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「斗貴子さんは何で心臓の替わりに核鉄を入れようと思ったの?」
創造主探しの中、カズキが斗貴子に尋ねる。
幻想郷で出会ったヴィクトリアという少女。
彼女はカズキの心臓となっている核鉄に興味を示していた。
結局、どうして彼女が気に掛けたのか理由は分からなかった。
幻想郷から離れる日にヴィクトリアと会うことは無かった。
小悪魔が言うには元々、屋敷の人とも関わり合いにならないらしい。
故に彼女が何を隠して居るのかは彼女とパチュリー以外は知らないらしい。
パチュリー自身からは気にするなという言葉しか貰えなかった。
「それは核鉄が心臓の替わりになるという話を聞いたことがあるからだが」
「それって……昔に俺みたいに核鉄を心臓替わりにした人が居たって事?」
「そうなるな。噂だけで名前も知らないが……上手くいったということは事実だったんだろうな」
斗貴子の言葉でカズキは少し納得する。
あの様子はカズキの他に心臓に核鉄を埋め込んでいる者を知っていたからとったのだろう。
だけど、それで何故、あのような反応を示したのかがわからなかった。
知り合いだったとしても同じ境遇の人を気に掛けるものだろうか。
カズキが一人で唸っていると斗貴子が心配そうに顔を近づける。
「どうしたんだ?もしかして、核鉄の調子が悪いのか?」
斗貴子の顔を近くで見てカズキは顔を紅くして後ずさる。
「だ、大丈夫!!元気一杯だって!それじゃ、再開しようか!」
カズキはごまかすように叫ぶと走り出す。
その後姿を斗貴子は心配そうに見つめる。






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第九話「生命の闘争」




博麗神社
外の世界のそこは廃墟である。
信仰は失われ、社は荒れ果て、境内は草で覆われている。
「……酷いものね」
その惨状を見て霊夢が呟く。
巫女としてこの現状は受け入れがたいものだった。
「昔から住んでる士郎も藤村さんも知らなかったみたいだし……
相当、昔から放置されていたんだろうな」
ここまで霊夢を案内してきた翔が告げる。
今朝方、霊夢と魔理沙という少女二人が泊まったことにより、藤村が大騒ぎする事になった。
それで現在、士郎が必死に弁明していることを付け加えておく。
「魔理沙はつれてこなくて良かったのか?」
騒動の途中に一人で出かけていってしまった魔理沙を思い出し尋ねる。
恐らくはジュエルシードを求めて走り回っているのだろう。
「今は良いわ。幻想郷に直ぐ帰れるのかも分からないんだもの」
霊夢は賽銭箱に近づき、積もった誇りを払う。
「はぁ……これじゃ、ご利益も何もあったものじゃ無いわね……
外の世界では信仰が死んだと言われてたけど本当なのね」
霊夢は目をつぶってしまいたかった。
神の力を借りる巫女として神を祀る社がこんな惨状に晒されていることを直視したくなかった。
「帰れそうに無いのか?」
「まぁ……事実だけ言えばそうね。ここには何の力も感じないし」
落胆した様子で霊夢が戻ってくる。
「こうなったらあの人形の力を借りるしかないわね」
「真紅の?」
「えぇ、nのフィールド……だっけ?そこなら幻想郷にも通じている可能性があるんでしょ」
「説明どおりなら平行世界にも行けるらしいからな……」
平行世界でもなく位相が違うだけの異世界である幻想郷ならば道が開いていてもおかしくないだろう。
事実、幻想郷から一度、nのフィールドに通じたのだ。
通じていないという確立は低いだろう。
「それじゃ、行くわよ!」
「俺も付き合わないとダメなのか?」
「貴方は唯一、この場所から博麗神社にきたでしょ。
多分、腐れ縁って奴よ」
「強引な腐れ縁だなぁ」
翔は溜息混じりに走り行く霊夢の後を追った。


「えっと……それでどうしたんですか。魔理沙さん?」
なのはの部屋でベッドの上で寛いでいる魔理沙になのはが尋ねる。
「何だ。友達が友達の家に来ちゃ行けないのか?」
魔理沙は皿の上にあるクッキーを食べながら答える。
それは友達の家に居るという寛ぎっぷりではない。
「別に構いませんけど……ジュエルシードについて聞きに来たんですか?」
なのはが小声で魔理沙に尋ねる。
その言葉に魔理沙は飛び起き、頷いた。
「そうそう、酷いんだぜ。シンの奴も剣崎の奴も。教えないの一点張りでさ。
なのははあんな奴らとは違うよな?」
魔理沙はなのはの肩に手をかけ、なれなれしく尋ねる。
「いえ……その……もし、手伝ってくれるんでしたら嬉しいんですけど……
アレは非常に危険なものなので集めたりは止めた方が……」
「大丈夫大丈夫。私はお前の力になってやりたいと思っているだけだからさ」
魔理沙はそう言うがとてもうそ臭かった。
というかなのはもユーノもその言葉が本心だとは信じていない。
しかし、教えないとしても引っかき回すだけだろう。
だったら取りあえず協力してもらう方向で良いのではないか。
というのが皆と話しあった結果だった。
実際、魔理沙が戦えるだけの実力を持っている事はnのフィールドの戦いで確認済みだ。
「分かりました。そこまで言うなら協力してもらいます」
なのはの言葉に魔理沙がにやりと口元を歪める。
「そうそう、人間協力し合うのが一番だよな」
嬉しそうに魔理沙はなのはの肩を叩く。
なのはは少し引きつった笑顔を返した。


学園宿舎
そこは諸事情により実家から学園に通うのが困難な生徒が住む施設である。
カズキは両親が海外暮らしの為にこの宿舎から学園に通っている。
そこにカズキ、斗貴子、士郎、シンの四人が足を踏み入れようとしていた。
この五日間の調査の結果、学園内でそれらしい人物を見つけることは出来なかった。
ならば、学生の使う施設である宿舎に篭っている可能性に至ったのである。
家から通う生徒だった場合はどうしようもないが調べないよりはマシである。
「灯台下暗し!」
カズキの元も子もない言葉に士郎が苦笑いを浮かべる。
「この五日……いや、土曜日を挟んでいるから正確には四日だな。
四日間学校を休んでいる生徒を探すんだ」
全員は頷きあう。
既に創造主の特徴はシンから皆に伝えられている。
「それにしても……シンは体は大丈夫なのか?」
士郎がシンに尋ねる。
シンは前日のレミリアの戦いから全快している訳ではない。
インパルスも現在修理中の為に呼び出すことも不可能だ。
「問題ないさ。それに時間も無いしな」
シンは斗貴子を見て答える。
既に斗貴子に寄生しているホムンクルス幼生体は頭部に近い位置まで登ってきている。
ほんの数日で脳に達し、ホムンクルスに支配されてしまうだろう。
そんな状況でのんびりしている気にシンはなれなかった。

