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霧が晴れる。
街を襲った怪物は人間達の手により払われた。
過去より続く物語と同じ。
闇は光に払われる。
だが、果たして本当に闇は払われたのか。
上空に輝く太陽。
その輝きが世界を照らす。
それは不変。
だが、光が必ずしも全て届くわけではない。
照らせない場所もある。
光が差せない場所には影が生まれる。
それは闇となり、邪悪なる者の糧となる。

「俺もあんな風に……」
勝利を分かち合う声が聞こえた。
そこへと続く階段の途中。
上城睦月はそこで倒れ付しながら聞いていた。
生体エネルギーを吸われた体は限界に達し、動くことは出来ない。
激しい虚脱感。
だが、それ以上に心が虚しい。
「光を掴めたなら」
激しき力への渇望。
世界を救う英雄達の勇姿に羨望よりも嫉妬を覚えた。
自分も世界を救いたい。
人々を救い上げ、自分の光を掴みたい。
そう、自分の中に燻る闇を払うために。
だが、その強い願いは更なる闇を生む。


学園の遥か上空
雲の上から眼下を見下ろし一人の幼女が酒を煽る。
その幼女には仰々しい二本の大きな角が頭に生えている。
「外の世界にもまだまだ、捨てたもんじゃない人間がいるもんだ」
幼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
だが、直ぐに表情を真剣なものに変える。
「ヴィクター……あの存在はあの鬱陶しい闇とは違うみたいだけど。
あれが始まる前に居なくなってくれたのは良かったのかもね。
あんなのまで居たら混乱は激しそうだし……」
そこまで呟いて眼下を除き見る。
勝利を喜び合う人間達。
それを見下ろしながら微笑を浮かべる。
「今は喜びな。その勝利を。
だけど、お前達が乗り越えなければならない闇はこんなもんじゃない。
さて……そろそろ動くとしようか」
幼女の姿が霧散して行く。
それは霧となり、雲となり、空気となった。












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第二十一話「新たなる夜」






LXEのアジト
キャプテンブラボーはムーンフェイスを拘束し、掴まっていた烏丸所長を助け出していた。
「すまない。君には助けられてばっかりだな」
烏丸所長がブラボーに感謝の言葉を述べる。
「いえ、こちらこそ。護衛をつけたにも関わらず、誘拐を防げず申し訳ありません」
「いや、謝らんでくれ。彼は良くやってくれた……。
失ってしまったのが惜しいぐらいに優秀な戦士だったよ。
ただ、相手が悪すぎた」
「そう言って頂ければ奴も報われます」
烏丸所長の言葉にブラボーは帽子を深く被りなおす。

「お~い!」
パピヨンにぶら下がりカズキが眼下に居るブラボーに声をかける。

ブラボーと合流したカズキは学校での顛末を説明した。
伊坂の封印、首魁ドクトル・バタフライの死、そして裏切りの戦士の復活とカズキの変貌。
特にカズキがヴィクターと同じような姿になってしまった事についてブラボーに尋ねる。
戦士長という戦団でも上の立場に居る彼ならばこの事について何か知っているのではないか。
そう推測してのものだ。
「そうか……すまないがその黒い核鉄については俺も知らない」
「ふん、下も下なら上も上だな。結局は手がかりは何もなしか」
ブラボーの言葉にパピヨンが悪辣な言葉を返す。
「いや、まだだ。この黒い核鉄について知っていそうな手がかりを知っている」
カズキが胸に手を当てて呟く。
思い返すは幻想郷の紅魔館。
その図書館で出会った人型ホムンクルス。
ヴィクトリア・パワード。
真紅の言葉から彼女がヴィクターの娘であることは確実。
そして、カズキの胸の核鉄を見ての反応から黒い核鉄についての情報を握っているのは確実だった。
「だったら、早速、その幻想郷とやらに行くぞ」
「待てよ。幻想郷にはそう簡単には行けない。
そこを管理してる人に入ってくるなって止められてるんだ」
八雲紫により幻想郷への干渉を止められている以上、素直に中に入れてくれるとも思えない。
緊急事態とは言え、相手は妖怪だ。
人間の理論が通じるとも限らない。
「だとして、貴様は諦めるのか?」
パピヨンの問いかけにカズキは首を横に振る。
「とにかく、話をしてみるよ。応じてくれるかは分からないけど。
だけど、何もしないつもりは無い」
何としても黒い核鉄についての手がかりを掴む。
その決意だけは固い。
もし、自分がヴィクターと同じ化け物ならば。
それは居るだけで世界に死を撒き散らす存在。
そんな者になってしまう訳にはいかない。
「なるほど、では俺は俺で独自にその黒い核鉄について調べるとするか」
「蝶野……お前、俺を助けようとしてくれてるのか?」
「勘違いするな。俺が求めるのは蝶サイコーの俺様と人間である貴様との決着!
その為には、武藤カズキ!貴様が化け物になられては困る。
それだけだ」
パピヨンはそれだけ告げるとそのまま去って行く。
「酔狂なホムンクルスも居たものだな」
その様子を見てブラボーが呟く。


その日の夜
衛宮邸では烏丸所長から今までの経緯について説明された。
「それじゃ、やっぱり伊坂は新しいライダーシステムを開発したんですね」
剣崎の言葉に烏丸が頷く。
「あぁ、奴は私に最強のライダーシステムを作らせた。
名前はレンゲル。
ギャレンとブレイドを凌ぐ現状では間違いなく最強のライダーシステムだ」
烏丸の言葉に息を呑む。
ギャレンとブレイドの性能を知っていれば当然の反応だ。
規格外の戦闘力を発揮する二つのシステム。
それ以上の力ともなれば途方もつかない。
「それでそのレンゲルは?」
橘の問いに烏丸は首を横に振る。
「すまないが所在は不明だ。
最後の作戦の際に伊坂が持ち出したのは確かだが……」
「だけど、伊坂は封印したけどそれらしいものは……」
カズキとなのはの協力により倒された伊坂。
だが、彼はライダーシステムらしきものは所持していなかった。
「既に適合者を発見し渡したか……あるいは何処か別の場所に保管したのか」
橘が呟く。
「でも、適合者が見つかっていたのならあの戦いに参加したはずじゃ?
伊坂自体が封印される事態になっても出てこないのは不自然じゃありませんか?」
剣崎がその橘に反論する。
「確かに。だとしたら別の場所に保管したと思ったほうが自然か。
LXEでは俺たちが奴らのアジトに襲撃することを前提にして作戦を立てていた。
伊坂が安全の為に保管場所を移しても可笑しくはない」
アスランが二番目の説を推す。
「ともかく、レンゲルは現状では存在が確認できない以上、どうしようもないな。
LXEの残党が居ないとも限らないが……」
橘の言葉。
それにシンが反応する。
「残党と言えば、奴らと行動を共にしていたセカンドステージの強奪犯。
あいつらは今回の戦いに参加してなかったけど」
幾度と無くLXEとの行動を共にし、戦いを繰り広げたカオス、アビス、ガイア。
その三機は今回の戦いでは姿を見せなかった。
だとすれば彼らがレンゲルを保有しているのではとシンは考える。
「そう言えば見てないな……奴らは何処に行ったんだ?」
アスランが思案する。
「結局、奴らも一体、何者だったんだ?
ホムンクルスでも無いようだったし、操られている様子も無かった」
剣崎は疑問を持つ。
あの三人組はLXEとも伊坂とも違った系統に属しているように思えた。
「あいつらがしたこと……
セカンドステージの強奪、BOARDの襲撃、LXEへの協力か……
俺たちに敵対しているのは間違いないけど」
シンが彼らの過去を思い返して呟く。
「ザフトとBOARDに敵対してるのは確実だな。
所長、何か心当たりはありませんか?」
橘は責任者であり、組織について詳しい所長に意見を求める。
「……無いとも言いきれんが……いや、考えすぎか……」
「何か知っているんですか?」
「いや、恐らくは私の考えすぎだ。気にしないでくれ。
現状での情報ではそのモビルスーツたちについて詳しいことは私に分からない。
だが、何か後ろに組織が居るのだけは確かだ」
「ホムンクルスとアンデッドを支援する組織か。
考えたくも無い話だな」
あの三人が人間である以上、それらも人間の組織である可能性は高い。
人類という種そのものに反逆する組織。
それはとても理解できるものではなかった。

