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冬木
様々な怪奇が蔓延り、行方不明者が続出する土地。
人々の中に不安は広がり、街中に不吉な噂が溢れかえっている。
人喰いの化け物、蝶々仮面の怪人、空飛ぶ少女、仮面ライダー。
噂は噂でしかない。その本当を知らなければ。
世界の闇に己の信念と勇気を持って戦いを挑む者も居る。
怪奇を知り、戦う力と勇気を持った者たち。
人は彼らを英雄と呼ぶのだろう。
今日に一つの噂に終止符が討たれることになる。
折り重なった運命が最も重なる日。
満月が夜の街を照らし出す。
闇に襲われ命を落とした少年……武藤カズキ
その闇を生み出し街に恐怖を齎した少年……蝶野攻爵
二つの運命がぶつかりあう。
そして、新たな運命が導き出される。
同じ志を持った仲間と戦う少年と闇の力に魅入られた狂気の天才。
どちらの運命が勝ち残るのか……
それは月だけが知っている。
「もう……限界」
冬木に入った辺りで霊夢が地面に着地する。
鷲尾との戦いでの消耗も重なり、霊夢の力は限界に達しようとしていた。
なんだかんだで力を一番、使っていたのは霊夢である。
それでもここまで動き続けられているのだから彼女のキャパシティは相当なものだろう。
「そうだな……。すまないがここからは二人で行ってもらえるか?」
魔理沙もガードレールに背をつけて呟く。
こちらの疲労も相当なようだ。
「いえ、二人ともここまでありがとうございます」
なのはが二人に頭を下げる。
彼女達の協力が無ければ今頃、鷲尾に倒されていたことだろう。
それなのにここまで来れたのは一重に二人の協力があってこそだ。
偶然に入り込んだ幻想郷。
そこから何の因果か一緒に外の世界に来てしまった二人。
あの出会いが無ければ戦いはより過酷になっていただろう。
「……剣崎さんがこっちに来てくれるって」
携帯でメールを確認したカズキがなのはに告げる。
「それなら早く戻れそうですね」
「うん。それとシンが蝶野の実家に行ったみたい。でも、居なかったって……」
その言葉は沈んでいた。
ここまで来て手がかりはほとんどゼロになっている。
「とりあえず、シンたちと合流しよう。まだ、時間はある!」
カズキの言葉になのはとユーノが頷く。
しばらくして剣崎が彼らの前に姿を現した。
「皆、大丈夫か?」
バイクから降りて駆け寄ってくる。
「剣崎さんこそ大丈夫ですか?」
なのはが尋ねる。
剣崎の顔にも戦いの痕が見られた。
おそらく、スパイダーアンデッドとの戦いによるものだろう。
後に残る大怪我は無いが消耗は激しいようである。
その身のこなしに精査がかけている。
「あぁ……だけど、アンデッドには逃げられてしまった。
それよりも早く行こう」
剣崎が急かす。
既に日が没してからそれなりに時間が過ぎている。
蝶野と斗貴子、どちらのホムンクルスかも時間の問題だ。
「それじゃ、私達は動けるようになるまでここで休んでるわね」
ベンチの上で転がっている霊夢が力なく手を振る。
空いていた時間で自販機からお茶を買って休んでいたが動けるほどにはなっていない。
「二人だけで大丈夫か?」
流石に少女を二人、夜中にこんな場所に置いていくのが気が引けるのか剣崎が尋ねる。
それに対して二人は余裕の表情を浮かべる。
「大丈夫大丈夫。妖怪だらけの世界で暮らしてるんだ。
外の世界なんて平和同然だぜ」
魔理沙の言葉になんとなく納得し、二人を置いていく事にした。
ブルースペイダーに無理やり三人が乗り込む。
「なのはちゃん。きついと思うけど我慢してね」
「はい、大丈夫です」
剣崎、カズキ、なのはの順で乗っており、なのはが一番端になっている。
安定性は悪いがそうも言っていられない。
「それじゃ、いくぞ!」
剣崎がブルースペイダーを発射させる。
人気の無い道を駆け抜けていった。
AnotherPlayer
第十話「黒死の蝶」
衛宮家
一旦、全員が集まっている。
と言っても直ぐに出るので玄関前に集まる形になっているが。
「他に創造主が行きそうな所か……」
全員が頭を悩ます。
誰も彼が行きそうな所が思い浮かばなかった。
シンの話では確実に家には居ないらしい。
どうにも門前払いをくらい、攻爵などという子供など居ないといわれたという。
「あそこに逃げ込もうって思うとは思えない」
士郎の言葉にシンも同意する。
だが、そうなると完全に手詰まりだった。
そこにカズキの携帯に着信が入る。
「斗貴子さん!?」