それから聞き込みを続けるも成果は上がらなかった。
「誰もそんな生徒はいないって……やっぱり、自宅通いの生徒なのかな?」
頭をかきながら士郎が呟く。
状況は停滞し、四人の表情も暗い。
「しかし、随分と生徒が少ないな」
宿舎の規模に比べて生徒の数が少ない事に斗貴子は気になった。
「あぁ、休みを利用して実家に戻る生徒が多いから。夕方には帰ってくると思うけど」
その疑問にカズキが答える。
斗貴子は顎に手をあて考え事を始める。
「聞き込みだけでは不十分だな……職員室に忍び込んで出席簿を確認してこよう」
「……というか、それが出来るなら最初からそっちの方が手っ取り早くないか?」
斗貴子の案にシンが茶々を入れる。
「下手をするつもりは無いが見つかると厄介だからな。
それでは一時間ほどで戻ってくるがそれまでは自由にしていてくれ」
「うん、とりあえず聞き込みを続けてみるよ」
「でも、さっきと同じじゃあまり意味が無いよな……言葉だけじゃなくて他にも調査材料があれば良いんだけど」
シンの言葉にカズキが手を叩く。
「そうだ!それじゃ、似顔絵を用意しよう。それなら分かりやすい!」
「絵って……誰が描くんだ?」
士郎の問いにカズキが不適に笑う。
「何を隠そう俺は似顔絵の達人だ!!」
その手にはいつの間にか紙とペンが握られていた。

「カズキにこんな特技があったとわ」
士郎がカズキが完成させた絵を見て呟く。
その絵は非常に達者だった。
達者では有るのだが……
「何かこんなコミックあったよな」
それを見てシンが呟く。
その絵は少年漫画誌に載っているとあるマンガの絵柄にそっくりだった。
とりあえず特徴を挙げるのならば非常に濃い。
「よしコレを元に探そう!」
「……見つかるかなぁ?」
「……どうだろう」
意気揚々のカズキとは逆にシンと士郎は逆に本人から遠ざかった気がした。
既に斗貴子は既に職員室に集積簿を確認しに行っている。
三人はカズキの絵を頼りに聞き込みを開始した。


桜田家
ローゼンメイデンの第五ドールである真紅が暮らしている家。
nのフィールドに行くために霊夢と翔がその家にやって来ていた。
玄関の呼び鈴を鳴らすと少女が一人、ドアから出てくる。
「えっと……どちら様でしょうか?」
高校生ぐらいの少女は霊夢の姿を見て若干引いている。
それもしょうがない。
巫女らしき服を着た少女がいきなり訪問してきたのだ。
理解に苦しむことだろう。
「真紅って人形に会いに来たんだけど。今居るかしら?」
霊夢のその言葉に少女は慌てだす。
「えっえっ!?真紅ちゃんの知り合いって……」
少女は訝しげに霊夢を見ている。
「居るの?居ないの?とりあえず、上がらせてもらうわ」
霊夢はそう言うと少女の横を通って家に上がりこもうとする。
それを少女は腕を引っ張って慌ててとめた。
「ちょ、勝手に入らないで下さい」
「居ないなら中で待たせてもらうわ」
「そういう話じゃなくて」
霊夢の自由な様子に少女は困惑する。
翔はその様子を見て頭を抑えた。
「霊夢……家主が嫌がってるのに勝手に上がるのはまずくないか?」
「こっちじゃそういうものなの?」
不思議そうな様子で霊夢が答える。
「いや……そうだと思うけど?」
翔はそれに自信なさげに答えた。
少女は少女で困惑してあたあたと二人の顔を見ている。
「何か騒がしいと思ったら……昨日の奇妙な人間達だったのね」
そこに声が割り込んでくる。
家の廊下を歩いて真紅が玄関までやってきた。
「居たわね昨日の人形。あのnのフィールドって所に案内しなさい」
霊夢がそれを見て指差し告げる。
「あら結局、この世界は貴方達の居場所じゃなかったのかしら」
「いや、俺たちの世界ではあった」
真紅の質問に翔が答える。
「外の世界は私の世界じゃないの」
霊夢の言葉に真紅は困惑する。
「……意味が分からないわね。少し話でもしましょうか。落ち着いて」
真紅の提案に霊夢と翔は了承した。

桜田家のテーブルを囲み真紅、霊夢、翔は紅茶を飲んでいる。
「……つまり、幻想郷という場所に帰るためにnのフィールドを通りたいって事なのね」
真紅は霊夢の主張を要約して答える。
それに霊夢は頷いた。
「えぇ……それにしても昨日は成り行きで済ましてたけど……その影ってのが私達をnのフィールドに連れ込んだのよね」
霊夢が昨日の件について真紅から詳しく聞いた。
nのフィールドに入ってしまったのは事故ではなく故意で有った事を。
「あの終焉の言葉が本当だとしたらね」
真紅の言葉に翔は終焉の事を思い返す。
自分の事を知っている様子だった少女。
あの時はまともな話もしなかったが再び会うことになれば聞いてみても良いかもしれない。
翔のこと自体を彼女が知らなくても彼女に命令を与える存在について聞いてみれば少しは何か分かるかもしれない。
「一種の妖怪なのかしらね。雰囲気としては似ていたけれど」
霊夢は影を思い返し呟く。
彼らが纏っていた気は妖怪のそれと似ていた。
人を襲うのもそれなら納得できないことも無い。
「あからさまに貴方達に危害を加えるつもりだったみたいだし気をつけたほうが良いかもね」
「私たちと言っても……誰を狙ったかなんて分からないわよ」
霊夢が呟く。
狙われた時点で居た人間は多い。
その中の誰を狙ったかなんて分からない。
それぞれに何かしら持っているので狙われた遠因が有るのかもしれない。
「私としてはそこの貴方が怪しい気がするけれど」
「俺か」
「えぇ、終焉が知っていたのは貴方。ならば、影の目的も貴方の可能性は高いわね。
原因は思いつかないのかしら?」
「全く……」
記憶喪失の翔にそんな記憶は無い。
影についてはこれ以上、話していても不毛となってきた。
「……そう言えば、あんたは何者なんだ?」
翔が真紅に尋ねる。
その言葉に真紅はきょとんとする。
「言わなかったかしら私はローゼンメイデンの第五ドール……」
「それが分からない。ローゼンメイデンって何だ?」
「何も聞かないから知っているものだとばかり思っていたわ。
誰も驚かなかったし」
真紅は以外だという様子で答える。
ただ、驚かなかったのは流石に色々とありすぎて全員の感覚が麻痺していたことが原因なのだが。
「まぁ、私達は一言で言ってしまえば生きた人形よ」
「あんた付喪神だったの」
「違うわ」
霊夢の言葉を真紅は否定する。
「私達はお父様によって命を吹き込まれた人形。
長い年月をかけて動き出した存在とは違うわ」
「生きた人形って……そんなものを作る技術があるのか?」
「一般的には無いわね。そんな高等な技術を持っているのはお父様のみ。
付喪神ではなく意思を持って動く人形はお父様の生み出したローゼンメイデンシリーズの七体。
私の姉妹達のみよ」
つまり、真紅も特殊な存在であると言うことだ。
アンデッド、ホムンクルス、ジュエルシード、幻想郷……
そして、ローゼンメイデン。
この冬木という土地は随分と不思議なものを内包している。
それらを集めやすい何かがあるのかと翔は考える。
「そう言えば今日はあの錬金の戦士は居ないのね」
真紅が突然、話を変える。
「カズキか……あいつは別にやる事があるからな。それがどうかしたのか?」
「いえ、今まで錬金の戦士は私たちを捕まえることに躍起になっていたから。
てっきり、今日私を捕まえに来るのだと思っていたのよ」
「……え?」
錬金の戦士がローゼンメイデンを捕まえる。
その奇妙な言葉に翔の理解は追いつかなかった。