「そうだ、烏丸所長。聞きたいことがあるんですけど」
話が一旦、止まったところでシンが口を開く。
「なんだ?」
シンは翔の腕を掴んで烏丸の前まで連れて来る。
その姿を見て烏丸は眼を見開いた。
「君は!まさか、目覚めていたのか」
「こいつ……天翔を見つけたときの事を教えて欲しいんです」
「彼について私も詳しいことは知らない。
ボードストーンを発見した調査班の話ではボードストーンに貼り付けにされていた聞いたが」
「貼り付けに……?どういうことだと思います?」
シンが剣崎に尋ねる。
「俺に聞かれてもなぁ……そう言えば、ボードストーンって何なんですか?」
剣崎が逆に烏丸所長に質問する。
「そう言えば、剣崎には話していなかった。
ボードストーンとはアンデッドと共に発見された石版の事だ。
そこにアンデッドとバトルファイトについて記述されていた。
だが、我々はボードストーンをただの石版と考えては居ない。
恐らくはバトルファイトの管理者。
神とも呼べる存在ではないかと推測している」
「神……それじゃ、それに貼り付けにされていた翔はどういう存在だと考えていたんですか?」
「彼か……調査結果ではただの人間。
だが、ボードストーンに貼り付けにされ、食事も無しに生存を続けていた彼を普通の人間と見て良いとは思えない。
バトルファイトの何らかの鍵では無いかと考えていたが……」
「バトルファイトに関係か……そう言えば、橘さんの夢の世界でアンデッドが言ってたな。
破滅の存在こそがアンデッド全ての共通の敵だって」
剣崎が思い返す。
スタッグビートルアンデッド……ギャレンの告げた言葉を。
「だとしたら、翔はアンデッドと同じ目的で生み出されたのか?」
共に破滅の存在と敵対する存在。
ならば関係性という点では存在するのかもしれない。
「破滅の存在?アンデッドの共通の敵だと?その話は本当なのか?」
烏丸所長は眼を丸くしその話に食いつく。
その様子から彼は破滅の存在について知らないようだ。
「烏丸所長は知らなかったんですか。
破滅の存在、敵対するだけで生きようとする意志を破壊し、戦うことさえ出来なくなる」
「死の概念なんていう曖昧な奴で実体を持っていない。
それなのにこっちに干渉してくるデタラメな奴です」
剣崎とシンが今までの事からその存在について説明する。
「そして、奴はアンデッドに干渉し一部を操っていると言っていた」
橘が続ける。
その言葉に烏丸所長は思案する。
「的を得ない話だ。そんな者が実在するというのか?」
「確かに信じがたいかも知れませんけど。そいつとは既に何回も交戦してます。
あいつの目的は全生命の全滅だって話です。
何処まで本当なのか分からないですけど危険な敵であることに変わりはありません」
「それに俺はそいつを倒す為に造られた訳だしな」
「造られたか……
なるほど。お前達の話が本当ならばアンデッドどころの話ではないな。
全ての命の敵か……
一つ、尋ねるがお前達はその破滅の存在と戦うつもりなのか?」
烏丸所長の言葉で各々は顔を見合わせる。
今まで、経緯から敵対することもあったが確かに戦うことを決意したことは無かった。
「俺はそれが目的だからな」
翔が最初に答える。
「俺は戦うつもりです。元々、人を脅かす敵ならアンデッドじゃなくても戦うつもりでしたし、そうしてきました。
それに破滅の存在はアンデッドの敵でもある。
アンデッドを使って戦ってる俺にはそいつと戦わなければならない義務がある。
そんな気がするんです」
次に剣崎が答える。
「俺も剣崎に賛成だ。野放しにすれば犠牲が増えるだけです」
橘が続く。
「俺は破滅の存在と戦ったことは無いけど。
だけど、やっぱり放っておけない。
皆にも危険が及ぶなら倒す為に戦う」
カズキも同意する。
「俺もだ。ザフトが何と言おうとあいつは許せない。
それに俺にはあいつと戦う資格ってのがあるらしいし」
シンが続く。
他の面々も各々、同意のようだ。
「アンデッドとそれが敵対している破滅の存在。
お前達はそれと戦って行く訳か。
私も出来うる限り、それに協力しよう」
「所長!」
「しかし、プレイヤーか……我々よりも先にボードストーンを発見していたというのは気になるな」
「今はアークエンジェルを使って破滅の存在と戦ってるみたいですけど」
「考えていても仕方は無いな。
そのプレイヤーという者の話が本当ならば敵対することも無いだろう」
目的としてはシンたちと衝突することは無い。
プレイヤーやアークエンジェルの言っていることが正しいのであればだが。
「私はチベットに渡ろうと思う」
烏丸が口を開く。
「チベットに……何故?」
「チベットはボードストーンが発見された土地だ。
何かしらのヒントが存在するかもしれない」
烏丸は彼自身でしか出来ない方法で皆の力になることを決める。
組織が崩壊しようとも戦い続けてきた戦士達。
その力になるべく。

「俺も一度、戦団の本部に帰ろうと思う」
ブラボーがカズキと斗貴子に伝える。
「今回の件についての報告ですか?」
「あぁ、そうだ。それとカズキの核鉄についても調べてみる。
今回の件、俺たちの知らないことが多すぎる。
裏切りの戦士についてもだが。それ以外にもな」
「それ以外?錬金戦団が関連していそうな事柄で他に何かありましたか?」
「いや、気にするな。それと戦士・斗貴子。
お前はカズキの見張りを任せる。
余り無茶はさせるなよ」
「はい!ホムンクルスは倒しましたが敵はまだ多い。
全力でカズキと共に対応します」
「良い返事だ」
ブラボーは笑ってみせる。
「ブラボー、ありがとう。俺に戦う力、その使い方を教えてくれて。
あんたが居なかったら、俺……」
「カズキ、お前は良くやった。お前が居なければもっと多くの犠牲が出ていただろう。
お前がこの街を護ったんだ」
「いや……俺じゃない。俺たちが護ったんだ。
なのはや斗貴子さん。シンや剣崎さん達が居たから俺も頑張れた」
「お前は良い仲間に恵まれているな。
大切にしろ。戦友というものは何よりもかけがえの無いものになる」
「あぁ!」
ブラボーの言葉にカズキは力強く頷く。


そして、ブラボーと烏丸は冬木を離れた。
街を襲っていた黒い影
LXEと伊坂の壊滅と共に。
だが、この街を襲う影が尽きたわけではない。
アンデッドは依然として活動を続けている。
ジュエルシードの問題も残されている。
そして、それら以外にも何かが動き出そうとしていた。