カズキは斗貴子からの着信に通話する。
「カズキか。事情は大体、確認した」
「今何処なの?」
「あぁ、霊夢たちと合流したところだ。翔は力尽きたがな」
この時間なら相当な勢いで山を越えて来たのだろう。
人を背負ってどころか単独でも走破は難しいところだ。
それを人一人を背負ってなのだから相当に過酷だったのだろう。
「パピヨンマスクの行きそうな所だが。奴が錬金術を発見したという蔵を探れ。
錬金術は奴の心の拠り所だ。それを発見した場所、そこに逃げ込んでる可能性が高い」
斗貴子の推理をカズキが皆に告げる。
皆、その言葉に納得した。
何よりも数多くのホムンクルスと戦っている斗貴子の言葉だ。
この中の全員よりも説得力がある。
「それじゃ……」
そして、そのまま蔵に向かおうとする。
だが、彼らの前に突然、黒尽くめの男たちが現れた。
それも全員を取り囲めるほどの大人数である。
彼らはネズミ一匹逃がさぬほどに密集して迫り来る。
「なんだ!?」
驚くのも束の間、一斉に男達はシンたちに襲い掛かってきた。
それに対してシンたちが応戦する。
「お前達は一体……パピヨンマスクの仲間か!?」
二人は必死に抵抗するが多勢に無勢で抑え込まれてしまう。
いくら二人に戦闘の心得があっても勢いと人数に任されては太刀打ちし辛い。
「どういうことだ……?」
だが、彼らはカズキ、なのは、士郎を完全に無視していた。
シンと剣崎の二人に集中して襲い掛かっている。
「創造主が邪魔しに来たって訳じゃないみたいだな……。
カズキ、なのはちゃん!ここは俺に任せて二人は先に行ってくれ!」
その様子を見て士郎が二人に叫ぶ。
創造主なら全員の足止めをするだろう。
だが、彼らはシンと剣崎の二人だけを狙っている。
他の何者かの差し金と考えたほうが良いと士郎は判断した。
「でも……」
カズキはその言葉に躊躇する。
シンと剣崎は既に消耗している。
士郎も戦う力を持っていない。
そんな彼らだけを置いて行く事に不安が残った。
「悔しいけど二人のほうが強いだろ。だったら、二人が捕まえに言ったほうが良い。
俺はどうにかして二人を助ける」
士郎はそう言って群がる男達に突撃していった。
とてもではないが人数的に勝ち目は無いだろう。
カズキとなのはが全力で応戦すれば助けられるかもしれない。
だが、そこまでの余力も無く。
下手をすれば人間にしか見えない彼らを殺してしまうかもしれない。
「行け!カズキ、なのは!」
「俺たちは大丈夫だ。仮面ライダーとコーディネイターだからな。これぐらいわけない!」
もみくちゃにされながらもシンと剣崎が叫ぶ。
二人の言葉を聴いてカズキとなのはは顔を上げる。
その顔は既に決意していた。
「行こう!」
「はい!」
一斉に二人は駆け出す。
パピヨンマスクの創造主が潜んでいる蔵を目指して。
蝶野家の保有する蔵。
蝶野攻爵はそこで錬金術に関する書物を手にした。
天才的頭脳を持つ彼はその資料を基にホムンクルスの製造を完成させる。
師を持たず、研究環境も揃わない中、それをやってのけた彼は真に天才だったであろう。
それは死から逃れる為に発揮された力だったのかも知れない。
だが、彼はその狂気の技術を自分の欲望のままに振るい続けた。
全てを信用せず、全てを利用して、ただ一人で生きあがいていた。
真っ暗な蔵の中、一人きりでフラスコを眺めている彼の姿こそ彼の生き様を現しているのかもしれない。
閉ざされた扉が開かれる。
開いたドアから僅かな月明かりが差し込んだ。
「……これは予想外な客人だな」
その光の方向を向いて蝶野攻爵は呟く。
その視線の先には金髪の少女が立っていた。
彼女は手にした光の鎌を蝶野に向ける。
「ジュエルシードを渡して」
簡素な言葉。
蝶野がここで何をしているのかに一切の興味を示していない。
その言葉に蝶野は笑みを浮かべる。
「そんなものは持っていない」
「嘘を吐かないで……貴方が二個回収しているのは知っている。
そして、一つは貴方の仲間が使った。
残る一つは貴方が持っている」
「やれやれ……結局、あんな宝石に頼るものではないということか。
ホムンクルスもジュエルシードも何一つ役にたたん」
「必要ないなら渡しても問題ないはず」
「そうだな……だが、これは俺の所有物だ」
蝶野は懐からジュエルシードを取り出す。
妖しげな光を放つ宝石にはまだ十分な魔力が感じられた。
それにフェイトは警戒する。
普通なら既に取り込まれて発動しているはずだからだ。
だが、その様子は無い。
