地位を向上させようという考えはいいわ。
だけど、その手段は考える必要がある。
人間を本当に力づくで打倒しなきゃならないのかどうか、それからでも良いんじゃない?」
「……貴方は人間のことが好きなの?」
「えぇ、大好きよ。人間には多くの可能性を持っているものも居る。
確かにどうしようもなく愚かで救いようが無い者も居るわ。
だけど、それも多様性の問題。
人の全てを否定するに足る理由にはならない」
真紅は優しく微笑む。
「……だったら、人間について教えてよ」
「そうね。なら、まずは彼らからにしましょう。ねぇ、咲夜とキラ」
真紅はそうして、畑の近くで待っていてもらった二人を呼び寄せた。
「それにしても花が多いわね」
鈴仙は空を飛びながら呟く。
地上に花が咲き誇り、それに釣られたのか多くの妖精がはしゃいでいた。
「ようやく、幻想郷に帰ってこれたって言うのに……」
鈴仙は昨日までの事を思い返す。
仮面ライダーとアンデッドの動向の監視の為に外の世界に行ったものの帰る手段も、報告する手段も無くとにかく、監視の日々だった。
その最中にジョーカー覚醒の戦いが起き、そのどさくさで彼女は幻想郷への帰還が叶ったのである。
そう、ジョーカーの正体とヒューマンアンデッドがジョーカーに封印されているという最悪の報告と共に。
鈴仙の報告を受けて、永琳は速やかに博麗神社へと向かった。
鈴仙の報告の確認と戦いで傷つき倒れたという彼らの治療の為に。
その後、永琳は永遠亭に戻ると輝夜と共に部屋に篭りっきりになっている。
こんな状態で鈴仙は何をすれば良いか分からなくなっていた。
仕方ないから逃げ出したてゐを探しているという有様だ。
「破滅の存在にアンデッド……あのお師匠様があんなに警戒するなんてなんなんだろ」
鈴仙は呟く。
彼女には事の詳細は説明されていない。
命じられるがままに任務をこなしているだけだった。
鈴仙は考え事をしながら飛行していると前方で何やら妖精が群がっているのが見えた。
その光景につられて興味本位から鈴仙はそちらへと向かっていく。
はたしてそこに居たのはシン・アスカと魂魄妖夢だった。
彼らは襲い来る妖精を退けながら先へと進んでいた。
「おい!こっちで本当にあってるんだろうな!?」
シンは妖精の放つ弾を回避しながら怒鳴る。
「そんなの分かりませんよ!」
「はぁ!?それじゃ、何でこっちに来たんだよ?」
「それはこっちの方が多くの花が咲いているからです」
「んな、単純な……」
シンは妖夢の返答に呆れながらも必死に弾を回避する。
だが、飛行も出来ないシンでその行動もいずれ限界になる。
その度に妖夢が楼観剣で弾幕を打ち消し、シンを護っていた。
その状態にシンは内心、苛立ちを感じている。
このままではただの足手まといではないのかと……
「インパルスが使えればこんなの……」
とは言え、インパルスは修理中で使用できない。
無いものねだりはしょうがないにしても拳銃ぐらいは持ってくるべきだったかとシンは反省する。
まだまだ、無数に存在する妖精たちにシンはうんざりとした表情を向けた。
その直後、その群がる妖精に対して巨大な弾丸上の霊力がぶつけられる。
それは炸裂し、赤い閃光となって妖精を飲み込み、消滅させた。
「あんた達、何してるの?」
鈴仙がシンの上空に飛来して尋ねる。
「お前は!?永遠亭で俺に襲い掛かってきた妖怪じゃ無いか」
シンはその顔を見て思い出す。
危うく目の前の妖怪に殺されかけて、反撃で重症を負わせたことを。
見た感じ、傷の後遺症なども無いようでシンは密かに安堵する。
「鈴仙って名前があるわ。そう呼びなさい」
鈴仙はシンの前方の地面に着地する。
「あぁ、俺はシンだ」
シンは名前を名乗り返す。
「シン、この人は?」
妖夢が刀をしまいながら二人の方へと歩み寄る。