翌日
衛宮家に来客が訪れる。
「睦月じゃないか」
士郎は珍しい顔に驚く。
同じクラスの生徒だが交流が多いという訳ではない。
バスケ部に所属している好青年。
明るい性格だが押しが弱く大人しい印象を受ける。
カズキたち四馬鹿などと比べるのは酷だがそこまで目立つほうではない。
士郎とも以前にアンデッドに襲われていた時、以外では目立った接点は無かった。
そんな彼が突然、家に訪ねてきたことに驚く。
「何か用か……って、それより体は大丈夫なのか?」
士郎は睦月の体を心配して尋ねる。
昨日のヴィクターによるエネルギードレイン。
その影響は全校生徒が受けている。
普段から鍛えている士郎でも疲労が激しい。
体が弱い生徒は何人か入院しているとも聞く。
とりあえず、命の心配がある生徒は一人もいなかったことだけは救いだった。
「あぁ、大丈夫。それで衛宮に聞きたいことがあるんだけど」
睦月はそういうがそこまで調子がよさそうには見えなかった。
士郎は後遺症だろうと思いそのまま話を聞く。
「何を聞きたいんだ?」
「昨日のこと。屋上でさ、仮面ライダーと話してたよな」
「そ、それは!」
士郎は驚く。
あの場面を見られていると思っていなかった。
殆どの生徒が気絶していたので睦月に意識があった事に驚きだ。
そして、この家に剣崎たちが居候をしていることは基本的に秘密。
仮面ライダーは正体不明のヒーローとなっている。
あえてそれを教えることを剣崎も橘も良しとしていない。
「それに前に俺が化け物に襲われたときも武藤と一緒に助けに来た。
お前達は仮面ライダーと知り合いなんだろ?
なら、会わせてくれないか?」
睦月は士郎の肩を掴んで詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は別に仮面ライダーと別に親しいわけじゃ……」
どうにか言い訳を考えるが上手い言葉が浮かばない。
士郎は口ごもると睦月は士郎の顔を睨みつける。
「しらばっくれるって訳か……俺には教えられないって事か」
怒りとも感じられる言葉を士郎にぶつける睦月。
それに対して士郎は申し訳なさを覚える。
とは言え、むやみやたらに教えるわけにも行かない。
「分かったよ……衛宮、今日の夜十時に学校に来い」
「えっ?」
「見せてやる。俺の光を……そうすればお前も教えざるを得ない。
お前だけが……お前達だけが光じゃない。そうだって事を教えてやる!」
睦月はそう吐き捨てるように告げると去って行く。
「ちょっと待てよ!どういう意味だ?」
士郎は追いかけて尋ねるが睦月は反応を返さない。
そして、そのままバイクに乗って去っていってしまった。
「……うん?睦月ってバイクに乗ってたか?」
睦月が乗っていたバイク。
とてもではないが市販品のものには見えなかった。
一目見ただけでも相当に改造されているのが分かる。
そして、何よりも雰囲気が剣崎のブルースペイダーや橘のレッドランバスに似ていた。
だが、流石に気のせいだろうと士郎は受け流す。
「にしても十時か……あいつは一体、俺に何を見せようって言うんだ?」


夜の十時
深夜の学園に士郎は足を踏み入れる。
昨日の戦いの傷跡が数多く残る現場。
現在は人は居ない。
警察の調査も今は行われていないし、校舎の修理もしばらくは先だ。
今は静寂だけがこの夜の学園を包んでいる。
「睦月は……?」
士郎は辺りを見回す。
人影は見えない。
そもそも、照明も無いので暗くて周囲が判別し辛い。
その時、金属がぶつかり合う音が聞こえた。
「なんだ!?」
その音の方へと視線を向ける。
校庭にある雑木林の方。
そちらから音が鳴っている。
それと同時に火花が散るのを見つけた。
「あっちか」
士郎は迷わずにその方角へと足を向けた。

雑木林では戦いが行われていた。
戦い……
そう戦いのはずだ。
だが、士郎の目にはそうは見えない。
認識できないのだ。
ただ、夜の空間に火花が散っているようにしか感じられない。
「なんだ……?」
士郎は呆然とする。
何かがいるのは分かる。
何か二つの存在が戦っているという音と光は見える。
だが、それが何者なのかが全くというほど分からなかった。
単純な問題だ。
戦っている両者が速すぎて士郎の目では捉えきれないのである。
その異様な光景を前にただ立ち尽くすしか出来ない。
その時、戦っている二つの存在、その一つが士郎へと向かってきた。
高速で向かってくる存在。
呆然とそれを見て立ち尽くす士郎。
その眼に赤く長い何かが映る。
それが自分に向かって振りかざされているのが分かった。
だが、動けない。
体が反応するよりも早く、それは士郎の体を穿とうとする。
しかし、それは士郎の体を貫くことは無かった。
誰かが背後から士郎の体を突き飛ばし無理やりにそれを回避させる。
「なっ!?」
地面に倒れる士郎。
「どうしたんだ衛宮?」
振り向き仰げばそこに一人の少年が立っていた。
上城睦月。
士郎をここに呼び出した級友。
「睦月?」
だが、士郎には何時もの彼には見えなかった。
何かが取り付いたかのようにその笑顔は邪で、まるで人で無いようだった。
「全く反応できてなかったぞ。お前は慣れてるんじゃないのか?」
睦月の質問に士郎は胸が痛む。
慣れているはずが無い。
戦士達と共に生活をしていても士郎は足手まといでその場に居れないのだ。
だから、こうして化け物と対峙するのもそこまで多くは無い。
「まぁ、良いか。戦えないならそこで見ていろ。
見せてやる。俺の力……俺の光を!」
睦月は構えを取る。
向かう先に映るは一人の男。
赤く長い槍を構えたる蒼い衣の男。
「アンデッドじゃない?」
士郎はその姿を見て驚く。
人と思えない戦いを繰り広げていた存在。
しかし、その姿は人にしか見えなかった。
人間と殆ど変わらない姿で強い人間は何度か見てきた。
しかし、先ほどの戦いは彼らも超えてるように感じられた。
あの戦いは一つ先の次元に感じられたからだ。
だが、そんな士郎の不安をよそに睦月は不適に笑う。
そして、その手にはバックルが握られていた。
それを腰に当てるとベルトが展開し、睦月の腰に装着される。
そして、そのバックルに睦月はクラブのAのカードを挿し込んだ。
「それは!?」
形状、そしてカード。
間違いが無い。
士郎は驚愕する。
伊坂が烏丸を利用して作り上げたという最強のライダーシステム。
「変身!」
―――OPEN UP―――
睦月がバックルを開くとそこからオリハルコンエレメンタルが展開される。
それは睦月の前面に展開されるとゆっくりと睦月に向かって迫る。
そして、睦月の体は壁を通過してその身を仮面ライダーに変身させた。
蜘蛛の意匠を組み込まれた緑色の戦士。
その手には巨大な杖が握られている。
「仮面ライダー……レンゲル」
士郎は烏丸から聞いた名を口にする。
これがブレイドやギャレンを凌駕するといわれる最強のライダー。
まさか、その持ち主が級友だったとは。
驚く士郎をレンゲルは一瞥すると前方に立つ槍の男に対して走り出す。