「取引といこうじゃないか」
「取引……?」
フェイトは怪訝な表情を浮かべる。
つい先日、彼には強襲を受けている。
その言葉に何かしらの罠があるのでは警戒していた。
「何、単純明快だ。俺の護衛をしてもらいたい。時間も今日一日だけだ。
既にもう何時間もないだろう」
蝶野は軽薄な笑みを浮かべる。
孤立無援の彼にとって戦力を欲するのは当然だろう。
だが……
「フェイト!そんな話に乗る必要なんて無いよ!」
アルフが上空から降りてくる。
「そんなの力ずくで奪えば良いだけさ。こんな奴の言う事聞く必要は無いよ」
そう、ただの青年である蝶野からジュエルシードを奪うのは簡単だ。
もし、発動したとしてもそれはいつもの事である。
妖しげな男の提案に乗っかる必要などフェイトには無い。
「どうして護衛が必要なの?」
フェイトが蝶野に質問する。
「俺の大事な研究を台無しにしようとしてるく奴が居るんだ。
そいつらから俺と俺の研究を護って欲しい」
蝶野はそういい目の前のフラスコを見つめる。
その顔は狂気に歪んでいた。
それだけしか見えていない……
執着……それだけが彼を動かしている。
「……分かった」
しかし、フェイトはその取引に応じた。
それにアルフが驚愕する。
「フェイト!」
「下手に刺激するのは危険」
「そうかも知れないけど……」
アルフは納得いかないようだがフェイトは決めてしまったようだった。
「分かったよ。でも、何があっても知らないよ」
「ありがとう」
そんな二人のやり取りを蝶野は呆れ気味に眺めていた。
二人の様子が気に食わない。
フェイトが簡単に取引に応じたことも、アルフが彼女を止めて結局、彼女に従ったことも。
「まぁ、いい。これが完成するまでだ……」
蝶野は自分の分身であるホムンクルス幼生体を見下ろす。
その完成まで後二、三時間。
それから三十分ほどしてカズキとなのはが蔵に辿り付く。
「ここが……」
蔵を開けようと扉に手をかけるカズキ。
その時、なのはは何かを感じカズキにとびかかる。
「危ない!」
その瞬間、カズキが居た場所に一発の魔力弾が落ちる。
「何!?」
上空を見上げるとそこにはフェイトが滞空していた。
「あの子は……」
その姿になのはは驚く。
現在、ジュエルシードの反応は無い。
そして、創造主の隠れていると思わしき場所で攻撃を仕掛けてくる。
その意味するところは一つ。
「そんな……貴方もパピヨンマスクの人の仲間なの?」
なのはが尋ねる。
だが、フェイトは答えずになのはに向かってフォトンランサーを放った。
それをカズキが武装錬金を発動させて割り込む。
フォトンランサーはカズキの武装錬金に弾かれる。
「なのは!早く変身して!」
カズキが生身のなのはに向かって叫ぶ。
なのはは少しためらったがレイジングハートを手に取る。
そして、一瞬にして変身を完了させる。
「何で……どうして!?」
なのははフェイトに向かって真っ直ぐに飛んで行く。
フェイトもそれに相対してなのはに向かった。
お互いの杖と杖をぶつけ合い押し合う。
「なのは!」
カズキも応戦しようと思うが相手が空中では戦い辛い。
「あんたの相手は私だよ!」
真正面からアルフがカズキに飛び掛る。
繰り出される拳をカズキはランスを横にして受け止めるがその衝撃に弾き飛ばされる。
「なっ!?あの子の仲間か……!?」
どうにか体勢を維持するもアルフは休む事無く襲い掛かる。
その拳は素早くカズキはそれに反応できずに防御することしか出来なかった。
空中で対峙する二人の魔法少女。
魔力と魔力が激突し、火花が夜空に散る。
「貴方はパピヨンマスクの人の為にジュエルシードを集めていたの!?」
「違う」
拒絶と共にフェイトがなのはを弾き飛ばす。
「あの男と私は関係ない。だけど、今日だけは私があの男を護る」
「どうして……あの人が何をしようとしているか知ってるの?」
「知らない」
フェイトがフォトンランサーをなのはに向かって放つ。
なのははそれをプロテクションで弾いた。
「お願い話を聞いて!」
なのはが叫ぶも攻撃は止まない。
黄金の魔力が降り注ぐ中、なのはは懸命に言葉を伝える。
「あの人は自分自身を怪物にしようとしているの。それにあの人から解毒剤を貰わなきゃ私達の仲間が怪物になっちゃうの!」
「怪物……?」
その言葉に怪訝そうにフェイトが反応する。
「そう、人を食べるホムンクルスって言う怪物に。そうなっちゃったらもう、戻すことは出来ない。
あの人にも街の人たちにも取り返しがつかない事になる。
