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その世界は果てしなき地平……
事象の狭間に浮かぶ永遠の戦いの果ての果て
そこには人が在り、大地が海が空が、そして鋼が在る。
人々は技術を手にし、魔法を紡ぎ、幾多の戦乱の果てに行き続ける。
それは呪いの如く、戦いを求め生きる者たちの住まう世界。
数多くの命がその身に力を求め、戦い喰らう。
この世界を創造せし神が居たならばそれは間違いなく狂乱していたのだろう。
戦いが日常であり、平穏は非日常。
弱きものは淘汰され、強きものが屍の上に更に屍を重ねて行く。
その大地は血の赤で染まり、その空は血しぶきで紅に濡れる。
だが、そんな世界にも平穏が無いわけではない。
平和が無い訳ではない。
仮初でも虚像でも、それを受け入れ生きている者たちもいる。
そんな、欠片の楽園の一つ、シャトレーゼ皇国。
そこからこの物語は始まる。
そこに投げられた一石は波紋を呼び、何時しか全てを混沌に飲み込んで行く。
一台のバスが止まる。
このバスは山奥にある農村から首都へと向かう唯一の移動手段だ。
人の住まない荒れた荒野が続く道を走り抜ける為だけの。
遥かな昔から続く戦いの傷跡がこの一帯を不毛な大地にしている。
作物も育たない、野生動物も生息しない。
全く無意味なこの場所に好き好んで住むようなものは居ない。
故にあるのは一つの道だけ、それが荒野を貫き存在するのみ。
そんな場所で一人の少女が佇んでいた。
紅く煌くような美しい髪を砂塵の混ざる風になびかせて、
その瞳も真紅に輝いていた。
それは美しい少女だった。
身長や顔立ちから10ぐらいだと思われる。
だが、その雰囲気は妙に艶かしく、未完成ながらも美しさを持っていた。
いや、未完成だからこそ惹かれるのかも知れない。
ただ、彼女を眼にした者達はまるで魂を抜かれたように彼女を見つめ続けていた。
少女は開いた扉からバスへと乗り込む。
農村から首都への唯一の移動手段とはいえ乗り込んでいる人は少ない。
田舎から都市へと帰宅する者、収穫物を携えて都市部にて行商を営もうとする者。
そして、鬱屈とした山奥から都市という希望へと移住する者。
その誰もが彼女へと視線を送り続けた。
無意識に、誰もが何処かで胸の高鳴るのを感じる。
少女の幼さに背徳感を感じながらも、誰も目を逸らす事が出来なかった。
少女はそんな彼らに一欠けらの興味も示さずに一番後ろの座席に座る。
そこで少女はふと目を横にずらした。
そこには窓に頭を預けて眠っている一人の青年が居た。
唯一、彼女に見ほれていない唯一の例外。
少女は直ぐに興味を無くすと前を向く。
そして、小さく咳払いをした。
それと同時に思い出したかのようにバスが再度走り出す。
一台のバスが止まる。
そこはこの国で唯一の都市。
シャトレーゼ皇国と呼ばれるこの国の首都。
その入り口である停留所。
大きな城壁に囲まれた都市部の数少ない出入り口だ。
バスから降りた人々は思い思いの歩を進める。
彼らは一様に後ろ髪を引かれる思いながらもそれを振り切り歩いていく。
それを見送りながら青い髪の青年が大きく伸びをした。
長い移動時間を窮屈なバスの座席で過ごしたせいで出来たコリをほぐしていく。
その青年は青い髪を無造作になびかせ、空のような色合いの瞳をしている。
背は高く、この陽気に不似合いなコートを着込む姿は間違いなく目立つことこのうえなかった。
「遂に来たぜ。この場所に!特に目的も何も決まってないけどな!
