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白玉楼
そこは冥界に存在する巨大な屋敷。
そこに住まうのは冥界の管理人たる西行寺幽々子。
そして、その従者にして庭師の魂魄妖夢。
他に幽霊達も住んでいるが基本的に人格を持ち会話できるのは二人だけである。
その屋敷で霊夢たちは幽々子から今回の件について説明を受ける事になった。
なったのだが戦いの直後で疲れているだろうと休息の後に行われる事になる。
そして、その説明の際に夕食を取ることになった。
それまでの間は客人として白玉楼でくつろぐ事になる。
割り当てられた一室でシンは翔と話していた。
「それでお前は分かったのか?」
シンは単刀直入に翔に尋ねる。
その言葉に翔はゆっくりと頷いた。
「あぁ、自分が何者なのか。それを聞いてきた。
俺は破滅の存在を倒す為に造られた人造人間だ」
人造人間
その言葉にシンは衝撃を受ける。
ただの人間だとは思っていなかった。
だが、それを告げられて動じられないはずが無い。
「やっぱり、人間じゃないとダメか?」
「……別にそんなことは関係ないんじゃないか。
お前が誰かに造られたからって今までのお前じゃなくなった訳じゃないんだろ。
元々、良く分からない奴だったし関係ない。
それで記憶は戻ったんだろ?」
「いや、記憶が完全に戻った訳じゃ無いんだ。
というか、そもそも記憶自体が存在してないみたいだ」
「記憶が無かった?そうか、造られたばっかりって事か」
「多分な」
「それじゃ、何でアンデッドの封印された場所に眠ってたんだ?」
「……そう言えば何でだろうな?」
翔は今思い出したように目を見開く。
「聞いてないのか?」
「あぁ。というか俺が破滅の存在を倒す為に造られたとしか聞いてない」
「というか、お前を造った奴は何者なんだ?
破滅の存在ってのはさっきの奴だってのは分かるけど。
それと戦ってるなんて。それに一緒に居たあのモビルスーツ。
あれは何者なんだ?」
「俺を造った奴はプレイヤーとか名乗ってたな。それ以外は……
あのモビルスーツに乗っていたのはキラ・ヤマト。
何でも二年前の戦争で活躍したエースパイロットだったとか」
「キラ・ヤマトってあのヤキン・ドゥーエの英雄の一人か……。
ってことがアレがフリーダム」
シンは白いモビルスーツを思い出す。
現状のセカンドステージ以上の性能を持つというフリーダム。
単機でありながら破滅の存在を相手にまともに戦闘を行っていた。
戦いは即座に終わった為にその実力は未知数だが恐らくは相当に高いことは分かる。
「それにしても……お前は結局、詳しい話を聞いてこなかったって事か」
「……気が動転してたんだ。それに話はあっちが一方的に話して勝手に切り上げたからな」
翔はバツが悪そうに頭をかく。
そんな様子にシンは溜息を吐いた。
「まぁいいけどさ。それでお前は戻ってきたんだろ?」
シンの問いに翔は頷く。
「あぁ、俺もお前達と一緒に戦いたい」
それだけが本当に手に入れられた答えだった。
それに嘘偽りなど無い。
「そういえば。そのキラ・ヤマトは何処に行ったんだ?」
戦闘終了後、気づけばフリーダムの姿は見えなかった。
「あいつなら帰ったよ」
「帰ったって何処に?」
「あいつらの母艦さ」
「それって何処にあるんだ?」
「さぁ?詳しい場所は聞いてなかったけど」
「まさか幻想郷内な訳は無いよな?」
「それはそうだろうな。ここに来る時だって幻想郷に行くと告げられたぐらいだ。
幻想郷内に隠れて潜んでいるわけじゃないだろ」
「つまり、外の世界から来たって言うのか?」
「何をそんなに驚いてるんだ?
俺たちだって外から来たんだ。そういうこともあるさ」
「そういうことじゃないんだよ。
今、幻想郷は何故か外に出れなくなってる。
とりあえず、霊夢の力じゃ出れない。
つまり、閉じ込められた状態にあるんだよ。
なのに何でそのキラ・ヤマトは自由に入って出て行けたんだ?」
「……幻想郷から出れないってのは初耳だな。
それじゃ、キラだけ先に帰してしまったのは失敗だったな」
「まぁ、お前は知らなかったんだし仕方ないよな……
そのキラ・ヤマトと連絡は取れないのか?」
「無理だな。そういうものは何も貰っていない」
「はぁ……だけど、出る方法はあるんだ。どうにかなるさ」
キラと翔が外から入って来れた以上、現状でも外へ出る方法はある。
その方法は分からないにしても不可能でないことだけは分かったのだ。
それは大きな一歩とも言えた。
アークエンジェル艦内
「お疲れ様です」
帰還したキラを焉が出迎える。
手にしたスポーツドリンクを差し出した。
「ありがとう」
キラはそれを受け取る。
「天翔はどうしたんです?」
焉の手にはもう一つスポーツドリンクが握られている。
恐らく、翔の為に用意したのだろう。
「彼は残ると言ってたよ」
「残る?……まさか、あいつの仲間が居たんですか?」
「うん。とても真っ直ぐな気持ちを持った人だった。
そして、僕と同じくSEEDを持つ者」
「SEEDを……破滅の存在と戦える者が貴方以外にも居るんですね」
「それと博麗の巫女も事前情報どおり破滅の存在と戦えるみたいだね」
「それは凄く朗報ですね」
「うん。出来れば一緒に戦いたい。今は無理だけど」
「そうですね……」
焉は何処か寂しそうに呟く。
「翔が居なくてガッカリした?」
「はい。ただ事実を突きつけられただけの彼を慰めようと思っていたので。
それが出来なくなってしまいましたから。予定を変更しなくてはなりません」
「はは、随分と正直だね」
「基本的にはそう出来てますから」
「それじゃ、一つ聞きたいんだけど。
プレイヤーが翔に伝えた言葉……あれで全部なのかな?」
「……多分、いえ間違いなく足りないでしょう。
というか、一番衝撃的であろう事実だけを伝え、本当に隠していたいことを隠したと思います。
出なければ私に兎狩りを命じるはずはありません」
翔が何者なのかを自分で告げるのだったら敢て、ラプラスの魔を妨害する理由は無い。
だとすれば今回の事実以外に翔に伝えたくない事柄が存在し、それをラプラスの魔が知っているほかにならない。
「それじゃ、やっぱりプレイヤーはただの説明下手って訳じゃないんだね。
でも、破滅の存在用の兵器を持っている……それ以上に隠さなきゃいけないことって何だろう?」
「それは分かりません。余り考え辛いですけど。
それに天翔が起動していることを知りながら今まで放置し、尚且つ、今回勝手に離脱した件についても何の命令も来ません。
恐らくプレイヤーの意思としては天翔が彼らと共に居ることになんら不都合は無い。
むしろ、それを望んでいる節がある……そう思いますね」
「そうだね。一応、形式的に僕達と共に戦えと命令した。
だけど、それを望んでいたように見えない」
「プレイヤーを信じられなくなりましたか?」
「正直、最初から信用なんてしていない。君には悪いけどね」
「プレイヤー側の存在を前に良くそこまで言えますね」
「うん。だけど、今の僕を殺しには来ないだろうって確信はある。
彼が僕にさせたい役割。それが終わらないうちはね」
「終わったら背後には気をつけてください」
「そうするよ」
キラはそう告げるとその場から去っていく。
会話は終了ということだ。
「(プレイヤーの目的……【運命の剣】をどう扱うつもりなのか)」
キラは一人考える。
破滅の存在を直接抹消したあの力は本物だ。
アレがあれば破滅の存在を相手取るのはかなり楽になる。
だが、プレイヤーはあれを手元に置いておこうとする気が無いように見えた。
今回の天翔を置いての帰還。
それを行っても何のリアクションも無い。
最初、終焉が出迎えた際にプレイヤーからの指示があったのかとも思ったがそうでもなかった。
「(彼の本当の目的はもしかしたらあっちの方にあるのかな)」
翔が戻っていった場所。
シン・アスカや剣崎一真。
彼らこそがプレイヤーが求める何かがある。
そんな予感をキラは感じていた。
AnotherPlayer
第十七話「境界を知る者」
白玉楼の大広間で小さな宴会が行われている。
「本来ならお花見だったはずなんだけどね」
幽々子はそういうが花は完全に枯れている。
破滅の存在との戦い。
それが全ての桜を吹き飛ばしていた。
もはや、春は完全に失われたといっていいだろう。
「まぁ、桜が無いのは風情にかけるけど。
替わりにプリズムリバー三姉妹の演奏でも聞いて頂戴」
幽々子がそう言うとスタンバイしていたプリズムリバー三姉妹が演奏を開始しする。
心地良いメロディが流れてきた。
「それじゃ、乾杯しましょうか」
「かんぱーい!」
幽々子の号令で杯が掲げられる。
「って!何で宴会になってるんだよ!今回の事件について詳細を聞くんじゃ無かったのか!?」
シンがテーブルを叩いて叫ぶ。
「何よ、別に詳細を聞くことぐらい宴会しながらでも出来るでしょ」
「そうよ。折角、私達をおもてなしてくれるっていうんだから」