私達はそれを止めるためにここまで来たの。
お願い……ジュエルシードは貴方に渡しても良い!だから、戦うのを止めて!」
なのはの言葉にフェイトは困惑する。
「自分自身を化け物に変えるなんて……」
簡単に信じられるものではない。
あえて自ら人の道を外すその精神状態をフェイトは理解できなかった。
「あの人にはそれしかないって……病気でもう長く生きられないから。
その為に死なない体を得る為にホムンクルスになろうとしている。
そんなの間違ってるから私たちが止めるの!」
なのはの言葉にフェイトは腕を下ろす。
「フェイト……?」
攻撃が止んだことに気づきアルフが空を見上げる。
それと同時になのはが空から地面に降り立った。
それと一緒にフェイトも地上に降りる。
「アルフ、攻撃を止めて」
「そんな、あの男の言う事なんてどうでもいいけどそれじゃこいつらにジュエルシードが取られちゃうよ」
蝶野がジュエルシードを所持している事実は変わらない。
ここを通すということは同じようにジュエルシードを集めているなのは達に奪われる可能性もある。
「ここのジュエルシードは取っていかないと約束したから」
「そんなの信用できないよ。一体、どうしちゃったのさ?フェイト!」
「……もし、約束を破られたら。力ずくでも奪えば良い」
「そんな事しない!」
フェイトの言葉になのはが叫ぶ。
「一回した約束は絶対に破ったりしない。だから、安心して」
なのはがそう言うがフェイトたちは若干の疑いを感じている。
「いいのか?」
カズキがなのはに尋ねる。
「ごめんなさい。勝手にこんなこと言って……でも、今はジュエルシードよりもパピヨンマスクの人を止めることが大切だと思ったから」
なのはが申し訳無さそうに答える。
「大丈夫。俺だってそうする。その事は皆、分かってくれるさ」
カズキがなのはの頭を軽く撫でる。
そして、フェイトのほうへ向き直る。
「それじゃあ、ここから先に通してもらう」
カズキの言葉にフェイトは軽く頷く。
それを確認しカズキは蔵の扉を開いた。
「フェイト……もしかして、あの男にアイツのことを重ねたのかい?」
カズキとなのはが中に入ったのを見てアルフがフェイトに話しかける。
「……そうかも知れない。でも、それだけじゃない。
何だか自分を見ているような気がした」
「えぇ!?私には何処も似てるように思えないけど」
一人、寂しそうに小さくなっていた蝶野。
扉を開いてその姿を見たとき、何故かフェイトは昔を思い出した。
子供の頃、家で寂しく暮らしていたときの事を。
再び、扉が開き月明かり真っ暗な蔵の中を照らし出す。
カズキはその先に蝶野が居るのを見つける。
「見つけたぞ、パピヨンマスクの怪人!」
「錬金の戦士……お前がここに居るということは鷲尾もあの鎌女も倒されたのか……」
「鷲のホムンクルスは俺達が倒した。あの子は説得して通してもらった」
「そうか……どいつもこいつも役立たずめ」
蝶野の言葉にカズキは怒りを感じる。
アレだけの多勢を相手にして一歩も引かず、ジュエルシードの強大な魔力に犯されながらも懸命に命令を実行した。
最後の最後まで主人の心配を続けた忠臣。
その鷲尾の姿を思い出す。
彼は決して罵倒されるような存在ではなかった。
「あいつは最後までお前のことを心配してたぞ」
「それがどうした。与えられた命令一つ護れないなら役立たずに変わりない」
蝶野の目は黒くにごっている。
それは誰も信用していないそんな目だった。
「どうしてそんな事が言えるの!?ずっと一緒だった仲間じゃないんですか!?」
なのはも叫ぶ。
蝶野は煩わしそうに二人を見た。
「仲間……?実験で造っただけのあいつらにそんな感情を持つわけがないだろう。
俺に仲間など必要ない。一人で生き抜いていける。
そう醜い芋虫から華麗な蝶に生まれ変わるように。
病気の体を脱ぎ捨てて俺は超人に生まれ変わるのだ!」
「そんな事させない!お前を絶対にホムンクルスなんかにさせはしない!」
カズキが駆け出そうとするが突然、その体を羽交い絞めにされる。
それに驚き後ろを向くとそこには黒いスーツに身を包んだ大柄の男が立っていた。
「何ですか貴方達は一体!?」
なのはも同じように羽交い絞めにされる。
「随分と賑やかだね。兄さん」
その後ろから一人の男が蔵に入ってくる。
その顔は蝶野と瓜二つだった。
その事にカズキとなのはは驚愕する。
「次郎……」
蝶野がその男を見て呟いた。
「病気で折角居なくなったと思ったのに一体、何をやっているんだい?