いや、それでいいのさ俺のスタートライン!ゴールが決まってたら詰まらんもんな」
更に上京したてのテンションに任せて適当な独り言を恥ずかしげもなくに叫ぶ。
バスから降りた人々や停留所でバスを待つ人々は皆、彼に注目していた。
主に冷めた視線で。
「さて、とりあえずラスクの……」
「ちょっと、お嬢ちゃん。お金を払いなさい!」
青年が独り言をぼやいていると彼が先ほどまで乗っていたバスの運転手の声が響く。
青年が振り向くとそこでバスの運転手が少女の手を掴んでいた。
「お金?」
少女が声を上げる。
良く分からないというように首をかしげた。
「そうだよ。ここまでのバス代、払ってもらえなきゃ降ろせないよ」
「そんなの聞いてないよ。立ってたら止まってくれたから乗せてくれたんじゃないの?」
少女は調子が良い事を口走る。
子供だから常識が無いのだろうか。
全くと言って良い程に悪びれた様子は無い。
「……はぁ!?」
バスの運転手の目が開かれた。
「バスに乗るのにお金が必要なのは常識でしょう。君の親はそんな事も教えてくれなかったのかい!?
仕方ないね。ちょっと事務所のほうに来てもらおうか」
運転手の語気が段々と強くなっていく。
しかめっ面を造り、脅すように彼女を上から見下ろす。
それにあわせて彼の腕に力が篭っていく。
少女の顔が苦痛にゆがみ、その瞳の赤が深く暗い色を携えた。
「おい、運ちゃん。ちょっと大人気ないぜ」
そこに第三者の介入が入る。
当然のように近くで話を聞いていた青い髪の少年だった。
「な、なんですか!?お客様には関係ないことでしょう!」
青年に対して強い口調が放たれる。
どこか運転手は焦っているようだった。
威嚇の虚勢、その態度に青年は肩を竦める。
そして、溜息混じりに呆れたように呟いた。
「まぁ、そう言うなよ」
落ち着いた様子で話しつつ運転手へと歩み寄っていく。
バスの運転手は強面だ。
それが怒鳴るだけでも相当な迫力だが青年は気にも留めていない。
むしろ、不敵な笑みを浮かべ、逆に運転手を怯えすらさせている。
少女と運転手の間に入り、その鋭い眼を更に鋭利にさせる。
その様子に運転手は少女から手を離し身構えた。
「とりあえず俺が立て替えてやるからさ。二人とも感謝しろよ」
そういうと青年は紙幣を運転手へと突き出した。
先ほどまでの不適なものとは一転して朗らかな笑顔を浮かべている。
運転手は一瞬、唖然とするが直ぐにその紙幣を受け取る。
だが、受け取ってから我に返り、
「いやいや……君には関係ないことだろう?こういうことはきちんと当人に教えておかないと」
とつき返した。
「子供がお金を忘れただけだろ。そんな厳しくする必要もないだろうさ」
飄々とした様子で青年を運転手を見下ろす。
「それとも……どうしてもこの子を連れて行かなきゃならん理由でもあるのかい?」
青年の鋭い眼で睨みつける。。
それはまるで獲物を狙う鷹の様相だ。
その視線に運転手はすくみ上がった。
「い、いえ!お金さえ払ってもらえればそれで」
運転手は受け取った紙幣からおつりを返す。
青年はそれを受け取ると口元を緩めた。
そして、少女をバスから降ろして自分も降りた。
それと同時にバスのドアが閉まり、発車して行く。
バスを見送る青年を少女は見上げた。
それに気づいて青年は彼女へと視線を下ろす。
少女の視点から見上げた少年はまるで空に居るようだった。
「ありがとう……」
素っ気無い態度で少女は感謝を述べた。
青年はその言葉に笑顔を返した。
それで終わりと少女は歩き出そうとする。
だが、その小さな肩を大きな手が掴む。
青年は笑顔のままに口を開いた。
「よし、とりあえず。金返せ」
それが紅い少女と蒼い青年との出会い。