激突する杖と槍。
レンゲルの繰り出す一撃は迅く重い。
だが、それを槍の男はいとも容易く受け流す。
「これがライダーシステム……ね」
男は口端を吊り上げて笑みを浮かべる。
そんな男に対してレンゲルは勢い良く杖を突く。
男はそれを槍の腹で受け止める。
だが、衝撃を完全に殺せなかったのかその体が吹き飛んだ。
高く上がる体。
だが、男は軽々と地面に着地する。
「力は大したもんだが……敵じゃねぇな」
槍の男は槍を肩にかけて告げる。
「なに!?」
余裕の態度に睦月は声を荒げる。
「生憎だがお前は殺さない。目撃者を逃がすなんてどうかと思うけどな……」
槍の男はそう言うと跳躍する。
そして、レンゲルを飛び越えて士郎の近くに着地する。
「なっ!?」
驚く士郎。
そんな士郎に無情に男は槍を突きつける。
「だが、お前は別だ。見られたもんは仕方ない。
死んでもらう」
放たれる槍。
だが、それをレンゲルの杖が絡めとる。
「止めろ!貴様の相手は俺の筈だ!」
士郎の眼前で止まる穂先。
それを見つめて士郎は短く呼吸を繰り返す。
心臓が爆発しそうな鼓動を上げている。
睦月が止めて居なければ今の一撃で死んでいた。
「ほぉ、あの位置からここまで来るか。見た目の割りには素早いな」
「俺の力はまだまだ、こんなもんじゃない!」
レンゲルは槍を救い上げるように上へと跳ね上げる。
そして、杖の石突部分を蒼い衣の男にぶつける。
だが、その一撃を蒼い衣の男は後方へと飛びのき威力を殺した。
「まともにぶつかれば危ないな……だが、一つ一つの動きが遅い。
確かにライダーシステムってのは強力だな。
ただの素人が幾ら手を抜いてるとはいえ英霊と戦えるんだから」
蒼い衣の男はぶつかった部分に手を当てて告げる。
「違う、これは俺の力だ!」
睦月はそう叫ぶとカードを取り出す。
―――ブリザード―――
召喚されるアンデッドの力。
それはレンゲルラウザーに吸い込まれ、先端から猛吹雪を吐き出す。
一瞬にして、地面を、空気を凍結させる脅威の冷気。
しかし、蒼い衣の男はそれをやすやすと回避する。
「もらった!」
だが、レンゲルはそれを見越して追撃を仕掛ける。
空中に飛び上がっていたレンゲルは回避のために跳躍した蒼い衣の男に肉薄する。
「へぇ、少しは考えたな」
「抜かせ!」
空中で獲物をぶつけ合う二人。
必死なレンゲルに対して蒼い男は余裕だった。
「だけどよ、俺にばっかり構ってて良かったのか?」
「何?」
「あんたのお友達。大変なことになってるみたいだけどさ」
蒼い衣の男の視線がレンゲルの後方。
士郎の方を指す。
レンゲルはその言葉に従って士郎の方を見た。
そこにはアンデッドに襲われ狼狽する士郎の姿が映った。
「士郎!」
驚愕するレンゲル。
蒼い衣と戦っていたもう一つの影。
それがあのアンデッドだ。
蒼い衣の男がレンゲルと交戦状態になり、アンデッドはただの人間である士郎に標的を変えた。
人間である士郎がアンデッドに襲われて助かるわけが無い。
助けなければ。
そう睦月が意識がそちらへと向く。
その隙はあまりにも大きすぎた。
「戦闘中に余所見か。殺されても文句いえねぇな!」
蒼い衣の男は長槍でレンゲルの胴を薙ぐ。
その一撃にレンゲルは弾き飛ばされ地面を転がった。
「くそっ!」
レンゲルはすぐさまに立ち上がり、蒼い衣の男を指差す。
「俺に構っていて良いのか?」
蒼い衣の男はアンデッドと士郎を指差す。
「ちっ!」
睦月は舌打ちをするとすぐさまに士郎の下へと駆け出した。

「衛宮!さっさと逃げろ!」
士郎に襲い掛かるジャガーアンデッドをレンゲルが羽交い絞めにする。
「助かった睦月!」
いたぶられ傷だらけの士郎はすぐさまに駆け出す。
それを見て、レンゲルはジャガーアンデッドを放した。
「アンデッド、俺が封印してやる!」
レンゲルはレンゲルラウザーを握りなおすとアンデッドに向かい振り下ろす。
だが、ジャガーアンデッドはそれを素早い動きで回避した。
そのスピードはあの蒼い衣の男よりも上だ。
しかし、レンゲルはめげずに連続で突きを繰り出す。
だが、その全てを悉く回避された。
「速い!!」
レンゲルの持つスピードをもってしてもその動きは完全に捉えきれない。
次第に睦月は焦りだす。
自分は本当にアンデッドを倒すことが出来るのか。
焦る睦月。
そこに二人の人影が近づく。

「仮面ライダー!?」
ブレイドに変身している剣崎はレンゲルを見て驚く。
「恐らくアレが伊坂の開発した新しいライダーシステム。レンゲルだな」
ギャレンに返信している橘は納得するとジャガーアンデッドに向かって行く。
「橘さん!よし、俺も!!」
剣崎も橘に続いてアンデッドへと向かう。
「こいつはLXEとの決戦で襲ってきたアンデッドか!」
剣崎はブレイラウザーで切りかかり、その姿を確認する。
昨日のLXEとの決戦。
大量の人型ホムンクルス調整体との戦いの最中で一体のアンデッドが現れた。
そのスピードに撹乱されてブレイドとギャレンはピーコックアンデッドとの戦いに間に合わなかったのだ。
しかし、結局、混乱の中で撤退され、見失っていた。
「まだ、学校に潜んでいたのか……」
剣崎は学校が休校になり、生徒が居なかったことに安堵する。
もし、通常通りならばこのアンデッドに大量の生徒が虐殺されていたかも知れない。
「今度は逃がさない!」
しかし、ブレイドの攻撃は悉く、回避される。
「何をしている!」
ギャレンはそんなブレイドに叱責しながら的確に攻撃を命中させる。
かつて、破滅のイメージに侵され、その精彩さ欠いていた動きとは雲泥の差だ。
ヴィクターには遅れをとったものの橘は一流の戦士。
かのヤキン・ドゥーエを生き抜いた伝説のエースであるアスランに匹敵するほどの猛者だ。
「凄い……これが仮面ライダー」
その動きに睦月は見惚れる。
そんな中、睦月は違和感を感じた。
ブレイドとギャレンの乱入で気が緩んでいたのか
いつの間にか蒼い衣の男の姿が見えない。
逃げたのかと一瞬、思う。
だが、あの男が最初にしたことを思い出した。
目撃者を殺す……
睦月は士郎に危機が迫っていることを直感する。
それと同時に睦月は走り出して行った。
「何処に行くんだ!?」
橘はレンゲルを呼び止める。
だが、レンゲルはそれを無視して走り去っていった。
「ここで見失うわけにはいかない……剣崎、ここは任せたぞ!」
橘はそういうがいなやレンゲルを追って走り出す。
「ちょっと!そんな、橘さん!」
一人残された剣崎は必死にジャガーアンデッドの攻撃を防ぐ。
いきなりの一対一。
そんな中で剣崎は今、自分が不安を感じていることに気づく。
その傍に誰も居ない。
シンも翔もカズキもなのはも
共に生死をかけた仲間の居ない戦い。
それだけで剣崎の動きは精細さを欠いていた。
ジャガーアンデッドの拳の一撃が剣崎を吹き飛ばす。
剣崎は地面に倒れ落ちた。
「……いつの間にか皆が居るのが当たり前になってたな」
剣崎は地面に手をついて立ち上がる。
BOARDが壊滅した日。
あの日も最初は一人だった。
だけど、直ぐにシンや翔と共闘した。
プラントアンデッドの時も、ディアーアンデッドの時も、ライオンアンデッドの時も……
数多くの戦いで近くに仲間の存在を感じていた。
それがどれほどまでに力強く、自分に力を与えていたのか。
それが一人になった途端、どうだ。
今の自分はシンに笑われる程に弱いじゃないか。
襲い掛かるジャガーアンデッド。
未だにひざ立ちのブレイドはその姿を見上げる。
「確かに仲間が居れば強くなれる……だけど、一人で弱いんじゃ意味が無いんだ!」
剣崎はそう強く決心すると拳を振り上げた。
その一撃がジャガーアンデッドのボディに突き刺さる。
「何時までも半人前じゃいられない……
橘さんに頼っていたんじゃダメだ。俺は強くなる!」
ブレイドは真っ直ぐにブレイラウザーを構える。
その動作の一つ一つが華麗だった。
繰り出される剣の連撃。
その一つ一つが夜の闇に白色の軌跡を残す。
吹き出る鮮血。それは大地を緑色に染めて行く。
ジャガーアンデッドの高速。
それすらも今のブレイドには完全に通じない。
確かに回避することは出来ない。
何度も拳を喰らう。
だが、撹乱されている訳ではない。
一撃、一撃に確実に対処して急所を外す。
そうすることによりブレイドアーマーの頑丈さに合わさり、剣崎への負担が一気に減る。
これでは逆に動き回るアンデッドのほうが疲れるぐらいだ。
そして、高速移動が途切れた瞬間。
ブレイドはジャガーアンデッドの足を切り裂く。
足に怪我を負い、動きの鈍るジャガーアンデッド。
「今だ!」
それに対して、ブレイドは必殺技を発動する。
アンデッドを封印するブレイド最強の一撃。
――――ライトニングブラスト――――
「ウェーーーイ!!」
強力な一撃がジャガーアンデッドに炸裂し、その肉体を爆散させた。
そして、完全に戦闘力を失ったアンデッドをブレイドは封印する。

