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「貫け!!俺の武装錬金!!!」
飾り布のエネルギーを全開にし、カズキが扉にチャージを仕掛ける。
だが、扉は全くと言って良いほどに傷つかず、カズキの体が弾き飛ばされた。
「あたたた……」
弾かれた衝撃でベッドに頭を打ち、カズキは頭をさする。
「……一体、どうなってるんだ?」
カズキは弱り顔で呟く。
気づけばカズキはこの部屋に居た。
前面真赤な洋室。
目が痛くなるような部屋でカズキは眼を覚ました。
倒れる前に一緒に居た仲間はおらず、仕方無しに扉を叩いて叫んだ。
だが、待てども一向に開く様子が無く。
仕方無しにぶち破ろうと体当たりをしても無意味。
遂には武装錬金を持ち出して破壊しようとしたのだがそれも失敗に終わった。
「俺の武装錬金が扉一つも破れないほど弱い……!?」
衝撃的な言葉を呟くが何度かホムンクルスやアンデッドを傷つけている自分の武装錬金が普通のドアを破れないとも思えない。
だと、すれば木製に見えて実はとんでもない合金なのか……
「……魔法?」
なのはが防御するときに放っている光の壁を思い起こす。
ああいう力を扉に施せば頑丈になるのではないか。
カズキはそんな事を考えていた。
だからと言ってカズキにどうこうできる問題ではないのだ。
首を捻り、うなり声を上げながらカズキが考え込んでいると突然、扉が開いた。
「ん?」
それに気づいてカズキが扉の方を向く。
そこには赤い髪をした小さな少女が立っていた。
「あの……パチュリー様がお呼びです」
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第七話「運命を刻む音」
カズキは赤い髪の女の子に案内されて巨大な図書館を訪れていた。
「うわぁ……こんなにいっぱい本があるのはじめて見たな」
見渡す限り本、本、本……
無数に立ち並ぶ本棚の数々。
通路を少し覗き込んでも先は見えず、本棚だけが続いている。
あまり本を読まないカズキは薄暗くかび臭い事もありいい気分ではなかった。
「何せこの世界のありとあらゆる本が存在しますからね!」
少女が誇らしげに語る。
何処と無くうれしそうであった。
カズキは珍しそうに周囲を見渡していると視界にふと、金髪の少女を見かける。
「女の子?」
カズキが呟くと前方の少女がビクリと体を震わせ立ち止まる。
そして、油切れのゼンマイ人形のような動きで首をカズキに向けた。
「……それって金髪でした?」
「金髪だったよ」
「そ、それであの、サイドテールでしたか?」
「サイドテール?」
「あの、こう片方の髪を結わえている」
「いや、普通のロングだったな。多分」
そこまで聞くと少女は重いものを吐き出すように息を吐いた。
「まさか、妹様が居るのか思いましたよ……その方はパチュリー様のご友人です。
お気になさらないで下さい」
少女が告げるがカズキは元々、見かけたので呟いただけで興味があったわけではない。
ただ、少女が恐れているらしい妹様なる人物は若干、興味が湧いていた。
「アレが……パパと一緒の……」
本棚の側面に背中をかけて金髪の少女が呟く。
「貴方が館の前で倒れていた外来人ね」
椅子に座り本を読んでいた少女が眠たげな眼をカズキに向ける。
紫の長い髪をした少女だ。
「……そうなの?」
カズキは隣のここまで案内してくれた少女に尋ねる。
その反応に赤い髪の少女はすっころびそうになりながら彼の問いを肯定する。
「まぁ、外来人に外来人と言って通じるわけ無いものね」
「はぁ……とりあえず、この館では外から来た人を外来人って呼ぶって事でいいのかな?」
「いえ、違うわ。この館ではなく、この世界の外から来た人の事を外来人と呼ぶのよ」
「世界の外……?って、ここって地球じゃないの!?」