奇妙な奴らが兄さんの事を尋ねてきたり、蔵のほうで光ってたり……
それで気になって来てみたんだけど」
次郎が蝶野に語りかける。
その最中、残った黒服たちが蝶野の体も羽交い絞めにした。
「それで立ち聞きしてたら病気を治すみたいなことが聞こえてきてね。
どうやってやるのか分からないし興味もないけど。
それは困るんだよ。
折角、目の上のたんこぶだった兄さんが消えて家督を俺が継ぐ事になったというのに。
それで治られちゃ昔と同じになってしまう。
兄さんのスペア扱いだったあの頃と同じに……」
次郎は憎しみの篭った目で蝶野を睨みつける。
実の兄弟でありながらその憎悪は殺意までをも孕んでいた。
「そんな事はさせはしない。これが病気を治す元だと言うなら」
次郎がホムンクルスの培養フラスコを持ち上げる。
先ほどの言葉にも憎悪にも反応しなかった蝶野がその行為に目を見開き取り乱す。
「止めろ!後もう少しなんで完成なんだ!」
必死の懇願
だが、それを見て次郎は邪悪な笑みを浮かべ、フラスコを空中から落とした。
フラスコは落下し、破壊され、ホムンクルス幼生体が外へと放り出される。
完成していないそれは弱弱しく、地面の上で痙攣するように小さく泣いていた。
「ああああああああああああああああ!!」
蝶野は声にならない叫びを上げる。
それを見て次郎は愉快に笑い転げた。
その様子をカズキとなのははただ見守っていることしか出来なかった。
確かにカズキたちも蝶野のホムンクルス化を阻止しに来た。
これで目的は達せられた。
だが、目の前で繰り広げられた光景を納得することが出来なかった。
必死に作り上げた蝶野の願いの結晶を嫉妬と憎悪で破壊する弟。
その光景は狂っていた。
「まだだ……」
突然、蝶野が声を上げる。
その場の全員が一斉に彼に視線を向けた。
「お前は俺の分身だ!だったら、誰よりも生きたい筈だ!」
蝶野の叫びに段々と動きが鈍くなっていた幼生体が反応する。
そして、最後の力を振り絞り、蝶野の額に飛び上がった。
蝶野とそのホムンクルス幼生体が融合する。
脳に直接寄生したホムンクルスの変化は一瞬だった。
その体は即座に体の中に消え、変態は完了する。
それと同時に服が弾け飛び、蝶野の姿は黒いパンツだけの姿になった。
そして、手を伸ばし、次郎の顔面を掴む。
それと同時に次郎の体が蝶野の手の中に吸い込まれた。
「これが人間の味か……黒く熱く甘い。最高の味だな」
蝶野は恍惚な表情を浮かべる。
実の弟を、人を食った者の浮かべた表情。
それは人間の常識から外れている。
正真正銘の化け物となったのだとカズキは悟った。
「最高だ。俺は遂に芋虫から蝶に華麗な変態を遂げた。
俺はもう蝶野攻爵ではない。
超人パピヨンだ!」
蝶野……パピヨンは股間から象徴とも言えるパピヨンマスクを取り出し装着する。
その姿と目の前で広げられた光景に黒服たちは阿鼻叫喚となり、拳銃を抜いて乱射した。
弾丸がパピヨンの体に当たるが乾いた音と共に弾かれる。
「ちょっと痛いけど……カ・イ・カ・ン」
拳銃の弾丸など蚊ほどにも利いてはいない。
その存在が自分達が太刀打ちできるものではないと悟ると黒服たちは一斉に逃げ出した。
だが、それを蝶野は許さなかった。
一足で飛び越え、黒服を捕まえて、その全てを食べつくしていく。
その動きにカズキとなのはは反応することが出来なかった。
目の前で人間が餌食となっているのに動くことが出来なかった。
そう、すれ違い様に体のいたる所を切り裂かれても反応すら出来ない。
二人は体から血を流し、その場に倒れた。
「これが人間型ホムンクルスの力か……今なら貴様らも赤子の手を捻るように殺せるな」
パピヨンが倒れる二人を見下ろして告げる。
だが、それと同時にパピヨンの腹が鳴った。
アレだけの食事の直後だというのに。
「随分とエネルギーを消耗するようだな……
よし決めた。これから俺は食事に行って来る。
お前達は自分達の無力さを噛み締めてそこで寝ていろ。
十分に食事が済んでから貴様らの相手をしてやる」