幻想郷の少女二人は既に杯を空にしている。
「妖夢!お代わりよ」
「はいはい」
霊夢が呼ぶと妖夢が一升瓶を持って駆けつけてくる。
手や足には包帯が見て取れる怪我人を相手でも霊夢は容赦が無かった。
「はぁ……これで良いのか?」
「まぁ、相手の好意を素直に受け取っておこう」
剣崎がもりもりと出された料理を平らげていく。
シンは一人、真面目にしているのも疲れて目の前にある食事に手を出す。
「シン、お酒が減ってないわよ!」
「良いだろ別に。そんなに一気に煽るように飲むもんじゃないだろ!」
ちまちましてるシンに霊夢が絡んでくる。
「そんなんじゃ先が思いやられるわよ。基本、ここはお酒を飲むがメインなんだから。
それとも日本酒は口に合わない?」
反対側に咲夜もつけてくる。
どうにかしてシンに飲ませようという魂胆のようだ。
「あぁ、もう!お前達もう事件の事忘れてるだろ。解決すれば良いってもんじゃないだろ」
「そうやって話を逸らして逃げる気ね」
「外の人間ってのは度胸が無いのね」
そんなシンを尚も二人は煽り続ける。
「~~!分かったよ。飲めば良いんだろ!?飲めば!」
シンは杯を一気に煽る。
約一時間後、シンは酔いつぶれて眠っていた。
「あら、随分と弱いのね」
その様子に幽々子が気づく。
シンは霊夢と咲夜に煽られあれよあれよと一気飲みを慣行。
その成れの果てが現状である。
剣崎は内心、戦々恐々としている。
シンが二人を引き付けてくれていなければあそこで倒れていたのは剣崎だったかも知れない。
「本当、だらしないわね。戦い以外じゃ何も出来ないんだから」
「あら、そうなの?」
「そうよ。アンデッドの情報収集とか偵察はするけどそれ以外は基本的に雑誌読んだり音楽聴いたり。
掃除もしなければ料理もしない。
剣崎さんと並んで役立たずよ」
霊夢はついでに剣崎も牽制する。
剣崎は視線を逸らし食事を楽しんでいた。
改善する気は無いようだ。
「巫女に堕落だといわれるようじゃおしまいね」
「どういう意味よ」
「そのまんまよ」
霊夢は咲夜を睨むが咲夜は涼しい顔だ。
「あれ?寝ちゃったんですか?」
料理を運んできた妖夢がシンの様子に気づく。
「そうよ。料理にも殆ど手つけてないのに」
そもそも、霊夢と咲夜が食わせる暇も無く飲ませたせいであるが
二人とも気にしては居ないようだ。
「そうですか……まぁ、幽々子様が居るので一人減ったところで問題はありませんが。
このまま放置するのも可哀想ですね」
妖夢はシンの腕の下に頭を通し持ち上げる。
「わざわざ介抱するの?そのまま放置しておけば良いのよ」
「いえ、流石にそういう訳には……」
霊夢の冷たい言葉を受け流し、妖夢はシンを運んでいく。
廊下を出て別室へと連れて行った。
「意外だな。優しい女の子も居るんだ」
翔がその様子を見て呟く。
「まるで今まで優しい女の子を見て無かったかのような口ぶりね」
「その通りだろ」
笑顔をひきつかせる霊夢を翔は軽く受け流す。
「まぁ、妖夢はそんなに我が強い子じゃないしね。
でも、多分、ただお客さんだからもてなしてる訳じゃ無いわよ」
「何かあったのか?」
「ふふ、さっき妖夢の手当てをした時、話の中心はあのシンっていう男の子の事ばかり。
一対一で戦って勝てなかったこと。破滅の存在で倒れた自分の替わりに私を助けたこと。
そのことを夢中で語っていたわ」
「はぁ……まさか、あのシンがそんな風に思われるだなんてな」
剣崎が感心したように呟く。
「確かに破滅の存在ってのを相手にしたときのシンは凄かったわね。
まるで別人のようだったわ。
それこそ橘って人みたいに操られてるんじゃないでしょうね」
過去の事例として橘が操られて豹変し、破滅の存在と同種と思われる怪物を倒している。
あの時と違うのはシンが戦闘中もある程度、冷静であり、尚且つ戦闘後もこうして話せていたということだ。
操られているという線は無いだろう。
「あれがお嬢様がシン・アスカを気にする理由……?」
咲夜はぼそっと呟く。
レミリアが言うにはシンは絶対の運命を変える要因があるという。
それが何を指すのかは分からないがシンのあの劇的な変化は普通ではない。
よほどの特殊性を持っているのでは考えられた
「そうそう、話してて思い出したけど。
破滅の存在……あれは一体何者なの?」
霊夢が幽々子に尋ねる。
黒い風
西行妖を包み、圧倒的な恐怖を持って魂を蹂躙した。
姿は見えずとも声は聞こえ、明らかな敵意と殺気で襲い掛かってきた。
それを破滅の存在と呼んだ。
「良く知らないわ」
幽々子は笑顔を崩さずに答える。
そのあっさりとした回答に霊夢は盛大に頭をテーブルに落とした。
「ちょっと!知らないってどういうことよ」
「どうも言われても……どうしても満開の西行妖を見てみたかったのよ。
それで方法を探していたときにあの声が聞こえたの。
春を集めれば桜は咲くとね」
「そんな正体も良く分からない奴の言動に乗ったって言うの?」
「もちろん、何か企みがあるとは思ったわ。
そう、確かに企みは存在した。
でも、問題だったのはその企みが私の企みと完全に一致していたこと。
まさか、相手も西行妖を満開にすることが目的だなんて分からなかったもの」
幽々子は笑っているがあまり、笑い事ではない。
もし、この日に霊夢たちが異変解決に乗り込んでいなければ彼女らは破滅の存在により消滅していた。
偶然、伊坂にはめられて幻想郷にシンたちと一緒に戻っていなければ異変は更に深刻になっていただろう。
「そもそも、何で満開にすることが目的だったんだ」
「それはお花見の為よ……というのは冗談よ。
破滅の存在の目的は一つね。
私の肉体の復活……いえ、正確には私の死を操る程度の能力の制御でしょうね」
「そういえばあの桜の下には貴方の死体が埋葬されているんですよね?」
「埋葬なんてものじゃないわ。封印よ。
かつて、私は死霊を操る程度の能力を持っていた。
それは邪悪な存在を引き付け、最終的に破滅の存在の端末が私の前に現れた」
「それじゃ貴方は生前に破滅の存在と出会っていた」
「あれは私の力を使って世界に死を撒き散らそうとした。
それを拒絶するには当時の私には力が足りなかった。
だから、封印したのよ。私の肉体を妖怪桜の西行妖に。
そして、私は死に亡霊となった。
破滅の存在は死んでいる存在への干渉能力は低い。
そもそもが生ある存在を滅ぼす者だから。
だから、今まで無事に過ごせてきてたんだけど……」
「再び、貴方の力を狙って現れたって事か……
って、生前にあってたんだったら何で気づかなかったんですか?」
「仕方ないわよ。だって、さっきまで生前の記憶なんて完全に無かったんだから。
今の記憶は一時的に肉体が戻ったことで破滅の存在についての記憶が戻っただけ。
他の生前の記憶なんて一切無いわ。
それだけじゃあの声が破滅の存在だったなんて分からない」
「とりあえず分かったわ」
霊夢が杯の酒を飲み干して納得する。
「それで気になったんだけど破滅の存在の端末って言ったわね。
それじゃあれは破滅の存在って奴自身ではなく分身みたいなものって事?」
「そうね……ごめんなさい。良く覚えてないわ。
確か私が会ったのは破滅の存在の端末ってものね。
それが何を指すのかは……」
「その言葉通りだ。地球に封印された破滅の存在。
それを復活させる為に動く封印の綻びからもれ出た存在。
それが端末。
力の規模も程度も本体に比べると圧倒的に小さな羽虫程度。
だけど、それだけで強力な大妖怪すら圧倒する邪気を孕む」
幽々子に替わり翔が説明する。
「何であんたがそんな事を知ってるのよ?」
霊夢が怪訝に思い尋ねる。
「俺の失われた記憶。それにまつわる事柄だからさ」
「そう言えば記憶喪失だったわよね……あんたは一体、何者なの?」
霊夢が若干、翔を警戒する。
翔はそんな霊夢に肩をすくめた。
「俺は破滅の存在を倒す為に造られた」
その言葉に剣崎が驚く。
霊夢と咲夜は今一ピンと来ないようで小首をかしげた。
「俺の体は対破滅の存在用決戦兵装【運命の剣】を使う為に出来ている。
俺に両親などは無く、過去も無かった。
自分を人間だと勘違いしてただけって事だ」
翔が自虐的に言う。
「でも、俺は俺だ。前と変わらない。
だから、皆とこれからも一緒に居たいんだ」
だけど、どうするかは決めていた
例え造られた存在といえども意思はある。
やりたい事をやる。それだけだ。
「あぁ、もちろんだ。俺たちはBOARDが壊滅した時からの付き合いだ。
確かに短い時間かも知れないけど一緒に辛い戦いを乗り越えてきた大切な仲間だ。
おまえ自身が何者かなんて関係ない」
剣崎が真剣な面持ちで答える。
「まぁ、造られただの良く分からないけど。妖怪よりも人間らしいんだから気にすること無いわよ」
霊夢も声をかける。
シンも剣崎も霊夢も翔をそのままに受け入れた。
それだけで翔は嬉しかった。
「それで話を戻すけど。
具体的に破滅の存在ってのはどういうものなの?
