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天翔という少年が居る。
過去を知らず、未来も知らず、今を生きるだけの男が居る。
彼はその今すらも分からなくなっていた。
自分は本当に人間なのか?
親も血筋も知らない少年は邪悪との遭遇で思い悩む。
自分のルーツなどどうでもよかった。
だけど、自分が人間でないのなら……
彼らと共に歩んでいて良いのか?
自分は彼らに仇なす存在ではないのか?
そんな懸念が邪念のように渦巻いていく。
そして、それに耐え切れなくなった。
答えが知りたかった。
自分が一緒に行きたいと思える人たちの隣にいて良いのだと。
そう言って欲しかった。
だから、彼は友人達の元を離れて自分を知るという少女の手をとった。

一つの鏡を抜けるとそこは小さな部屋だった。
金属製の壁で覆われた無機質な部屋。
その中心に古い鏡がしっかりと固定され安置されていた。
「ここは……?」
翔は落ち着かない様子で辺りを見回す。
「ここは戦艦アークエンジェル。その一室を私がnのフィールドへの入り口用に間借りしているところ」
その問いに焉が答える。
翔はその問いに怪訝な表情を浮かべる。
「戦艦……?」
「その名のとおり戦闘用の船です。アークエンジェルは汎用性が高いので大気圏内外、更に海中でも航行が可能な優れもの。
現在も海底に潜伏しているところです。nのフィールドが無ければ行き来はそうそう出来ません」
「とりあえず、普通には来れないのか……
お前の主は随分と警戒心が強いんだな。誰かに狙われてるのか?」
「さぁ、主は敵が多いですから……ですが、勘違いしているようですが主はここには居ませんよ」
「なっ!」
焉のその言葉に翔は目を見開く。
自分の事を知ると言う主に会わせて貰えると言うからここまで来たのだ。
ここに居ないのであればここまで来る必要など無い。
「俺をお前の主に会わせてくれるんじゃなかったのか?」
少し殺気を漏らしながら翔が尋ねる。
その問いに焉は首肯した。
「当然です。その約束ですので違えるつもりはありません」
「なら!」
「主はここに居ませんが主とはこの場所で無ければ話せませんので」
「……どういうことだ?」
「言ったでしょう。主には敵が多いのです」
特に何の感情も見せずに焉が答える。


アークエンジェル
二年前の戦争にて連合とザフト、どちらにも付かず第三勢力として最終局面に乗り込み両軍の鷹派を倒すきっかけを作った船。
軍事関係者の間では伝説となっている英雄的な戦艦だ。
だが、現在は終戦後に行方をくらまし、公式での現状は不明となっている。
翔は焉からブリッジに向かう途中の通路で軽い説明を受けた。
「その戦争の英雄がお前の主とどんな関係にあるんだ?」
「主はアークエンジェルの戦闘力を買って雇っているだけです。
アークエンジェル側も主の思想に問題を感じずに同意。
現在では共闘関係という感じですね。
私は主側からの使者であり監視。
とは言え、それ以外にも任務がありますから」
「兎狩りとかか?」
「えぇ、そんな感じです」
「一体、お前の主は何が目的なんだ?」
「それは当人に聞いてください」
焉が足を止める。
その目の前には扉があり、それが自動的に開く。

アークエンジェルのブリッジ
焉がそこに足を踏み入れる。
「それじゃ、彼の言うとおり空間に歪みが生まれてるんだね……
ん?終さん、帰ってきたんだ……その子は?」
丁度、近くに居た青年が焉に気づき声をかける。
それと同時に背後に居た翔に気づいて尋ねる。
「はい、ただいま。彼は私の主に用向きが有ってこられた方です」
「プレイヤーに用のお客さんか……という事は彼も破滅の存在に関連する人物なの?」
翔は青年の言葉を聞き、その中の一つの単語に興味を引かれる。
破滅の存在……
その言葉を聴いた瞬間、翔は何かに駆られる衝動を覚えた。
「十中八九その通りだと思いますが……私は詳しいことを知りませんので。
すみませんが主との通信を開いて貰えますか?」
焉は近くにある艦長席に座る人物に話しかける。
翔はその後姿を眺めながら唇に指を当てて思案する。
「プレイヤー……奇妙な名前だな」
プレイヤー、ゲームなどのプレイするもの。操作を担当するものを指す言葉。
「本名では無いだろうね」
そんな翔に青年が話しかける。
柔和な微笑を浮かべる青年に翔は警戒するように目を細めた。
「僕はキラ・ヤマト。君の名前は?」
青年はそんな態度を気にも留めずに話しかける。
「……天翔」
「うん、よろしく」
キラは微笑むが翔は何故か心を許す気にはなれなかった。
「翔、通信の準備が出来ました」
そんな翔に焉が声をかける。
翔は視線をそちらに移した。
それと同時に前方のモニターの表示が切り替わる。
その画面には特に何の細工も施されていない白い仮面と深い青い色のフードで顔を隠した者の顔が映し出される。
あからさまに怪しい風体に翔はその画面の人物をにらみつけた。
「アークエンジェル、作戦実行前に何のようだ?」
仮面の奥から若い男の声が聞こえる。
それは仮面の男の声だった。
思ったよりも高い声色に翔は困惑する。
「主、用があるのは私です」
焉が名乗り出る。
「終焉か……なるほど、天翔を連れてきたのか」
仮面の男から自分の名前を聞き翔が体を震わせる。
「報告どおりに問題なく稼動しているようだな……
しかし、未だに第一段階にも到達していないのか」
仮面の男の視線が翔に合わさる。
仮面の奥底から覗かれる瞳は翔を値踏みしていた。
「俺はお前に聞きたいことがあって来た!」
翔は苛立ちを感じながら言葉を上げる。
仮面の男はそれを黙って聞く。
「お前は俺の過去のことを知っているのか?
俺が何者なのか、俺が……」
翔は言葉を詰まらせる。
人間なのか?
その問いかけが出来ない。
「随分と人間らしい思考をするな」
翔が言葉を詰まらせている間に仮面の男が喋り始める。
その言葉に翔は目を見開いた。
「調整が完全でないと聞いていたが……
そもそも、人間とまともに生活を送れていた。
なるほど、問題は無かった訳だな」
翔は仮面の男の言葉に呆然とする。
調整、人間とまともに……
どれも普通の人間に対して使う言葉ではない。
硬直する翔。
「……随分と不安定な様子だな。
過去を知らない……欠落した記憶が自動的に補正をかけたか」
仮面の男が一人呟く。
そして、何かに納得すると口を開く。
「お前は自分を人間だと思っていたな?」
その言葉に翔は目の前が真っ暗になった。
それは自分が人間ではないという事の証明。
薄々と感じていた事実を翔は告げられた。