一方その頃
「嘘……だろ……」
睦月は学校の廊下で変わり果てた士郎を発見していた。
士郎の後を追った睦月は足跡が何故か途中で校舎へと向かっていたことに気づき校舎へと入っていった。
校門の前で校舎に向かっていたことからあの蒼い衣の男が待ち伏せしてここに追い込んだに違いない。
目撃者を出さないために外へと出すのを妨害し、人目のつかない校舎で殺害したのだ。
士郎の死体には胸に一つの刺し傷がある。
一撃で心臓を貫かれたのだ。
おびただしい量の血液が廊下に流れ出ていた。
既に蒼い衣の男の姿は無い。
「くそぉぉぉッ!!」
睦月はレンゲルの力で思い切り床を叩く。
その一撃は床に大きな亀裂を作り、巨大なクレーターを作り上げた。
「止めなさい。校舎が壊れるわ」
そんな睦月に声がかけられる。
その声に睦月は顔を上げる。
「お前は……」
睦月はその顔を見て眼を丸くする。
「遠坂凜!?」
「今はそんな事はどうでも良いわ。そこをどいて」
凜がレンゲルを押しのけるように士郎の下へと駆け寄る。
「どうするつもりだ?」
「生き返らせるわ」
「……何を言ってるんだ?士郎は完全に心臓を潰されてる。どうやって蘇生させるって言うんだよ!
心臓マッサージをする心臓も無いんだぞ!」
「黙りなさい!今から私の持てる魔術の全てを使って衛宮くんの心臓を再生させる。
大魔術よ。些細なミスも許されない。横で騒がれてたんじゃ気が散るのよ」
凜は一気に睦月をまくし立てる。
その剣幕に睦月は押し黙ってうなずくしかなかった。
「分かってくれたようね。それじゃあ、離れてて。いえ、帰ってもらっても良いわ」
「ダメだ!俺も最後まで見届ける!」
睦月は今の話を完全に信じた訳ではない。
だが、自分に何も出来ない以上、彼女に頼るしかない現状。
それを見守ることぐらいはしたかった。
「仕方ないわね。でも、音を立てたりしないでよ」
凜は彼を無視して集中しだす。
「そこで何をしている!」
しかし、更に乱入者が現れた。
橘がギャレンラウザーを構えて凜を威嚇する。
「どいつもこいつも……人を助けられなかったヒーローが!人を復活させようという時に出しゃばるな!
良いから黙ってそこで見てなさい!!」
ブチぎれた凜の怒声に驚いて橘はうなずいてしまった。


深夜衛宮邸
「うわああああああ!!」
士郎は悪夢から飛び起きる。
校舎を逃げ惑い、迫りくる殺人鬼に怯えていた。
だが、結局は最後に追いつかれ、その心臓を刺し貫かれる。
夥しい量の血液が流れ出て、その体は冷たくなっていった。
鮮明に残る記憶。
その感触は今も胸に残っている。
「はぁはぁ……夢だったのか?」
士郎は自分の胸を触る。
そこに血の跡も無く、胸にも傷跡は無い。
士郎は記憶が混濁としている。
自分が襲われ殺された。
アンデッドに襲われた。
睦月が仮面ライダーだった。
自分を殺した蒼い男とアンデッドとの戦い。
何処からが夢で何処からが現実だったのか。
どれもこれも現実感を覚え無い。
「眼が覚めたか?」
そんな士郎に暗闇の中から誰かが声をかける。
「うわぁっ!!」
その声に驚いて士郎は慌ててその声のほうから後ずさる。
「敵か!?」
ふすまが開かれてシンが顔を出す。
そこから光が漏れて部屋を照らし出した。
そして、士郎は先ほどの声の主が翔であることに気づく。
「なんだ……翔だったのか。驚かすなよ」
士郎は激しい鼓動を立てる心臓を押さえながら呟く。
「良かった。眼を覚ましたんだな」
そんな士郎を見てシンが安堵の表情で呟く。
「何だよシン。俺が眼を覚ましたことの何が嬉しいんだ?」
そのやけに感慨深そうな顔に士郎は不気味さを覚える。
「何を言ってるんだよ。お前、一度、死んでるんだぞ」
「え……」
シンの言葉に士郎は血の気が引くのを覚えた。

時計の針は十二時を過ぎようとしている。
起きた士郎にシンが事情を説明する。
「それで士郎の心臓を修復した後、剣崎さんがここまで運んできたんだ。
剣崎さんは戦いの疲れがあるからもう寝てるけど。
今は俺と翔がお前を殺した奴が襲ってこないように見張ってるところだ」
「そうか……」
士郎は神妙な顔で呟く。
結局、悪夢は全部、現実だったらしい。
「それにしても心臓の修復か。もしかして、核鉄が?」
「いや、何か魔術でどうとか言ってたけど詳しくは知らない。
明日、剣崎さんが起きたら聞いてみたらどうだ?」
シンはその辺の事情の詳細を知らない様子だった。
しかし、士郎は魔術という単語に反応する。
「魔術だって?」
「あぁ、ミッドチルダの魔導師が居たのか、それとも幻想郷の魔法使いみたいなのが外にも居たのか。
どっちかは分からないけどまぁ、そんな感じじゃないか」
シンが推測して話す。
確かにシンが知る魔の技術はその二つだ。
しかし、士郎は知っている。
外の世界で魔術という言葉はその二つとは違う意味を持つ。
その二つの系統とは違う。魔術という技術体系の存在を。
「(俺の他にも魔術を知る奴が居るのか……)」
士郎は驚愕せざるを得なかった。
だとすればその者は此度の事件をどのように捉えていたのだろうか。
心臓を再生させるほどの大魔術を行うものだ。
この事件を感知していないはずも無い。
しかし、そのような気配は一切、感じなかった。
「とりあえず、お前はもう寝ろ。一回、死んでるんだぞ」
シンが心配して士郎に声をかける。
だが、士郎はその言葉にうなずかず考え込む。
自分を殺した相手。
彼は目撃者を消そうとしていた。
もし、自分が生きていることを知ったのなら。
奴は間違いなく自分を殺しにくる。
確信めいた予感を感じていた。
「どうしたんだ?」
そんな士郎を見てシンは怪訝な表情を浮かべる。
「いや、俺も起きてるよ。
あいつは……俺を殺した槍の使い手は間違いなく俺を殺しにくる」
士郎の言葉にシンを目つきを険しくする。
「随分と厄介なのに眼をつけられたみたいだな。
だけど、安心しろ。俺とついでに翔が居るんだ。
絶対にお前を危険に晒したりしない。
お前は安心して寝ていればいい。
その間に俺がそいつを捕まえてやる」
シンは自身に満ちた表情で告げる。
だが、士郎は首を横に振った。
「シンの力は知ってる……だけど、無理だ。
あいつは……シンよりも強い」
士郎はあの目撃した戦いを思い起こす。
アンデッドと互角に渡り合い、尚も余裕を見せていた。
更にブレイドやギャレン以上に機敏な動きを見せたレンゲルを易々と弄んでいた様子。
そこから考えてシンや翔では恐らくあの男には勝てないと予想する。
「確かに俺はまだまだ未熟かも知れない。
だけど、たかだか人間相手に……」
「あいつはただの人間なんかじゃない。
シンがインパルスを使ったって勝てるとは思えない」
「まさか……」
信じられないという様子のシン。
だが、二人の会話を断ち切るように突如として屋敷全体に音が鳴り響く。
「何だこの音は!?」
シンは驚いて立ち上がる。
「結界が破られた。侵入者だ!」
士郎も同時に立ち上がる。
「結界!?」
「この屋敷は侵入者用の結界が張ってあるんだ。
それを破って侵入してきた奴がいる」
「士郎、お前一体……?」
「そんな事よりも!シン、はやくモビルスーツを!」
士郎がシンの方を見る。
その背後、窓ガラスの向こうに移る人影が見えた。
それは槍を構えて、シンに向かって振りかざそうとしている。
このままではシンが殺される。
そう、悟った士郎は即座にシンを突き飛ばした。
だが、それは自らの位置をシンと入れ替えることになってしまう。
そうなれば貫かれるのがシンから士郎へと切り替わるだけだった。
窓ガラスを突き破り、遅い来る真紅の槍。
それは再び、士郎の体を抉ろうとしていた。
覚悟を決めて眼を閉じる士郎。
だが、衝撃は訪れない。
「よく不意打ちの一撃を受け止めたもんだ」
蒼い衣の男の声が聞こえる。
それと共に夜の冷えた空気が部屋へと流れ込んできた。
「生身でならこの家で今のところ、一番強いんでね。それぐらいはしなければ居る意味が無い」
槍を刀で受け止め、士郎と槍の間に割って入った翔がつぶやくように喋る。
「確かに大した力だ……だが、一般人よりもマシってぐらいだな」
槍の男は槍をふるって翔の体を吹き飛ばす。
翔は狭い室内で天井にぶつかるよりも速く身を翻すと天井に着地。
そのまま、天井を蹴って再び槍の男へと迫る。
瞬間、部屋を疾風が駆け巡り、強い風は残った窓ガラスを全て破壊して外へと流れ出た。