劇的でも何かのいたずらでもタダの偶然でもない。
たった一つの生活の一コマ。
そこから全てが終わり始めた。
機 鋼 神 王
第一章 戦士、起つ
第一話 紅い少女
第一話 紅い少女
「こちとら感謝されてそれで悦に入るような変態じゃないんだよね。
それに上京した手でお金の心配もあるわけで。そこでこの出費は実はかなりの痛手だ。
なんで、お前にお金を返してもらいたいという訳さ」
固まる少女の前で青年が力説する。
「えっと……私、今お金が無くて……」
「それがどうした。お前の親なり、親戚なりに払ってもらえばいいだろ。
お前ぐらいの年齢ならお前のしでかした責任は親が持つのが当然」
「わざわざ、直ぐに払わせようとするならなんで助けたの!?」
少女には青年の思考が理解できなかった。
これではお金を取り立てるのが運転手から青年に代わっただけだ。
何故、彼は割って入ってきたというのだ。
そんな労力を挟む理由は彼に見受けられない。
「いやぁ、あのおっさん。お前を見る目つきが尋常じゃ無かったからな。
エロエロっすよもう、こんな子供に発情するなんてどんな趣味してんだか。
そもそもな。長距離バスの料金は先払いなんだよ。
降りる時に請求するなら乗る前にするって話だろ」
青年は支払い方法の違いから気にはなっていた。
何せ少女は青年よりも先に降りようとしていたのだ。
それなのに後回しにしていた事などから様子を少し伺っていた。
「……意味分からない」
「アレだ。あのおっさんは所謂ロリコンだ。間違いない。確実。しかも質が悪い自分の欲望のはけ口を自分よりも弱い立場の者に吐き出そうとする。
そんなタイプだね。あれは。オレが助けなかったらお前は今頃、車庫に入ったバスの中で教育を受けていたに違いない!(性的な意味で)」
「……」
少女は饒舌に語る青年に呆気にとられた。
状況証拠的に確定かもしれないが一個人を公衆の面前で罵倒する彼も褒められたものではない。
「まぁ、ともかく。お前はオレに助けられたのだよ。
助けた手前、お前を野に放つのも無責任ってものだ。
借金を返してもらうついでにお前を目的地までボディガードでもしてやろう。
という訳でお前の目的地に案内するのだ」
「どういう理論で貴方がそう導き出したか聞いてても分からないよ!?
もしかして、私を誘拐しようとでもしてるの!?」
少女は戦く。
勝手に絡んできて、超理論で連れて行こうとしている辺りからして怪しい。
「お前は警戒心が強いのか弱いのか分からない奴だな。アレか、親切で声をかけただけでオレは誘拐犯になったのか?
自衛精神はたいしたものだと思うがそんな世間じゃ人と人の助け合いの精神も育ちようがないぞ。
おはようございますが逮捕の合図だなんてそんな世界、俺は嫌だね」
しゃれにならない解釈をされて青年は慌てる。
少女に「誘拐される!」などと叫ばれては立場が弱いのは青年のほうだ。
表面上では平静を装っていても額から汗が流れ出る。
「違うの?」
が、少女は真顔で聞き返してきた。
青年が頷くと安どの表情を浮かべる。
「違う!それは断言できる。俺が人間だってぐらい確実にな。
それと誘拐されるはジョーカーだ。余り、適当にきらないほうが良いぜ」
少女は純粋な笑顔を浮かべて頷いている。
助かったものの青年としては少女のこれから少し心配になった。
「あぁ、でも私の家って凄く遠いんだ。もう、三日ぐらい歩くね。
そんな手間をかけさせるのも悪いし、お兄さんとはここで分かれたほうが今後の為だと思うな」
少女は笑顔でそう告げ去ろうとする。
その小さな体は大きな体の青年によって阻まれた。
「まぁ、待ちなさい。バスで家出してきたんだ。そりゃ遠いだろう」