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第十六話「原初の闇」






桜の花吹雪が舞う石段。
その段の上で銀髪の少女が刀を手に見下ろす。
「この冥界・白玉楼に生きた人間が何の用ですか?」
少女が鋭い視線を送る。
その敵意にシンはビームサーベルに手を掻け、ブレイドはブレイラウザーの柄を掴む。
「冥界……?」
そんな中、霊夢は涼しい様子で少女の言葉を反芻する。
「そう、ここは死んだ人間の魂。幽霊が暮らす世界。
貴方達、生あるものが立ち居って良い場所じゃ無いのよ」
少女の言葉に四人は驚く。
「幽霊が暮らす世界って……ここはあの世なのか!?」
「言葉通りだとするとそう見たいね」
「どうして、空の上を飛んでいったらあの世に着くんだよ!?」
「そりゃ、あの世だからでしょ。死んだ人間は空に行くものよ」
「……む、無茶苦茶だ……」
シンは否定したい気持ちを押さえ込む。
何せ現実に奇妙な世界に来てしまったのだ。
ここが死者の国なのか確証は無いが普通の場所ではあるまい。
そもそもがここは幻想郷の空。
外の世界の常識が通じない場所。
「分かったなら。大人しく立ち退け……さもなくば」
少女は手にした刀の握りを強める。
今すぐにでも飛び出せそうな気迫。
それはただの脅しではない。
要求が通らなければ力ずくも辞さない覚悟だ。
「そういう訳には行かないのよ」
霊夢は流れてきた桜の花弁を掴み取る。
「桜の花びらはこの先から流れている。
幻想郷では咲いていない桜が。
つまり、幻想郷の春を盗んだのは貴方ね」
霊夢が少女を指差し決め付けた。
「えぇ、そのとおりです。
幽々子様がどおしても桜を咲かせたいと言われて。
冥界の春だけじゃ足りないから地上から春を分けて貰いました」
その言葉を少女はあっさりと肯定した。
「分けてもらったって勝手に盗んだだけでしょ。
地上は今も雪が降ってるのよ!
外の世界じゃ既に桜の季節も終わってるって言うのに!」
「それはすみません……ですが、それだけ春を集めなければあの桜は満開になってくれなかったのです。
ですが、それもようやく終わり。
今日までの春でようやく西行妖は満開になる。
今はその為の宴会の準備中。
それを邪魔されるわけには行かない。
特に食事の用意が終わらなければ幽々子様の機嫌がどれだけ悪くなるか……」
少女はいきなり自分の内情を語り始める。
その様子に巫女が切れた。
「うるさい!そっちの事情なんて知らないわ!
その桜に溜まった春。全部、返して貰うわよ!」
霊夢はそのままお札を少女に向かって投げつける。
霊気を纏ったお札は真っ直ぐに少女に向かって飛んで行く。
それを少女は手にした刀で切り裂いた。
その太刀筋は恐ろしく速く、白い軌跡だけが後に残る。
「そういう訳には行きません。
力ずくで来るというなら……
白玉楼の庭師、魂魄妖夢が相手になりましょう」
少女は腰を深く落とし、四人に向かって突進する。
石段を蹴り急加速。
一瞬にして四人の後方に抜ける。
その突進に反応できたのは霊夢と咲夜だけ
シンと剣崎はただ、呆然とその一撃を眺めているしか出来なかった。
インパルスとブレイドの胸部装甲に太刀筋が付けられる。
「なっ……速い!」
斬られた事に気づかなかったシンが驚愕する。
レミリアに比べればまだ遅いがそれでも十二分に速い。
油断していたとは言え何の反応も返せなかった。
だが、しかし驚愕するのは妖夢も同じだった。
「なっ、この楼観剣で斬れないなんて……なんて丈夫な鎧なんですか!?」
インパルスとブレイドの胸部装甲に太刀筋はほとんど撫でられた程度のものだ。
そもそも、インパルスは物理的ダメージを無効化するフェイズシフト装甲。
ブレイドはアンデッドの攻撃を何度も耐えられる程の重装甲だ。
それに少しでも傷を生身で付けたのだからそちらの方が賞賛されてしかるべきである。
「なら……」
妖夢は再び構えなおす。
先ほどよりもその身に力をこめた。
だが、それが発揮されるよりも先にシンが動いた。
「そんな素直に攻撃させるかよ!」
ビームサーベルを構えて妖夢に突進する。
妖夢はそれを楼観剣で受け止めた。
刃に込められた霊力がビームを受け止め反発する。
「そんな小さな体でインパルスの力を受け止められるものか!」
だが、シンは強引に押し切り、妖夢の体を弾き飛ばす。
階段から投げ出される妖夢の体。
だが、その体は宙で止まる。
他の幻想郷の住人と同じように彼女も空を飛ぶ事が出来るようだ。
「それだけの鎧を着てそれほどの動きが出来るとは……
相当な実力者のようですね」
「こっちの世界の人間にモビルスーツって言っても分からないだろうけど。
ただの人間だと思ってると痛い目見るぞ」
二人の視線が激突する。
それ相応の実力を持つ両者は相手の動きを観察しこう着状態に陥った。
その様子を見て霊夢は好機だと感づく。
「よし、良いわよシン。そのままそいつを抑えておきなさい。
私達は異変の黒幕を捕まえに行くわ」
霊夢はフリーになった階段の上へと飛び上がる。
「なっ、待て!!」
妖夢は霊夢を追いかけ飛び出そうとする。
だが、その軌道にシンが回りこみビームサーベルを振り下ろした。
妖夢はそれに咄嗟に反応し楼観剣で受け止める。
「お前こそ待てよ。相手は俺だ。霊夢じゃない。
それとも……お前一人で俺達四人全員を止められるって言うのか?」
攻める人数よりも護る人数が少なければそれだけ突破されやすい。
そして、妖夢はシン一人も完全に翻弄できるほどの実力は無かった。
最初の一撃こそシンは反応できなかったが意識を妖夢に集中している現在は別だ。
油断さえなければその動きを封じ自分に注力させることが出来る。
そうなれば残った三人は完全にフリー。
目的地がここでないのなら突破していけば良い。
「くっ……卑怯な!」
「四人がかりで戦うよりはマシだろ。それも卑怯とは思わないけどな」
妖夢の必死な様子をシンは軽く受け流す。
その背後では悠々と霊夢、咲夜、剣崎が階段を上がっていく。
「なら、人数が同じなら公平じゃないかしら」
突然、ヴァイオリンのメロディが響き渡る。
「何か気だるくなってきたわね……」
そのメロディを聞くうちに段々とテンションが下がっていくのが分かる。
意気揚々としていた気分は既に並へと落とされていた。