封印されてるみたいだけど妖怪か何かなのかしら?」
特に翔と付き合いがあるわけでもない咲夜が話を戻す。
「あぁ、破滅の存在は名前どおり。この世界を破滅させる。
生ある者を殺し、魂すらも砕く。
破滅そのものとも言える概念存在」
「そう。目的は一つ……殺すこと。
妖怪が生存の為に人を襲い食べるのとは違う。
あれは存在するだけで全てを殺していく。
その気を感じただけで大抵の者はまず生存本能を殺される。
貴方達も感じたでしょ?あれを目の前にして体が動かなくなるのを。
そして、自身の心が恐怖で塗りつぶされるのを」
翔の説明に幽々子が引き継いで説明を加える。
剣崎と咲夜は身に染みて感じているために頷く。
最初は逃げるつもりだった。
だが、対峙してしまったが最後。
逃げる事すら出来ない。
生存の為の意思すら殺され、警告と警戒だけがけたましく頭の中でなり続ける。
単純な戦闘能力よりもそれが危険だった。
「人間であれと戦えたという話は聞かない……
というよりも生前の記憶では戦いにならなかったわ。
私は一瞬の隙をついて自分を殺して封印した。
それしか抗う手が無かったから。
あれは人間の手でどうこうできるものじゃないわ」
警戒を煽る幽々子の言葉。
だが、霊夢は納得いかない。
「でも、私と翔は平気だったわよ。
それに今回はシンも。それとシンと同じような鎧を着た乱入者。
あいつも人間っぽかったけど平気だったわよ。
それはどういうことよ?」
破滅の存在が生ある者の生存本能を打ち殺すというのなら生きている霊夢たちも動けないはずだ。
だが、霊夢は多少の圧迫感を感じる程度で戦えた。
「俺の場合は単純に戦えるように造られたんだろうな」
翔が自身の事を推論する。
対破滅の存在として造られた以上、最低限戦える状態にあるのだろう。
「そのことについては良く分からないわね。
単純に神経が図太いだけなんじゃないのかしら?」
「まぁ、確かに図太さには自信あるけど……」
霊夢は腑に落ちないという様子だった。
だが、全てを知っているわけではない幽々子では答えようも無いのは事実。
この議論は一旦、終了させざるを得なかった。
宴の翌日
シンはガンガンと鳴り響く頭を抑えながら廊下を歩いていた。
「水……」
完全な二日酔いである。
どうにか気分を治そうと水を求めるが屋敷は広く、迷子になっていた。
しばらく、歩いていると何処からか声が聞こえることにシンは気づく。
そちらに足を向け、進んでいくと庭で妖夢が剣を振っている姿に気づいた。
「……昨日、あんだけ怪我したのに」
たった一日で怪我が完治するわけも無く、妖夢の体には包帯が巻かれている。
あれだけの傷を負えば動くだけでも痛いはずだ。
なのに彼女は昨晩はシンたちをもてなし、今も朝からこうして稽古をしている。
「おい、あんまり無茶すると体を壊すぞ」
そんな姿を見て、シンは思わず声をかけていた。
その声に驚き妖夢が振り向く。
「シン、起きたんですか?」
「あぁ。それよりもお前は怪我人だろ。少しは休んだらどうだ?」
「大丈夫です。昨日は早めに休ませて貰いましたので」
妖夢は涼しい顔でそういう。
それが強がりなのかどうかシンには判断がつかなかった。
「まぁ、大丈夫だって言うなら止めないけど」
だが、妖夢が何故、こうして稽古しているのかその気持ちは分かる。
自分の力が及ばなかった。
その事実を早く覆す為、努力する。
そんな経験はこの戦いが始まってから幾度と無く味わっている。
「私は未熟ですから……もし、また破滅の存在が幽々子様を狙ってきても倒せるようにならないと」
妖夢は焦燥感にかられている。
その姿を自分自身に重ねシンは自嘲気味に笑った。
「な、何がおかしいんですか!?」
「別に……こんな場所でも同じような考え方する奴が居るんだなって思って」
妖夢はシンの言葉を上手く飲み込めずきょとんとしている。
あれだけ傷ついても折れない心。
シンはカズキやなのはに似た不屈の心を持つ妖夢に好感を抱いていた。
最初は敵対したがいずれ共に仲間として戦うのではないかという予感を感じる。
「まぁ、程ほどにしとけよ」
「はい!」
シンの言葉に妖夢が力強く返事をする。
そして、シンはその場を後にしようとした……
「……なぁ、水って何処にあるんだ?」
自身の頭の痛みでシンは何故歩いていたのかを思い出した。
昼過ぎ
宴会をしていた霊夢たちがようやく起きだし、白玉楼を後にする事になった。
「それじゃ今回の件は助かったわ」
見送りに幽々子と妖夢が出ている。
「幻想郷の異変を解決するのは巫女として当然よ。
だから、もう異変なんて起こさないようにしなさいよ」
霊夢が釘を刺す。
「……分かったわ」
幽々子は霊夢の目を見ずに言う。
「あんたねぇ……」
その様子に霊夢は呆れて溜息を吐く。
「そうそう、貴方達、外から来て帰れないって言ってたわよね」
幽々子が何かを思い出し、シンと剣崎を見る。
「そうですけど……話しましたっけ?」
剣崎が記憶を辿るが思い出せない。
「えぇ、昨日の宴会の時に言ってたわ。
それで私の友人にそういう事が得意な妖怪が居るのよ」
「本当か!?」
それが本当ならば朗報である。
現在、なのは達が調べているとは言え、成果が上がっているかは分からない。
「えぇ、本当よ。
貴方達の事を伝えれば快く帰してくれる筈よ」
「やったな!これで帰れるぞ!」
外にはLXEの問題を残したままだ。
早く帰れる事にこしたことは無い。
「へぇ、そんな妖怪が居たなんてね」
初耳らしい霊夢が感心したように呟く。
「それじゃ、私のほうから連絡しておくわ。
神社に行くように伝えておくから待ってれば来るはずよ」
幽々子の言葉にシンと剣崎の意気が上がっていく。
これで心配事が解消された。
シンたちを見送り幽々子と妖夢だけが残る。
「彼らは外の世界から来ていたんですね。
どうりで不思議な力を使うと思いました」
妖夢はシンと剣崎が使うモビルスーツとライダーシステムを思い出す。
幻想郷にあのような道具を使うものは居ない。
「随分と嬉しそうね」
「いえ、そんな訳じゃ。それにしても外の世界にも強い人は居るものなんですね」
「そうね」
幽々子は何処か危機感を感じているように見えた。
それが何を指すのか妖夢には分からない。
ただ、ここまで露骨に主人が顔に出すのは食事以外では珍しいと妖夢は思った。
紅魔館
シンたちは図書館で調べ物をしているはずのなのは達と合流すべくここにやってきていた。
「相変わらず薄気味悪い場所だな」
館内を見回しながらシンが呟く。
壁、床、天井全てが赤い上に窓の一つもない。
こんな所で暮らすにはまともな精神では不可能だろう。
「館の主人の前でそれを侮辱するなんて……礼儀がなっていないわね」
突如、声が聞こえシンは驚き、声の先を向く。
そこには小さな幼女……レミリアが立っていた。
その腕は既に再生している。
「レミリア……」
その突然の出現にシンは警戒を露にする。
当然であろう。
シンは一度、レミリアに殺されかけているのだ。
「お嬢様、ただいま戻りました」
咲夜がレミリアに一礼をする。
「主人を一日も放っておくなんて酷いメイドね」
レミリアがそれに笑って応える。
言葉で言うほどに怒ってはいないようだ。
「わざわざ、あんたが出迎えに来るなんて珍しいわね」
霊夢が親しげに話しかける。
「久しぶりに霊夢の顔を見たくなってね。
まさか、外の世界に行っちゃうなんて思ってなかったから」
「それは私もよ……シン、その物騒なものはしまったらどう?」
霊夢がシンが持つ転送機に眼をやり告げる。
シンはしぶしぶその言葉に従い転送機をしまった。
「あら、本当に良いの?