パピヨンはそう言い残しその場から去っていく。
カズキとなのははその後を追おうと力を込めるが体が言うことを利かなかった。
鷲尾、フェイトの連戦に先ほどの一撃で殆ど戦う力を消耗していた。
意識があることすら奇跡かもしれない。
二人は遠のくその後姿を見送ることすら出来なかった。
蝶野家にパピヨンは乗り込んだ。
久方ぶりの実家への帰還。
その彼に最初に浴びせられた言葉は彼へ向けての言葉ではなかった。
「次郎さん、どうしたんですかその格好は?」
弟へ向けられたその言葉に反射的にパピヨンは手を伸ばし食らう。
長い間、留守にしていた。
自分が透明な存在であることは分かっていた。
だけど、だからこそ、彼は望んでいたのかも知れない。
自分の事を知っている者を
「良いことを思いついた。俺と次郎が区別できた者だけ生かしておいてやろう」
パピヨンの殺戮は続く。
家に居るその全てを喰らいつくすように
昔からの顔なじみも何人か居た。
だが、その誰もが彼を攻爵であると見抜けない。
そして、最後の一人
実の父親の部屋を訪れる。
「どうした次郎。今日は何かのパーティーか?」
明るく出迎える父親。
だが、それは攻爵に向けられたものではない。
パピヨンは即座にその体を貫いた。
吹き出る血……
突然の自体に困惑する父親の耳元に言葉を告げる。
「強いて言うなら故・蝶野攻爵を偲ぶ会……」
「次……郎……?」
最後の望みだった。
だが、自分の名前を告げても返って来たものは望む言葉ではなかった。
息絶えた父親を喰らい空を見上げる。
「なんだ……蝶野攻爵は今日ではなくずっと前に死んでいたのか……」
そして、悟る。
自分は誰にも望まれていない。
世界は自分を受け入れていない。
「ならば、今から二次会だ。超人パピヨンの生誕祭」
ならば新しい自分を打ち立てるしかない。
屋敷を出たパピヨンの前にフェイトが待ち受ける。
「何のようだ?」
苛立ちを向けるように言葉を投げる。
フェイトはパピヨンに視線を向ける。
それはまるで哀れんでいるようでパピヨンの神経を逆なでする。
「ジュエルシードを奪いに来たのか?アレなら倉庫に転がってるはずだ」
彼女がパピヨンを尋ねるとすればそれしかない。
フェイトとはジュエルシードを奪い合ったことがある敵でしかない。
だが、彼女はその言葉に対して首を横に振った。
「ジュエルシードはもう回収した」
「なら、お前の求めるものはここにはもう無いはずだ。
俺はもうジュエルシードを持っていない。
それとも何か?お前も俺の邪魔をしに来たのか?」
「……貴方はどうして自分の家族を殺したの?」
「家族……ね。そんな生ぬるいものでは無かった。それだけだ。
俺が病気になったときからそんな関係は崩れていた。
家を継げない役立たずに居場所など無かったということだ」
「殺してしまったら……もう二度と居場所は返って来ない。それで良かったの?」
フェイトの言葉にパピヨンは舌打ちを返す。
「それがどうした?この世界が俺を望んでいないなら全て燃やし尽くしてしまえばいい。
この家も、学校も、街も……全てを。
この何の良い思いでも無い場所を全て燃やすことで超人パピヨンの誕生を祝福する。
俺は過去と決別する。そうする事で俺の心は羽撃たける」
居場所で無くなったのなら壊せば良い。
取り戻すという選択肢はパピヨンに存在しない。
自分が今まで存在していた全てを否定し、新しい生を受け入れる。
それしか彼には残されていない。
狂気に歪んだ形相でフェイトを睨みつける。
フェイトはそんな彼を哀れんでいるようにパピヨンは感じた。
「まず……手始めにお前から殺してやろう」
パピヨンはフェイトに襲い掛かる。
伸びた爪でその体を切り裂こうと伸ばす。
だが、それは突撃槍によって阻まれた。
「止めろ……もう、お前の好きにはさせない!」
パピヨンの前に武藤カズキが立ちふさがった。
パピヨンが蔵を去っていった頃、カズキは自分の無力を噛み締めていた。
鷲尾に蝶野を殺さないと約束した。
だが、それは出来なくなってしまった。
ホムンクルスになってしまったら倒すしかない。