「いえ、地球よ……随分と突飛な事を言い出したわね」
「いや、知り合いに異世界から来たフェレットがいるから。
もしかしたらそのフェレット……ユーノって言うんだけど。
ユーノの世界に来ちゃったのかなって思ってさ」
そのカズキの言葉に二人は沈黙する。
そして、少しの間を置いて紫の髪の少女が立ち上がる。
「その話……詳しく聞かせて貰えないかしら!」
眠たそうな眼が若干、輝いているように見えた。
カズキがユーノについて知ってる限りの事を話す。
「なるほど……貴方の話だと中途半端すぎて気持ち悪いわね」
だが、カズキ自身がユーノとその世界について詳しくないために余り説明にならなかったことを少女は不満に感じていた。
「本人に直接聞ければ良いんだけど……」
「でも、フェレットが一緒に居たという話は聞かないわね……
小悪魔、咲夜が持ってきた食事にフェレットの肉なんて入ってたかしら?」
「え?私はフェレットを食べたこと無いので分かりませんけど
とりあえず、今日の夕食にお肉は無かったと思いますよ」
いきなりの不穏な会話にカズキは若干引いている。
「そう……そう言えばそのフェレットって幻想郷に来る直前も一緒に居たの?」
「一緒に居たけどって……幻想郷?それが君がこの世界って呼んでる場所の事なの?」
カズキの言葉に少女は思い出したように手を叩いた。
「説明を忘れていたわね。
貴方の言うとおりよ。ここは幻想郷。
外の世界で忘れ去られた者たちの楽園よ」
「まぁ、具体的には妖怪が多いわね」
神社の中、コタツを囲って霊夢が翔に説明している。
この世界、幻想郷について。
「……結界で阻まれた異世界ねぇ」
今一、ピンとこないという様子で翔が呟く。
「結界を挟んで隣り合ってるだけだから貴方みたいに何かの拍子で来ちゃう人もいるのよ。
まぁ、大体の人は妖怪の餌食になってるって話ね」
「……楽園という割には危険な場所だな」
「外来人が無用心すぎるのよ。人間が夜の闇の中を無事に生き残れる保障なんてある訳無いじゃない」
「つまり、そんな危険な場所に俺の仲間達は放り出されているという訳か」
「その通りよ。意外と物分りが良いわね。
人によっては全く信用せずにそのまま去って行って何処かにいなくなっちゃう人も多いんだけど」
「ドライだな」
「ドライ?」
「冷たいって事」
「寒かったら火を強くしましょうか?」
「いや、問題ない」
「そう……まぁ、人間いつかは死ぬものよ。
それに妖怪は人を襲うことが仕事だからね。
やり過ぎない範囲なら仕方ないこともあるわ。
私も全てを取り締まれるわけではないもの。
でも、冷たいというなら貴方も仲間が危険かもしれないのに随分と冷静ね」
「あぁ、妖怪がどれだけ凄いのかは分からないけど……俺の仲間は強いからな」
無邪気な少年のような笑みを浮かべ翔は語った。
「だから、それは大切なものなんです!」
なのはが叫ぶ。
その目の前ではレイジングハートの宝玉を持った少女が立っていた。
「だから、これは命を助けたお礼だって言ってるだろ。
私があそこで放置していたら今頃、妖怪の腹の中だぜ」
なのはの懇願も何処吹く風。
少女は悪ぶりもせずに自論を吐く。
「お礼はします。けど、それだけはダメなんです」
「そうですよ。それにレイジングハートは誰にでも使える訳ではありません。
貴方が持っていても役に立つものじゃありませんよ」
ユーノもなのはを援護する。
「ふぅん……まぁ、私は珍しいマジックアイテムならそれで構わないんだけどな」
少女が椅子に腰掛け提案する。
「珍しいマジックアイテム……ユーノくん、何かある?」
「流石に今の手持ちじゃ……まさか、ジュエルシードを渡すわけにも行かないし」
「ジュエルシード?」
ユーノの言葉に少女が反応する。
「何やら随分とお宝の匂いがする言葉だな……?」
「いえいえ、そんな大したものじゃないのでお気になさらず」