「永遠亭で働いてる妖怪兎よ。貴方は魂魄妖夢だったわね」
鈴仙が妖夢に対して答える。
「知ってるんですか?」
鈴仙の言葉に妖夢は驚く。
「知ってるわよ。あの時は倒れてたけど永遠亭に殴りこんできた幻想郷の住人については調べたもの。
冥界、白玉楼の庭師……それが何で地上に居るの?」
鈴仙の言葉に妖夢は納得する。
「あぁ、それでしたら、何か花が大量に咲いていて異変なんじゃないかと思い調査をしてました」
「調査?博麗の巫女でも無いのに?」
「別に巫女じゃなきゃ動いちゃいけない訳じゃないでしょう」
「そりゃそうだけど」
鈴仙はどうにも腑に落ちない様子で呟く。
「お前こそこんな所で何してるんだ?」
シンが逆に鈴仙に質問を返す。
「あぁ、大した事じゃないわよ。ちょっと、逃げ出した部下を探してるだけ」
「部下?お前ってそんなに偉かったのか?」
意外だとシンが口に出す。
「そうよ。永遠亭じゃ唯一の月の兎だし、お師匠様の弟子だもの。
配下の因幡の面倒は私が見てるのよ」
鈴仙は胸を張って答える。
「……言ったらアレだけどさ。管理職には見えないな」
「うっ……」
シンの言葉に鈴仙はショックを受ける。
「五月蝿いわね!そりゃ、因幡たちは言うこと聞かないし、てゐに居たっては何時も私を罠に嵌めて遊んでくるけど……」
鈴仙はその場にうずくまってイジイジしはじめた。
その様子にシンは何となく彼女の待遇を理解する。
「余りいじめるのはよくないと思いますよ」
妖夢がシンに対して冷たい目を向けた。
「いや、別にそう言うつもりだったわけじゃ……」
シンは慌てふためいて弁解しようとするが言葉が出てこない。
「おやおや、こんな所で修羅場かい?ここはあんまり、そう言うことをする場所じゃないんだけどね」
花畑を巨大な鎌を持った赤毛の少女が歩いてくる。
その少女に三人は一斉に視線を向けた。
「修羅場って、そう言うのじゃ無いわよ」
「そうですよ!」
少女が二人が驚いて反論する。
「お前は何者だ!?」
だが、シンはそんな事を意にも返さずにその鎌を持つ少女に問いかけた。
その様子に逆に鈴仙と妖夢は驚き、反論してしまったことを考えて赤くなる。
「……空気が読めない男だね」
少女はシンに冷めた視線を送る。
「何がだよ」
良く分からないという様子でシンは呆然とする。
「まぁ、いいや。あたいは小野塚小町。三途の川の渡し人をしている死神さ」
少女は肩に担いでいた鎌を手に持ち直すとその柄を地面に突き刺す。
「死神!?」
その言葉にシンは驚く。
「安心しな。別にあんたらを殺しに来た訳じゃない。
ただ、忠告をしに来ただけさ」
「忠告って何をだ?」
「ここは此岸。三途の川の岸さ。これ以上、こっちに来ると戻れなくなるよ」
「三途の川って死ぬ時に渡るってあれか」
シンが尋ねると小町は頷く。
「まぁ、そう言うことだ。あんまり、むやみやたらに生きてる奴が近づいて良い場所じゃない。
まぁ、半分死んでる奴も居るみたいだけどな」
小町は妖夢に視線を送る。
「分かりました。それなら離れることにしますけど……その前に一つだけ良いですか?」
「なんだい?」
「この大量に咲いてる花について何か知りませんか?」
妖夢の問いかけに小町は少し考えるしぐさをする。
「う~ん……まぁ、良いか。花と妖精ばかりに気をとられてたんじゃ分からないだろうけど
他にもいっぱい増えてるのが居るはずさ」
「他に……?」
妖夢はその言葉に首をかしげる。
「何か他に増えてたりするのか?」
シンは辺りを見回すが良く分からない。
「……あぁ、なるほどね」
鈴仙は分かったのか納得する。
「何が増えてるんだ?」
シンが彼女の様子に気づいて尋ねた。
「幽霊よ。幽霊」
「幽霊?」
シンはその言葉に首をかしげ、辺りを見回す。
「……幽霊なんて居るのか?」