宿舎での聞き込みは結局、何も進展が無かった。
絵を見せてもそんな人物は誰も知らない。
「やっぱり、居ないのかな」
そんな事を話しつつ彼らは中庭の水道の前までやってきた。
そこでは一人の生徒が水道の前でなにやらやっている。
彼にも尋ねてみようとカズキたちは彼へと近づいていった。
「すいません、ちょっと尋ねたい事が……」
カズキは声をかけると生徒は振り向いた。
その顔は病的に青く、今にも倒れてしまいそうに見えた。
「ん……失礼、今、薬を飲むところなんだ。ちょっと待っていてくれないか」
生徒はそう言うと薬を手に取る。
そして、その姿にカズキはぎょっとする。
その薬の数が常識的でなかったからだ。
幾つもの袋が水道の上に置かれていた、そこから何錠も薬を取り出す。
そして、生徒は手の上で山となった薬を水で一気に流し込んだ。
「そんなに飲んで大丈夫なんですか?」
士郎が生徒に尋ねる。
「大丈夫じゃないさ……だけど、こうしないと体がもたないからね」
そして、彼はカズキたちに向き直る。
相対し、その顔を見てシンは思い出す。
あの日、公園の上空で対峙したパピヨンマスクの男の顔を。
顔は確かに隠れていた……
だが、その目は。それだけは間違う事はない。
「離れろ!カズキ、士郎」
シンの言葉に不思議そうに二人が振り向く。
その声に生徒は薄い笑みを浮かべた。
「そいつが創造主だ!」
シンのその言葉に二人は驚いて振り向いた。
「なるほど……お前がのモビルスーツのパイロットだな。
という事はどちらかが錬金の戦士でどちらかが仮面ライダーというところか?」
「違う、カズキは錬金の戦士だけど俺は仮面ライダーじゃない」
「……なんだ、一般人か」
士郎の言葉に創造主は士郎への興味を失う。
「取り囲まれているのに随分と余裕そうだな」
シンがその様子に声を上げる。
「そんな簡単に手を出せない。お前もそう思って居るからこれないんだろ?」
創造主はそう言うとポケットから何かの錠剤を取り出す。
「解毒剤……これが必要なはずだな。だが、これは研究中の事故に備えた一個のみ。
俺を捕まえようとするなら……」
解毒剤……
それが無ければ斗貴子はホムンクルスに変貌してしまう。
もし、握りつぶされてしまえばそれでおしまいだ。
緊張の中、カズキの携帯電話が鳴り出す。
カズキは創造主の動きを警戒しながらその電話に出る。
「もしもし」
「カズキか、見つけたぞ。金曜日まで四日間学校を休んだ生徒を。
3-C、蝶野攻爵。そいつが創造主だ」
「うん……今、俺たちの目の前に居る」
「なに……直ぐに戻る。君たちは奴を逃がさないようにしてくれ」
斗貴子からの電話が切れる。
「女の戦士の方からか?」
「あぁ……」
「……お前、俺に核鉄を渡せ」
「なっ!?」
突然の提案にカズキは困惑する。
「数日の戦いの中で錬金術の結晶の一つである核鉄にも興味が湧いてきてな。
研究してみたくなったんだ。
もし、核鉄を渡してくれるなら解毒剤と交換してやっても良い」
「なに、勝手なことを!」
その提案にシンが叫ぶ。
だが、カズキはそれを手で制す。
「……それで本当に解毒剤を渡してくれるのか?」
「あぁ、核鉄が手に入るなら悪い取引じゃない」
「……分かった」
カズキの言葉にシンと士郎が驚く。
「何を言ってるんだ、カズキ!」
士郎がカズキの肩を掴んだ。
「良いんだ。斗貴子さんが助かるなら……元々は一度、失った命だ。
助けてもらった斗貴子さんに恩返しできるなら構わない」
「バカヤロー!そんな事で斗貴子さんが喜ぶと思ってるのか!?」
士郎がカズキの肩を揺さぶり叫ぶ。
「どういう事だ?」
その様子を不思議に思い蝶野が尋ねる。
「俺は一度、ホムンクルスに殺されているんだ。
その時、斗貴子さんに助けてもらって新しい命を貰った。
だから、核鉄を渡すって事は俺は死んでしまう」
カズキが蝶野の目を見て告げる。
その表所は苦渋に耐えていた。
核鉄は命そのもの。それを渡すことは死ぬ事になる。
斗貴子を助ける為とは言え、それは怖かった。
だけど、他に仲間が居るなら確実に斗貴子に薬は渡せる。
そして、彼女を助けることが出来る。
その為なら自分の失った命を投げ出すことなど覚悟できた。
「分かってるじゃないか!それにあいつが本当に薬を渡してくれるとも限らないんだぞ!」
「だけど……もう、斗貴子さんには時間が無いんだ。ここを逃したら」
士郎は必死にカズキを説得する。
目の前で友が命を投げ出そうとしている様子を黙ってみていられなかった。
しかし、カズキの覚悟は硬い。
その言葉を拒絶し命を渡そうとする。
「なんだと……お前はそんな簡単に新しい命を手に入れたというのか?」
蝶野の様子が一変する。
先ほどまでの冷静な様子とは裏腹に憎悪に顔をゆがめていた。
その様子にカズキは唖然とする。
「俺にその核鉄をよこせ!」
蝶野が両手を広げカズキに襲い掛かる。
その我武者羅な突撃にシンがカズキの前に躍り出てその顔面に拳を叩きつけた。
蝶野はまともにその拳を喰らい、仰向けに倒れる。
そして、シンは空中に投げ出された薬を掴んだ。
「……錬金術師と言っても戦う力は無かったようだな」
シンは空を仰ぎなら気絶する蝶野を見下し呟く。
対峙した瞬間からある程度は感づいていた。
蝶野に戦闘経験が無い事を。
そして、隙だらけの突撃にカウンターを決めたのだ。
決して対処できないとふんで。
唖然としているカズキと士郎。
そこに斗貴子が駆けつけてくる。
「既に終わっていたか」
その様子を見て斗貴子が呟く。
「斗貴子さん、これ」
そんな彼女にシンが薬を差し出す。
斗貴子は怪訝そうに薬を見る。
「……これは解毒剤ではないぞ。虫下しじゃあるまいし、本物は本体に直接ぶち込む注射タイプだ」
「えぇ!」
その言葉にカズキが驚きの声を上げる。
「だから、止めろって言ったんだ」
そんなカズキに士郎があきれ果てた様子で告げる。
「……ゴメン」
カズキは士郎に素直に謝った。