「必死に隠そうとするのが妖しい!」
少女は立ち上がり、ずいっとユーノに顔を近づける。
ユーノは冷や汗をダラダラと流し狼狽する。
「……ふむ、良しとりあえずここじゃなんだ。博麗神社に行こう」
少女はユーノから顔を離し、手を叩く。
そのいきなりの切り返しになのはとユーノはぽかんと口をあけた。
「そうそう、自己紹介が遅れたな。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ」
その言葉になのはとユーノが固まる。
そして、その言葉の意味を理解し一斉に叫んだ。
「魔法使い!?」
「余り人の話を聞かない輩が多いから気をつけたほうが良いわよ」
紫の髪の少女がカズキに注意を促す。
カズキはそれを相槌を打って聞いていた。
「しかし、世界には色々と不思議なことがあるもんだなぁ。
ほんの一週間前までただの高校生だったのに……」
しみじみと語る。
ただの好奇心から急転直下である。
そんな会話をしていると何かが飛んできて紫髪の少女の頭に当たる。
少女が振り向くと棚の間から金髪が見えた。
「小悪魔、あの子を呼んできて」
それに気づいて子悪魔を差し向ける。
小悪魔は頷きそちらへと飛んでいった。
「……それにしてもあの子、普通に飛んでるけど何物なの?」
それに気づいてカズキが尋ねる。
「小悪魔よ」
「……それって名前じゃないの?」
「種族名を名前にしてる物好きなんてそう居ないでしょ」
「小悪魔……?それじゃ、本当の名前は?」
「さぁ?」
「さぁって……」
カズキは何かが納得いかないという様子で少女を見る。
本棚の影にいる人物と何か話しているようだ。
カズキが途中で見かけた人物であろう。
少しの会話の後に小悪魔が一人で戻ってきた。
「パチュリー様の方から来て欲しいようです」
「ただでさえ頼み事を聞いてるって言うのに……
良いわ、強引にでも引っ張ってきなさい」
「はい!」
小悪魔は敬礼すると意気揚々と飛んでいった。
そして、棚の影に居る人物の腕を引く。
そこから現れたのはやはり、カズキが途中で見かけた金髪の小柄な少女だった。
「連れて来ました!」
「良くやったわ」
GJとも言わんばかりである。
連れて来られた少女は何故か、パチュリーではなくカズキを睨んでいた。
「パチュリー!私が錬金の戦士が嫌いだって知ってるでしょ!」
「知ってるわ。錬金術自体も嫌いだって事も。
でも、私に頼んだことをわざわざ監視して、更に催促までするぐらいなら直接聞いた方が早いわよ」
「本当に……貴方は良い性格をしてるわ」
「お互い様よ」
いきなり、目の前で喧嘩を始めた二人を見てカズキは呆然としている。
「そうそう、紹介しておきますね。こちらの方はパチュリー様のご友人でヴィクトリアさんです」
「へぇ」
小悪魔が置いていかれているカズキのフォローに入る。
紹介はありがたいのだがカズキはパチュリーを紹介してもらっていない。
何故、あえてここでフォローに出たのかが良く分からなかった。
「そう言えば俺も自己紹介がまだだった。
俺は武藤カズキ。よろしく」
カズキが思い出して挨拶する。
だが、ヴィクトリアは冷たい眼差しを送りそっぽを向いた。
流石にその態度にカズキは少し傷つく。
「さて、嫌がらせも済んだ事だし本題に入りましょうか」
その言葉を聴き、ヴィクトリアが去ろうとするとパチュリーはその手を掴んだ。
「何処に行くの?尋ねるのは貴方よ」
「嫌がらせは済んだんじゃなかったかしら」
「尋ねるなら貴方の方が適任でしょ。
この件については私は完全に部外者なのだから。
それに予想通りの事態なら彼女が気にしないはずが無いわ」
パチュリーの彼女の言葉にヴィクトリアは力を緩める。
「……分かったわよ。聞けば良いんでしょ」
「そう素直になれば良いのよ。
元々は貴方達の責任なのだから」