「迅い!?」
槍の男は翔の一撃に吹き飛ばされ庭へと飛ばされる。
それを追って翔も外へと飛び出した。
その背中には樹で出来たような異形の羽根が展開されている。
「珍しいな。この時代に妖怪をお目にかかるとは」
その姿に槍の男は構える。
翔も構えを作る。
「あいにくとそんな天然ものじゃない」
「どっちだって良いさ。お前はまだ、あのガキよりも歯ごたえがありそうだ!」
槍の男が地面を蹴って翔の間合いへと飛び込む。
だが、獲物の長さから先に翔が攻撃を受けてしまう。
翔はそれをどうにか刀で軌道を逸らして避ける。
「はやい!?」
翔はどうにか刀でさばくことが出来るものの体の動きだけではかわすことがままならない。
そのために唯一の武器である刀を防御に回してしまい攻勢へと転じることが不可能。
完全に防戦になってしまった。
「どうした!その程度か!」
更に槍の男のスピードが上がる。
それに翔は反応が追いつかなくなり、その腹を槍が刺し貫いた。
一撃で翔の体は貫かれ、血のりのついた穂先が背中から顔を出す。
「ごはっ!」
口から逆流する血が地面を汚す。
「こんなものか」
退屈そうに槍の男はつぶやくと槍を抜く。
それと同時に翔の傷口から血が噴出し、それと同時に地面に倒れ落ちた。

「よくも翔を!」
インパルスを装着したシンがビームサーベルを槍の男に振り下ろす。
槍の男はそれを見向きもせずに紙一重で回避する。
「なっ!?」
「モビルスーツか……そんなおもちゃで英霊と戦おうなんてなめてるのか?」
繰り出される槍の一撃。
閃光にしか見えないその攻撃をシンはかろうじてシールドで防ぐ。
だが、防御を貫いて衝撃がインパルスを襲った。
かなりの重量を誇るモビルスーツをたかが一撃でひるませる。
先ほどからの攻防どおり、この男は見た目よりも遥かに力が強い。
「なら!」
シンはCIWSを放つ。
生身であるならばこの機関銃ですら致命傷となりうる。
だが、その攻撃は槍の男に届かない。
一瞬にして、その姿は掻き消えた。
「何処に!?」
シンは周囲を見回す。
だが、それよりも先に背後からの一撃がインパルスを襲った。
その一撃にインパルスは地面に倒れる。
「ちっ、槍があんまり通らねぇな。どんな装甲してるんだか」
槍の男はインパルスの装甲を見てつぶやく。
亀裂は走っているものの貫くにはいたっていない。
だが、VPS装甲のインパルスの装甲を物理的な一撃でここまで破壊できるほうが驚きであろう。
「こいつは後回しだな……先に」
槍の男は戦況を見守り青ざめている士郎に視線を向ける。
「逃げろ士郎!!」
それに気づいてシンが叫ぶ。
その言葉でようやく士郎は走り出した。
「この状況で友人の安否を気遣うか。中々、いい度胸だ。
気に入ったぜ。後できっちりとトドメを刺してやる」
槍の男はそう言うと士郎の後を追いゆっくりと歩き出した。

士郎は無我夢中で逃げ出した。
そして、近くにあった蔵へと逃げ込む。
扉を閉めて地下へと駆け下りて行く。
魔術の修行場として使っていたそこで士郎は身を抱えて震えた。
その中で恐怖と共に先ほどの光景を思い出す。
翔は無事だろうか。
致命傷を負っていたが直ぐに手当てをすれば助かるかも知れない。
だが、誰がそれを許すのか。
あの男を直ぐに追い払って手当てをする時間なんてあるというのか。
シンはどうなったというのか。
アンデッドやホムンクルスの戦いで勇猛な戦いを見せたシンが手も足も出なかった。
まともな一撃を決めることすら出来ないままに倒れ落ちた。
インパルスという鎧が無ければ翔と同じ運命を辿っていただろう。
そこまで考えて自分の命が心配になる。
自分は助かるのか?
その中で脳裏にカズキの顔を思い出す。
格上の敵に果敢に戦いを挑み、傷だらけになりながらも逃げ出さずに戦っていた友人の姿。
その眩しい姿に士郎は憧れにも似た感情を抱いていた。
自分も彼のように戦いたい。
だが、それも無理だ。
圧倒的な力の差を見せ付けられて自分は今、震えて逃げ惑うのみ。
翔やシンのために今から戦いに赴くのか。
いや、自分の力がどれだけの価値になるというのか。
結局、返り討ちにされて終わってしまうだけだ。
弱気な心が結論付ける。
そして、最後に剣崎の事を思い出す。
今もこの屋敷にいる最強の戦士。
レンゲルがそれなりの戦いを見せたのだからブレイドならばもしかしたらと期待してしまう。
強力なアンデッドと戦い、ぎりぎりながらも勝利を続けるブレイド。
何度か敗北を喫してもその度に強くなり、今も皆に力をくれるヒーロー。
その姿を思い出して士郎は涙を浮かべる。
「助けてくれ……」
祈るような言葉。
空虚な空間に木霊したそれが消えうせた時、
突如として光が爆発した。

衝撃に投げ出された体で士郎は目を開ける。
その視線の先には月明かり。
そして、その光を受けて神秘的な少女が立っていた。
金色の髪と美しい顔。
華奢な体を白銀の騎士鎧が包み、蒼い衣を纏う。
その少女は凛とした様子で士郎を見下ろしていた。
そして、視線が会うと彼女は口を開いた。
「問おう……貴方が私のマスターか?」