蝶野攻爵
海外交易で名を上げた名士の家系であり、現在も裕福な家庭で生まれている。
幼い頃より天才的な頭脳を持ち、五教科で五百点満点。
IQ230の天才。
学園始まって以来の天才として有名だったが突然、謎の病気を発祥。
手の施しようもなく入退院を余儀なくされる。
その為に二年留年。
既に医者は匙を投げ、先生も親もその存在を見放した。
生徒もその存在を忘れ、知る者は殆ど居ない。
斗貴子が調べ上げた蝶野攻爵の個人情報。
それを聞きカズキたちは複雑な表情を浮かべる。
「天才か……だとしても、貴様は一体、どこで錬金術の知識を手に入れた?」
斗貴子が蝶野に尋ねる。
場所は蝶野の宿舎での部屋。
薄暗くジメジメとした空気を出している。
「ひいひいじいちゃんの研究日誌を見つけてね。後は全部、独学さ」
蝶野はその問いに素直に答える。
「ジュエルシードはどうやって見つけた?何か探知方法でも持っているのか?」
次に質問を投げる。
ユーノの話ではジュエルシードの発見はかなり困難を極める。
発動しなければその魔力の捜査も難しい。
だが、知っている限りでは蝶野の配下であるホムンクルスが二体、ジュエルシードを所持していた。
「特に何も。アレがこっちの手に転がり込んできたんだ。
まるで使って欲しいとでも言わんばかりにね」
「本当か?」
「嘘じゃないさ。それに異世界の魔法なんていうものは俺の分野じゃない。
確かに俺は天才だがほとんどゼロの状態で対策なんて立てられないね」
蝶野の言うことは最もだ。
その文明に精通しているユーノが困難なのだ。
魔法についての知識を持たない蝶野がそれをなすのはほぼ不可能だろう。
「不治の病……それを治すために錬金術を使ったって言うのか?
なら、何でホムンクルスなんてものを作ったんだ!?」
士郎が尋ねる。
確かに錬金術ならば薬の精製法もあるだろう。
だが、その過程でホムンクルスが必要になるとも思えなかった。
「その疑問ならこの部屋に入ってわかった」
蝶野ではなく斗貴子が答える。
そして、視線で部屋においてあるフラスコを指した。
そこにはホムンクルスの幼生体が培養されている。
「ホムンクルス……だけど、ホムンクルスになったら元になった人間は死ぬんじゃないのか?」
「通常ならな……だが、一つだけ宿主の精神を殺さずにホムンクルスになる方法が存在する。
寄生される本人の細胞を使って培養されたホムンクルスは宿主の精神を殺さずに融合する」
「そう、それこそが人間型ホムンクルス。超人になる方法だ」
蝶野が笑みを浮かべ答えた。
「何が超人だ!結局、ホムンクルスなんだろ。
何人も犠牲を出して、その上、人を食べてまで生きたいのか!?」
カズキがその話に怒りを爆発させる。
既に何人もの犠牲者が出ている。
いくら死ぬのが怖いからとは言え、他人の命を脅かして良いものではない。
「生きたいね。お前は生きたくないのか?だったら、その拾った命を捨てて死んだままになったらどうだ?」
「それは……出来ない。だけど、他の人を犠牲にするやり方なんて間違っている」
「だったら、俺に死ねというのか?」
蝶野の言葉にカズキは目を見開く。
確かにその企みを止めると言う事は蝶野を殺すということだ。
「死んでしまえ!」
そんなカズキと違い斗貴子は無情な宣告をする。
その目に情の一片など存在しない。
それと同時に武装錬金が展開された。
バルキリースカート……処刑鎌の武装錬金が静かに振り上げられる。
「幼生体を破壊すれば全て終わりだ」
蝶野の目的、それを破壊する為に。
「止めろ!止めてくれ!後、一日で完了するんだ!」
蝶野が飛び出すがそれを士郎が受け止める。
「お前の言い分など関係ない。ホムンクルスは全て破壊する……」
振り下ろそうとした瞬間、強烈なプレッシャーが部屋全体にかかる。
そして、次の瞬間、天井を破壊し、何かが飛び込んできた。
「創造主に危害を加えるのは貴様達か……」
オオワシのホムンクルス、鷲尾。
蝶野のホムンクルスで最強の存在がカズキたちの目の前に立ちふさがる。
人間体だというのにその威圧感は凄まじかった。
「お前は!」
その存在を見てシンが叫ぶ。
あの日、インパルスを軽くあしらった強敵。
姿はホムンクルスではないがそれ以外にありえない。
「ははは!残念だったな。鷲尾は強いぞ。
人間型ホムンクルス完成の為の実験に過ぎない他のと出来が違う」
蝶野は鷲尾の登場に余裕を取り戻す。
それだけ彼の力に信頼を置いているのだろう。
蝶野はフラスコを回収し、そそくさと走り出した。
「まずい、逃げられる!」
シンが叫ぶ。
だが、鷲尾を前に追いかけることは出来ない。
それを出来る隙が彼に無かった。
「斗貴子さん、皆。俺がホムンクルスの相手をするから創造主を追ってくれ」
「何を言ってるんだ?」
「この距離なら俺の武装錬金の方が速い」
カズキが言う。
こと、直線のスピードにおいてカズキの武装錬金は相当なものだ。
いくら機動性が高いとは言え、地上の建築物内ならカズキの方が上手のはず。
「そうだな」
斗貴子はそう判断し、シンたちと共に蝶野を追おうとする。
「なめられたものだな」
カズキが反応するよりも早く、鷲尾の腕がカズキと斗貴子を掴んだ。
その腕はホムンクルスに変形している。
「腕だけ!?」
部分だけの変形。
それは今までのホムンクルスはしてこなかった攻撃だった。
「……モビルスーツのパイロット……お前は攻撃してこないのか?」
鷲尾がシンを見る。
カズキと斗貴子を除けば現状、鷲尾と戦えるのはシンしか居ない。
だが、シンは現在、戦う為の力がない。
「顔色も悪く、呼吸も乱れている……分かったぞ、貴様、万全な状態ではないな」
一瞬にして看破される。
インパルスが無くてはシンは鷲尾と戦うことは出来ない。
「だが、四人か……」
いくら、鷲尾が強くても一気に四人を足止めできるものではない。
一人でも取り逃せば創造主が捕まる可能性は高い。
「……!?この気配は……なるほどな。創造主はどうやら、悪運は良いようだ」
鷲尾は何事か呟くと飛び上がった。
そして、超高速で上空へと飛び上がっていく。
「逃げた!?」
「違う、確実に戦力になる二人を引き離したんだ」
この場の四人なら最大の戦力である二人を逃がした。
だが、創造主を追うなら別に二人の力は要らない。
その行動は不可解だった。
だが、突如として外から悲鳴が聞こえてくる。
「何だ!?」
外を見るとそこには一体の怪物が歩いていた。
蜘蛛のような外見をした怪人。
それはアンデッドだった。
「あいつらが呼んだ……違う。あいつが来たのを知って逃げたのか」
創造主を追うのは簡単だ。
だが、この宿舎でホムンクルスが暴れれば剣崎が来るまでどれだけの犠牲者が出る。
「……くそ!士郎!生徒を逃がすぞ!」
「あぁ、分かってる!!」
二人は創造主を追うことを諦めスパイダーアンデッドに向かっていった。