その言葉にヴィクトリアはパチュリーを強く睨みつける。
「……二人って仲が悪いの?」
カズキが小声で小悪魔に尋ねる。
「まぁ……基本的にはお話しすることも余りありませんし……
今回のようなケースは非常に珍しいんです」
仲が悪い二人があえて顔を合わせてまでカズキに用がある話。
カズキ自身は見当もつかず首を傾げるばかりである。
「ムトウカズキ!」
考え事に意識が言っていたカズキは突然のヴィクトリアの言葉にビクリと反応する。
「武装錬金を見せて」
「え?」
「……早くして」
「はい!武装錬金!」
カズキは急かされ何時も通りに左胸に手をあて武装錬金を顕現させる。
その様子を見てヴィクトリアが溜息を吐いた。
要求された通りにして溜息を吐かれたカズキは困惑する。
何かまずかったのかと自分の突撃槍を見た。
「今更、確認する必要あったのかしら」
パチュリーが呟く。
「念のためよ」
ヴィクトリアはどこか気だるげだった。
「何かまずいのか俺の武装錬金?」
心配になってカズキは思わず尋ねる。
「別に……見た目どおりに単純な武装錬金ってだけよ」
「それって……シンプル・イズ・ベストってこと?」
「なるほど……貴方は馬鹿なのね」
いきなりの罵倒にカズキはうつむく。
「……ゴメン」
「謝れば良い問題じゃないでしょう……」
ヴィクトリアは内心イライラとしつつカズキを睨みつける。
「貴方、初めて武装錬金を使ってから形が変わったことあるかしら?」
「いや、最初に現れたときからこの形だけど……武装錬金って途中で形が変わるものなの?」
「通常じゃありえないわ。武装錬金はその人間の本質。
それが替わらない限り変化することは無い。
それを変えることなんて人間には出来ない。
よっぽどイレギュラーな事態が起こらない限りね」
ヴィクトリアは何処か悲しそうに告げる。
その陰のある表情をカズキは良く分からず見つめていた。
「そうなんだ」
「後、貴方が戦っている時、周囲の人が力を抜かれているみたいな事を訴えてきたことがある」
「ないけど……その質問って一体どういう意味なの?」
流石に説明も無しに奇妙な質問をされてカズキも怪訝に思う。
最初のやり取りからしてこの質問に何の意味も無いなどという事は無いのは分かる。
だが、カズキはその質問の意図が分からなかった。
「分からないのなら問題ないわ。気にする必要が無いという事よ」
だが、ヴィクトリアは意図的にそれを教えない。
流石にむっとするがヴィクトリアはカズキを無視してパチュリーのほうに向き直る。
「今のところ、問題ないみたいね」
「まぁ、本当にあの核鉄なのか……という、確証も無いわけだしね」
「流石にそれは胸を開いてみない限り分からないわね……」
ヴィクトリアがそう言うとパチュリーはにやりと笑う。
その笑みを見てカズキの背中に悪寒が走る。
「じゃあ、見てみましょうか」
あっさりと言い放ち、パチュリーが立ち上がる。
その様子にカズキは後ずさりした。
核鉄を見る……核鉄はカズキの心臓の替わりに胸に埋め込まれている。
それを直接見る為にはカズキの胸を切り開くしかない。
「ちょっと待ちなさい。そこまでする必要は無いでしょう」
「……それじゃ、貴方は彼をこのまま放置するということ?」
「そうよ。こんな医療器具も無い不衛生な場所で外科手術まがいをするなんて。
人殺しも同じよ……」
ヴィクトリアのはっきりとした拒絶にパチュリーは嘆息する。
そして、再び椅子に座りなおした。
「まぁ、現状に問題が無いというならそこまで強行する必要も無いわね。
それに彼女もそこまでは望んでいないだろうし」
パチュリーの様子にカズキも胸をなでおろす。
「……そういえば、貴方はどういう経緯で貴方は核鉄を胸に埋め込んだの?」
パチュリーがカズキに尋ねる。
先ほどと違い妙な迫力は消えうせ、カズキも落ち着いて質問に答えた。