「家出じゃないよ。ちょっとした買い物をしに来ただけだよ」
「ほう、バスの乗り方も知らずに買い物とな。初めてのお使いか。えらいねぇ。
という事は金があるんだな。今すぐだしな」
「いやぁ……バス代には届かないほどの金額しか無いんだ……
ほんと、ちょっとした買い物だったし。うんうん」
「そうかそうか。つまり、帰りのバス代もないと。
大変だなぁ。つまり、帰れないじゃないか。
それじゃ、オレも買い物に付き合ってやろう。
そして、帰りのバス代も立て替えてやろう。」
「え……」
少女は困り、頭を抱えてうなだれる。
それを微笑ましいものを見るように青年は見下ろしていた。
数分の沈黙
そして、少女は意を決し、青年の股に向けて足を振り上げた。
「どぅわッ!!」
青年はそれを後ろに飛びのき回避する。
「それじゃあ!!」
少女は一目散に駆け出し、青年が逃げさる。
「手前!待ちやがれ!!」
青年はそれに素早く反応し少女を追う。
停留所を越え、大通りを紅い少女を蒼い青年が追いかける。
突如、始まった鬼ごっこに通りを行きかう人々が驚き彼らを眼で追う。
昼と夕方の中時間のため、人通りは少なかったがそれでもそれなりの人が居る。
少女はその間をすり抜けるように走り抜けて行く。
青年も負けじとその後を追い続ける。
脚力、足の長さ、どう考えても青年の方が足が速いはずだ。
だが、少女との差は一向に縮まらない。
いや、むしろ徐々にだが離されて行っている。
青年が遅いのではない。彼はむしろ足が速いほうだ。
ただ、少女
脚力が尋常ならざるだけである。
「なんつぅ速さだ。獣人かっての!!」
全力疾走は既に数分続いている。
徐々にだが青年の息が乱れ始めた。
幸い少女が体の小柄さを生かして路地裏に入り込んでいないのでまだ追えているがこのままでは見失うのは時間の問題だった。
そもそも、青年に彼女をここまで懸命に追う理由など無い。
だが、彼はその力の全てを使って少女を追っていた。
逃げられたから追っている。
条件反射だけで彼は全力をかけている。
少女が心配だとか、金がどうとか頭に無かった。
捕まえる。
それだけが彼の脳内に存在している。
「何で追いかけてくるの」
少女は驚いていた。
普通、このスピードで走れば常人では追いつくことは出来ない。
青年も足は速いが追いつくのは不可能のはずだ。
それだけで諦めると少女は思っていた。
追えないからムキにならないと。
だが、青年は違った。
必死の形相を浮かべてただ、ひたすら全力で追いかけてくる。
意味が分からなかった。
「なら、もう少し……」
少女は呟くと体をかがめる。
大地を踏み抜くように足に力を込める。
だが、その視線の先に交差点から乳母車を押す女性の姿が映った。
「あぶっ……」
そのまま走ればぶつかると少女は力の方向を無理やり変える。
少女の体は宙高く舞った。
乳母車を飛び越え、建物の二階部分を軽々と越える跳躍。
その小さな体は放物線を描いて飛んで行く。
少女は安堵の息を漏らすが次に自分の目の前に見えた光景に息を呑んだ。
彼女の眼前には大きな川が広がっている。
彼女の落下、予想地点はどう考えても川の上だった。
頂点を迎えた体は吸い込まれるように川へと落ちていこうとする。
周囲の人々は呆然とその様子を眺めている。
誰も反応できない。
高速で駆け、跳躍した少女の姿を通行人は眺めることしか出来ない。
悲鳴すらも上げられる者は居なかった。
ただ、一人を除いて
「駆けろ!」
瞬間、電光が奔った。
紫電が煌き、大地を駆ける。
それは飛び出すと川へと踊りだし、空中にいる少女を掴んで、川を通り越した。
そして、反対側の地面にすべる様に着地して止まる。