翔は霊夢と真紅に付き合いゆっくりとした時間を過ごしていた。
そこに電話の着信音が鳴り響く。
「電話?」
翔はなれない手つきで電話に出る。
画面にはシン・アスカと表示されていた。
「翔か!?今、何処に居る!?」
「昨日会った真紅の家」
「はぁ!?何でそんなとこに居るんだ。とにかく、こっちは人手が足りなくて大変なんだよ!」
「何があったんだ?」
「創造主は発見できた。だけど、カズキと斗貴子さんがホムンクルスに攫われちまった。
俺と士郎は宿舎に現れたアンデッドから生徒を逃がしてるところだ」
「分かった。カズキたちを助けに行けば良いんだな?」
「本当は創造主を追ってほしかったけど今からじゃ行方が分からないか……
とりあえず、それで良い。二人は西に連れて行かれた。多分、山だ。
足止めするつもりだから結構、奥の方まで連れて行かれたかも知れない」
「分かった。やるだけやってみる」
翔がそう言うと電話が切れる。
シンの声と一緒に泣き叫ぶ生徒の声も聞こえてきた。
今頃、宿舎は阿鼻叫喚になっているのだろう。
そんな状況でゆっくりしていた自分を不甲斐なく感じたがそんな場合ではない。
翔は紅茶を飲んでいる霊夢の方を向く。
「霊夢、頼みがある」
「何よ……声は聞こえてきたけど」
「だったら早い。カズキたちを助ける協力をしてくれないか?」
「ホムンクルス……人間が造った人間を襲う化け物ね……
良いわ。お世話になってるし、人を襲うものを退治するのが私の仕事だからね」
霊夢はそういうと立ち上がる。
「色々と大変そうね」
「あぁ、今日は突然、押しかけてすまなかった」
真紅の言葉に翔が答える。
「別に構わないわ。それじゃ、また会いましょう」
真紅と軽く別れの挨拶をするとドタバタと家から出て行く。
「……妙な人達だったわね」
桜田のりは彼らを指してそう評した。
「えぇ、でも戦う勇気を持つ立派な人間達よ。
完全ではない……だけど、強い心を持っているわ」
真紅は彼らの話から彼らをそう評した。
人間を襲う存在に対し命がけで戦う。
まるで御伽噺の英雄のような存在たちだと彼女は思った。


山奥
どことも分からない人里から離れた場所でどうにかカズキたちは脱出できた。
だが、劣勢だった。
最初の対峙でその実力は完全に察した。
今までのホムンクルスとは一線を画す力を持っている。
単純なパワーならジュエルシードと融合したホムンクルスのほうが上だろう。
だが、それ以上に鷲尾は技術を持っていた。
攻撃は受け流され、手玉に取られてしまう。
一時的に離脱し対策を練る事になった。
「シンたちは創造主を追えたのか?」
斗貴子が電話でシンと連絡を取ったカズキに尋ねる。
「それが宿舎にアンデッドが出たらしくて」
「そうか……運が悪いとしか良いようが無いな」
アンデッドがホムンクルスに協力しているとは考え辛い。
所詮、人間の派生であるホムンクルスを援護する理由がアンデッドに無いからだ。
何か考えがあるかとも限らないが現在の情報でそれは分からない。
「それで翔となのはが助けに来てくれるって」
「私達よりも先に創造主を確保してもらいたかったが……
いや、今までの流れを考えるにあいつもジュエルシードを持っている可能性があるか」
「……創造主は見つける手段は無いって言ってたけど」
「多分、それは嘘じゃないだろうさ。だが、転がり込むように手にしたとも言っていた。
誰かが創造主にジュエルシードを渡しているとも考えられる」
「一体誰が?」
「それは分からない。だが、とてもじゃないが今までの件が偶然とは思えない。
何かしらの思惑が絡んでいるはずだ」
「……それなら無茶しないで皆が来るまで待とう」
「時間は無いが……今はその方が確実か。
ジュエルシードは下手になのは以外が手を出すとどうなるか分からないからな」
ブレイドのライトニングブラストとの激突で幻想郷に転移したように何かがあるかも知れない。
そうであればあまり不測の事態は起きないようにするに越した事は無い。
二人が話していると上空よりプレッシャーが迫る。
「見つかった!?」
「ちっ、逃げるぞ!」
二人は一斉に駆け出すがその前方に鷲尾が着地する。
「逃がさない。先ほどの一戦で力は見定めた。お前達では俺には勝てん」
既に腕だけはホムンクルス形態を取っている。
やる気は十分という様子だった。
二人が身構える。
だが、戦いが始まるよりも先に何かが鷲尾の背中で爆発した。
「増援!?」
鷲尾は突然の攻撃に困惑する。
そして、空を見上げるとそこには黒い影が一つ浮いていた。
その影から何かが飛び降りる。