人間が妖怪に出会って武器に手をかけるなんて当然の事よ」
「……霊夢が大丈夫だって言ってるんだ。大丈夫なんだろ。
目の前で人間が妖怪に襲われて黙ってるような奴じゃない」
レミリアを良く知る霊夢の判断なら従っても問題ないとシンは判断した。
「意外と信頼されてるのね。霊夢が妖怪以外に好かれてるなんて始めてみたわ」
「人を嫌われ者みたいに言わないでよ。
ただ、神社に妖怪が良く来るから里の人間が恐がってるだけ。
あんたみたいなのが来なければ神社にも参拝客が来るのよ!」
霊夢は途中から怒り始める。
「そうそう、折角来たんだし、お茶でもしていかない?」
「生憎だけどそんな暇は無いわ」
霊夢はレミリアの申し出を断る。
レミリアはその言葉にきょとんとしていた。
「……霊夢、貴方にじゃないわ。
私はシン・アスカを誘ったのよ」
レミリアはシンの眼を見る。
「はぁ?」
シンはいきなりの申し出に困惑する。
横で霊夢は顔を紅くしていた。
「まぁ、良いんじゃないか?カズキたちに事情を話すぐらいそんな大勢で行く必要も無いし」
戸惑うシンの替わりに剣崎が応える。
「剣崎さん!?」
「折角、可愛いお嬢さんからの申し出なんだ。無下に断るなんて可哀想だろ」
剣崎はレミリアの事を見た目相応に見ているようだ。
言動なども背伸びをしている程度にしか感じてないのかも知れない。
そんな剣崎にレミリアは少しむくれているが自分の提案に後押ししてくれているので文句までは言わない。
「……まぁ、少しぐらいなら」
シンは少し考えレミリアの誘いに乗る事にした。
シンと別れ霊夢と剣崎、翔が図書館へと向かう。
「不思議ね。レミリアがシンを誘うなんて」
「ただ、仲良くしてみたかっただけじゃないのか?」
「レミリアがシンを気に入るなんて思えなかったけど……
子供と子供で反発しあうかと思ったけど意外と気があったのかしらね」
霊夢はレミリアがシンを誘ったことに違和感を感じている。
まがりなりにもレミリアと良い勝負をしたシンに興味を抱いたのかも考える。
それでもシンとレミリアは反発しあうように感じた。
どちらも妙に対抗心を燃やす癖がある。
それが妙な事に発展しなければ良いがと霊夢は心配していた。
テラスの下に設けられたテーブル
そこでレミリアとシンが向かい合うように座っている。
「大丈夫なのか?」
シンは外の日差しを見ながら尋ねる。
テーブルの上にパラソルが付いているとはいえ、日光が降り注ぐ外だ。
吸血鬼にとっては危険な場所のはずだが。
「直接、浴びなければ問題ないわ」
レミリアは気にしていない様子だ。
そもそも、危険ならばこんなことはしないであろう。
咲夜がレミリアとシンの前に紅茶を差し出す。
「それで俺をお茶に誘って何が聞きたいんだ?」
シンが雰囲気も何もかもを無視していきなり言葉を切り出す。
そもそも、シンはレミリアに気を許している訳ではないので常に警戒を解いていない。
まるで戦闘中かのような気の張り具合だ。
「余裕が無いわね。話をする前に紅茶でも飲んで気を落ち着かせたら?」
「……」
シンはティーカップを掴み、一気に飲み干す。
その様子に咲夜の目つきが険しくなった。
「飲んだぞ」
「ちゃんと味わって飲まないといきなりナイフが飛んでくるわよ」
レミリアがそう告げると気づけばシンのカップに紅茶が再び注がれており、
テーブルの上に置いていた手の指の間にナイフが刺さっていた。
シンは驚いた様子で咲夜の方を向く。
時を止める程度の能力……
種明かしをされても対応など出来うるはずもない。
余り機嫌を損ねるのも危険だと判断し、今度はちゃんと飲むことを誓った。
「少しは落ち着いたみたいね」
「……まぁな」
力に屈した形になりシンの機嫌は逆に悪くなる。
それからしばらく沈黙が続いた。
シンは何かを尋ねられるのかと待っているが一向にレミリアの口が動く気配は無い。
嫌な沈黙だけが続く。
「……何か用があった訳じゃ無いのか?」
我慢しきれずシンが尋ねた。
「別に無いわ。ただ、外の人間がどんなものか見たかっただけよ。
何時もは食べるだけで話なんてしないもの」
「食べる……か。そういや、最初は俺の事も食べようとしてたな」
シンの表情が険しくなる。
「妖怪だもの当然よ。貴方だって家畜を食べるでしょう?」
「人間は家畜じゃない!」
「……人間らしい言葉ね。同じ生命として何が違うのかしら?
地球を支配した気分になって自分は他の生命よりも上だと思い込んでいる」
「それは……だからって人間が食べられてるって聞いて落ち着いていられるかよ!」
「もっともね。そこで割り切って仕方が無いなんていう人間はそうは居ないでしょうね。
割り切れる人間……霊夢や魔理沙みたいなのは幻想郷でも稀よ。
あの二人にしても目の前で人間が妖怪に襲われていれば人間を助ける。
妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する。
それは理。だから、人間が妖怪を殺しても文句なんて言わないわ」
「だから、俺にも妖怪が人間を殺しても文句は言うなって言いたいのか!?」
シンが立ち上がる。
それが幻想郷のルールだとしてもシンには割り切れない。
「別に貴方に押し付けようなんて思っていない。
それに私も人間を襲うことなんて基本的にしないわよ。
食事として食べなければ生きていけない。
でも、幻想郷の人を襲って食べていれば人間は消える。
だから、外の世界で死のうとしている人間。
生きることを放棄した人間を私達は食べている」
「……ふざけるな!生きることを止めたって言ったって結局は人間を食べてるんじゃないか」
シンが人間でレミリアが妖怪である以上、対立を止めることは出来ない。
「貴方は本当に典型的な人間ね」
「人間で何が悪いって言うんだよ」
「悪いことなんて無いわ」
二人の間で緊張感が高まっていく。
人と化け物は殺しあわなければならない。
そう運命付けられているように。
「シン。霊夢が呼んでいるわ」
その二人に咲夜が割ってはいる。
水を注され敵対する意思が緩和される。
「あぁ」
シンは即座にこの場から立ち去ることを選んだ。
この場に居ればまた、殺し合いは避けられないだろう。
レミリアもそれを悟っている。
結局、二人の話し合いは人間と妖怪の壁を抜けることすら無かった。
シン・アスカとレミリア・スカーレット。
二人の会話になることも無く終了する。
「あんたも人間なんだよな」
図書館に向かう途中でシンが咲夜に話しかける。
「えぇ、正真正銘のね」
「なんで妖怪なんかに従ってるんだ?」
「お嬢様が私の主に相応しいと思ったからよ」
「あいつは人間を食べてるんだぞ?」
「お嬢様が言ったようにそれは人間が他の動物を食べるのと変わらない。
食べるのが惜しいと感じてくれれば食べることも無くそばに置いて貰える。
貴方だって一度、敗北したのに食べられていないでしょう?」
シンは一度、レミリアに敗北している。