「貴方方は!?」
妖夢は階段の上方から下降してくる三人の人影を見る。
ヴァイオリンを持つ金髪の少女。
トランペットを持つ白い髪の少女。
キーバードを持つ茶髪の少女。
三人の少女がそれぞれの楽器をかき鳴らし現れた。
それは非常に騒々しい様子。
音という音が反響し、耳を越えて直接、魂を揺さぶってくる。
「やぁ、妖夢。宴会の打ち合わせ途中に出て行ってまだ戻ってこないと思ったら……
随分とてこずってるみたいね」
気だるそうな表情で金髪の少女が妖夢に語りかける。
「プリズムリバー楽団の皆さん。どうしてここに」
妖夢は驚嘆していた。
思いがけない増援という様子だ。
「白玉楼に侵入してくるなんてどんな妖怪なのかって気になって見に来たのよ。
そしたらそれが人間で宴会を潰そうとしてるみたいだから」
白い髪の少女が愉快そうに語る。
「宴会が無くなると私達の演奏も無くなっちゃうしね。
だから、今回は特別に私達も侵入者退治を手伝うわよ」
茶髪の少女が元気に告げる。
「……そういうこと。問題ないわよね」
金髪の少女が纏める。
「演奏を依頼したお客様にそんな事を頼むのは情けない限りですが……
私一人では止める事は無理です。お願いします!」
妖夢はプリズムリバー楽団の提案を聞き入れる。
「それじゃ、丁度、同じ人数だし。
私はあの紅白巫女を、メルランはあのメイドを、リルカはあの変な鎧を相手にして」
プリズムリバー楽団のリーダーにして長女のルナサが指示する。
「えぇ!!あの一番、変なのと私がやるの!?」
末っ子のリルカがその指示に不満を漏らす。
「でも、他の二人は最初の妖夢の一撃をかわしてたのよ。
リルカで攻撃を当てられるかしら?」
次女のメルランが最初の攻防を思い返し告げる。
妖夢の急襲を巫女とメイドは見切ってかわしていた。
つまり、霊夢と咲夜は剣崎よりも実力が上だと判断している訳だ。
「た、確かに……それに動きも鈍そうだし、一人飛んでないし……あれ?結構簡単にいけるかも」
ルナサはよくよく剣崎を観察し段々とポジティブな意見を出していく。
「まぁ、妖夢の剣で斬れない相手に攻撃が通じるかは不明だけどね」
ルナサはそう告げて霊夢に向かっていく。
「それじゃ、頑張ってね!」
メルランも咲夜へと向かう。
「……えっ!?ちょ……ええい!やるしかないか!」
リルカも踏ん切りをつけてブレイドへと向かった。

「相手に三人の増援か……面倒ね」
咲夜が手に銀のナイフを構える。
「一人一人、こっちを押さえ込むつもりね。どうする?」
霊夢が針を手に構える。
「だったら、こっちも一対一で突破するだけだ!」
ブレイドがブレイラウザーを引き抜く。
「そうね。連係って柄でもないし」
「一緒に居てもやることは個人技。それで丁度良いのかもね」
「よし行くぞ!」
お互いに向かってくる相手と戦うことで同意し三人も駆け出す。