「まぁ、女の子を助けようとして身代わりになったんだ。
それでその助けた人が丁度、錬金の戦士で俺に貴重な核鉄を使って助けてくれたんだよ」
カズキは少し恥ずかしそうに言う。
カズキ自身はこのことを誇りに思っているわけではない。
むしろ、死んでしまったことが情けなくすらある。
だけど、後悔だけはしていなかった。
あの日、あの時、斗貴子を護って前に出れたこと。
それはカズキにとって当たり前なことなのだから。
「……!?」
ヴィクトリアがその事を聞き、少しふらつく。
そして、積んであった本に足をぶつけて崩してしまった。
「大丈夫?」
その様子にカズキが駆け寄り、彼女の顔を覗き見る。
ヴィクトリアはその顔を真っ直ぐに見つめ、そして、直ぐに顔を背け走り出した。
「えっ、どうしたの!?」
カズキが言葉をかけるがヴィクトリアはそのまま去っていってしまった。
「……外の世界にはまだ、貴方のような人間が居るのね。
誰かの為に命を投げ出し、助け出す……
とっくの昔に絶滅したものだと思っていたわ」
パチュリーは感慨深そうに呟く。
その紫の瞳が彼をどうとらえているのか……
カズキにはその言葉が何を意味しているのかが分からなかった。
「……子供?」
シンはその少女を見て呟いた。
大きな広間。
奥に置かれた玉座のような椅子に小さな少女が腰をかけている。
対比的に置かれているかのように玉座は少女に比べて大きい。
だが、彼女の威風堂々とした佇まいはそれを感じさせなかった。
その玉座に相応しい品格を携えている。
「咲夜、これがメインディッシュなの?」
少女はいかにも不満げにメイドの少女に声をかける。
「はい、お嬢様。今夜、手に入った中では一番、生きの良い一品です」
メイドの少女はかしこまり告げる。
シンは目の前で繰り広げられる言葉に眼を丸くした。
何を言っているのか理解できない。
「……まぁ、良いわ。それじゃ、いただきます」
気づけばシンの目の前に少女が居た。
だが、先ほどのメイドとは違い、それが超スピードで自分の目の前まで来たのだと直感で感じる。
シンは咄嗟にバックステップで距離を取った。
「あら……人間にしては良い反応ね」
少女は少し驚いたという様子で呟く。
そして、次の瞬間には意地悪そうな笑みを浮かべた。
「少しは楽しめそうね。生きが良いという咲夜の言葉は間違いじゃ無さそうね」
少女の言葉に「ありがとうございます」とメイドが頭を下げる。
そのやり取りをシンは動揺しながら交互に顔を見る。
まるでシンをただの物としてみているような冷たい目。
そこに生命に対する尊厳など感じられなかった。
「貴方、自分が置かれている立場が分かっていない……そうね?」
少女がシンに言葉を振る。
それに対し、シンは憤る。
冷たい視線、せせら笑うような言葉、自分が圧倒的に上であると言う態度。
どれをとってもシンの感情を逆なでするには十分だった。
元来、シンは短気なのだ。
既にその心は怒りで燃え上がっている。
「当たり前だろ!気づいたらこんな所に居て、分かる訳ないだろ!」
「ふふ……そりゃそうよね。今から食べられるって人間があんなに呆けてる訳無いもの」
「食べ……!?」
だが、怒りに燃えた心もその言葉に萎縮する。
食べる……
言葉の端からなんとなくは予想できた。
だが、頭のどこかでそんな事はありえないと思っていた。
人が人を食べるなどありえない。
シンはそう判断したのだ。
「私はレミリア・スカーレット……吸血鬼よ。その意味が分かるかしら?」
だが、シンの判断をレミリアの言葉が直ぐに否定する。
自らは人ではない。
そう、シンに告げた。
「吸血鬼……確かマンガとかに良く出てくる人間の血を吸う……」
「そう、人を食べる化け物……現状が理解できたかしら?」
「そんなデタラメ……」
シンはそこまで言いつつ躊躇する。
アンデッドにホムンクルス、異世界の魔法使い。