だが、それで食べられなかったのはレミリアがシンの何かを評価したからだった。
このまま、食料にしてしまうよりも生きているほうに価値があると感じたのだ。
「だからって納得できない」
とはいえ、それに納得することも出来ない。
人間を食べるのは生態だから許すなどホムンクルスの存在すら肯定してしまう。
「まぁ、貴方の考えを強制する気は無いわ。
だけど、お嬢様だって生きているのよ。
喜びもするし悲しみもする。
人間とは確かに考え方は違うかもしれないけど決して心を持たない訳じゃない。
それを頭ごなしに否定することは私が許さないわ」
咲夜がナイフをシンに突きつける。
「……心か」
シンはレミリアのことなど殆ど知らない。
だけど、霊夢を見たときの嬉しそうな顔や紅茶を飲んでいるときの幸福そうな表情を思い起こす。
感情があれば、生きているから、人を食べるのは生態だから、
シンの頭の中はグルグルと言葉が渦巻く。
「……別に俺もレミリアを倒そうってつもりは無い。他に倒さないといけない奴が居るしな」
結局、答えは出せずシンは思考を放棄する。
それは問題を先送りした事にしかならない。
そんなシンに咲夜は溜息を吐いた。
あからさまな落胆。
だが、シンはそんな様子を観察していられるほどに余裕は無い。
「(そうだ。倒すべき敵は他に居るんだ)」
そう考えないと頭がパンクしてしまいそうだった。
シンは気づいていない。
明確な敵が居ないと何も出来ない自分。その危うさを。
紅魔館の門の前
咲夜につれられてシンはそこにやってきていた。
「霊夢の所に行くんじゃないのか?」
シンが尋ねると咲夜は前方を指差す。
「霊夢ならそこに居るわよ」
指差す方向には確かに紅白巫女がいる。
その隣に剣崎と翔の姿もあった。
何やら話をしている様子だったが霊夢がシンに気づいて手を振る。
「もう、お茶会は終わったの?」
「お茶会なんてそんな大層なもんじゃない」
シンはしかめっ面をつくる。
その反応に霊夢はやっぱりと呟いた。
「まぁ、とにかく。今から魔理沙たちを呼びに行くところだったんだけど」
「魔理沙たちを呼びに行く?図書館に居たんじゃないのか?」
「今日は私達が来る少し前に出かけたらしいわ。
向かった先は分かってるから今から呼びに行こうかと思ってたんだけど」
霊夢はそこまで言って少し考える。
「丁度良いわ。シンと剣崎さんは先に神社に行っててちょうだい」
「まぁ、呼びに行くだけなら全員で行く必要は無いもんな」
シンは霊夢の提案に納得する。
そもそも、自力で飛行が出来る霊夢に徒歩の二人がついていくのは効率が悪い。
「あんたたち二人なら途中で妖怪に出くわしたところで何の問題も無いし。
それじゃ、迷子にならないようにね」
霊夢はそう言うと空へと飛び上がり、さっさと行ってしまう。
残されたシンと剣崎、それに翔の三人。
「それじゃ、行くとするか……。
咲夜さん。今回は助かったよ。ありがとう」
「特に何もしてないわよ。
それじゃ、さようなら。もう、会うことも無いかも知れないけれど」
咲夜は簡素に別れを告げるとさっさと屋敷へと引っ込んでいってしまう。
「何だか愛想の悪い人だったな」
「別に良いじゃないですか。それよりもさっさと行きましょう」
「あ……あぁ……」
機嫌の悪いシンに剣崎は少し気おされる。
博麗神社
長い石段を登っていく。
既に雪は溶け、濡れた地面からは緑の葉が覗いている。
春の息吹を感じられた。
「それにしても……随分と暑くなったな」
剣崎が流れる汗を拭う。
春が戻った影響か、凄い勢いで気温が上昇していた。
とは言え、まだまだ春の陽気だ。
剣崎が暑いと感じているのは昨日まで雪が降るほどに寒い日だったからだろう。
降り注ぐ陽気を受けながら階段を登りきり境内に到着する。
境内に入った三人の眼に入ったものは狐の耳と九本の尻尾を持った女性と猫の耳と二股の尻尾を持った少女だった。
「妖怪か?」
シンが身構える。
見た目からして人間ではないのは明白だった。
「待て、私達は争うつもりは無い」
そんなシンに狐の女性が告げる。
「それじゃ、神社の参拝客か……?」
剣崎が尋ねると狐の女性は首を横に振る。
「私達は頼まれて来ただけよ。外の人間」
「って事は貴方達が幽々子さんが言っていた」
剣崎は朝の話を思い出す。
「まぁ、正確にはちょっと違うけど間違ってないわ……
それよりも巫女はどうしたの?」
狐の女性が周囲を見渡して尋ねる。
「ちょっと用があって別行動してるけど直ぐに来るよ」
「なるほど……今は三人だけって事ね。
なら、まずは貴方達から試させて貰おうかしら」
狐の女性はそういうとスペルカードを宣言する。
「なっ!?」
それに三人は驚いて身構える。
「式神【仙狐思念】」
狐の女性の手から霊力の塊が放出される。
それは真っ直ぐに剣崎たちに向かってきた。
剣崎は咄嗟にバックルを装着する。
「変身!」
―――TURN UP―――
バックルより生み出されたオリハルコンエレメンタルが霊力の塊を弾き返す。
剣崎はそのままオリハルコンエレメンタルを通過し、ブレイドに変身。
勢いをつけて狐の女性に斬りかかった。
狐の女性はブレイラウザーを掌で受け止める。
「なにっ!?」
ブレイドはその光景に驚愕する。
注意深く観察すればブレイラウザーの刃は掌に届いていなかった。
その途中、見えない力で反発され受け止められている。
「全てを斬る剣も刃が届かなければ斬れない。それは道理」
狐の女性は空いた左の手をブレイドの胸に押し当てる。
ブレイドは咄嗟に身を引こうとするが襲い。
零距離から放たれた霊力がブレイドの体を跳ね飛ばした。
「剣崎さん!」
シンが叫び駆け寄ろうとする。
だが、そのシンを邪魔するように猫の少女が立ちふさがる。
「お兄さんの相手は私だよ!」
少女は鋭い爪を立て、シンに襲い掛かる。
シンはバックステップでそれを回避しようとするがスピードは向こうが上。
かわしきれずに頬をかかれる。
鮮血が一筋
「争うつもりは無かったんじゃないのかよ!」
シンは自分自身の見通しの甘さに怒りを覚える。
妖怪なんかの言葉を一瞬でも信じてしまったことを許せなかった。
その手に転送機が握られる。
「別に争ってるわけじゃないよ」
少女は楽しそうに笑う。
「どこが!?」
シンは怒声と共に転送機のスイッチを入れる。
だが、インパルスはシンに装着されなかった。
「なんだ!?エラー……スタンバイされてないのか!?」
シンは転送機の表示を見て焦る。
どうやら、インパルスは出撃準備状態になっていないようだった。
恐らく前日の戦闘の損傷が直りきっていないのだろう。
それとも、また通信が利かない幻想郷で勝手に装着した事により転送が凍結されたのかも知れない。
どちらにせよシンはインパルスという力を使えないという事だ。
それはシンが常識の外に居る敵と戦えないということ。
もはや、ただの人間でしかないシンに妖怪との対抗手段など無い。
「あれ?そっちから来ないの?