「居るわよ。見えないの?」
「あぁ……花だけしか見えないけど……」
シンは凝視して見るも何も見出せない。
「なるほど……冥界で見慣れてて気づきませんでしたけど。確かに多いですね」
妖夢もその言葉に納得する。
「しかし、幻想郷に住んでて幽霊が見えないだなんて珍しいな。
こっちじゃそんなのは日常茶飯事だろうに」
小町はシンを鼻で笑う。
「生憎だけど俺は外の世界の住人なんでね。生まれてこの方幽霊なんてモノは見たこと無いんだよ」
シンはそれに対してそう答えた。
その言葉に小町は驚く。
「外の人間か……珍しいね」
興味深げに小町は呟く。
「いつ、こっちに来たんだ?」
「昨日だけど?」
「それは何ともまぁ……運が良かったのか悪かったのか……今、外は大変じゃ状態になってるよ」
「は?」
シンはその小町の言葉に驚く。
彼女の表情から驚かそうという意思は感じられるが嘘を謀っているようには聞こえなかった。
だというのなら、外の世界で何かが起きている。
それを受け入れられる土俵は存在している。
「小町!」
シンが困惑しているとそこに空気を張り詰めるかのような凛々しい声が響いた。
その声に呼ばれても居ないのに三人は思わず、その方向を見てしまう。
そこには緑髪の少女が居た。
大仰な帽子と服装に身を包んだ少女はその手に板のような棒を持つ。
「映姫さま!?」
小町はその少女を見て驚き、慌てふためく。
「こんな所でサボって……今がどのような時期なのか忘れたのですか?」
映姫は威圧感のある視線で小町を睨む。
それだけで小町は萎縮してしまっている。
その様子にシンたちは呆然とするだけだった。
「おや……あなた方は?」
映姫はシンたちに気づくと視線を彼らに向ける。
「随分と珍しい組み合わせですね」
そして、彼らへと近づいていく。
言い知れぬ威圧感にシンはたじろいでいた。
見た目はただの少女だが纏うオーラがそれを否定する。
「何者なんだ?」
シンはかろうじて少女に問いかけた。
「名乗っていませんでしたね。私は四季映姫。この幻想郷の閻魔をしているものです」
映姫の言葉にシンはぽかんとするが妖夢と鈴仙は驚く。
「閻魔?」
「死者の魂を裁くものです」
「その閻魔が何でこんな所に居るんだ?」
「サボっていた部下を叱りに来たところですよ」
映姫の言葉に小町がびくりと体を震わせる。
「だったら、さっさとそいつを連れて帰れば良いじゃないか」
シンはぶっきらぼうに答える。
「早く帰って欲しいのですか?」
しかし、映姫は見透かしたかのように告げる。
その言葉にシンは体を強張らせる。
「本来ならそうするところですがその前に貴方に言っておくことがある」
映姫はその手に持つ悔悟棒でシンを指し示す。
「貴方は少し視野が狭すぎる」
「何を!?」
映姫の言葉にシンは反射的に怒鳴る。
「図星に怒るのは人間らしい反応ですがそれでは成仏できませんよ。
貴方は今のままでは地獄に……行くことを免れないでしょう」
「はぁ!?」
「力を持つ者としての自覚に欠けている。多くの存在、事象を学ぶことが大切です……
ですが、これに関しては既に実行しているようですね」
映姫はシンの反応などお構い無しにペラペラとしゃべっていく。
それは会話ではなく宣告。
「だが、貴方はその観測した事象から全てを委ねられる答えを探しているに過ぎない。
それでは貴方は討つべきモノを見失う」
「何が言いたい?あんたに何が分かるって言うんだ!?」
シンは断定する言葉に反抗する。
だが、映姫は聞く耳を持たない。
「戦いを定められし人よ……その運命は呪われている。だが、救われるためにあがく止めてはいけない。
人を救うことは結果として自分自身を救う事になると知りなさい」
「……人なら救ってきた。誰かが犠牲になるっていうなら戦ってきた!