そのパピヨンも倒すことも出来ずに今、力尽き倒れている。
斗貴子さんに、シンに、剣崎さんに、士郎に……皆に託されてやってきたというのに
止めなくては……
そう思っても体は動いてくれない。
どれだけ強く思っても力が湧かなかった。
そこにフェイトがやってくる。
彼女は二人に一瞥し、蔵の奥まで歩いていくと落ちていたジュエルシードを拾い上げた。
不思議とジュエルシードの魔力が安定している。
パピヨンが持っていた頃は荒れ狂うように力を漲らせていたというのに。
「お願い……あの人を止めて」
なのはがフェイトに声をかける。
「怪物になってしまったの?」
「うん……それであの人は今、自分の家族を襲おうとしている。
止めさせないと……沢山の犠牲者が出ちゃうの」
なのはから出た家族という言葉にフェイトは反応する。
「家族を……」
フェイトが呟くと遠くから悲鳴が聞こえてきた。
恐らく、パピヨンの虐殺が始まったのだろう。
フェイトはそれを聞いて無言で蔵の外へ出て行く。
結局、フェイトは何も答えずに去っていった。
「カズキさん……動けますか?」
なのはがカズキに尋ねる。
「ダメだ。動かなきゃダメだって分かってるのに……」
カズキは悔しそうに呟く。
「……カズキさん。私の力を貴方に託します」
「え……?」
カズキが驚き首だけなのはのほうに向ける。
なのはは必死に手を伸ばし、カズキの体に触れた。
それと同時に暖かい光がカズキの体の中に流れ込んでくる。
「お願いします。無茶だって、ひどいことだって分かってます。
だけど、あの人を止めてください。
私にはこれくらいしか出来ないから……」
光が流れ込むに連れてなのはの顔が更に青ざめていく。
「なのは!無茶だよ」
その様子にユーノが叫ぶ。
だが、それでもなのはは止めない。
「お願い……もう、これ以上、誰も犠牲に……」
なのはがそう言い、意識を失う。
それと同時にカズキの体に立ち上がるだけの力が蘇っていた。
「なのはちゃん……」
なのはが自分の力を分けてくれたことでこうして立っていられる。
「シン、剣崎さん、士郎、翔、霊夢、魔理沙、斗貴子さん……
皆が力をくれたから俺がここに居るんだ。
俺が止めてみせる。俺がやらなきゃダメなんだ!」
皆が力を貸してくれたからここにいる。
全ての力を尽くしてくれた仲間達。
その姿を思い出し、カズキの体に力が溢れてくるのを感じた。
「……カズキさんの魔力が上昇してる。なのはが渡した分だけじゃない。
一体、何処から……!?」
その様子にユーノは驚愕する。
半死半生の状態だった。
それなのに全開ではないといえ力を取り戻していた。
「そんな半死半生の状態で俺を止めるだと?」
立っているのも限界という様子のカズキをパピヨンが嘲笑う。
「無理だな。お前に俺は……ブハッ!!」
突然、パピヨンは血を吐き出した。
それと同時に体全体の力が失われ膝をつく。
「どういう事だ……これでは病気だった時と同じ……」
その脱力感をパピヨンは知っていた。
人間だったときに煩っていた病気。
その症状に酷似している。
「まさか、俺は……完全に生まれ変わることが出来なかったというのか。
あの病気を脱ぎ捨てることが……」
パピヨンは地面に手をつきながらワナワナと震える。
「病気が治っていないのか……」
その様子に気づいたカズキが尋ねる。
「そのようだな……だが、望みはまだある。貴様の持つ、その核鉄。
貴様を食らってそれを奪い取る!」
パピヨンは顔を上げ、カズキを睨みつける。
一旦、途絶えた活力は再び、燃え上がり、彼の体を突き動かしている。
「これはお前なんかには渡せない!」
パピヨンの狙いに気づきカズキが叫ぶ。
そんなカズキを前にパピヨンは鍵を取り出し、それを飲み込んだ。
「これは解毒薬をしまってる金庫の鍵だ。もはや、俺を無視して逃げることは出来ん。
お前を喰らい、ホムンクルスとなった女を従えてこの世界を灰に変えてやる!」
「お前を倒して街も斗貴子さんも救ってみせる!」
カズキは叫び声を上げ突撃する。
自分の全身全霊をもって敵を倒す為に。