山の上空
箒にまたがった魔理沙と後ろに乗り魔理沙にしがみついているなのはの姿があった。
「は、速い……」
なのははここまで来たスピードに若干、目を回している。
「これでも幻想郷じゃ速い方だからな」
嬉しそうに魔理沙はその言葉に答える。
「もう、戦いが始まってるみたいだよ」
ユーノがなのはの肩から身を乗り出して叫ぶ。
「本当にあいつがジュエルシード持ってるのか?」
「た、多分」
「多分って……まぁ、良いさ。そん時はそん時だ」
「それじゃ、行きます!」
なのははそう叫ぶと意を決して箒から身を投げ出す。
空中で落下しながらレイジングハートに握り締めた。
「レイジングハート、セットアップ!」
輝きに包まれ一瞬にしてなのはの姿が変わる。
そして、空中で停止し、杖を地上のホムンクルスに向けた。
「この位置なら外さない」
レイジングハートは砲撃モードに切り替えるとディバインバスターを発射する。
魔力の砲撃が地上目掛けて降り注いだ。

「なに!?」
突然の砲撃に反応できず、鷲尾は直撃を受ける。
だが、ディバインバスターの一撃は鷲尾を貫くまでには至らなかった。
「今だ!」
その隙を突いて、カズキが突撃する。
「ジュースティングスラッシャー!」
飾り布のエネルギーを放出し、一気に加速する。
だが、その突撃は鷲尾の羽根に受け流された。
「くっ!」
しかし、完全に受け流しきれずに羽根の先端がかける。
鷲尾はこのままでは不利だと悟り、空中に上昇した。
「行かせない、ディバインシューター!!」
上昇する鷲尾に対してなのはが魔力弾を放つ。
無数の機動を描き、襲い来るそれを鷲尾は不規則な機動で回避した。
「速い!」
ディバインシューターは誘導弾である。
なのはの意思で機動を変化させるがその動きを完全に読まれ回避しつくされる。
そして、そのままなのはに向かって飛んできた。
「まずは砲撃手から潰す」
鷲尾は爪を振り下ろす、なのははそれを回避するが即座に攻撃が飛んできた。
回避し続けるも次第に追い詰められ、爪をレイジングハートで受け止める。
だが、衝撃になのはの体が弾き飛ばされた。
「接近戦は苦手なようだな」
鷲尾は一瞬の戦いからそれを悟り、一気に決めるべく間合いを詰める。
「残念だけど邪魔させてもらうぜ」
声と共に魔理沙が鷲尾の眼前を通過する。
それと同時に星型の魔力弾を設置して行った。
鷲尾はそれに阻まれ加速を止める。
「魔符【スターダストレヴァリエ】」
そのまま縦横無尽に鷲尾の周りを飛行し、星の弾幕で包み込む。
「捕らえられた!?」
鷲尾は周囲を見渡すが彼が通れるほどの隙間はもう無い。
唯一、彼の下方を除いては。
「罠か……なら!」
鷲尾はそれを罠だと悟り、強引に星の中を押し通る。
星の一つ一つは大した威力も無く、ほとんど傷も無く鷲尾は外へと飛び出した。
「残念だけど……そこもハズレよ」
鷲尾はその声の方を向く。
その声の主は更に上空に居た。
スターダストレヴァリエの監獄が見渡せる位置。
下方以外から脱出したものを監視するように。
その声の主……博麗霊夢は周囲に霊力の塊を出現させる。
「霊符【夢想封印】」
無数の霊力弾が鷲尾目掛けて降り注いだ。
その衝撃に鷲尾は遂に墜落する。