「陽気になってきたとは言え、この時期の水泳はオススメしないぜ」
青年が腕の中の少女に語りかける。
そして、地面へと下ろした。
すると同時に周囲から歓声が起こる。
「すげぇ、兄ちゃん、軍の騎士様かなんかかい!?」
「キャー、カッコイー!」
「あんた、もしかして忍者か!?」
「そっちの小さい子も凄いジャンプしてたぜ」
周囲が一様にざわめき立つ。
それには流石に青年も驚きたじろいでいた。
「はは……いや、まぁ。それじゃ!」
青年は少女を再び抱えると一目散に逃げ出した。
「ここなら、一安心だろ」
人通りの少ない路地で青年は一息つく。
「あの、もう下ろして欲しいんだけど」
青年に担がれた少女が嘆息したように呟いた。
「おう、すまないな。あんまり軽いから持ってたの忘れてたぜ」
青年は少女を地面に下ろす。
だが、その手は握ったままだった。
「あの……」
「離すと直ぐ逃げ出しそうだからな。離さないぞ」
握られた手を見て少女の頬が朱に染まる。
「……もう、逃げないよ」
「本当かぁ?信じがたいなぁ」
「だって、お兄さん。地獄の果てまで追って来そうだもの。
どんな場所にいても絶対に来て、また、こうして手を掴んできそう」
少女はどこか嬉しそうに微笑んだ。
しかし、それはどこか儚げで。
その表情に青年は息を呑んだ。
「……どんだけしつこいストーカーだよ。確かに執念深いけどさ」
青年は恥ずかしげに手を離す。
それ以上、手を繋いでいる事が出来なかった。
飄々としていた笑顔は鳴りを潜め、赤くなった顔を逸らすようにそっぽを向く。
「私はシャサ。お兄さんの名前は?」
少女が見上げ青年に尋ねる。
「トール・セルヴァイスだ」
青年は視線を戻さす言葉を返す。
「そう、トール……助けてくれてありがとう」
シャサはきゅっと眼を閉じ、トールの手を両手で包んだ。
「それじゃ、トールも初めてここに来たの?」
大きな通りをトールとシャサは並んで歩いている。
そこは商店街なのだろう。
通りには幾つもの店が建ち並び、店頭には様々な物品が並んでいる。
商売人たちの威勢のいい声と歩行者達の雑踏と雑談が街の活気を奏でていた。
シャトレーゼの建築物は基本的に全てレンガ造りだ。
道も車道でなければレンガで造られている。
「初めてじゃねぇよ。旅行で何度か来た事ぐらいはある」
「それで道は分かるの?」
「何のためにオレが地図を持っていると思うんだ?」
トールは片手に地図を握っていた。
周囲の写しでバス停の近くで無料で配布されているものを貰ってきたのである。
「つまり、無いと分からない」
「その通りだ!使える物は使わない手なんか無い!」
トールは一人納得して頷いている。
シャサは呆れたように冷めた視線で彼のことを見上げていた。
結局、トールはシャサの買い物というものに付き合うことになった。
トール自身はそれをただの出任せだと思っていたが
とりあえず、付き合おうと考えていた。
特に当ても無い家出少女ならここで放り出すのも何か嫌だったからだ。
案の定、買う物など決まっていないらしく色々な店を転々とする事になる。
大きなデパートを一階から最上階まで見て廻ったり、小さな露天の物色までした。
服やアクセサリー、子供用の玩具や化粧品など色々なものにシャサは興味を示してくるくると表情を変える。
トールはそんな彼女に茶々を入れつつも楽しみ一緒に廻っていた。
傍目からは仲の良い兄妹にしか見えなかった。
出会ってからまだ、数時間しか経っていないが二人は妙に気が合った。
だが、しかし日も暮れかけた頃、
何時間もつき合わされているトールは我慢の限界に差し掛かっていた。
「しかし、まだ、見つからんのか?」
「何が?」