だったら、こっちからいくよー!」
猫の少女は前項姿勢から一気に加速する。
まるで獲物に襲い掛かる猫のようにその首元を狙いつける。
シンはそれに反応できない。
いや、してはいるが回避が間に合わない。
まるで拡大するように迫る少女。
絶命の危機に割り込む影が一つ。
天翔がその剣で少女を弾き飛ばす。
少女は空中に投げ出されたがくるくると回転して着地した。
全くダメージは無いようだ。
「大丈夫か?」
翔が視線を少女から離さずに尋ねる。
「すまない。助かった」
「モビルスーツが使えないなら下がってろ。こいつの相手は俺がする」
翔は少女に向かって飛び出す。
シンはその姿をただ見ていることしか出来なかった。
「あちらも始まったか……あの少年はあの鎧を使えないようだが……
橙は大丈夫だろうか……?」
狐の女性は心配げに翔と打ち合いを繰り広げる橙の姿を見る。
「お前の相手はこっちだ!」
余所見をする狐の女性にブレイドが切りかかる。
だが、その太刀筋を完全に見切られているのかかすりもしない。
「零距離の直撃を受けても無傷か……」
狐の女性は軽く驚く。
だが、それは薄いものだ。
あの程度を防がれた程度ならまだまだ、破れる手立てはあるのだろう。
「お前達はなんで俺たちを攻撃する。
やっぱり、俺たちを食べるつもりなのか!?」
剣崎が叫ぶ。
狐の女性はその言葉に首を横に振る。
「まさか。こちらはただ、破滅の存在を退けた君達の力が本物なのか……
それを調べたいだけよ」
「俺たちを試すだって?なんで、そんなことを?」
「それは私にも分からないわ。貴方達が何の可能性を持つのか。
それを知るのは私達の主人のみ。
私は言われた通りに仕事をするだけの式よ」
狐の女性は連続で仙狐思念を放射する。
着弾と同時に爆発し、広範囲を攻撃する霊力弾。
だが、剣崎はその爆発を物ともせずに突っ走る。
「うおおおお!」
―――タックル―――
スペードの4をラウズし、ブレイドは加速する。
猛烈なチャージ。
だが、その単純で直線的な動きを女性はいとも容易く回避する。
「その防御を崩すのは大変そうね」
女性はそういうとスペルカードを宣言しなおす。
女性の霊力の流れが切り替わる。
「式輝【狐狸妖怪レーザー】」
女性が手を合わせるとそこから霊力がレーザーのように放出される。
レーザーは剣崎を捕らえ貫く。
「うわあああああ!!」
剣崎の体は吹き飛ばされ樹に激突し跳ね返される。
それと同時に変身が解除された。
「剣崎さん!!」
それに気づきシンが駆け寄る。
「くっ……強い……」
剣崎はどうにか意識を保つが直ぐに立ち上がれそうに無かった。
「直撃を受けて意識があるなんて……防御に関しては尋常じゃないわね。
でも、無駄よ。貴方の攻撃は私には届かない。
一つ一つの動きが単純。見切るのは簡単だったわ」
余裕綽々と言う様子で女性が歩いてくる。
完敗だった。
剣崎はこの妖怪に対して全く手も足も出ずに地に伏した。
シンは歯軋りをする。
今この場で戦えない自分に
迫り来る妖怪。
シンはナイフを手にし立ち向かう。
「そんなもの一本でどうするつもり?」
「決まってる!お前を退治するんだ!」
「勇ましいな。だが、お前は人間だ。
過去の人間の持つ魔を払う力も持たないものに妖怪は倒せない」
「そんなものやってみなくちゃ分からないだろ!」
シンは飛び出そうとする。
だが、
「シンさん!離れてください!」
それを空から投げられた言葉が止める。
その言葉に二人は上空を見上げた。
天上に浮かぶ太陽。
その光を受けて一つの影が浮遊する。
「ディバインバスター!」
影から光が放たれる。
地上に降り注ぐ桜色の輝き。
それは真っ直ぐに狐の女性に降り注ぐ。
女性はそれを結界で防ぐが完全に防ぎきれない。
だが、耐え切れないほどでは無かった。
「奇襲か。倒しきれなければ……」
女性は今一度、レーザーを放とうとする。
だが、それよりも先に光の中からもう一つの影が飛び出した。
それは太陽と全く同じ輝きを持ちながら真っ直ぐに女性へと落ちていく。
「サンライトスラッシャー!」
山吹色のエネルギーの加速を受けてカズキが突撃する。
女性はその穂先を溜めていた霊力で受け止める。
だが、勢いは完全にカズキに分があった。
防ぎきれずに女性の体が弾き飛ばされる。
「大丈夫か?シン、剣崎さん」
地面に着地したカズキが二人に尋ねる。
「カズキ……」
なのはもカズキの横に着地する。
「それになのはも」
シンは頼れる仲間の増援には笑顔を見せる。
これなら勝てる。
今まで力を合わせて戦ってきたんだ。
皆の力があれば打ち克てる。
そう、確信した。
翔にも増援が現れた。
薔薇の花弁が橙の体を拘束する。
「その耳、尻尾……見ていると鳥肌が立つのだわ」
真紅は妙に敵愾心を燃やしている。
「嘘?もう来たの?」
「もう来たさ。そして、お前は退場だ」
魔理沙がミニ八卦路を橙に向ける。
集中した魔力が唸りを上げる。
それと同時に炉から圧縮された魔力がビームのように放射された。
拘束された橙はなすすべも無く直撃を受けて跳ね飛ばされる。
そして、そのまま跳ね飛ばされ樹に激突して気絶した。
「やれやれ……こんなのに苦戦してるんじゃ先が思いやられるな」
魔理沙は箒を担ぎなおして翔を見る。
「奇襲で美味しいところを持っていっただけで勝ち誇るな」
翔も剣を肩に担ぐ。
「ちぇえええん!!」
狐の女性は慌てて起き上がり、橙の元に駆け寄る。
そして、気絶しているだけに気づいて安堵の息を漏らす。
だが、すぐさまに憎しみに満ちた目で魔理沙をにらみつけた。
「良くも橙を……!」
「おいおい、そんなに怒るなよ。人間が妖怪に襲われてたんだ。
助けるのが当たり前だろ?」
妖怪が人間を襲い、人間がそれを退治する。
当然のルールだ。
「そっちこそ何、勝手にうちの神社で人を襲ってるのよ!
もし、こんな噂が里に流れたらもう二度とうちに参拝客が来ないじゃない!!
そうなったらどう責任取るってのよ!!」
霊夢が凄まじく不機嫌な様子だ。
怒るのも当然だろう。
「もう二度、そんな気が起きないように徹底的に痛めつけないとね!」
霊夢が符と針を構える。
俄然、やる気の様子だ。
全員の視線が狐の女性に集まる。
多勢に無勢。
人間が数で推して強い妖怪を退治する。
ありふれたシチュエーション。
それが何の力も持たない人間ならば良いが集まった者たちは一人一人が妖怪を倒せる強者だ。
たった一匹の妖怪では成す術が無いだろう。
「ま、待て……」
女性は慌てて戦いを止めようとする。
だが、殺気だった人間達は止まりそうになかった。
「あら、藍。随分と情けないわね」
突如、空間が開いた。
空間にスキマが現れ、そこから一人の女性が出てくる。
日傘を差した妙齢の女性。
彼女は優雅にそのスキマに腰をかけた。
「何も無いところから出てきた……」
その光景にシンは驚く。
突然出現する。
それ自体は咲夜もしてきた。
だが、目の前の女性のそれは全く原理が違うように思えた。
時を止めた訳ではない。
空間に穴を開けてそこから現れたのだ。
まるで鏡を使わずにnのフィールドから現れるように。
「貴方達が外の世界から来た人間ですね?」
女性はシン、剣崎、カズキ、なのは、真紅、翔を順に見る。
「人間じゃないのもいるみたいですが……
私は八雲紫。境界を司る妖怪の賢者。
友人に頼まれて外から来た人間を帰す為に来ました」
その言葉に喜びもあるが戸惑いもあった。
彼女の部下と思わしき妖怪が攻撃を仕掛けてきたのだ。
その理由が分からなければ単純に喜べない。
「では、貴方達が外に帰るにたる者なのか……
それを見極めさせて貰います。
私と戦いなさい」
女性はいきなり勝負を申し出る。
やはりかとシンは臨戦態勢をとる。
「何で戦わなきゃいけないんですか?」
だが、なのはは直ぐに戦闘体勢を取らずに尋ねた。
当然の疑問だ。
帰す為に戦闘が必要な理由が分からない。
「問答は要りません。
その力を私に示してみなさい」
紫が傘を前にかざす。
すると光弾が発射され、翔に襲い掛かった。
翔はそれを間一髪でかわす。
「あぶな……」
だが、回避行動の先に更に光弾が襲い掛かる。
翔は咄嗟にそれを剣で受け止めるが体が跳ね飛ばされる。
「翔!」
飛ばされた体をカズキが受け止める。
「大丈夫だ。威力はそんなに無い」
特に大きなダメージは無い様子で翔が答える。
だが、そんな事をしている間に次はクナイのような弾が二人に襲い掛かる。
それは光弾のように一発ではなく扇状に正射され、二人の体を突き破ろうと襲い掛かる。
カズキはそれを翔を抱えたまま、サンライトハートを盾のように構え防御する。
堅牢な突撃槍に阻まれ、クナイ弾は掻き消える。
「防げないって程じゃ無いけど……」
カズキは着地する。
だが、そこにも執拗にクナイ弾が襲い掛かってきた。
一方、なのはも襲い掛かる光弾をプロテクションで防御する。
「……なんて攻撃密度なの。攻める隙が無い」
なのはは弾かれる光の中で紫を見る。
紫は涼しい顔で光弾とクナイ弾の放射を続けている。
それが途切れることもないし、息切れする様子も無かった。
カズキとなのはの二人は防御に手一杯で攻める事も出来ない。