今更、吸血鬼を否定する根拠も無い。
肯定する根拠も無いが。
ともかく、少女自身が見た目と違いとんでもない力を持っているのは先ほどで片鱗を感じている。
それに彼女に生えている羽根はとてもではないが作り物には見えなかった。
事実だとすれば先ほどの接近でシンは血を吸われそうになったということである。
「納得したようね……何も知らなかったかわいそうな貴方に一つだけ助かる方法を教えてあげるわ」
「……なんだよ?」
シンは愉快そうに笑うレミリアに苛立ちを隠さずに言い放つ。
その様子にレミリアは更に愉快そうに笑った。
「化け物が目の前に居ても全く怯えないのね。近頃の人間は皆、そうなのかしら?」
「さぁね。とりあえず、俺の知り合いに化け物に襲われたからって命乞いをして逃げ出す腑抜けは居ない!」
「そう……外の人間は夜の闇を恐れなくなった……
その話は本当のようね……」
レミリアが一人納得しているとシンは更に苛立つ。
「それで俺に何を望んでるんだ!?」
「簡単な事よ。私と戦って勝てれば見逃してあげる」
「……はぁ!?」
「一対一の勝負で私を戦闘不能にすれば勝ち。破格の条件ね。
吸血鬼の館で下部を使わず、しかも殺さなくても良い。
ここまでぬるいイージーモードはそう無いわ」
「余裕だな……吸血鬼だか何だか知らないけど……人を食うような化け物を見過ごせるか!」
シンは転送機を取り出し握る。
「コール・インパルス!!」
掛け声と共に転送機を起動させる。
そして、次の瞬間、空間を跳躍しインパルスガンダムがシンの体に装着された。
人の科学が作り出した戦う為の力。
それを身に纏い、シンはレミリアを睨みつける。
「闇を恐れぬ愚かな人間……
貴方たちがどれだけ矮小な存在なのか思い出させてあげるわ」
レミリアは特に何もせず、ただシンを見る。
構えなどは無い。
その様子は隙だらけで余裕を隠そうともしない。
それはシンの神経を更に逆なでしていった。
「子供だからって手加減なんかしないからなッ!!」
シンはフォールディングレイザーを抜くとレミリアに向かって駆け出す。
そして、レミリアの胸に向かってフォールディングレイザーを突き出した。
だが、シンが腕を振りぬくよりも速く、レミリアの体が消える。
「!?」
「それで手加減してないの……だったら、直ぐに終わりそうね」
シンの背後からレミリアの声が聞こえる。
振り向こうとするもそれよりも速く、シンの体を衝撃が襲う。
インパルスの体が宙に浮き、吹き飛ばされた。
「くっ……」
シンは空中で体勢を整えると着地する。
視線の先ではレミリアが手を振っていた。
恐らく、彼女は手でインパルスを弾いたのだろう。
モビルスーツの重量は軽量の金属で出来ているとは言え相当ある。
どんなに鍛えた人間も手で運ぶことなど不可能だ。
ましてや拳で殴って動かすなど不可能に近い。
それをレミリアはあの小さな体でやってきたのだ。
「その鎧……随分、硬いわね。爪が折れるかと思ったわ」
レミリアが告げる。
恐らく、爪で切り裂くように攻撃を仕掛けたのだろう。
だが、インパルスの装甲に傷は無い。
彼女の一撃はインパルスのVPS装甲を突破するほどの威力は無いようだ。
だが、スピードは圧倒的に相手の方が上である。
シンは周囲を見渡す。
この部屋はとても広かった。
ここが建物の内部だとすれば相当に巨大である。
何せフォースシルエットで空中戦をするにしても十分な空間が広がっているのだ。
シンはシルエットをフォースに変更する。
相手の機動性が高いのならこちらも機動性を上げれば良い。
フォースの出力を使い、レミリアに向かい一気に突進する。
手にはビームサーベルが抜かれていた。
「こいつで!」
そして、そのまますれ違い様に斬り付けようとする。
だが、それもレミリアは回避する。
しかし、即座に反撃は来ない。