シャサはきょとんとしたようにトールを見上げて首をかしげている。
この少女に疲れは一切見当たらなかった。
「買うものだよ!いったいどれだけ店を回ったと思ってるんだ!」
「えぇっと……私にもそれなりに拘りってモノがあるからね。この程度の物色じゃ見つからないんだよ」
「まぁ、確かに。拘りに拘れば中々、見つからないのも分かるが……
家に帰るならそろそろ、帰りのバスが出る頃だぞ」
トールたちが乗ってきた農村部へと向かうバスは朝の行きと夕方の帰りしか存在しない。
これを逃すと次の日の夕方まで帰れなくなるのだ。
これ以上、買い物を続ける余裕など無い。
「え、そうなの?」
「そうなのって……買い物するならさっさと買う!無いならとっととバスに向かう!お前に残された道はどっちかだけだ」
トールは両手を大きく広げて宣言する。
「あっ、あっちのほうが何か騒がしいよ」
しかし、シャサはトールの言葉など聴いていない。
興味につられてトコトコと歩いていってしまった。
「話を聞け!」
無視されたことに腹を立てつつトールはシャサの後を追う。
向かった先は大きな通りだった。
皇国の象徴たる王たちの居城、そこへと通じる大きな通り。
その通りに沢山の人達が集まっていた。
そして、その中央を巨大な人型の鋼が雄雄しく歩く。
その大きさは全長にして10m程の巨体。
それが三体程並んで凱旋している。
先頭の機体の肩には一人の騎士が手を振り、歓声に答えていた。
「……メタルレプリカ」
シャサはその機械の巨人を見上げて呟いた。
―――メタルレプリカ
この世界に置ける最強の兵器。
科学技術と魔術の融合の末に完成する人類の切り札。
その力は強大でいかなる生物もその力の前には無力になる。
「竜殺しの英雄様の凱旋か」
「知ってるの?」
「シャトレーゼで知らない人間は居ないと思うぞ。
竜殺しの英雄アーク・ライン。
弱小国と名高いシャトレーゼ唯一の英雄。
若くして軍最強の名をほしいままにし、都市を襲った巨大な竜をたった一人で退治。
更に美形でレイ皇女の許婚。
この国で力も地位もあいつに勝てる奴なんざいないだろうね」
トールは言うが彼自身もあまり興味が無さそうだった。
聞いていたシャサも大して興味が無さそうに相槌を打つ。
「アレがこの国の最強か……」
シャサは落胆したように呟いた。
その言葉にトールは慌てふためき辺りを見回すがこちらを注目しているものは居ない。
「シャサ、あまり否定するような発現は止めた方がいいぞ。あいつのファンは凶暴だと名高いんだ。
もはや信者だ信者。言論弾圧容赦なし。ちょっとした批判記事を書いた新聞が次の日にはトップが謝罪したぐらいだぜ」
トールがシャサに耳打ちする。
「はは、それはひどいね……それじゃ、行こうか」
シャサは興味をなくしたのか賑わう群集に背を向けて歩き出す。
トールもその後を追っていった。
「んで、いい加減に帰らないとやばいんだが」
トールは時計を確認しつつシャサに問う。
今から向かわなければバスには間に合わない。
シャサは紅に染まる空を仰ぎ、黙ったままだ。
竜殺しの英雄を見た後からシャサはどこか不機嫌だった。
トールの言葉も反応せずに黙って空を見上げている。
どうしたものかとトールが頭を掻いているとシャサは振り向き口を開いた。
「私、帰りたくない」
「はぁ?」
「トールが言った通り、家出してきたんだ。私の家って居心地悪くて嫌で嫌でしょうがなかったから。
長い間、家を出たことが無かった。窮屈で退屈な事の繰り返し。
それで外に出れば何か楽しいかもと思って来たの」
「箱入り娘だったのかそれで常識知らずな訳だな。
一大決心の逃避行。それが奇妙な男に捕まって大変だったな」