「残念でしたね。これで貴方方は私達を倒さない限り前には進めない」
「だったらお前達を蹴散らしてから黒幕の下に行ってやる!
どうせ、解決までの時間が少し延びただけだ!」
シンはCIWSで妖夢を撃つ。
いきなり、至近距離で銃撃を受けた妖夢は驚き体制が崩れる。
CIWS自体は妖夢が体の周りに張っている結界に阻まれて肉体は傷ついていないが驚かしぐらいにはなった。
そして、それは膠着を崩し、シンを攻勢に転じさせる。
ビームサーベルの一撃が妖夢を狙う。
妖夢はそれを強引に体を回転させ回避する。
それは服の一部を切り裂くに留まる。
紙一重の回避。
だが、それは意図的ではない。運が良かっただけだ。
妖夢が焦りから冷や汗が額から流れ落ちる。
「生憎だがな。人間の女の子みたいな姿だからって手加減なんかしないぞ。
妖怪が見た目どおりの力じゃないってのは分かってるんだ」
ビームサーベルの太刀筋が無数に妖夢へと襲い掛かる。
その一撃一撃を妖夢は必死に回避していく。
「くっ……この!」
妖夢は咄嗟に楼観剣を振るう。
その太刀筋は霊力の斬撃となり少し離れた位置にいるインパルスに襲い掛かる。
シンはそれをシールドで受け止め、その体制のままに妖夢に突進する。
剣を振り下ろした妖夢はシールドの一撃をまともに受けて弾き飛ばされる。
空中に投げ出される体。
シンはそのまま突撃するではなくビームサーベルを投げ捨ててライフルを抜いた。
「堕ちろ!」
トリガーを轢きライフルの銃口からビームの弾丸が吐き出される。
ビームは妖夢の体へと吸い込まれていく。
だが、妖夢はそれを不自然な体制から剣で弾いた。
ビームはそのまま空へと消えて行く。
シンはその事態に驚愕するが続けざまにトリガーを弾こうとする。
だが、それを妨害するように妖夢の周りに浮かんでいた白い塊から霊力の弾丸が吐き出される。
シンは追撃を止めて弾丸を回避する。
「……ドラグーンシステムみたいなものか?」
その弾丸を飛ばしてきた浮遊物を見てモビルスーツの装備の一つである遠隔ビット兵器であるドラグーンを思い出す。
「やりますね……」
シンが回避行動を取る間に妖夢は体制を整えなおし息も整える。
妖夢に直接のダメージは無い。
だが、すれすれの攻防に精神は磨り減っている。
もし、シンの攻撃の一撃でも貰っていれば五体満足には居られないだろう。
そのことを妖夢は感づいていないものの攻撃をギリギリで回避していくということは敢てで無ければ緊張の連続だ。
逆にシンはインパルスの強靭な装甲に護られている分、その緊張は少ない。
最初の一撃が装甲をほとんど切り裂いていないことから大抵の攻撃なら受け止められると踏んで行動している。
よっぽどのことが無ければ回避を中心にせず、シールドでの防御からの強引な攻めを中心に考えていた。
最後の弾丸を回避したのは先ほどまでの刀からの攻撃とは違う妖夢自体からの攻撃でなかったからの様子見。
どのようにして攻撃してくるのかを監視しただけだ。
先ほどの接近戦で使ってこなかったとはいえ、シンが使ったCIWSのようなやり方で隙を突かれる可能性もある。
「一人では正直、貴方を相手取るのは難しい」
「だったら、さっきの応援に助けを呼んだらどうだ?」
近くではプリズムリバー楽団がシンの仲間を抑えて奮戦している。
とは言え、戦況はシン側の有利だ。
個々の戦力で霊夢と咲夜は完全にルナサとメルランを上回っている。
不可思議な音での攻撃でどうにか対処を遅らせているが慣れてしまえば終わりだ。
一方、剣崎は空中から延々と攻撃を浴び去られ攻めれていない。
とは言え、ブレイドの装甲を貫くにはリルカの攻撃力は低すぎる。
ただの騒音ではブレイドの鎧は砕けはしない。
抑えておくだけで精一杯なのが現状だ。
誰か一人でも崩れれば全てが終わる。
「私は半人半霊。半分が人間で半分が幽霊。
人間で勝てないなら幽霊も合わせていきます。
魂符【幽明の苦輪】」
妖夢はスペルカードを宣言する。
それと同時に妖夢の周囲に漂っていた白い塊……
妖夢の半身である半霊が妖夢そっくりの姿へと変わる。
「分身した!?」
「「分身などと思わないことです。このどちらも私自身
一人一人は半人前でも二人合わせれば一人前になる!」」
驚くシンに妖夢が襲い掛かる。
一人は前方から、一人は後方から回りこみ。
挟撃してシンの動きを封じるつもりだ。
「後ろを取らせるか!」
ビームライフルを牽制にフォースシルエットの出力で飛行する。
「半端な飛び道具は自分の首を絞めるだけですよ」
半霊の妖夢は飛来したビームの弾丸を霊力の渦を作り、それで反射する。
「なっ!」
跳ね返ったビームは高い命中精度を持たないもののシンを驚嘆させ大きく動きをぶれさせるには十分だった。
その隙を人間の妖夢は見逃さない。
「人符【現世斬】」
宣言と共に膨大な霊力が妖夢の体を覆う。
そして、空間を蹴り上げ、加速する。
それは最初の一撃を凌駕する速度。
意識を集中しているシンでも最初の一瞬以外、消えたようにしか見えなかった。
気づけば妖夢の姿は前方に現れ、インパルスのOSが警告を促す。
フォースシルエットの翼が両断され、完全に機能を失っていた。
推力を失ったインパルスが落下を開始する。
「なっ!」
「まだまだ!断命剣【冥想斬】」
半霊の妖夢がスペルカードを宣言する。
それと同時に楼観剣の刀身に霊力が集中され、巨大な霊力の刃が形成された。
そして、インパルスの落下地点に待ち構える。
「それで勝ったつもりかよ!」
シンは即座にフォースシルエットをパージするとシルエットを入れ替える。
ソードシルエット
それと同時にエクスカリバーを抜いた。
「装備を変えた……ですが、その剣で私の剣を受け止めるつもりですか?」
妖夢はそれを意に返さず堕ちてきたインパルス目掛けて楼観剣を振り下ろす。
インパルスはその一撃をエクスカリバーで受け止める。
レーザーと霊力の刃がぶつかり、反発しあう。
閃光が奔り、拮抗しあう力。
だが、その拮抗は一瞬。
すぐさまにインパルスが弾き飛ばされる。
いや、それは単純に力負けした訳では無かった。
拮抗の一瞬。
片手で妖夢の剣を受け止め、もう片方の手で持ったエクスカリバーで地面を付き推した。
反発しあう力に後押しされてインパルスの鋼の機体が宙を舞う。
だが、ダメージが無いわけではない。
冥想斬の威力は本物でエクスカリバーは殆ど折れかけている。
もう少しでも拮抗が続けば両断され、機体の装甲にダメージが入っていたところだ。
しかし、それでも逃れることは出来た。
そして、必勝の一撃を放ったはずの妖夢は隙をさらけ出す。
全力の一撃。
振り下ろされた楼観剣を握る半霊の妖夢。
それに対してシンは投げ出された体勢で破壊されたエクスカリバーを手放し、フラッシュエッジを抜いた。
投擲されるビームのブーメランは真っ直ぐに妖夢へと向かう。
そして、そのビームの刃は円を描くような軌跡を辿り、半霊の妖夢を切り裂いた。
それと同時に維持が出来なくなったのか半霊は人型から霊魂の形に戻る。
「そんな二つも破られるだなんて……」
妖夢は決死の反撃を突破され狼狽する。
「お前の負けだ。降伏するなら命までは取らない」
シンが残った片方だけのエクスカリバーを構え告げる。
フォースシルエットとエクスカリバーを失ったとは言え、インパルスガンダム本体のダメージは軽微だ。
エネルギー残量もまだまだ残っている。
片や妖夢はスペルカードを二つ使用の疲労が大きい。
そして、幽霊とは言え、直撃を受けた反動は大きかった。
妖夢の体力は大きく殺がれている。
形勢は再びシンへと傾いていた。
だが、妖夢は刀を握りなおし、前を向く。
その顔はまだ、強い戦意を見せていた。
「私は幽々子様の剣……この身、朽ち果てようとも……」
妖夢が覚悟を新たに叫ぶ。
だが、その言葉が言い終えるより前に突如として突風が吹き荒れた。
それは空を覆わんばかりの桜吹雪を作る。
それがただの桜吹雪なら幻想的な風景だった。
だが、桜を運ぶ風は漆黒。
その風を受けた瞬間、シンは全身の毛穴から汗が吹き出る感覚を味わう。
おぞましいまでの邪気。
それはスパイダーアンデッドが呼び出した巨大な黒い蜘蛛の放っていた気配に似ていた。