「くっ……強い」
幾ら数が多くても完全に推されていた。
特に上空からの少女三人による遠距離攻撃は厄介極まりない。
特に鷲尾のような近接タイプとは相性が悪かった。
「多勢に無勢かもしれないけど……俺たちは負けられないんだ」
そこにカズキがやってくる。
「そんな事は気にしていない。元来、人間は群れる動物だ」
鷲尾は立ち上がる。
何度か攻撃は受けている。
だが、どれもこれも軽い。
致命傷には至っていない。
「今のような攻撃では俺を倒すことは出来ない」
鷲尾は大きく翼を開く。
まだ、力は十分に残されている。
「みたいだな。アレだけやってもこの程度とは。ホムンクルスってのは随分と丈夫なんだな」
魔理沙をはじめとして皆がその場に集まる。
「ここで時間をかける訳には行かないな。全員で一斉に行けば奴とてただでは済まない筈だ」
斗貴子の言葉に全員が頷く。
「ならば、それよりも先にお前らを倒すのみ!」
「そうは行かないわ」
鷲尾が駆け出すよりも早く霊夢が鷲尾の背後を取る。
その行動は鷲尾に目に映らなかった。
まるで瞬間移動したかのように突然、背後に現れた。
「夢符【封魔陣】」
一瞬にして陣を形成し、鷲尾の動きを封じ込める。
「今だ!」
カズキと斗貴子が駆け出す。
そして、結界を突き破り、そのまま鷲尾の体を貫いた。
「ぐっ……やらせるものか。今、お前達を逃せば創造主が……」
「ゴメン……だけど、パピヨンマスクは俺たちが止める!」
カズキの叫ぶ決意に鷲尾は気おされる。
そして、気づく。
今のままではこの者たちに勝てないということに。
「……そうか、ならば。創造主より渡されしアレを使うしかない!」
鷲尾が叫ぶと突然、その体が光りだす。
「まさか、ジュエルシード!そんな君たちはそれが制御できるのか?」
ユーノはその様子に叫ぶ。
つまり、今までジュエルシードを持ちながらも発動していなかったということだ。
彼らが知る限りそんな事はありえない。
「制御……などというものではない。だが、蛙井が花房がそうだったように。
本能を超える望みを持てば力は発動する。
その時、もはや俺は俺でないだろうがな」
鷲尾の体が脈動し、膨張していく。
その衝撃にカズキと斗貴子、そして霊夢が弾き飛ばされた。
「望みを適える……ジュエルシードがホムンクルスの望みを適えようとしてるって事?」
「そんな、彼らはジュエルシードに選ばれたとでも言うのか?」
なのはとユーノは変質していく鷲尾を眺め呟く。
「戦士たちよ。何故、貴様達は創造主を否定する?」
「そんなの!?当然じゃないか。何人もの人間を犠牲するようなことを見過ごせる訳が無い」
鷲尾の突然の質問にカズキが答える。
カズキの信念の上で創造主がやろうとしていることは許せるものではなかった。
多くの命を犠牲にするという行為をどうして見逃せようか。
だが、カズキの言葉に鷲尾は眉をひそめる。
「生き延びようとする意思は生命が持つ本能だ。
全てを全うして生きようとする心。
それは当然の行為であり、咎められるものではない」
鷲尾がカズキを否定する。
だが、その声は徐々に変質していった。
その姿が巨大な怪鳥へと変貌していくように彼自体の存在が変わる。
ジュエルシードと融合した鷲尾は蛙井や花房の比ではない威圧感を放っていた。
圧倒的な魔力のプレッシャー。
その重苦しく、全てを吹き飛ばすような波動にカズキたちは気圧される。
「生命が生きる事こそ真理。
それは太古の昔より定められしこと。
生きる為の渇望こそが全ての事象より優先される。
破滅を回避する為には最も強き魂の波動が必要とされる。
どこまでも貪欲に生を得ようとする者こそがこの時代に必要なのだ。
他者の為に命を投げ出す弱き者は必要ない。
選ばれし者を邪魔するというのであれば……その障害を排除する!」
怪鳥から強力な魔力の波動が生じる。
それは地面を抉り、木々をなぎ倒し、カズキたちを吹き飛ばした。
「ぐっ……なんて力だ。今までのホムンクルスと全然違う」
カズキは武装錬金を杖代わりに立ち上がる。
たった一撃で体の芯から痺れるほどの衝撃。
まともに立つの辛いほどに痛みが奔る。
「それに何か言ってることも変。あのホムンクルスの言葉とは思えない」
なのはは変貌した鷲尾の口から出た言葉に違和感を感じた。
あの言葉が鷲尾から発せられているのではなく別の意思を感じる。
「ジュエルシード自体が話してるとでも言うの。だとするとあの創造主はジュエルシードに選ばれたって言うこと?」
「そんな事ってあるの?」
「良く分からない。僕は遺跡であれを見つけただけだし。何か願いを適えるものって言うことは解明できたけど」
「願い……生きる為の欲求」
ユーノの言葉に翔が反応し呟く。
「他者も何もかもを二の次にし生きようとする創造主の願い。
それを適えようとしているのかもなジュエルシードは……」
「それじゃ、創造主が生きたいという願いを適えるためにジュエルシードは集まってるって事」
「かも知れない。多分、あの街でアイツの願いが一番強かったんだ。
ただ純粋に生きたい。それだけの願い。ジュエルシードに意思があるんならそれを選んだのかも……」
ジュエルシードはただ生きたいという創造主を手助けしている。
選ばれた存在だというなら全てのジュエルシードが明確に敵に回ってくるという事になる。
事実、既に配下のホムンクルスに力を与えるという形で彼に協力している。
彼が言うとおりに自然に集まってくるのも彼に手を貸すためなのかも知れない。
アンデッドが割り込んでくることすらもジュエルシードが影響を与えているのかも知れない。
運命という流れすら創造主に協力しているように感じられた。
それでなくても前にたたずむ強力な力は彼らから戦う心を奪っていく。
空は歪み、雷雲が立ち込める。
まるで荒野と化した地面の上に滞空するそれは世界を破壊する悪魔のように見えた。
「だったらどうだって言うんだ!」
カズキが叫ぶ。
その言葉に皆は一斉にカズキの方を向いた。
「確かに生きたいっていう思いは否定しない。
俺だって死にたくないし、皆と一緒に生きて行きたい」
カズキは上を向き、怪鳥を睨みつける。
その顔に怯えはない。
怒りとも違う、強い意志が宿っている。
「だけど!人には死んでもやらなきゃいけない事と死んでもやっちゃいけない事がある!
他を犠牲にしてでも生きることをジュエルシードが認めたからって……
俺はそんな事を許したくない!」
カズキの武装錬金が輝きを放つ。
暗く染まった世界を照らし出すように山吹色の輝きが放たれた。
その輝きに照らされ、皆の顔にも活力が戻っていく。
「そうだな。あんな人を襲うような物騒なモノが認めた奴なんか倒しちまおうぜ」
翔が立ち上がり構える。
その光はまるで希望の光に感じられた。
「うん、誰かを悲しませるような願いなんて適っちゃいけない」
なのはが
「そもそも、危険なものなんて野放しにして良いものじゃないわ」
霊夢が
「それじゃ、とっとと黙らせて奪い取っちまうとしようか」
魔理沙が立ち上がる。
カズキの言葉は圧倒的な力に打ちひしがれた心に火を灯した。
「(綺麗な山吹色の光……太陽光のように暖かい……)」
斗貴子は立ち上がり、カズキから放たれる光を見る。
心のそこから熱くなって行くような強い光。
それを見ているだけで力が湧き上がって行くようだ。