それじゃいけないって言うのかよ!?」
「違いますよ。それだけでは足りないと言っているのです。貴方が背負う業に対して、今の貴方が行う救いは対価にはなり得ない」
「俺がしてることはそんなに罪深いって言うのかよ……」
死者を裁く者。
超越の存在からの言葉にシンは身動きが取れなくなる。
「そんなはずはありません。シンは幽々子様を救ってくれた……そんな彼が罪を背負っているなどと……」
妖夢がシンの擁護をする。
「それは知っています。彼が人を救うために善行を行おうとしていることも……
ただ、全てを救おうとしすぎていると言っているのです」
「え?」
映姫の言葉にシンは呆然とする。
「人には限界がある。一個人が全てを救いえる程に世界は軽くは無い。
人が妖怪を救おうなどと考えてはいけない」
「……なんだよ。それ。それじゃ、あんたは妖怪を殺せって言うのか?」
「場合によればそれも仕方ないでしょう。妖怪は人を襲い、人は妖怪を倒す。それが摂理です。
その運命を覆すことは人には出来はしない」
「だったら、あんたはこの幻想郷は間違っているって言うのか?」
「いえ、この楽園に関しては私は好きですよ。
だが、その中にも先ほどの理は含まれている。
現、博麗の巫女によってより、人と妖怪の共存は進んでいる。
だが、貴方はこの世界の人間ではないでしょう?」
「……」
「闇を受け入れ、享受し、共に歩む事は本来、人に許されることではない。
闇に恐怖しながら、共に生きて行く事だけが人に許された生き方です。
貴方のしようとしている事は人と妖怪のありようを崩すことに近い」
シンはその言葉をただ聞いている。
シンの考えは分不相応だと断定された。
「少し、長くなってしまいましたね……小町、行きますよ」
映姫はそう言うと彼岸へと去っていく。
小町を引きずりながら。
「……シン、貴方は……」
妖夢はうなだれるシンに声をかけようとするが躊躇する。
「随分と物好きね。幽霊も見えないような外の人間が妖怪と人の共存について考えてたの?」
しかし、鈴仙は躊躇いも無くシンに踏み込んで尋ねる。
「……悪いかよ。俺にはレミリアに仕える咲夜の気持ちなんて分からなかった。
人食いが居るってのに平気な顔をして過ごしている霊夢や魔理沙の事も正直分からない。
だけど、そんな時にジョーカーである相川始と剣崎さんは仲間になったんだ……
俺は……俺の決めていた考えが正しいのか分からなくなった」
手を結ぶ剣崎と始。
その姿はシンにとって衝撃的だった。
ジョーカーは破滅の存在の眷属で、世界に終わりをもたらすもの。
だというのに、世界を救うべき仮面ライダーが彼と共に戦うことを決めた。
仲間の中で最も信頼し、憧れていた存在が……
「……」
その彼の独白に妖夢も鈴仙も何も答えられない。
どちらかといえば妖怪に近い彼女たちは言うなれば、人であるシンとは相容れぬ存在。
ここで彼になんと声をかければ良いと言うのか。
「シン、それは違うよ」
だが、声をかけたのは少女達ではなかった。
何処から来たのかキラがシンの元へと歩み寄る。
「……キラさん」
「キラで良いよ。シン、君は誰かがそうだと決めたからその道を行くの?」
「それは……」
「確かに正しい人たちに従えば楽だし、確実かも知れない……だけど、本当に大切なのは自分の気持ちなんじゃないかな?」
「自分の……」
「そう、シン・アスカが誰と戦い、何を目指すのか……軍属じゃそれを自由に行うのは難しいかも知れない。
だけど、個人として、それを心に定めることは別じゃないのかな」
「……俺は……俺は良く分からない」
シンは首を振る。
「だけど、剣崎さんのしたことも、さっきのあいつが言った事もどっちも間違いじゃない気がする」
「そうか。だったら、もっと悩めば良い。もしかしたら、答えなんて無いのかもしれないし」
「……」
「でも、多分、いつか答えを出さないといけない日が来る。
でも、答えをその時に出しちゃ駄目だなんて誰も言ってない。
君が急いで答えを出す必要なんて無い」
「……俺は!」
シンは真っ直ぐに咲夜を見る。
「何かしら?」
「俺は人食いを認める気なんてない……だけど、レミリア個人のことは別に嫌いじゃない」
「……別に良いんじゃないかしら。たとえ、友人だとしてもその全てを肯定している人なんて居ないと思うわ」
咲夜は何処か嬉しそうに笑って見せた。