アークエンジェル内
翔は自らの存在を問うた。
そして、それに突きつけられた回答は最も望まないもの。
「天翔……お前は人間じゃない」
翔はその言葉を受け、後ずさる。
「お前は対破滅の存在用決戦兵装【運命の剣】を操る為に生み出された人工生命体だ」
プレイヤーはそんな翔を気遣うことも無く淡々と告げる。
人という種の系譜により生まれた訳ではない、人が自らが持つ技術で生み出した生命。
それが天翔なのだと告げる。
「……破滅の存在?」
だが、翔はその言葉が気になった。
自分が人間ではないという事実よりも思考がそちらに集中する。
先ほどもキラが少し口に出した単語。
「そうか。その情報も入力されていないのか……
破滅の存在とは簡単に言ってしまえば全生命の敵。
この星に住む全ての生命が乗り越えなければならないもの。
死という概念そのものですらある存在だ」
プレイヤーが翔に説明する。
だが、その言葉は突拍子も無いものだった。
全生命の敵だと言われても想像し辛い。
「全生命の敵だの……そいつは一体、何をするって言うんだ?」
敵といわれるのなら原因があるはずだ。
ホムンクルスは人を食うために人の敵である。
アンデッドも人を襲う為、人の敵である。
その破滅の存在が全生命の敵であるというのなら全生命にとって害悪たる存在という事だ。
その質問にプレイヤーはまたも簡単な言葉で答えた。
「破滅……ようはこの世界の生命全てを殺そうとしている。
いや、殺すだけじゃない。二度と転生できないように魂まで破壊する。
輪廻転生の概念を破壊し、地上を問わずに冥界、天界、地獄……
更に他次元世界すらも全て抹消する。
それが破滅の存在の目的……というよりも存在意味だ。
やろうとするからするのではなく。
その存在が居るからそうなる」
その言葉に翔が呆然とする。
「……意味が分からないな。
もし、それが本当だとしてそんな事が出来るというなら。
そんなの人間の手で倒せるものなのか?」
規模が違いすぎる。
現在、翔が見てきた敵で最強なのはアンデッドだ。
それでもそんな絵空事できはしないだろう。
強いといえども一体。
出来ることは限られる。
そして、そんなアンデッドに対してでも人はてこずる。
同じアンデッドの力を利用しなくては戦いの場に立つことすら出来ない程に。
だというのにそんな馬鹿げた存在を倒せるなどと到底思えない。
「何もそれが出来る状態の破滅の存在と戦うわけじゃない。
破滅の存在は現在、地球の内部に封印されている」
「封印?だったら、放っておいたら良いんじゃないか?」
「無害なら自らつつく真似などしない。
奴は封印されている状態でも端末を地上に送り込み、封印から逃れようと活動している」
「封印が完璧じゃないって事か」
「永続する封印など存在しない。永遠の術を持ってもいずれ綻びは現れる。何者かの意思により。
だから、倒す必要がある。封印が完全に解けるよりも先にな」
「……それで俺がそれを倒す切り札?」
「ある意味ではな。だが、実際に切り札はお前の持つその剣だ」
プレイヤーは翔の手にする木刀を指差す。
「木刀?」
その言葉に翔は困惑する。
確かに常に持ち歩いているし無駄に頑丈だがそこまでの力があるとは思えない。
そもそも、ホムンクルスすら傷つける事が出来ない程度だ。
「その状態はスリープ状態とでも言う状態だ。力の本質を全く現していない」
「じゃあ、どうやって起動させるんだ?」
「……お前次第だ」
「は?」
「使い手であるお前が【運命の剣】を真の意味で使いこなせれば応える」
「真の意味で使いこなすってどういうことだ?」
「分からない」
「はぁ?作ったのはお前なんだろ?」
「確かに俺は【運命の剣】の基本設計をした。
だが、【運命の剣】を作り上げたのは運命だ」
「……?」
意味が分からないと翔は呆然とする。
運命が作り上げたなど意味が分からない。
仮面の男は姿どおりに狂人のようだ。
「運命が走り出したのならもはやそのレールを突き進むしかない。
天翔、お前は破滅の存在と戦わなければならない。
ここに来たのもお前の運命なんだ。
今からお前はアークエンジェルと共に破滅の存在との戦いに入れ」
プレイヤーは最後にそう告げると通信が切れる。
向こう側から強制的に切断したようだった。
「天翔、お前の望む答えは手に入りましたか?」
呆然とする翔に焉が尋ねる。
一方的な回答。
状況の説明もなしに相手が知ることだけを教える。
理解させようとしない言葉。
だが、翔はとりあえずその言葉を飲み込んだ。
説明など要らない。
プレイヤーという存在の言葉が事実であると何故か頭で分かっていた。
「……とりあえずはな」
上辺だけを取り繕い言葉を紡ぐ。
自らが人間ではないというショックは確かに存在する。
だが、それ以上に自分が破滅の存在と戦わなければいけないと感じている事が衝撃的だった。
しかし、それは仕方が無いことなのだろう。
対破滅の存在用決戦兵装【運命の剣】
ご大層な名前の付けられた木刀の使い手として生み出されたのだとすれば。
その戦うべき敵に対して戦意と使命感を感じるのは運用目的と合致する。
それが一層に自分が人間で無い事を決定付けている気がして嫌だった。
「俺は……あいつらとは違うんだな」
翔はシン、剣崎、カズキ、士郎、なのはの顔を思い出す。
自らの意思で戦うことを決意し、人に仇なす存在と戦う者たち。
自分は彼らとは違うのだと。
「それで君は僕らと一緒に戦うの?」
そんな翔にキラが話しかける。
先ほどまでの会話を黙って聞いていたキラは柔和な笑みを消し、真剣な面持ちをしていた。
最後にプレイヤーが告げたのは翔にこの艦のものと一緒に戦えという命令だった。
「……俺はそう造られたんだ。なら、それに従うしか無いだろ」
意識としてプレイヤーの言葉に逆らう選択肢は翔には無かった。
元々、希薄だった目的意識だ。
成り行きで一緒に居ただけに過ぎない。
「本当にそれで良いの?確かにプレイヤーはそういったかも知れない。
でも、君は君なんだから。
何か大切な事があるなら僕達と一緒に居なきゃいけない訳じゃない」
「……なんで、そんな事を聞くんだ?」
「何か心残りがあるようだったから。
本当は一緒に居たい人が居るんじゃないかな?」
「……それは」
そこまで聞かれてから翔の頭にシンたちの顔が浮かぶ。
記憶喪失の自分を助けてくれた仲間。
事情も分からない謎の存在に親身になってくれた大切な人たち。
彼らとこのまま別れるのは苦しいことではあった。
「……大丈夫だ。問題ないさ」
だが、戻る気になれなかった。
不安どおりに人でない自分。
その事実を伝える勇気が出なかった。
もう一度あって、また同じように歩む自信が無かった。
「……君がそういうなら無理強いする気は無いよ。
それじゃあ、改めてよろしく」
キラが手を差し伸べる。
共に戦うことになった戦士に対しての礼。
翔はその手をとった。