シンは旋回しつつ空中に上昇する。
そして、ビームライフルを抜き、地上に居るレミリアに向かい発射した。
数発のビームが地面に着弾し、爆発を起こす。
「光の剣に光の銃……鎧を着てそんなもので武装するなんてまるで昔の騎士の様ね」
シンは横から聞こえてくる言葉にぎょっとする。
レミリアはいつの間にかフォースインパルスに平行して飛行していた。
「外の世界の技術も随分と進歩していたのね……これじゃ、勘違いをしてもしょうがないのかも」
「飛べるのか!?」
「……当たり前でしょう。飛べないと幻想郷ではやっていけないわよ」
呆れた様子でレミリアが返す。
そして、腕をインパルスへと向けた。
そこから紅い水晶の棘のようなものが射出される。
「なっ!?」
横からの衝撃にインパルスの機動が乱れる。
「一体、どれぐらい耐えられるのかしらね」
間髪いれずにレミリアは攻撃を繰り返す。
シンはどうにか体勢を整え、シールドでその攻撃を防いだ。
そして、攻撃の隙間にビームライフルで応戦する。
互いに高速で飛行し、撃ち合う。
だが、レミリアの攻撃がシンに当たるもののシンの攻撃はレミリアにかすりもしない。
「くそっ!!」
完全にシンの劣勢だった。
その状況を打破すべく、シンは強引にレミリアとの距離を詰める。
だが、レミリアは近づかれると即座にシンの上方を取り、そのまま背中をけりつけた。
衝撃にインパルスが落下する。
「うわああああ!」
そのまま地面に落下し、何回かバウンドしながら壁に激突した。
墜落の衝撃にシンは目を回すも必死に意識を繋ぎとめる。
「そろそろ、飽きてきたわね」
レミリアが地面に着地し、呟く。
既にシンに対する興味を失しているようだった。
戦闘前に見せていたが表情はもうなく。
最初に見えた物を見るような眼でシンを見る。
「外の人間がどんな者か……ちょっと期待したけどハズレだったようね」
レミリアの体に紅い霧があふれ出てくる。
そして、それは右腕に向かって集められていった。
「せめて一撃で破壊してあげるわ……その鎧がどれだけ硬かろうとこれなら貫ける」
レミリアは赤い霧の溜まった腕を上へと掲げる。
そして、霧は一つの槍へと姿を変えた。
紅い閃光のような槍
「神槍【スピア・ザ・グングニル】」
レミリアは宣言と共に魔力で出来た槍をシンに向かって投げつける。
それは放たれた瞬間に閃光の如く真っ直ぐにシンに向かっていった。
シンは朦朧とする視界の中でレミリアの姿を捉えていた。
だが、彼女の姿はおぼろげで良く見えない。
聞こえてくる言葉も遠くから囁きかけているようだ。
ただ、彼女が冷酷に無慈悲に自分を殺そうとしているのだとシンは感じていた。
紅い霧から感じ取れる殺気。
禍々しい力はシンの本能の奥底にある忌避を呼び起こさせる。
2年前……
戦火を逃れて走っていたあの日
自分の住んでいた国が、家族が、全てが焼かれたあの日
丁度、こんな感じだった。
目の前に広がる死の感覚。
少しでも道を踏み外させばそのまま落ちるように死ぬのだと
もう直ぐ死ぬ
その直前に脳裏に浮かんだのは死んでいった家族の顔
父、母、妹……
楽しかった日々がフラッシュバックする。
結局、自分は何も出来ていない。
戦争で家族を失って、何も出来なかった悔しさ。
力があればと求めて手に入れた力。
それで自分は何をしたのか……
アンデッドの封印も全うできず、
ホムンクルスの創造主も捕まえられず、
ジュエルシードも集めていない、
自分が滞在していた街だけでもこんなにも人が不幸になる原因があるというのに
そんなのと関係ない場所で理不尽に殺されるというのか
そんな事は許せなかった。
何もかも全てを奪い去れるのが許せなかった。
こんなところで終わってしまう自分が許せなかった。
魂が鳴動し、怒りに血潮が燃え上がる。
頭の中で
何かが弾けた
その出来事にレミリアは眼を丸くした。