「変なの?何であの人間はあんなに苦しそうなの?」
メディスンがシンの様子を見て呟く。
「それは心があるからよ。この世界には相容れぬ理論が存在する。
でも、心はその相容れぬもの同士も内包してしまう。
だから、苦しむ。だけど、そこから新しい何かを見つけることが出来るわ」
「……分からないわ」
「今はまだ、分からなくても良いのよ。貴方にも心があるのだから少しずつ成長させて行けば良い。
そう、そこの彼もそうやって一つずつ進んできたのだから」
真紅がメディスンを諭す。
それから直ぐに妖夢と鈴仙は彼らと別れた。
シンはキラ、真紅と共に博麗神社へと戻っていった。
白玉楼
「……」
妖夢は目の前に浮かぶ幽霊を眺める。
「どうしたの?」
その様子に気づいて幽々子が妖夢に尋ねた。
「彼らも生前は生きて居たんですよね」
「そりゃそうよ。生きてなかった魂なんて無いわ」
「私は今まで、生きるということを考えてませんでした。
与えられた使命をこなし、それに順ずる。
それだけで十分だと思っていました」
「あら、それじゃ、何をすることが生きる事なのかしら?」
「分かりません……ですが、真剣に悩んで何かを掴もうとする姿は……眩しかった。
だから、彼は死の運命にも立ち向かえたんでしょうね」
妖夢は思い出す。
西行妖にとり憑いた破滅の存在を打倒したあの勇姿を。
生きるとはかくも苛烈な事なのかと今にしても思う。
死が充満するこの静寂の中では味わえない感覚だった。
その様子を幽々子はただ、満足そうに笑って見守っていた。
永遠亭
「結局……てゐは何時の間にか帰ってきてるし……その間に居なかった私が師匠に怒られるし……散々だったわ」
鈴仙は自室で項垂れる。
先ほど、ようやく永琳からの説教が終わったところだ。
「それにしてもあの人間は変な奴だったわね」
鈴仙はシンを思い出す。
外での監視の時は気にも止めていなかったが今日の邂逅で何となく分かった気がした。
どうして、自分があの時、彼に敗北したのかを。
何かをしようとする意思。
その力が圧倒的に違うのだ。
「地上の人間か……幻想郷の外ともなると本当に月の人間とは違うな。
そう言えば、月に来た人間もあんな目をしてたかな……」
鈴仙はかつて、月を訪れた人間を思い起こす。
情熱的で、月人の事も直ぐに受け入れ、その存在に敬意を表していた。
シンとは似ても似つかぬような人間だったがその目の奥にある輝きだけは似ていた気がする。
「それに対してもう一人の方はどっちかというと月人に近い感じだったわね」
一緒にキラの事も思い返す。
何処か掴み所の無い不思議な存在だった。
「人間……か」
鈴仙はそう呟いて、床に突っ伏する。
「破滅の存在が復活したようですが?その事について何か報告は無いんですか?」
山頂にて文は紫に尋ねる。
その顔は険しく、眼光は鋭く紫を捕らえる。
だが、紫は振り返りもしないでその背中を文に向けていた。
「報告なら天魔にはしたわよ」
「それは聞いています。ですが、漏れでた欠片は博麗の巫女と外から来た存在により消滅した。そう聞かされました。
ですが、魔理沙と霊夢は破滅の存在は逃亡した。
それも博麗の巫女は敗北したと言っていました」
「……その話は誰かにしたの?」
「いえ、流石に事が大きすぎる。もし、その事を知った一部の妖怪が彼女の傘下くだろうとするかも知れない。
特に博麗の巫女が敗北したとあったのならば」
「そこまで分かっているのなら説明は不要でしょう?」
紫は少し振り向き、視線を文に送る。
その瞳から発せられる妖気に文は身を震わせる。
「……無用な混乱を避ける為と言う事ですか?
なら、魔理沙の口もふさいでおいた方が良いのでは?」
「彼女は好きにさせなさい。事情を知らない一般的な妖怪や人間は信じません。
それに触発されるであろう力のある妖怪は彼女の知り合いには居ないわ」
「レミリア、あたりが動くかもしれませんよ」
「それが一番無いわ。だって、彼女は人間側に肩入れをしているもの。
シン・アスカの持つその運命の特異性に惹かれてね」
「シン・アスカ……ですか」
文は口をつむぐ。
「……歴史は動くは停滞した世界の歴史が。
打てる布石は全て打った……後はこの激動を見守るしかない。
さぁ、見せてもらいましょう。
人が選びし英雄とそれに惹かれて集った戦士たちの戦いを」
運命は加速する。