シャサの訴えを笑い飛ばすようにトールが返す。
「私はトールと一緒に入れて少し楽しかったよ。それにもっと一緒に居ればもっともっと楽しくなれる気がする。
だから、私はトールと一緒に居たいの」
「それは気の迷いだ。止めときな。若いうちからそこまで無茶するもんじゃないぜ」
シャサの言葉をトールは拒絶する。
「嫌だ。私はトールと一緒に居たい。ずっとじゃなくて良い。少しの間だけでもいい」
シャサはトールの袖を掴んで懇願する。
「……分かったよ。女の子にそこまで頼まれたんだ。男冥利に尽きるってもんだな。
だがな、後で泣いて後悔しても知らないぜ」
トールは嘆息と共に了承する。
その言葉にシャサはぱっと花が開くように笑顔になった。
「やれやれ……どうして、こうなった」
トールはシャサを連れて夜道を歩いている。
軽い正義感から幼女を助けて懐かれてしまった。
下手に警察に出会ったら捕まってしまいそうである。
細心の注意を払いながらトールは辺りを警戒していた。
そんなトールの様子を知ってか知らずかシャサは上機嫌である。
「それでそのラスクって人はこんな所に住んでるの?」
シャサは横に見える高い塀を見上げて呟く。
既に住宅街を離れて結構歩いていた。
「人気の無いところに連れ込んでるわけじゃないから安心しろ。
職業柄、そいつは高い塀の中にしか住めないだけだ」
トールはあまり説明する気が無いがシャサは気にも留めず頷いている。
しばらく歩くと大きな扉の前にたどり着いた。
「さて、これがそうだよな」
巨大な壁の唯一の出入り口。
それは非常に巨大で人の手では開けられそうに無い。
更に来訪を伝える装置のようなものも辺りに見当たらなかった。
「どうしたものか……」
トールは辺りを見回し途方に暮れている。
「どうしたものか。は、ボクの台詞だな」
すると向かい側から一人の少年が歩いてくる。
小柄な体躯に柔和な顔。
線の細い美少年だが彼の服は作業着でオイルで黒く汚れていた。
「ラスク!」
「予定の時間にもなっても到着しない。だけなら、ともかくとして……その女の子は誘拐でもしてきたのかい?」
ラスクが軽蔑の視線をトールに向ける。
「な!違う!違うぞ!断じて違う!!」
「そう動揺している時こそが真に怪しい。そうだろう。しかし、女日照りだったとはいえまさか、小さな女の子を毒牙にかけるとは……
ここはラブホテルじゃないよ。帰った帰った。
行く当ても無い君には良い宿泊施設を教えようか?留置所というのだけど」
ラスクは一切の反論の余地も無いままに言葉を重ねていく。
「オレにも事情があるのですよ。どうか、勘弁して頂けないでしょうか?」
「君がロリコンなだけだろう。そうか、村には君よりも年下がいなかったものなぁ。
幻想でも抱いたか?幻想は幻想のまま、脳内で楽しんでおけば楽しい人生を遅れたかも知れないのにね。
実に残念だ。君の人生は今まさにバッドエンドへと向かっている」
「くそ、ならオレはそのルートを力ずくでも変えてみせる!」
「君は言葉で敵わないと分かると直ぐに暴力に訴えるからな。困ったものだ」
ラスクは嘆息する。
そして、会話が止まった。
対峙する二人、流れる静寂。
と、二人は一斉に口を開いた。
「あはははあ!相変わらず変わってないな。ラスク!」
「君もだな、トール。いや、だが、その少女については説明してもらいたいものだが」
ラスクは壁に付いている文字に指で触れると扉が開いていく。
「助けたら懐かれた」
「懐かれたって……犬猫じゃあるまいし連れて来るのは問題だろ」
「余りにもひたすらに頼み込んでくるからな。俺が拾ってやらないと他の変態に連れて行かれ方も知れないし」