巨大な桜の樹に花が咲く。
空を全て多い尽くす花はとても威圧的であり、見るものを圧倒した。
だが、それでも満開ではない。
この妖怪桜……西行妖は幻想の春を吸い取り続ける。
だが、何かが邪魔をしてその開花を遅らせる。
だが、それも時間の問題だった。
最後の春の供給を受けて西行妖の花弁の最後の一つが咲こうとしている。
その樹の根元でそれを見つめる影があった。
桜色の髪の優雅な雰囲気の女性。
彼女は物憂げな表情で桜を見上げる。
「ようやく、貴方の待ち望んだ時が来たわね」
その女性に話しかける声が聞こえる。
だが、姿は見えない。
黒い風だけが吹き抜けた。
「えぇ……貴方の協力があったからここまで来れたわ。
それには感謝するけど……」
見えない言葉に女性が応える。
その表情は何処か優れない。
待ち望んだ時が目の前にあるというのに何か大切な事が抜け落ちている。
彼女はそう考えていた。
「良いじゃない。何も問題ないわ。
貴方は満開の西行妖を見る。
私は体に通じる穴を開ける。
その目的が合致しているんですもの。
何も問題なんて無いわ」
黒い風が大きくなっていく。
それは女性の体を包み始めていった。
「体に通じる穴……?」
「西行妖の満開は破滅の呼び声の一つとなる」
「……ただ協力しているだけでは無いと思っていたのだけど……
一体、何を企んでいるのかしら?」
「お前は西行妖の開花の為の準備に私の目的があると思っていたようだけど。
違うわ。
目的は開花。それに間違いはない。
そう、開花してしまえば繋がる。
破滅にね」
「……どうやら、機会を誤ってしまったようね」
女性は扇を広げ、体にまとわりつく黒い風を払う。
だが、払われた黒い風はすぐさまに女性を取り囲んだ。
「もう無駄よ。通じてしまったもの。
破滅を呼び込む呪われた存在に。
余りにも死に近く、それ故に思い悩み、その全てを絶った悲劇の少女。
その復活は世界にまた新たな死を呼び込む」
黒い風に取り囲まれた女性の体が徐々に透けていく。
「西行妖に封じられた者……?」
「全てを忘れた貴方には分からないでしょう。
そして、分かる必要も無い。
全ての終わりの為に終わりなさい」
半透明と成った体が西行妖へと吸い込まれていく。
そして、それと同時に最後のつぼみが花開いた。
冥界が漆黒へと染まる。


桜吹雪を誘う風が黒く変色する。
気色悪い感触が霊夢の頬を撫でた。
「何よこの風……」
霊夢は空を見上げる。
対峙していたルナサもその風に演奏を止めた。
「気圧が下がる……嵐になるね」
ルナサは低いテンションでそう告げる。
その顔色は青ざめていた。
「ちょっと、一体何が起きてるのよ!」
霊夢がルナサに叫ぶが彼女は首を横に振る。
「分からない。こんな事態は初めてだ」
「使えないわね。とにかく、戦いは一旦中断よ。
ただ事じゃないって分かるでしょ?」
霊夢の言葉にルナサは頷く。
そして、彼女は二人の妹に停戦の合図を送る。
だが、それよりも先にメルランもリリカも戦いをやめていた。
黒い風……
それを受けて二人は震えている。
それは彼女達だけじゃない。
咲夜も普段の気丈な態度からは想像付かないほどに顔色が青ざめていた。
「霊夢……貴方は平気そうね」
咲夜が霊夢によりそうように現れる。
「近いわよ!それにしてもこの気配……遠いけどあの時と同じ」
「スパイダーアンデッドの時か!」
剣崎も傍に駆け寄り叫ぶ。
「えぇ、あの蜘蛛の妖怪が呼び出した黒い蜘蛛。
アレが放つ気に似てる。
でも、視覚もできない範囲からこんな感じるなんて……」
霊夢はこの気配の直接の原因を見ていない。
それでも気配を感じているだけで普通の人間は震えが止まらないほどに恐れを感じている。
直接の対峙はかなり危険だろう。

「幽々子様!!」
妖夢は突然、叫ぶと階段の上へと上昇していく。
「おい!」
シンは咄嗟にその後を追いかけ始める。
「待ちなさいシン!」
だが、それを霊夢が引き留める。
「なんだよ?」
「あんたは上に行くのは止めておきなさい。
理由は分かってるでしょ?」
霊夢の言葉にシンは押し黙る。
シンは体の奥底から震えているのを実感する。
そして、それがあの蜘蛛と同じものだと直感で分かる。
あの時、戦うことすら出来なかった。
今のまま、乗り込めばあの時の二の舞になるだろう。
「だけど、どうするんだ?
確かにここは良く分からないところだけど……
この事態は放置しちゃいけない気がするんだ」
剣崎が霊夢に告げる。
冥界は人間に関係の無い場所だ。
目的も春を取り戻す為。
とはいえ、この邪気を放置するという判断はありえなかった。
こんなものを放置して人々の世界に害をなさないとは思えない。
「まぁね。盗られた春もこの上だって話しだし、どうしても行かなきゃならないのよね」
霊夢は周りを見渡す。
剣崎もシンも咲夜も一見、平静を取り繕うとしている。
だが、それでも体は震え言葉も震えている。
とてもではないがこの先に連れて行くことは出来ない。
戦うことすら出来ない、逃げ出すことも出来ないだろう。
唯一、正常なのは霊夢だけだった。
「あんた達は地上に戻ってなさい」
「まさか、お前一人で行くつもりなのか!?」
その判断にシンが驚く。
「元々、異変解決は巫女の仕事よ。貴方達はただのおまけ。
ここが幻想郷なのかも疑わしいけど……
役に立つならまだしも邪魔になるぐらいなら帰って貰った方が良いわ」
「ふざけるな!ここまで来ておいてはいそうですかって帰れるかよ!」
「同感だ。あの時は戦えなかったけど今度は大丈夫かもしれない」
シンと剣崎は食い下がる。
そんな二人に霊夢は溜息を吐いた。
「咲夜……貴方はどうする?」
「確かに帰るってのはしゃくね。とりあえず、行ける所までは行ってみるわ。
ダメそうだったら置いて帰るから」
ドライな返答が帰ってきた。
二人が暑苦しい分、丁度良いだろう。
「仕方ないわね。死んでも文句言わないでよ」
四人は上を目指すことにした。
この死の恐怖を撒き散らす風を抗い進み。