「何が起きたんだ……?」
エラーを吐き出すインパルスの内部でシンは爆発した蔵を見つめる。
強力なエネルギーの奔流。
インパルスの計器が計測したその量はなのはの最大出力や
カズキがこの前に見せた最大パワーを超えていた。
常人を遥かに凌駕する魔力の塊である二人すらも超える力の奔流。
それが突如として出現したというのか。
何が起きているのかとシンは起き上がろうとするがインパルスの間接部分にダメージがあったのか動くに動けない。
つい前日に起きた決戦で受けたダメージを完全に修復できていなかったのが仇となっている。
だが、こればかりは整備班を攻めるわけにはいかない。
人知を超えたヴィクターの攻撃を受けた翌日に有る程度の稼動まで持ってきた彼らの頑張りのほうが大きいだろう。
それを無理して出撃させたシンの方に落ち度がある。
このままでインパルスはただの重りにしかならないとシンはインパルスを送還する。
そして、自らの足で立ち上がった。
「何だ……あれ?」
そこで見た光景にシンは呆然とすることしか出来なかった。
槍の男……士郎を殺した犯人は再び士郎を殺そうと蔵へと向かっていた。
だが、その蔵だった残骸から飛び出した彼と戦う者が居た。
鎧を着た金髪の少女が槍の男に攻撃を仕掛ける。
その攻撃を仕掛ける少女は無手に見えた。
だが、その手は確かに何かを握っている。
そして、その見えざる何かで槍の男に攻撃を仕掛けている。
槍の男はその見えない獲物をどうにか防ぐがやりづらそうだった。
「ちっ……貴様、セイバーか?」
槍の男は一旦、距離を開けると少女に問いかける。
「さてな、ランサー。あえて答えるはずも無いだろう」
少女は槍の男の言葉を切り伏せて構える。
「だろうな……」
ランサーは警戒を強める。
「あの女、あの槍使いを相手に互角に戦ってる」
その状況にシンは驚愕をせざるを得ない。
インパルスが不調だったとはいえ手も足も出なかった強者を相手に互角の戦いを見せる少女。
彼女は間違いなく強い。

膠着を続ける二人。
そこに一人の男が現れる。
「何が起きたんだ!?」
ようやく、異変に気づいた剣崎が屋敷から飛び出してきた。
「今更ですか!」
ようやくの登場にシンが怒声を浴びせる。
「ちっ、仮面ライダーブレイドか。流石にセイバーとブレイドを同時に相手にするのは得策じゃないな……」
ランサーは剣崎の登場で明らかに動揺を見せる。
「ブレイド……?何者か知らないがランサーが警戒するほどの相手か」
セイバーもランサーの動揺から剣崎に対して警戒心を強める。
「聞いてないのか……まぁ、契約したばかりでは当たり前か」
その様子にランサーは笑みを見せる。
だが、直ぐにその笑みが驚きへと変化する。
「なに!?本気か……宝具を使えだと」
ランサーは何か独り言をつぶやくとしかめっ面を作り、セイバーを睨みつける。
「生憎と俺のマスターが決着を急いでるんでな。
一撃で決めてやる」
ランサーが深く槍を身構える。
それと同時に恐ろしいまでの魔力が槍へと集中する。
その様子にシンは全身の血が凍るような感覚を覚える。
圧倒的なまでの力と恐怖。
以前にも似た経験を覚えている。
レミリアにスピア・ザ・グングニルを向けられた時。
あの時も自らの死を覚悟した。
だが、これは自分に向けられたものではない。
だというのにシンは身動きが取れなくなっていた。
「宝具か……このタイミングで切り札を出してくるとは気でも違ったか」
「それは俺のマスターに言ってくれ。行くぜ!」

――――‐ゲイ・ボルグ-――――
―――刺し穿つ死棘の槍―――

一撃が赤き閃光と共に放たれる。
それは呪いの槍。
必ず心臓を貫く必殺の宝具。
それは正確にセイバーの心臓を貫こうと迫る。
だが、それはセイバーの心臓を刺し貫くことは無かった。
一撃は心臓をずれてセイバーの体を貫く。
「くっ!ゲイ・ボルグ……貴様、クー・フーリンか」
セイバーは痛みを耐えてランサーを睨みつける。
「俺のゲイ・ボルグをかわしただと。
一体、どんな運をしてやがるんだ」
ランサーは驚愕する。
この槍は必ずセイバーの心臓を貫くはずだった。
絶対のはずの死。
その運命をセイバーは自らの幸運だけで捻じ曲げたのだ。
「……なに、今度は撤退しろだと?宝具を見せたせいで正体が割れたんだぞ。
対抗策を練られる前に……ちっ、分かったよ」
ランサーはそういうと跳躍し、屋敷の屋根へと飛び乗る。
「次は決着をつけてやるぞ。セイバー」
ランサーはそう告げるとそのまま夜の闇へと去って行く。
その姿をセイバーは見つめるだけだった。

「終わったのか……」
その光景をただ見つめていた士郎が呟く。
突然、現れた金髪の美少女。
彼女は士郎の事をマスターだと言った。
士郎は正体不明の少女を見つめている。
それに気づくと少女は士郎の方へと歩いてくる。
「終わりましたマスター。ランサーを仕留めることは出来ませんでした」
少し申し訳無さそうにセイバーが告げる。
「い、いや。助かったよ」
士郎は慌ててそう告げる。
「そうですか……それで彼らは?」
セイバーはセイバーを見つめる三人をそれぞれ視線で指して尋ねる。
「皆は俺の仲間だよ」
士郎の言葉にセイバーは警戒を緩める。
そして、視線を剣崎に移す。
「なるほど共闘を恐れたのか……だとして、彼は何者ですか?
ランサーが危険を感じるとは、英霊には見えませんが」
セイバーが士郎に尋ねる。
「剣崎さんは正義の味方だよ」
「正義の味方?」
「あぁ、俺たちの平和を護ってくれるヒーローだ」
「なるほど、この時代の戦士という訳ですか。
この神秘の衰えた時代でランサーを警戒させるほどとはよほど優秀なのでしょう」
セイバーは冷静に戦力を把握しようとしている。
「士郎、一体何があったんだ?さっきのってお前を殺したって奴だろ?
それにその女の子は?」
事情が今一、飲み込めていない剣崎が士郎の下へとやってきて尋ねる。
「いや、俺も何が何やら……」
だが、剣崎の質問に士郎は答えられない。
何せ士郎もよく事情を把握していないのだ。
「むっ!何者だ!」
セイバーは突然、塀へと視線を移すと地面を蹴って飛び上がった。
そして、そのまま塀を飛び越えて外の道路へと飛び出す。
「なっ!?」
その事態に驚いて士郎は後を追う。
だが、流石に塀を飛び越えることは出来ないので門まで廻る必要があった。

道路ではセイバーが一人の少女を組み伏せていた。
「止めろ!」
士郎がその姿を見て叫んで駆け寄る。
「マスター、この者はこの屋敷を盗み見ていた他のマスターです」
セイバーは今にもその命をとらんばかりに殺気を見せる。
その様子に士郎は気圧される。
だが、そのまま放っておくわけにはいかない。
「手を放してくれ」
士郎がそう告げると不服そうにセイバーは手を放す。
「大丈夫か?」
士郎が解放された少女に尋ねる。
そして、その顔を見て再び凍りつく。
「と、遠坂!?」
それは同じ学園の同級生だった。
何故、彼女がこの場に居るのか。
士郎は混乱する。
「君は士郎を心配して様子を身に来たのか?」
そんな士郎をよそに剣崎が遠坂に尋ねる。
「俺を心配?」
その言葉に士郎は剣崎の方を向く。
「あぁ、彼女が君を蘇生させたんだ」
「俺を蘇生……それじゃ、遠坂、お前は魔術師なのか!?」
士郎は驚愕し凜を見る。
「えぇ、そうよ。衛宮くん……ここじゃ、何だし中に入って話さない?」
意外と落ち着いた様子で凜は提案する。
「あ……あぁ……」
狼狽する士郎はその提案を受け入れるしかなかった。