「愚かな……弱い心ではこの先を生きてはいけない。
いずれ全てが破滅する。
その瞬間、貴様らのような弱い意志は邪魔なのだ」
ジュエルシードに取り込まれた鷲尾はカズキに目掛けて魔力を放射する。
純粋な力の衝撃波は大地もろともカズキを砕かんと襲い掛かる。
だが、その目前に霊夢が躍り出る。
そして、その眼前に符を用いて結界を生み出した。
衝撃波は結界に阻まれ四散する。
「そんな禍々しい気を認める訳にはいかないわね。ここで封印させてもらうわ」
そして、そのまま夢想封印を放つ。
無数の霊力の塊が鷲尾に襲い掛かるがそれを羽根を飛ばして撃墜する。
「弱い……その程度の力で今の私を封印することは不可能。
貴様らは強者の糧となる運命は必須。
何ゆえに抗う」
夢想封印を撃退した羽根をそのまま、浴びせかけ攻撃する。
無数の羽根は霊夢の結界を突き破り、大地に降り注いだ。
皆は何とか直撃を回避するが衝撃にダメージを受ける。
「……今までのジュエルシードよりも強い。元になった生物の違いでここまで強さが違うなんて……」
ユーノが空に浮かぶ凶鳥を見上げ呟く。
「このまま護っていてもダメだ……なのはちゃん、魔理沙ちゃん。援護を頼む」
カズキが立ち上がり叫ぶ。
「……分かりました。カズキさんの武装錬金に託します」
「ちゃん付けは止めてくれ。まぁ、手伝うさ。生き残りたいからな」
なのはと魔理沙が鷲尾に狙いを定める。
そして、魔力を全開にしていく。
高まる魔力に鷲尾の注意が二人に向く。
「小ざかしい」
そして、羽根が二人に向かい振りそそぐ。
「させるかよ!」
「これ以上はやらせん!」
翔と斗貴子が二人の前に立ち、羽根を撃墜する。
だが、完全にさばき切れず、二人の体は切り裂かれ、血が舞う。
「斗貴子さん!?天さん!?」
「構うな。君は奴に一撃を入れることだけを考えろ!」
注意がそれるなのはに斗貴子が一括する。
その言葉を受けてなのはは前を向いた。
「魔理沙さん。いきますよ」
「あぁ、準備は完了だ」
二人がレイジングハートとミニ八卦炉を構える。
二つの魔道具に集中した魔力が唸りを上げる。
「ディバインバスター!」
「マスタースパーク!」
二つの魔力の砲が一斉に解き放たれた。
光の帯は真っ直ぐに鷲尾を捕らえる。
降り注いだ光は焦点で一つとなり、その破壊力を増大させていく。
「この程度……うおおおお!!」
その一撃を鷲尾は全力で受け止める。
魔力と魔力が衝突し、世界を震わせていく。
数秒の照射。
光が消え去り、そこに鷲尾の姿が残った。
体の中心に巨大な破壊痕が残る。
だが、その姿は健在だった。
「……残念だったな」
見る見るうちに鷲尾の体が再生していこうとする。
だが、鷲尾の目に映ったのは勝ち誇ったなのはたちの顔と
「エネルギー全開!!」
太陽の光だった。

カズキの武装錬金は飾り布をエネルギー化する特性がある。
通常はそれを推力に利用し、槍本体が持つ威力を増加させるだけだ。
だが、飾り布のエネルギーはそれ自体にも破壊力を持っている。
それを照射するだけで小型のホムンクルスを撃破するほどに強力なエネルギーが。
槍とエネルギー……二つの力を直接叩き込めば、それはカズキの武装錬金が持ちうる最大の破壊力になる。
カズキはその方法を実践した。
槍に飾り布を巻きつけ、そのエネルギーを破壊と推力の両方に使用する。
本体全体がエネルギーを持つことによりカズキもその影響を受ける。
だが、それがもたらす威力は絶大である。
「ジュースティングクラッシャー!!」
カズキはその体の全てを山吹色の光に包み込み、閃光の如く鷲尾を貫く。
なのはと魔理沙の一撃に力をほとんど出し尽くした鷲尾はそれを止めることは出来ず。
その体を太陽の光に刺し貫かれた。

鷲尾の体はジュエルシードから解き放たれ、崩壊を始めていた。
「私は……負けたのだな」
鷲尾は空を仰ぎながら呟く。
その言葉は先ほどまでとは違う命を持つ者の声だった。
「あぁ、俺たちが勝った」
カズキが鷲尾に告げる。
「こんな事を言える義理ではないのは分かっている。
だが、一つだけ頼みがある。
創造主の命を奪わないでくれないか?」
「もちろんだ。元々、俺は殺すつもりなんて無い」
その頼みにカズキが答える。
カズキは人を殺すつもりなど無かった。
それが錬金術で人を犠牲にした存在であったとしても。
話し合いも出来ない怪物でなければ命を奪って断罪するつもりなどは無い。
罪を償わせる。
それだけで十分だから。
「そうか……それを聞いて安心した。
不思議なものだ。安心できる死があるとはな……」
鷲尾はそういい残し、消滅していった。
後に残ったのは輝きを失ったジュエルシードのみ。
「……この人はただ、自分の主が大切だったんだね」
なのはは最後の言葉を聴いてもどかしい気持ちになる。
戦い、殺し合いをした相手に感傷を抱いていた。
それはカズキも同じようでその顔に元気は無い。
「……とりあえず、ジュエルシードを封印してくれ」
翔がなのはに告げる。
なのはは頷いてレイジングハートをジュエルシードに向けた。
レイジングハートにジュエルシードが吸い込まれる。
「それじゃ、急いで街に戻ろう」
翔の言葉に全員が頷く。
「あぁ、早く戻ってパピヨンマスクを確保……くっ!」
斗貴子が突然、顔をしかめその場に座り込む。
「斗貴子さん!?」
カズキが驚き斗貴子に駆け寄る。
「大丈夫だ……だが、そろそろ限界のようだな」
斗貴子は抑えていた首筋から手をどかす。
そこにはホムンクルスの触手が除いていた。
「そんな!?もう、ホムンクルスに!?」
「もって今日中だな……」
「それなら斗貴子さんを先に帰さないと……」
「いや、私は後で良い。それよりも戦えるものを先に戻してくれ。
剣崎さんが居るとは言え、アンデッドが出ていたのではどこまで余力を残しているか分からない」
味方内で戦える者はほとんどこの場に集まっていた。
いくら、蝶野に戦闘力は無いとは言え。
何の力も無い者たちだけでは不安が残る。
「それじゃ、カズキとなのはか。霊夢と魔理沙……すまないけど。二人を街まで運んでくれないか?」
翔が二人に頼む。
空が飛べる二人なら山を越えるのも楽だ。
事実、なのはと翔は二人に乗せてもらってここまで来ている。
「翔はどうするんだ?」
「俺は斗貴子さんを連れて行くよ。時間はかかるけど今日中には辿りつけるさ」
既に日も落ちようとしている。
タイムリミットはほとんど無いといっても良い。
「シンと剣崎さんには俺から連絡するから」
カズキとなのはが頷く。
もはや問答している時間も惜しい。
「まったく、人使いの荒い連中だな。報酬はちゃんと出るんだろうな」
「そうよね。どれだけ私達に貸しを作っているか分かっているわよね」
魔理沙と霊夢も文句を良いながらも断りはしない。
「とりあえず、ホムンクルスの件が片付いたらという事で」
「それじゃ、斗貴子さん。行ってくる」
なのはが魔理沙の箒に乗り、カズキが霊夢にしがみ付く。
「重いわね……」
「ゴメン」
「まぁ、街までなら何とかなるわ」
霊夢と魔理沙が飛び上がり、冬木を目指して飛んでいく。

太陽は沈み、月が輝きだす。
夜の闇が支配する世界。
この日、一つの戦いの終わりが近づいていた。
それは運命の交差路。
武藤カズキと蝶野攻爵……二人の運命がぶつかり合おうとしている。
その先は月のみが知っている。



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