死を待つだけだった存在が、死ぬはずだった運命が、変化する。
シンは紙一重でレミリアのスピア・ザ・グングニルを回避する。
かすった装甲が弾けとぶも軽症で済んでいる。
それがマグレなのか
レミリアはいぶかしみながらも二発目を構える。
だが、それよりも速くインパルスが駆け出していた。
その装甲を真赤に染め上げ、その手には二本の巨大な剣を持つ。
その行動にレミリアの反応が一歩遅れる。
バックステップするレミリアの体をソードインパルスのエクスカリバーがかする。
レミリアの頬を薄く切り裂き、鮮血が溢れる。
「速い……!?」
その動きは先ほどまでとは別人だった。
速度が劇的に速くなっているわけではない。
ただ、その動きは必要最低限で行われているだけだ。
先ほどまでの大振りなら余裕で回避できていた。
だが、今の一撃にそんな隙は無い。
「うおおおおおお!!」
気迫と共にシンが押し寄せる。
レミリアは短い跳躍の連続でシンを振り切ろうとするもシンはその動きに着いてくる。
いや、むしろその動きの先を読み、最小の距離を移動し、どんどん肉薄してきていた。
遂にかわしきれずにインパルスのエクスカリバーがレミリアの体を捉える。
だが、それをレミリアはスピア・ザ・グングニルを作り出して受け止めた。
魔力の刃とビームの刃が激突し、互いに斥力を生み出す。
だが、力のぶつかり合いならレミリアに分があった。
そのまま押し切ろうとするがソードインパルスは頭部につけられた機関銃でレミリアを撃つ。
その口径の小ささからほとんど豆鉄砲同然の攻撃。
だが、それを顔で受けたことで一瞬、レミリアの視界が遮られる。
その隙にシンはエクスカリバーを連結させ、スピア・ザ・グングニルを持っていないもう一つの腕を切り落とした。
宙に放り出されるレミリアの左腕。
その光景を目の当たりにし、レミリアの眼の色が文字通り変化した。
体からあふれ出る紅い霧
それは純粋な魔力の波動だ。
人間を遥かに超える吸血鬼の魔力はそれ自体が威力となりインパルスの体を弾き飛ばす。
空中に浮いたインパルスの体。
シンはそれを直ぐに体勢を整えようとする。
だが、それよりも速くレミリアの腕が構えられ、そこから純粋な魔力の塊がはじき出された。
「スカーレットシュート!」
魔力の弾丸は巨大でインパルスの全長に匹敵するほどだ。
インパルスはそれを無防備な状態で直撃し、弾き飛ばされる。
そして、壁に激突した。
それで今度こそ本当に終わりだった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
咲夜がレミリアに尋ねる。
「問題ないわ。腕の一本くらい直ぐに再生するもの」
レミリアの左腕の傷からは既に出血も無い。
レミリア自身も平然としている様子だった。
「いえ、随分と派手にやっておられたようなので、あの人間に原型が残っているのかと」
咲夜は主を気遣う様子などまるで見せずに尋ねる。
その様子にレミリアは呆れながらも顎で自ら空けた大穴を指す。
壁には巨大な穴が開き、粉塵が立ち上っている。
その中でシンが生身の姿で倒れていた。
「本当に恐ろしく頑丈みたいね。結構、全力でやったつもりだったんだけど中身は無事みたいだわ」
レミリアは倒れているシンの元へ歩み寄る。
「それは良かったですわ。散らばっていたら掃除が大変でしたもの」
それを見ていた咲夜が告げる。
シンに外傷が無いわけではないが五体満足だ。
左腕が損失しているレミリアのほうが重症だ。
「人間にしては中々楽しめたほうね」
レミリアは屈むと右腕でシンを起こそうとする。
それを見ていた咲夜がシンの体を座らせた。
「息もあるようですね。まぁ、直ぐに止まる訳ですけど」
咲夜は傍らに立ち、レミリアを見る。
レミリアはシンの膝の上に座る。
そして、口を開きその首筋に噛み付いた。