「防御にまわるから攻撃できないのよ。こんなものかわせば」
霊夢は弾幕の隙をついてお札を飛ばす。
札はクナイの隙間を縫って紫に襲い掛かる。
だが、札は紫に届く前に結界に阻まれ消える。
「博麗の巫女……これは外の世界の者への試練。貴方は黙っててもらおうかしら」
紫は霊夢を一瞥する。
すると、霊夢の頭上にスキマが空き、墓石が落ちてきた。
霊夢は咄嗟の事に反応できず墓石の下敷きになる。
「なっ!?」
いきなりの自体に魔理沙は驚き声を漏らす。
「お前もだ霧雨魔理沙」
驚く魔理沙に藍が襲い掛かりその体を吹き飛ばす。
魔理沙の体は弾かれて樹に激突する。
そのまま、地面に落下し動かなくなった。
衝撃に気絶してしまったのだろう。
その光景に残った仲間は呆然とする。
「霊夢と魔理沙が……」
二人の強さは良く知っている。
その二人が手も足も出ずに倒されたのだ。
「このままじゃ、まずい……翔、一人で大丈夫か?」
カズキが背中の翔に尋ねる。
「あいつ自身が飛ばしてくる弾ならかわせると思う」
翔は自信なさげに頷く。
「よし、俺はなのはの援護に行く」
カズキはそういうとサンライトハートを盾にしたまま動き出す。
目的はなのはの援護。
なのはの魔法なら遠距離から攻撃できる。
今は防御で手一杯だが盾役になればその余裕も生まれるはずだ。
「カズキさん」
前方に現れたカズキの背になのはが隠れる。
「なのははあいつに攻撃を。俺じゃこの中を突っ切ることは出来ない」
直線の動作が多くなってしまうカズキでは格好の的だ。
「分かりました」
なのははプロテクションを解除し、別の魔法を起動させる。
「ディバインシューターじゃ多分、霊夢さんのお札みたいに弾かれちゃう……だったら!」
レイジングハートの形状が砲撃戦用に切り替わる。
砲塔に圧縮されていく魔力。
その気配に紫が反応する。
なのはの頭上に開くスキマ
「させるか!」
そこから落ちてくる墓石を翔が蹴り飛ばす。
「流石に一度、使った手には学習するようね」
紫が再び何かをしようとする。
だが、それよりも先にカズキが動いた。
「サンライトフラッシャー!!」
飾り布のエネルギーを解き放ち、凄まじい閃光を放つ。
光は紫までの間に破壊エネルギーを失っていたが視覚を遮るには十分な光量だ。
紫は咄嗟に目をかばう。
それにより動作が封じられ、隙が出来た。
なのははその間に上空に飛び出し、レイジングハートを紫に向ける。
紫は光が止んだ瞬間になのはの方を向こうとする。
だが、それよりも先に薔薇の花弁が紫の前方を塞いだ。
「結界で貴方まで届かないけれど視界を覆い隠す程度なら可能なのだわ」
真紅は出現させた薔薇の花弁をベールのように紫の視界を塞ぐ。
これでは紫からなのはの姿を見ることは出来ない。
最大の好機。
「ディバインバスター!!」
発射される魔力の砲撃。
それは真っ直ぐに紫に向かって放射される。
着弾と共に爆発。
粉塵が巻き上がり、それと同時に真紅の放っていた薔薇の花弁も辺りに舞い散った。
「やったか……?」
翔が呟く。
だが、それと同時に翔の足元にスキマが開いた。
そして、翔の足首をその中に潜んでいた紫が掴む。
次の瞬間、翔の体は空中に投げ出されていた。
「なっ!?」
突然の自体に困惑する翔。
「翔さん!」
なのはが反応し翔へ向かい飛ぼうとする。
だが、その前方に突然、スキマが開いた。
勢いのままになのははそのスキマに飛び込んでしまう。
そして、開いたスキマの先にはカズキの姿があった。
「えっ?」
突然の自体にカズキは反応できずに激突する。
「やってくれるのだわ。ああも移動されては手出しが出来ない」
真紅がローズテイルで翔を助け出し、周囲を警戒する。
恐らくディバインバスターは直撃していないのだろう。
先ほどから空間と空間を渡り歩くあのスキマ。
あれで回避したに違いない。
そして、そのままスキマを使って三人を撹乱、攻撃。
最大の一撃を放った隙を完全につかれる形になっていた。
そもそも、あのスキマ移動を使われては手も足も出ない。
「さて、最後は貴方ね」
真紅の前に紫が姿を現す。
それは余裕の証だろう。
先ほどのようにスキマから強襲をかければ一瞬で終わる。
だが、それをせずに敢て紫は目の前に現れた。
「その余裕が命取りよ!上海!蓬莱!」
真紅が叫ぶと木陰から二つの人形が飛び出した。
時間は遡り、昨日。
真紅はアリスに連れられ彼女の家にやってきていた。
「それじゃ、お茶を入れるわね」
アリスがそういうと人形達がお茶を入れ始める。
「随分と器用なのね」
その様子を見た真紅が驚嘆した様子で呟く。
「これが私の特技だもの。本当ならこうして一々、操らなくても動いてくれれば良いんだけど……」
アリスは溜息混じりに呟く。
一見、人形が勝手に動いているように見える。
だが、実際にはアリスは一つ一つを見えない細い糸で操っているだけだ。
人形の行動はアリスの意思。
人形は自分では動かないし、考えていない。
「貴方の人形。見せてもらえるかしら?」
真紅が尋ねる。
「えっ!?も、もちろん!上海、蓬莱」
アリスはそういうと二つの人形がやってくる。
そして、二つは真紅の目の前に座った。
「これが貴方の自信作って事ね」
真紅が尋ねるとアリスは少し顔を紅くしながら頷く。
至高のドールに自分の人形を見られるのだ。
恥ずかしい出来のものは見せられない。
まぁ、アリスの人形に恥ずかしい出来のものなど存在しないが。
これはその中でもお気に入りというだけだ。
「……素晴らしいわね。造りも丁寧。
それに凄く大事に使われているわ。
貴方は今みたいに家事や雑用に人形を使ってるみたいだけど殆どほつれも無い。
それに修繕もこまめに繰り返してるのね」
真紅が上海人形と蓬莱人形をマジマジと見ながら呟く。
そのほめ言葉にアリスはむず痒い気持ちになった。
「それに何より……この人形達はあなたの事を凄く大事に思ってる」
「え?」
アリスは真紅の言葉に驚き呆然とする。
「上海人形も蓬莱人形も貴方に感謝しても仕切れないほどの思いを持っているわ。
それを伝えられないことを辛く思うほどに」
「それって……真紅、貴方は人形の気持ちが分かるの?」
「えぇ、私には人形の声が聞こえる。そして、こんなことも出来るわ」
真紅が肯定する。
すると突然、上海と蓬莱が動き始めた。
その事にアリスは驚愕する。
今、アリスは何もしていない。
上海と蓬莱は自分で勝手に動いたのだ。
そして、二体はアリスに対してお辞儀をする。
「う、嘘……勝手に動いた!?」
「人形の心を解放し、自律させる。長くは続かないけどね」
「……それじゃ、上海と蓬莱が実際に私に感謝してくれてるって事なの?」
「もちろんよ。ここまで人形に好かれる持ち主は中々居ないわ」
アリスはその言葉に感極まり涙を流す。
その姿に上海と蓬莱は驚き慌てだした。
そんな二人をアリスは抱きしめる。
「アリス……一つ、お願いがあるの」
真紅はアリスに入れてもらった紅茶を飲み干し、カップをお皿の上に置くと一息ついて切り出した。
「真紅の頼みなら出来ることなら何でもさせてもらうわ」
アリスはローゼンメイデンの話と先ほどの上海と蓬莱の件から返しきれない恩を感じていた。
どんな困難な内容でも受け止める為の覚悟を決めている。
「ありがとう。それじゃ、その上海と蓬莱なのだけれど。それを貸してもらいたいの」
「この二人を?」
意外とあっけない内容に呆けに取られながらもアリスは尋ねる。
貸すにしても真紅がこの二つを必要な理由が分からなかった。
「見たところ、その二つの人形には戦闘用の魔法が付けられてるわね」
「魔法の知識もあるのね……えぇ、ここじゃいつ妖怪と戦う事になるか分からないもの。
上海には攻撃用の魔法を蓬莱には防御用の魔法をかけてるわ。
少しでも魔力を送り込めば直ぐにでも起動できるように」
「そこまで言えば分かるわよね」
「つまり、上海と蓬莱の二人をアリスゲームで勝ち上がるために使うって言うの?」
アリスは少し落胆する。
真紅の話では彼女は自分自身の力に自信を持っていた。
その気高いプライドにアリスは素直に敬意を感じていた。
だが、上海と蓬莱、自分とは違う力を頼ろうとする。
それはアリスが真紅に抱いたイメージと離れていた。
「違うわ」
そんなアリスの妄想を真紅は否定する。
「戦いに使うのは当たりよ。だけど、それはアリスゲームじゃない。
私の大切な姉妹を醜い化け物から取り戻す為に使うのだわ」
真紅の怒りの篭った瞳にアリスは驚く。
先ほどまでの余裕とは打って変わって本気の眼だった。
「化け物……それを倒す為には真紅だけの力じゃ足りないって事ね」
「えぇ、一度対峙したけれども……とても、一人で太刀打ちできるような相手ではないわ。
一真たち……その化け物と戦っている人間達と一緒に戦っても勝てる気がしない。
いえ、一度、私達は敗北したのだわ。
だから、私達は幻想郷に封じられた。
再戦するなら少しでも力を手にしないと変えられない。
迷っている時間は無いの。手に出来る力は一つでも欲しい」
それは懇願だった。
この少女がここまで切に願う事がこれまでにあったのだろうか?