「幽々子様!?」
妖夢が西行妖に辿り付いた時、既に幽々子の姿は無く。
ただ、巨大な桜を黒い風が取り囲んでいた。
その風に煽られて妖夢の動きが止まる。
「ご苦労様。妖夢」
何処からか声が響く。
妖夢は冷や汗を流し、動揺しながら辺りを見渡す。
「この声は……ど、何処に居るんですか!?
一体、何があったって言うんです!?
幽々子様は何処に!?」
焦り尋ねるが嘲笑う声だけが返ってくる。
「あはははは……幽々子様、幽々子様。
妖夢は本当に立派な忠犬ね。
貴方のご主人様はもう居ないわよ」
「そ、それはどういう意味ですか!?」
「消えちゃった。成仏……なんて高尚なものじゃない。
消失……輪廻全てから永遠なる消失。
貴方の大切な人は無くなりました」
黒い風が溢れかえる。
笑っている。
妖夢という存在を。
それに対して妖夢は膝を折った。
「それじゃ、貴方もご主人様と同じようにしましょう。
邪魔なものは消えてしまえば良い」
黒い風が渦巻き小型の竜巻を作り上げる。
それが一つ、妖夢に向かっていく。
「夢符【封魔陣】」
その黒い竜巻の前に結界が張られる。
それは妖夢を護るようにして出現し、黒い風からその体を護った。
「良く分からないけど……悪者はそっちね」
霊夢が札を指に挟み、妖夢の前に立つ。
そして、西行妖を睨みつける。
「……私を前にして恐怖に飲まれないなんて……さては狂人ね?」
「誰が狂ってるって言うのよ!
妖怪退治を生業にしてる人間が恐怖に呑まれるわけ無いでしょ!
一々、妖怪に恐がってたら商売上がったりよ」
霊夢は返事と同時に札を投げつける。
だが、それは西行妖に届くよりも先に風に引き裂かれた。
「闇に強い人間……厄介な存在ね」
霊夢に対して風が鎌のように襲い掛かる。
霊夢はそれを回避するがすぐさま何かに気づくと符を取り出した。
「夢境【二重大結界】」
瞬時に作り出された二つの結界が霊夢を含め、妖夢とシンたちを包み込んだ。
その結界は黒い風を通さず防ぎきる。
そう、シンたちはこの場までやってこれた。
だが、それ以上、進めなくなっていた。
恐怖で足が凍りつき前に進むことも後ろに戻ることも出来ない。
「だから、帰れって言ったのよ!」
霊夢が結界を維持しながら叫ぶ。
シンたちはそれに何も返せなかった。
「お荷物を抱えてここまで来るなんて……
随分と余裕ね。それともそういう趣味なのかしら?
どちらにしても死ぬ事に替わりなんて無いのよ?」
容赦なく黒い風が吹き続ける。
霊夢はどうにか結界でその攻撃を防ぐが次第に消耗していく。
このままでは結界の消失も時間の問題だった。

絶体絶命
その最中、七色の閃光が降り注ぐ。
その閃光を黒い風が集まり、防ぐがそれにより霊夢への攻撃が一瞬、止まった。
「今よ!神霊【夢想封印】」
霊夢はありったけの霊力を放出して西行妖に放つ。
普段の夢想封印よりも数多くの巨大な霊力の塊が容赦なく西行妖に襲い掛かった。
その攻撃に西行妖の枝が折れ、皮がめくれる。
だが、破壊には至らない。
「なっ!?」
全力を持っても破壊し切れなかったことに霊夢は驚嘆する。
だが、事実は事実。
そして、それは霊夢の防御が解け、動けなくなったものたちがフリーになった証。
即座に黒い風が刃となり霊夢たちに襲い掛かる。
「しまった!」
霊夢は再び結界を張ろうとするがそれよりも風は速い。
霊夢は即席の結界でどうにか数本の刃を防ぐ。
だが、一つが通り抜けシンに襲い掛かった。
シンはそれをただ、呆然と眺めているしか出来ない。
「疾風!」
その前に別の風が吹き抜ける。
それは刃が巻き起こした剣風。
黒い風の刃を叩き落し、木刀を持った少年がシンの前に立つ。
「大丈夫か?」
翔は木刀を構え、シンに尋ねる。
「翔……お前、どうやってここに?」
幻想郷に来るよりも先に分かれた翔が何故、この場に居るのか分からない。
「それは後だ」
だが、応えている暇などは無い。
戦いは続いている。

「こちらフリーダムガンダム。キラ・ヤマトです」
白いモビルスーツが霊夢の真横につける。
「シンと同じような鎧……何者よ?」
「博麗の巫女ですね。僕は破滅の存在を討つ為に来ました」
「破滅の存在……あの黒い風の事」
「そうです。あれは危険だ。普通の人間なら戦うことも出来ない。
貴方は翔と一緒にあの人たちを退避させてください」
「あんた一人で戦うっていうの?っていうか、あんたは何で大丈夫なのよ」
「……僕には破滅の存在と戦う資格がある。貴方と同じように。
詳しい説明をしている暇はありません」
キラはそれだけ伝えると西行妖に突撃する。
黒い風が襲い掛かるがそれを全て的確な軌道で回避し枝を切り落とす。
「戦えるみたいね……仕方ないわ」
霊夢は自身の霊力が尽き掛けている事を自覚しキラに任せる事にした。

妖夢は霊夢に護られながら眼を見開いた。
西行妖の根元。
霊夢の夢想封印の直撃により暴かれた樹の内部から見覚えのある姿を見つける。
それは彼女の主、西行寺幽々子のもので相違なかった。
妖夢は楼観剣を杖に立ち上がる。
足が凍りつく、見ているだけで戦意が失われていく。
だが、それでも必死に前へと足を出す。
「何してるの!?」
霊夢がその様子に気づき叫ぶ。
「どいてください。あそこに……あそこに幽々子様が居るんです!
助け出さなきゃ……あの人を護るのが私の使命!」
妖夢は自分自身を叱咤し、一気に駆け出す。
一瞬の閃光の如く、突撃する。
だが、黒い風がそれを遮った。
格子状の風が妖夢の体を切り裂き、勢いを殺す。
意識が明確だったなら回避できるはずだった。
だが、恐怖を押さえつけ、必死になった視野ではそれは遠い。
妖夢は成すすべなく地面に転がる。
だが、それでも
「幽々子様……」
吹き出る自分の血で汚れた手を前に出し、必死に進む。
「滑稽ね。魂魄妖夢。
言ったはずよ。西行寺幽々子は消えたのだと。
それはただの亡骸。古に失われた空の器。
何の価値も無い肉の塊。
それを助けようと飛び出し死ぬ。
非常に無意味で素晴らしい死に方ね」
黒い風が嘲笑う。