深夜一時になろうという時間
衛宮家の居間では多くの人が集まっていた。
「気づけば誰かが増えている……」
シンに包帯を巻かれながら翔が呟く。
「怪談みたいに言うな。まぁ、強ち間違いじゃ無いかも知れないけど。
それにしてもお前は腹に穴が開いたってのに元気だな」
既に翔の傷は塞ぎきろうとしている。
核鉄を持っている錬金の戦士並みの回復速度だ。
「この程度じゃ壊れないように造られているんだろ?」
「そうかもな」
シンは翔の言葉にどう答えれば良いか分からなかった。
造られた存在でも気にしないとはいえ翔がどのように感じているか分からない。
ただ、気にしてるのだけは確かだ。
「それで君は何者なんだ?」
剣崎がセイバーに尋ねる。
士郎の後ろに佇み凜を常に警戒しているようだ。
その気の張りようから部屋全体の空気は非常に重い。
「俺もそれを聞きたかったんだ。
君は俺の事をマスターと言っていたけど。
一体どういう意味なんだ?」
士郎も向き直りセイバーに尋ねる。
セイバーは最初、口を紡いでいたが意を決したように口を開く。
「私は聖杯戦争の為に呼ばれたセイバーのサーヴァントです」
「聖杯戦争?セイバーのサーヴァント?」
困惑する士郎にセイバーは目をふせる。
「やはり、何も知らないのですね」
どこか疲れたように彼女は呟く。
「やっぱりね」
そんな二人の様子に凜が呟く。
「何がやっぱりなんだ?」
凜に士郎が尋ねる。
「衛宮君が進んでマスターになるとは思っていなかったけど……
どうやら、偶然、あなたはセイバーを召喚してしまったのね」
一人で納得する凜。
「ちょっと待ってくれ。とにかく、一度最初から説明してほしい。
俺たちは何一つわからないんだ」
そんな様子を切り払うべく剣崎が声を上げる。
「貴方に説明する理由も無いけど……」
凜は剣崎を見て、次にシンと翔を見る。
しばしの沈黙。
「……良いわ。貴方達はどうせ聖杯戦争に関与してくる。
なら、一緒に説明してしまった方が早いものね」
どこかあきらめたように彼女が告げる。
「まずは最初に聖杯戦争について説明するわ。
聖杯……願いを適えるといわれる伝説の聖遺物。
それを求める7人のマスターとそのサーヴァントの戦いの儀式。
これを聖杯戦争と呼ぶわ」
「聖杯……」
聞きなれない単語にシンが呟く。
「イエス・キリストの血を受けた杯と伝えられてる道具よ。
まぁ、どんな願いも適える事が出来る道具だと覚えておけば良いわ」
突き放す言い方にシンは少しむっとする。
「それでそれを7人のマスターってのが奪い合うのか?
んで、その7人のマスターの内の一人が士郎って事なのか?」
シンがそのまま凜に質問する。
その問いに凜はうなずく。
「まぁ、そんな所ね。ちなみに私もその内の一人よ。」
「それでそのサーヴァントってのは何なんだ?」
「サーヴァント……ようは使い魔よ。
ただ、聖杯戦争のサーヴァントはそんな常識を遥かに超える代物だけどね。
英霊……伝説の英雄の霊を7つのクラスに入れて召喚した存在。
それぞれ、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。
聖杯戦争ごとに少し違うらしいけど大体はこのクラスよ。
そして、そのクラスを与えられた英霊をマスターは一人ずつ使役する事が出来る。
とはいっても伝説の英雄をたかが人間が制御しきれるものではない。
それを与えてくれるのがこの令呪」
そういって凜は手の甲にある不思議な紋様を見せる。
それを見て士郎も自分の手の甲を見た。
同じような跡がそこにも存在する。
「これこそがマスターの証。
強大な英霊を従える為の道具」
「……それでその娘がセイバー。士郎のサーヴァントって事か。
という事は君は英雄なのか?」
剣崎は可憐な少女の姿に似つかわしく無いその称号に怪訝な表情を浮かべる。
「何の英雄かは知らないけれどその筈よ。
現在の魔術師や戦士では太刀打ちすることも出来ない存在。
聖杯戦争における最強の兵器って事ね」
凜はどこか誇らしげに語る。
しかし、どうにも剣崎は納得いかないようだった。
だが、シンと翔はどこか納得する。
「英雄といわれても今一、その強さなんか分からないけど。
さっきのランサーとセイバーの強さは確かに次元が違うものだった」
シンは自分が太刀打ちできなったランサーとそれに互角の戦いを繰り広げたセイバーを思い出す。
「君が英雄……」
士郎はセイバーの顔を見る。
確かに戦いぶりを見て強さも知っている。
だが、やはり剣崎のようにどうもそれが信じられなかった。
「それで衛宮君。貴方は聖杯戦争に参加するの?」
「えっ?」
凜の言葉に士郎は答えを返せない。
「偶発的とはいえ貴方は令呪を持ち、サーヴァントを召喚した。
その時点で聖杯戦争に参加していると言える。
そして、これは戦争。ただの力比べではなく殺し合いよ。
そう、貴方はこれから他のマスターに狙われることになる」
「狙われる……それって、殺されるかも知れないって事か?」
「そうよ。聖杯を得ることが出来るのは最後の勝者のみ。
6人のマスターとサーヴァントを倒した最後の一人だけが勝者となる」
凜は士郎を射抜くように見る。
その強い視線に士郎は何も言葉が返せない。
「だけど、降りる事も出来るわ。
貴方のように何も知らずにマスターとなってしまって戦えるわけが無いもの。
その場合は聖杯戦争を監督する教会がマスターの身柄の安全を保障する」
「降りられるのか?」
「えぇそうよ。衛宮君。
聖杯を欲しているので無ければ降りたほうが良い。
興味本位で生き残れるほど聖杯戦争は甘いものじゃないわ」
「……」
「そして、聖杯戦争に参加するって事は他のマスターを殺すことになる。
貴方に人殺しが出来るのかしら?」
その言葉に士郎は目を見開く。
もし、このまま聖杯戦争というものに参加すれば殺しあわなければならない。
血みどろの道。
それを歩むことになるのだ。
だが……
「セイバーは……」
士郎はセイバーを見る。
彼女は静かにただ、黙っていた。
「君も聖杯が欲しいのか?」
「当然です。聖杯戦争に参加するサーヴァントは全て聖杯を欲し、その契約を受け入れた存在」
静かにセイバーが答える。
その言葉に士郎は考え込む。
士郎自身は戦いを降りたかった。
聖杯を求めても居なければ、戦う理由も何も無い。
だが、彼女は違う。
それを求めて霊という曖昧な存在からこの世界にやってきた。
「マスター、貴方が聖杯戦争を降りると言うのであれば私は黙ってそれに従います。
彼女が言った通り聖杯戦争は甘いものではありません。
戦いたくない者を無理やりに戦わせて勝ち抜けるものでは無いのです。
もし、この機会を失ってもまた、次回があります。
私は優先的にサーヴァントとなれるよう契約されてますので問題ありません」
決めあぐねる士郎にセイバーが告げる。
静かに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
そこに非難など微塵も無かった。
ただ、厳しさとどこかに優しさを感じさせる言葉。
その言葉に士郎は安堵を見せて頷いた。


凜につれられ士郎は聖杯戦争から降りるべく教会へと向かった。
残された三人はなんとなく居間に残っている。
「剣崎さん。なんであの時、何も言わなかったんだ?」
シンが突然、呟く。
「どうしてだ?」
「いや、なんとなく。ただ、剣崎さんは止めるような気がしたから」
「まぁな。賛成はしない。
だけど、聖杯戦争の話を聞いてちょっと考えることがあったんだ」
「何を?」
「アンデッドのバトルファイト。あれも聖杯戦争みたいなものなんだなって。
地球での繁栄。それを求めてアンデッドたちは戦ってる。
それを横からやってきて止めようとする俺たち人間は奴らにとってどんな存在なのかなって」
「どうしたんですか一体!?」
「別に戦いをやめようって訳じゃない。それが俺の仕事だから。
だけど、始は……あいつも何かを求めて戦ってるのかな」
彼の言っていた言葉。
バトルファイトに参加する資格。
得ようとするものを横から妨害する仮面ライダーは彼らにどのように映るというのか。
「剣崎さんらしく無いですね」
「どういう意味だ」
「そのままですよ……」
それから会話は途切れる。
だが、誰も眠ろうとはしなかった。
ただ、座って時を待つ。
この家の家主が、友人が帰ってくることを。
眠ってしまえば一瞬だろう。
だが、眠れなかった。
奇妙な胸騒ぎが二人をざわつかせる。
夜はまだ過ぎない。

そして、夜はまだ、明けない。



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