「そうかそうか。事件になった後、マスコミが来ることを考えてコメント考えておかないとな。
いつかやると確信してました。昔からそういう男ですとかそこらへんで良いだろうか」
「何、オレは完璧さ。捕まることは無い。だから事件なんて無かったんだ」
「そういうことにしておこうか……っと、流石に寮では騒がないでくれよ。
他に大勢住んでるんだからな」
「そういや、部屋は?一つ借りられるって話だったけど」
「問題ないよ。しばらく、入居の予定は無いからその間はご自由にだって。
まぁ、ずっと借りられるわけじゃないからさっさと他に住む場所を決めてもらわないといけないけど」
ラスクの案内で広い敷地内に入っていく。
壁の中には多くの建物が立ち並んでいた。
数多くのコンテナとそれを運ぶ為の重機も見える。
それにいくつかの建物からはまだ光が零れていた。
「それでここは何処なの?」
ラスクの部屋に入ってからシャサが尋ねる。
「ここはメタルレプリカの製造工場さ。本当は部外者を連れてきちゃ行けないんだけどね」
ラスクが布団を用意しながら答える。
「それを俺が強引に頼み込んで泊めて貰うようにしたのさ」
トールは何もせず座って寛いでいる。
「まぁ、約束さえ護ってもらえれば問題ないよ。そういう契約で上司にもOKして貰ったしさ。
キミは……トールの家族だと偽ればどうにかなるでしょ」
「妹だな」
「いや、妻でしょ」
「何処までお前はオレをロリコン扱いしたいんだよ。もし納得されても俺が捕まるわ」
軽口を叩きながらラスクは一人分の寝床を用意する。
そして、座り込んだ。
「布団一つ足りないぞ」
「キミしか来ないと思ってたから用意してないよ」
「今から用意してこいよ」
「無理無理、この仮眠室のを無理いって借りてきたんだから」
「仕方ない。ラスク。お前が床な」
「君が床で良いだろう」
二人がいがみ合っているとシャサは小さく欠伸をして布団に潜り込んだ。
「おやすみなさい」
「ちょ!」
しかし、直ぐにシャサは寝息を立て始める。
「……最近の子供は随分と図太い神経をしているんだな」
「こいつが特別なだけだと思うぞ」
トールとラスクは呆れながら天使のような笑顔を浮かべるシャサを見下ろした。
「それでトールは何をするつもりなの?」
「決めてない」
「やっぱりね……パイロットをやる気は無いの?」
「適性値が下回ってて無利だったのはお前だって知ってるだろ?」
「絶対魔力量か……訓練じゃどうにかならないんだよね」
「頑張ってみたけどな。結局、基礎魔術しか習得できないし大して良い事も無かった」
「別に最低限駆動させるだけなら問題ないのにね」
「そうは言ってもキャパシティが大いに越したことは無いだろ。継続戦闘時間も変わるわけだし」
「大体、体力のほうが先に尽きるから余り変わらない気がするけどね」
「今回みたいにコネでもない限りそんな仕事は無いだろうな」
「体力も技術も申し分ないのに魔力が無いってだけで無理だなんて可笑しいよ」
「仕方ないだろ。メタルレプリカのパイロットなんてさ誰もが夢見る職業なんだから。
大抵の奴は落ちていく。その大抵の奴の一人だったに過ぎないさ」
メタルレプリカ……その最強の力を操るパイロット。
それはすべての人々の夢だ。
数多くの才能あるものはそれに挑戦し、挫折する。
最強の力を操るにはそれ相応の資質が必要となる。
戦闘に耐えられる強靭な肉体。
メタルレプリカの状態を把握し、適性に操作する知識。
操作し操る為の技術。
そして、駆動させその力を最大限に発揮させる為の魔力。
その全てを兼ね備えたもののみがメタルレプリカを操れる。
大半の人間はそのどれかをクリアできずに挫折する。
トールはその時ばかりは沈んだ表情を浮かべていた。