シンは震える視界でその光景を目の当たりにした。
同じように震え、動けなかった少女が前に飛び出した姿を。
迎撃され、傷つき堕ちても尚、それでも前に進もうとする勇姿を。
ただ、主人を助けようとするその姿を見て、シンは自分自身に怒りを覚えた。
何の勝算も無く、ただここまで来て動けなくなった自分を。
霊夢や翔に助けられてなければ既に事切れていたであろう自分を。
勇敢な少女の姿を見ても尚、動かない自分の体を。
そして、必死な姿を嘲笑う破滅の存在を。
シンの視界が真赤に染まる、全身の血潮が煮えたぎったように熱くなる。
怒りが臨界に達したとき、意識の奥底で何かが弾けた。
「ふざけるなぁ!!」
ソードインパルスガンダムが片方のエクスカリバーを構えて飛び出す。
それに対して、黒い刃が襲い掛かる。
シンはそれをエクスカリバーで切り裂きながら前進する。
まるで全ての攻撃が見えているように刃の全てを切り裂いて。
「誰かを助けようとするのがそんなに可笑しいのか!?
助けようとして必死になるのが可笑しいのか!?」
シンは戦いの中で妖夢が口にしていた幽々子という言葉を思い出す。
命令に従い命を懸けて侵入者である自分と戦った。
完全に勝算がなくなっても逃げずに立ち向かおうとした。
それだけ大切な存在。
それを奪い去った存在。
誰かの大切な人を簡単に奪って、尚且つ嘲笑う。
シンはそんな奴を倒す為に、誰かが大切な人を失う悲しみを減らす為に剣をとった。
だから
「悲しみを増やす……お前のような奴は俺が討つ!」
シンは縦横無尽に襲い掛かる刃を物ともせずに切り伏せていく。
だが、剣一本ではさばき切れず、遂にエクスカリバーは完全に破壊されてしまった。
「人の身で抗ったのは褒めてあげるわ。
だけど、そこが限界よ。
私を討つ?貴様に死の運命は超えられない。
この場で私が直々に死をあげるわ」
武器の無いシンに対して巨大な黒い刃が襲い掛かる。
シンは咄嗟に近くで倒れている妖夢に一飛びで駆け寄ると落ちている刀を手に取った。
「こいつは借りるぞ」
シンは楼観剣を構えると破滅の存在の剣を打ち砕く。
「貴方は……」
「お前の主は俺が取り返す。お前はここで待っていろ」
妖夢はただ、シンを見上げる事しか出来なかった。
シンは一気に西行妖の根元に向かって駆け出す。
―――スラッシュ―――
―――サンダー―――
【ライトニングスラッシュ】
ブレイラウザーに二つのアンデッドの力が込められる。
「シン!これを使え!」
シンの勇姿に後押しされ、ブレイドが必死の力でブレイラウザーをシンに向かって投げる。
「剣崎さん!」
シンはそれを空中で受け取ると右手に楼観剣、左手にブレイラウザーを構え突進する。
それに対して西行妖から光線が放たれた。
四方八方に伸びる光速の一撃。
シンはそれを回避するがその狭間に無数の邪気の塊が渦巻く。
「今のソードインパルスをとめられると思うな!」
二人の勇者の剣を手にしたソードインパルス。
剣の衝撃が西行妖に襲い掛かる。
楼観剣の一振りで邪気を払い。
そして、根元にたどり着くと西行妖にブレイラウザーを叩きつける。
「ライトニングスラッシュ!」
電撃と斬撃、二つのアンデッドの力を纏ったブレイラウザーは西行妖の根元とそこに纏う死の気配を断ち切った。
その一撃が黒い風を揺らがせる。
眼に見えて風の勢いが弱まった。

「シン……」
翔はただ、呆然とシンの戦いを眺めていた。
抗うことの出来ない恐怖を撒き散らす破滅の存在。
それに対して恐怖を振り払い戦った彼の勇姿は驚嘆すべきものだった。
そして、確信する。
自分はシンと共に一緒に居たいのだと。
誰かが悲しむのを止める為に戦う彼の怒りは尊いと感じられた。
だから、共に行きたい。
彼が本当に世界の悲しみを払える英雄なのか?
それとも力を振るうだけの狂戦士なのか?
その行く末を彼の隣で見ていたいと確信した。
重く霧のようにのしかかっていた思考が晴れて行く。
そして、何かがパッチリとはまり、スイッチが切り替わった。
木刀の刃が変形し、鈍い光沢を放つ刀へと変貌する。
「俺もお前達と一緒に戦う仲間になりたい!」
翔の背中から翼が生える。
それは樹木で出来た羽ばたけない翼。
だが、噴射口に見える穴から気を放出し、飛翔する。
そして、西行妖の上空を目指す。
「破滅の存在……肉を持たぬ概念よ。
ただ、それだけで逃げられると思うなよ!」
翔は空気、気の流れから破滅の存在の端末の位置を特定する。
そして、至高なる一太刀を持ってそれを両断した。
「天魔流剣術奥義【至高】」
死の概念は両断され、霧散する。
それと同時に黒い風は完全に晴れた。

「破滅の存在を完全に消滅させた……
アレが対破滅の存在用兵装【運命の剣】か……。
それにあのモビルスーツのパイロット。
僕と同じ……」
キラは戦況を確認し呟く。
何度か破滅の存在と戦ったキラからして二人の戦果はただ事ではない。
破滅の存在は概念存在。
通常、倒すことなど出来はしない。
干渉した事例を消失させ、被害を抑えることしか出来はしない。
だが、二人は確実に破滅の存在に干渉し、消滅させた。
それは死へ向かうだけの人類にとっての希望にすら見えた。

「幽々子様!」
咲夜の肩を借りて妖夢が幽々子の元へ駆け寄る。
それは死体だった。
シンは何も告げられず目を伏せる。
だが、突如として幽々子の死体が浮かび上がり、先ほどまで埋まっていた樹の幹に飲み込まれていった。
そして、それと同時に西行妖が再生して行く。
「何だ!?」
シンは驚きのあまり口を呆然と開ける。
妖夢も何のことか把握できず、ただ呆然とするだけだった。
「破滅の存在は無理やりに封印を解いた。
本来、解けるはずの無い方法を自分の力を使って。
だけど、力の供給が無くなれば自然と流れは元に戻る。
死んでるはずの者は死んで、亡霊は亡霊へと戻る」
突如、妖夢の背後に幽々子が現れた。
「なっ!?そんなさっきあの樹の中に!?」
シンはその姿を見て驚き西行妖の幹を指差す。
「あれは私の死体よ。私は亡霊。
あの肉体に入っていた幽霊ね。
破滅の存在が理を破壊したからちょっと消えてたけど居なくなって修復されたから戻ってきたわ」
そんなシンの様子を見て幽々子はくすくすと笑う。
「幽々子様!無事だったんですね!」
妖夢が幽々子に抱きつく。
「あらあら。全く、妖夢は無茶ばかりして」
ボロボロの妖夢を幽々子はねぎらう。
「感動の再開中、悪いんだけど。詳しい話を聞かせてもらおうおかしら?」
そんな二人の空間に霊夢が割ってはいる。
「そうね。それじゃ、屋敷に移動しようかしら」


その様子を離れた場所から監視する二つの影があった。
九本の狐の尾を持つ者と黒い二つの猫の尻尾を持つ者。
「端末の直接介入があって驚いたけど……
まさか、あれと戦える人間が博麗の巫女以外に居たとは。
紫様は巫女への良い訓練になるとは言っていたがあの者たちの事も知っていたのだろうか?」
狐の者が戦いを思い返す。
「でも、こんなに幻想郷の外の干渉を受けて大丈夫なんですか?」
「本来ならダメなんだけど……紫様は何も仰られないし、指示に従うしかないでしょう。
それじゃ、行くよ。橙」
「はい、藍様」
二人の妖怪の姿がスキマに消える。



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