アリスは無かったのではないかと感じる。
それゆえに慣れていないようだ。
「……真紅は上海と蓬莱がその戦いに不可欠だと思うのね」
「えぇ、ここまで想いが込められた人形なら確実なのだわ。
……ただ、無事に戻る可能性は……」
一つ懸念があるとすれば
相手が強すぎて二人が破壊される可能性が高いことだった。
共に戦うのならば当然だろう。
だから、ここまで大切に扱うアリスにそれを頼むは酷なのではと真紅は少し後悔する。
「大丈夫よ。私の人形は丈夫なの。滅多なことでは壊れないわ」
「アリス……それじゃ……」
「しばらく、二人を頼んだわね。真紅」
真紅はアリスの想いが詰まった二つの人形を受け取る。
彼女達は力強く頷き、私達に任せろと言っているようだった。
上海が手にした槍で紫に襲い掛かる。
紫はそれを回避するが服にかすり、綻びが出来る。
紫はそれを気にも留めずに真紅に向かってクナイ弾を発射した。
だが、その前に蓬莱人形が割り込み、結界を張ってクナイ弾を受け止める。
「やるわね」
「まだまだ、こんなものじゃないのだわ!」
真紅はローズテイルで紫の足を掴んだ。
「これであの空間跳躍は出来ないはず。上海!」
真紅が叫ぶと上海は槍を構える。
槍に魔力が篭り、それをレーザーとして発射した。
一条のレーザーが紫に襲い掛かる。
とった
真紅は確信する。
だが、そのレーザーは紫の前で霧散した。
「そんな……」
「よくやったわ。でも、単純な話よ。力不足」
紫が手にした扇で真紅を指し示す。
すると、真紅の足元から突如として標識が出現し、真紅の体を弾き飛ばし。
それと同時にローズテイルが霧散する。
「……外の人間にしては良くやったほうかしら。
夜を恐れず、光と共に住まう人間よ」
倒れ伏せる人間達を見下ろし紫は薄く微笑む。
「……まだだ」
そんな嘲笑に一人、立ち上がる者が居た。
頭から血を流し、体の至るところに焼け焦げた跡を残しながらも
剣崎一真は立ち上がる。
「そんな体で何が出来るのかしら?」
「お前を倒せる」
剣崎はブレイバックルを装着する。
再び変身する。
人を護るヒーロー……仮面ライダーに
「変身!」
剣崎は真っ直ぐ、紫に向かっていく。
そして、ブレイラウザーを紫に向かって振り下ろした。
だが、それを紫は傘で受け止める。
「なっ!?」
「そこまで大口を叩くなら……少しだけ見せてあげましょう」
紫は傘を回転させブレイドを弾き飛ばす。
ブレイドはどうにか体勢を整え、倒れずに踏ん張った。
だが、そんなブレイドに向かって紫は傘を高速回転させ迫る。
傘はブレイドの装甲をなで斬りにし弾き飛ばす。
「ぐあああああ!」
その衝撃にブレイドは弾き飛ばされ、地面に転がる。
だが、ブレイドアーマーに傷はあるものの体には到達していない。
その事に紫は少し驚く。
「藍の攻撃も殆ど防いでいたわね。けど、頑丈なだけでは勝てないわよ」
紫は追撃をかけずにゆっくりとブレイドを見下ろす。
ブレイドはブレイラウザーを杖代わりに何とか立ち上がった。
「だと……しても倒れなければ次に繋がる。
俺が折れなければ……絶対に負けはしない」
「そこまでして立ち上がる理由……貴方にあるのかしら?」
「あるさ!俺たちは外に倒さなきゃいけない奴らが居るんだ。
人間の幸せを踏みにじり、人の不幸を弄ぶ奴らを……倒す。
それが俺の仕事だから。だから、俺はやらなきゃならない!」
ブレイドはどうにかブレイラウザーを構える。
だが、立っているのもやっとだ。
体力の限界から融合が解けるのも時間の問題だ。
だが、剣崎は気力だけでそれを耐える。
「人を幸せを護る……人間の戦士はいつも同じ事を言うわ。
だけど、本心からそれを語ったものなど居なかった」
紫は嘲笑する。
だが、剣崎はその言葉も耳に届かない。
ただ、一つだけ相手を倒す。
それだけを考えて動きを見守る。
「圧倒的な力の前に全て折れていった……
貴方もそんな凡百の鈍らと同じか
それとも間違う事なき業物か
見定めていただきます」
紫はそういうと彼女の周囲にスキマが開いていく。
そして、無数のスキマから高速の何かが射出された。
謎の物体はブレイドに向かって放たれる。
―――メタル―――
ブレイドはその雨のような攻撃を鋼鉄化し耐えながら、それを好機と感じた。
視覚も不可能な状況だがこの大技なら紫も動くことが出来ないのではないかと考える。
理由など無かった。
そうでないと困るだけだ。
だが、このまま動かなければこの物体はブレイドアーマーを完全に粉砕し、自分は倒れるだろう。
ならば、賭けに出るしかない。
―――キック―――
―――サンダー―――
自分が持ちうる最大の攻撃。
それをそのままぶつける。
それだけが唯一の突破法。
二つのアンデッドの力がブレイドの右足に収束する。
【ライトニングブラスト】
「ウェイ!!」
弾丸の雨に逆らい、ブレイドは跳躍する。
強引に抜けた上空、雨を足元において、ブレイドは眼下を見る。
紫は先ほど攻撃を開始した地点に居た。
そして、空中に飛び上がったブレイドを見つめる。
ぶつかる視線。
ブレイドは真っ直ぐに紫に向かって落下する。
紫はそれを日傘で受け止めた。
ブレイドのライトニングブラストが紫の結界とぶつかる。
二つのエネルギーが反発しあい、エネルギーの奔流が周囲を砕いていく。
「ウェーーイ!!」
ブレイドの雄叫びと共に一気に力を込める。
そして、反発しあうエネルギーが解放され、爆発した。
「剣崎さん!」
成り行きを見守っていたシンが飛ばされた剣崎に向かって駆け出す。
剣崎は変身が解け、地面に転がっていた。
シンはその上半身を持ち上げる。
どうやら気絶しているだけのようだ。
その事にシンは安堵する。
「この傘、お気に入りだったのだけどね」
シンは声に戦慄し、振り向く。
そこには折れた傘を手にし、無傷の紫が居た。
ブレイドの決死の一撃は結局、彼女の傘を折ることしか出来なかったのだ。
「そんな……剣崎さんでも歯が立たないなんて……」
シンは絶望する。
この中でも最強の力を持っていると思っていた仮面ライダーブレイド。
それが敗北したのだ。
それも全く太刀打ちできずに。
ゆっくりと紫が近づいてくる。
シンは倒れた剣崎に視線を落とす。
決死の覚悟を決めた剣崎。
その覚悟に報いれるのは現状ではシンだけだ。
他の仲間も全員、倒れている。
唯一動けるのはシンだけ。
逃げ出したい気持ちもある。
だが、逃げてはいけないという思いのほうが遥かに強かった。
シンはゆっくりと剣崎の体を下ろすと立ち上がる。
「今度は俺が相手だ」
シンは再びナイフを構える。
「その必要はありません」
「なんだと!」
その言葉にシンは怒りを覚える。
戦うまでも無い。そう言いたいのかと。
「落ち着きなさい。これ以上の戦闘行為は無意味だと言いたいのです。
見極めは終わりました。
貴方達を外の世界に帰します」
その言葉にシンは呆けにとられた。
こうして、幻想郷最強の妖怪との戦いは完全なる敗北で終了した。