パピヨンはそれを真正面から受け止める。
だが、ぶつかり合った力はカズキに分があり、パピヨンの防御ごと突き抜けていく。
自分の持てる全ての力を発揮して、全力で駆け抜けていく。
障害となる壁をぶち破って行き、遂に四枚目の壁にパピヨンの体を叩きつけた。
パピヨンの体は突撃槍に刺し貫かれ串刺しになる。
だが、ホムンクルスはその程度では死なない。
「バカな……不完全とは言え超人の俺を人間が倒すだと……」
「俺は今までの戦いで強くなった。それに俺には斗貴子さんやなのは……仲間が居た。
皆が俺の背中を押してくれたから……お前を上回ることが出来たんだ」
パピヨンとカズキ……
彼らでは背負っているものが違う。
仲間の望みを託されここまで来たカズキの力は皆の想いの分だけ強かった。
「それで結局、貴様はどうするんだ?俺はホムンクルスから人には戻れない。
女を助けるにしても鍵は腹の中だ。糞に交じって出てくるまで待つか?」
パピヨンがカズキに尋ねる。
それは決断の時だった。
ただの化け物だった動物型ホムンクルスとは違いパピヨンには今までの記憶がある。
人を食う化け物とは言え、一人の人間だった。
そして、カズキは彼を救うと約束した。
もう、誰の命も犠牲にしないと約束を打ち立てた。
だが、その約束を破らなくてはこれ以上の犠牲が出てしまう。
何かを捨て、何かを救うしかない。
それは少年でしかなかったカズキに強く圧し掛かる。
そして、苦渋と共に一つの答えを口にした。
「すまない……蝶野攻爵」
それは謝罪の言葉。
蝶野攻爵という個人の人生を絶って、大勢の命を救うことへの謝罪。
自分自身がかした使命を護りきれなかったこと。
蝶野攻爵という青年の暴走を止めることが出来ずホムンクルスにしてしまったこと。
その彼を人を食う化け物として殺すこと。
その全てに対してカズキは謝罪する。
だが、その言葉は皮肉なことにパピヨンにとって、最も望んでいた言葉だった。
「(あぁ……俺の名前を……)」
誰もパピヨンを認識してくれていなかった。
誰もパピヨンを本当の名前で呼ばなかった。
家族だったはずの者たちは弟と勘違いし、配下たちは主と崇めていた。
かつて、触れ合った人々は全て彼の元から去り、名前を呼ぶ存在はとうの昔に居なくなっていた。
最も渇望した簡単な言葉。
それは皮肉にも自分と敵対し、あまつさえ殺そうとしている男の口から出てきた。
ホムンクルスの創造主でも無く、人間型ホムンクルスでも無く、蝶野家の跡取りでは決して無く、
蝶野攻爵を一人の個人として彼は謝罪した。
そこには一種の救いがあった。
だが、パピヨンはそれをそのまま受け入れることは無い。
「謝るなよ。偽善者」
口から出たのは拒絶の言葉。
カズキはその言葉を甘んじて受け入れ、パピヨンの体を完全に破壊した。
パピヨンの体は四散し、残骸が地面に転がる。
そして、その体の中から一つの鍵が落ちるのが見えた。
カズキはそれを眺めながら意識が遠のいていくのを感じる。
激戦の末、遂にカズキの体力は完全な底を突いた。
深く沈んだカズキの意識
その目が明るさを感じる。
眩しい光……朝日が世界を照らしている。
カズキはその事を驚いて眼を開く。
朝……それはタイムリミットの終了を意味している。
斗貴子がホムンクルスと化する。
絶望と無力感がカズキの胸を締め付ける。
どうしようもない悲しみが瞳から溢れ出した。
「知っているか?」
声が聞こえる。
それと同時に斗貴子がカズキを覗き込んだ。
「君の武装錬金から発せられる光は太陽光に似た綺麗な山吹色をしているんだ」
斗貴子はいつもよりも少し優しくカズキに声をかける。
そこに居るのは人間の津村斗貴子だった。
「君の武装錬金には名前がまだ無かっただろう。
サンライトハート……それが君の力の名前だ」
それがこの街を救った力の名前。
太陽のように暖かく、闇を払う光のように、悪を貫く一筋の槍。
突撃槍の武装錬金はそんな名前を冠された。
それが戦士・武藤カズキの始まり。
そして、より強大なる闇との戦いの始まりでもあった……